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追憶 おしゃべりな男


 あるおしゃべりな男がいた。


 その子は思ったことをすぐ口にしてしまう子だった。


 それを嫌う人も沢山いた。


 しかし、その性格に助けられた人もいた。


 彼は素直さが人を救うなど、考えたことなんてなかった。


 



  追憶 おしゃべりな男




 

 こんなことを体験したことがある人はいるのではないのだろうか。


 例えば小学生の時、思ったことを口にしたことが人を怒らせてしまったこと。正しいことを言ったはずなのに、嫌われてしまったこと。


 例えば中学生の時、なんでか分からないけど笑われたこと。なんかムカつくなんて理不尽な理由で陰口を言われたこと。陰口に参加しなかったら会話に入れてもらえなかったこと。


 例えば高校生の時、その場のノリでふざけていて、ウザイと言われたこと。うるさいと言われたこと。面倒くさいと言われたこと。


 例えばそれらを、笑ってやり過ごしたこと。望まれたキャラを演じたこと。



 これは俺、高田剛士の昔の話だ。



 小学五年生。色々な知識が身に付いた頃だろうか。その知識は良いことだったり悪いことだったり。それでも僕達はまだ分からないことだらけなんだって、分からなかったんだ。


 ある一人の女の子が誰かの筆箱から消しゴムを持ち去るのを見た。当時は匂い付き消しゴムが発売されたばかりで大人気で、持っている子は自慢して皆はそれを褒めたり羨んだりしていた。だから無くなったことはすぐに気付く。

 消しゴムの持ち主が泣きそうになりながら友達と一緒に探す。その中にはあの女の子もいた。


「さっきそこから消しゴム持ってってなかった?」


 女の子は手からスルッと消しゴムを手提げかばんの中へ落とし、今発見しましたとばかりに持ち主へ渡したのだ。それは床を探している女の子達には見えなかった。斜め後ろから騒ぎが気になって椅子に座りながら様子を見ていた俺くらいにしか見えなかったのだ。


 持ち主は女の子へお礼を言って喜んだが、周りの女の子たちは何か思うことがあったのかぎこちなく持ち主へ良かったねと声をかけた。


 放課後、探すのを手伝っていた女の子二人に廊下に呼ばれた。


「剛士くんさ、あの子が消しゴム盗ったの見たんだよね?」

「借りたの言い出せなかっただけじゃないの?」


 話を聞くと女の子たちの暗黙の了解で匂い付き消しゴムは借りちゃだめというものがあるらしく、それはないのだという。あの女の子はこれが初めてではなく、何度か同じようなことをしているらしい。手提げかばんに入っていたというのも一度中身を出して探した時はなかったのだからそこにあるのはおかしいと女の子たちはずっと気になっていたのだとか。


 次の日から、皆が新しいもので盛り上がる時はあの女の子のいない時を見計らってやるようになっていた。どうしても女の子がいる時はその子にだけは触らせないようにして。


 ただ純粋な疑問だった。勝手に借りたのなら後から借りたよと一言えば良いのに、何故探すフリをするのか分からなかった。その時気づいたのだ。

 そんな俺の言葉は、確かに二人の女の子を傷つけたのだと。


 人の物を勝手に触るのは良くないし、それが盗むとなったらなお悪いだろう。あの女の子がやっていることは悪いことだ。しかし、それはやられた当人とやった当人の問題ではないのか。なんで、関係のない人まで彼女を責めるんだ。

 彼女は、消しゴムの持ち主に謝っていたじゃないか、それも皆の目の前で。許してもらえたじゃないか。


「ちょっと、やりすぎじゃない?」

「ドロボーにはちょうどいいでしょ」


 俺があの時、もう少し考えて言葉を伝えられていたら、もしこの時俺の言葉がもっと皆に届いていたら、彼女は大勢の人から責められなかったのかな。


 あの子は自分の消しゴムが、たかが一つの消しゴムが原因で友達だった子をなくさなかったのかな。






 

 中学二年生。大きめに買った学ランが丁度よくなってきた頃。思春期の子供は、仲間外れにされることをとても怖がる。右に倣えが癖になる。それなのに仲間外れを作りたがる。弱者を作り出して安心したがる。


