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追憶 自由に生きる男


 誰かに決められた道だと思っていたのは、本当はただの選択肢の一つだった。


 それしかないんだと諦めて、他の道を探そうとしなかった。


 自分で自分の世界を狭めていたんだ。


 どんなに気付くのが遅くても、そこから世界はどこまでも広がることを知った。


 僕の世界が広がった分だけ、僕は自由になる。

 


  追憶 自由に生きる男


 

 幼い頃から物分りのよすぎる子供だった。

 一般的な家庭とは少し違うことはすぐに気付いた。家政夫なんて存在はいないし、夕飯は家族で揃って食べる。欲しいものはお小遣いをこつこつ貯めて買う。自分とは全く違う普通を、冷めた目でみていた。

 家政夫がなんでもやってくれて、好きな時に夕飯が食べれる。欲しいものはすぐに用意される。みんな声を揃えて羨ましいと言う。それが俺の普通だった。


 なんで、自分が持っている特別に気づけないのかと、俺は多分羨ましいと言った人達を見下していたんだと思う。

 自由に夢を描けて、友達と泥だらけになるまで遊んで、親に怒られて、そんな普通が羨ましくて、それでも自分には手に入れることが出来ないのだと落胆して、羨ましさから目を逸らすために目隠しをした。自分の歩けない道など、見えなければ羨むことも無い。

 だから、自分こそが自分の持っている特別が見えていなかったのに気付けなかった。


 貴方が俺の目隠しを外すまでは。

 

 気管支が弱かった俺は、田舎へと引っ越した。小学校へ上がった頃だ。親しくしていた清水家の先代がいるという本当に何も無い田舎へ無駄に大きいだけの邸宅が建てられた。

 父も母も多忙で家にいることのなかった我が家は、引っ越せどその現状が変わることはなく、あたらしく雇った世話役の使用人との暮らしをするだけだった。そのいつもの暮らしは引っ越してからたった三年で変化の日を迎えることになる。


 雨上がりのからりと晴れた日のことだ。使用人が実家の都合でいないからと、近くの清水家へと預けられた。そこには一つ年上の小学四年生になるという少年がいた。清水涼平。この男が、俺の世界を広げたのだ。


 広間で座り何をするでもなく、ただ時間が経つのを待っていた俺の腕を、涼平くんは引っ張り上げた。


「庭で遊ぶぞ!!」

「え、ちょっと、まだ地面どろどろだよ……!?」


 そんな俺の声など聞こえないとばかりに俺の腕を掴んだまま、庭へは行かず一つの部屋へと入った。箪笥からゴソゴソと服を取り出して俺に渡して着替えてと言って、涼平くんも着替えだした。

 見たことも無いブランドで、手触りもなんだかいつものものより悪いそれを、言われるまま着替える。俺が着替えたことを確認し満足気に頷くと、部屋を出た。俺はその場に取り残されたが、後を追わないわけにはいかないと続いて部屋を出た。

 バタバタと細かく煩い足音と、目的地であろう庭を頼りに追いかける。


 やっとの思いで追いつくと、こちらの苦労も知らずに遅かったな、なんて言ってくる。

 なんて自分勝手な人なんだと思った。


「とりあえず庭の案内してやる!ちゃんと着いてこいよ!」


 鯉のいる池や、秋になれば柿がなる木、カブトムシがよく取れるというクヌギの木、丁寧に世話されている花壇にお爺様の趣味という盆栽。自分の家とは全く異なるその様子は、俺を惹きこむには十分すぎた。そして駄目押しだとでも言わんばかりに、低木をかき分けると出てくる秘密の通路なんて出されたら誰だって目を輝かせるだろう。


 気づけば俺たち二人は揃って、髪はボサボサで泥だらけの葉っぱだらけになっていた。折角貸してもらった服を汚してしまった俺は申し訳なくて謝ると、汚すために着替えたんだよ!と明るく返され、更に清水のおばあ様には元気に遊んできたねと頭を撫でられて、俺は胸がぎゅっとなった。

 こんな風に誰かと夢中になって遊んだのは初めてで、服を汚して頭を撫でられるなんて思ってもいなかった。


 汚れることがわかっていたのか、風呂の準備は出来ているからと勧められて涼平くんと二人で入る。バスタブの中で足を抱えて、未だにどきどきする胸を落ち着けていると、顔にパシャリとお湯がかかった。


「なに?」

「みずてっぽう」


 パシャっともう一度かけられ、頭から濡れた俺は水面に思い切り拳を叩きつけた。その反動でお湯が自分にもかかり、二人で目を合わせて笑った。

 その日からいつもの日常が、変わりつつあった。

 

 土日は習字と英会話、ピアノの習い事。平日も塾に行かなくてはいけない日があり、元々身体が弱かったのもあって金曜日くらいにしか遊べなかったけど、それで満足だった。

 親が決めたことだけの生活で、唯一俺が自分で見つけた友達を得たことが、俺には最高に嬉しかった。

 

「将来の夢?」


 六年生に上がった涼平くんのクラスで出された宿題らしい。将来の夢の具体的なことを書かなければならないらしい。

 俺は親の言う学校に行って、言われるまま家の跡を継ぐんだと思っていたから、その宿題はとても難題に思えた。


「むずかしいよなぁ!」


 すると涼平くんも俺が思ったことと同じ事を言った。


「ありすぎて書けねえよ」


 その言葉は俺をとても驚かせた。

 野球選手にもなりたいし、芸能人になるのもいいかもしれない。宇宙にも行ってみたいし、パイロットも憧れる。親の仕事もやってみたいとも思う。

 すらすらと沢山の夢を語る。俺には無いものを沢山この人は持っている。そう思った。


「あ!あきらだ!」 


 大声でおーい!と叫び手を振る涼平くん先を見ると、見たことのない二人を見つけた。少し涼平くんに似た明るい子と、こちらを伺うように不安そうに見てくる子。声に気づいた二人がこちらへ近づく。


「こんにちは!」

「……こんにちは」


 明るい子があきらで、暗い子がしょうという名前らしい。

 その日は何故か四人でしょうの叔父さんのお店に行くことになった。お店というのも、生活用品から本、駄菓子まで色々な物を売っている雑貨屋みたいなものらしい。


「だがしって何?」


 俺のその言葉に三人は大変ショックを受けましたというような反応をした。しょうまで店に着くまでの間説明する程、知っていて当たり前なものらしい。


「おじさーん!来たよー!」

「おー、適当に見てけよ」


 叔父さんと呼ばれた店主は、あきらとしょうの頭をぐりぐり撫でると、レジの奥にある椅子に座り何か機械のようなものを直していた。


「おじさん、それなに?」


 しょうも気になったのか身を乗り出すようにじっと見ながら質問した。


「んー?カメラだよカメラ。新しく買ったんだが、古い方も部品交換すりゃ使えるらしくてな、一応直してんだ」

「ふーん」


 興味がなくなったのかしょうは涼平くんたちと駄菓子を選