「あいつ、裏ではめちゃくちゃ性格悪いって知ってる?」

「まじ?」

「なんか悪口とか言いまくってるらしい」

「最低じゃん」

「剛士もそう思うよな?」

「えー?俺には全然優しいから気になんないけどなぁ?この間も数学教えてもらったし。何?なんかされた?俺言ってこようか?」


 それから俺はその三人から陰で笑われるようになった。


 他にも友達はいたから、気にならないと言ったら嘘にはなるけど、別に陰で言われている分には全然構わないと思っていた。なんかムカつくからなんて変な理由で何か言われてもどうすればいいのかなんて分からなかったし。


 なんの反応もせずに、いつも通りあの三人にも普通に話しかけたりしてたらつまらないと感じたのか、すっかり俺を見ながら笑うのをやめていた。見えないところではまだ俺の陰口を言っているらしいけど、まぁ聞こえてこない限りは言ってないのと同じだからこれもほうっておいた。


「高田ってあの三人とあんまり一緒にいなくなったよね」

「んー?まぁそういうこともあるよね。合う合わないってあるし?友達を選ぶ選ばないってのは自由だし?選ばれたのは綾鷹だし?」

「茶化すなよ」

「お茶だけに?痛っ!?デコペンはやめて!?超痛いよ!?」

「お前が俺の事悪く言わないのは分かってるから、上辺だけでも賛同しとけば良かっただろ」


 気が大きくなるのも、なんだかネガティブになりやすいのも思春期だからかなと、今なら思う。


「それって楽しい?」

「楽しいって……上手くやり過ごせってこと」

「俺楽しくないことってあんまりしたくない派なんだよねぇ。人の悪口とか言うのも聞くのも全然楽しくないし、喋るならもっと楽しいことがいいなぁ。……俺はさ、ただ楽しいことを選んでるだけなんだよね」


 人の悪口は言ってる人はきっとスカッとするのだろう。聞いてる人も俺もそう思ってたんだよなと同調するととても気持ちがいいんだろう。自分の意見が同調されると気持ちいいのは分かる。でも悪口を聞くと俺はずっとお腹の下あたりがグルグルして気持ち悪くなる。だから嫌なことがあったら直談判する。


 ……相手にはめちゃくちゃ迷惑そうにされるけど。


「なんか、高田と話してると幼稚園児とかと話してる気分……」

「え?悪口?ねぇそれ悪口?幼稚ってこと?つよしくん十四歳児ってこと?」

「良い意味で。なんか、俺って面倒くさくなったなって思うわ……」

「良い意味の幼稚園児って?無邪気元気大好きってこと?あっ可愛い?俺可愛い感じ?てか数学続き教えて?」

「わー、つよしくんかわいー。超プリティー。その数字どっから出てきた?xに代入しろよ」

 






 高校一年生。大人になった気でいるワクワクな緊張の一年だ。ほぼ持ち上がりだった小中とは違い知らない人だらけ。不安と期待で胸いっぱい。自分の趣味が恥ずかしいと思ってしまうこともある。


 いじられキャラとかは比較的仲良くなるのが早い。そしてその人をいじる人はそれに乗っかれる。まぁ俺がそのいじられキャラになっちゃったわけだ。


 とにかく俺を煽てればいいとか、酷い言葉を言えばそれがいじりになると思っているやつもいるわけで、ウザイとか、死ねとか言葉がどんどん軽くなっていく。軽く言えばいい、本気じゃないから大丈夫なんて思っていたら良い方で。

 何にも考えずに人を傷つける言葉を平気で皆使うわけですよ。


 いじりといじめの区別がつかない人が多いわけで。勿論、後から気づく人もいますけどね。このくらいの時期は難しいお年頃ですからね、謝るのにはすごい勇気がいるのですよ。


「こいつん家行ったらなんかオセロ誘われたんだけど」

「オセロって……だっさ」

「なぁ?いつの遊びだよって感じだよな?」


 まぁこんなこと言われたら顔を赤くして恥ずかしさと悔しさを感じるか、笑ってそうだねくらいしか言えないよね。ムキになってもより笑われるからね。


「はいはーい!オセロ俺やったことなーい!ねぇねぇ今度やらせてよ」

「剛士オセロ弱そー!」

「んだと!?俺だって本気出せばなぁ!多分やれる!俺あの、ジェンガ得意だし?」

「ジェンガ関係ねぇ!!」


 関係ない、ね。いや、本当に。彼がオセロ好きなのはお前達になんの関係があんのかって話よ。それと一緒よ。


 なんで気づかないかね?オセロいつの時代とかじゃあお前はどんな時代に生きてんだよ。そんなことしてたら段々なんにも出来なくなるから。しりとりの最後の方何にも言うものなくなるみたいな感じよ。分かるかな?


 皆悪いやつってわけじゃないのよ。ただ、言葉の重みが綿菓子並に軽いのに気づいてないんだよね。それが問題なんだけど。


「あ、委員長。代わりにこれ職員室よろしくー」

「えっ、でも、これ」

「えー?何?断んの?」

「おいおい、委員長だって他にもやることあんだから、そんくらい動けよー。太るぞ」

「まじ高田うざーい。太んないし。痩せてるし」

「ほら、ついてってやるから」

「は?それやっていいのイケメンだけだかんな?高田はダメ。許さん」

「なんでだよ!許せよ!」


 結局委員長に頼らずにその女子は自分で職員室に届けに行った。教室に戻るとまだ委員長がいて、俺に気づくと頭を下げてお礼を言った。


「え!?なに?何故お礼?」

「さっき、私、断れなくて……」

「それのお礼?だってあれ自分の出し忘れた課題だよ?普通におかしいじゃん?ああいうのはどんどん断っていいんだよ?」

「でも、嫌われるかもしれないし」


「頼み事断っただけで嫌いになる人に嫌われても良くない?自分が良い子にしてなきゃ嫌うような子より自分のこと優先しようよ。委員長、周りに気使いすぎじゃない?疲れるでしょ」


 そう言うと委員長は顔を真っ赤にして教室を飛び出してしまった。また俺は余計なことを言って人を怒らせたらしい。何が地雷だったのだろう。本当に女子って分からない。





 

 大学二年生。爺ちゃんに言われて数年遅れて入った大学で、俺は、生涯の親友達が出来る。花の大学生は、自由で楽しい。色々な体験が出来るし、色々な人がいる。


 授業も専門的なことが学べるし、時間割だって不規則だ。バイトも楽しい。

 ボランティアサークルなんて本当に飽きることがない。個性のぶつかり合いがすごい。その中でも、俺に影響を与えたすごい人たちが何人かいる。


 熱血で何事にも一生懸命な年下の先輩とか、大家族の長男で面倒見が良くてノリのいい同級生とか、すぐふらっと旅に出る周りをよく見てる同級生とか、不器用だけどすごい優しい同級生とか。あと、明るくて友達思いな不思議な男の子とか。


 おしゃべりな俺が話せるのは今は、これくらい。

 




 おしゃべりな男は気づかない。

 中学生の時の彼が男の考え方に感心していたことも、それに影響を受けていたことも。彼が男に感謝していることも。

 高校の時の彼が男のおかげで趣味を隠すことをやめたことも。


 彼女がはっきりと自分の意思をひとに伝えられるようになったことも。自分を大切にするようになったことも。男に謝罪と感謝を言えなかったことを後悔していることも。


 男はこれからも気づかない。


 何故なら、素直であることは、男にとって至極当然のことだからである。

 それが人を傷つけることはあれど、救うなど思うことすらないと思っているのだから。


 悪意のない言葉に悪意をさがす世の中を、傷つかず傷つけずに生きることは出来ないだろう。だからこそ言葉を尽くすのだ。傷より沢山の誰かのための言葉は、一つの傷にかき消されることもあるだろう。


 だけど、沢山の傷を負った人を慰める言葉を僕達はきっと知っている。それに気づくことが出来ればいいと、言ってあげられる勇気を持てることを祈っている。


それは誰にでも出来る、誰にでも難しいことだ。

 

 

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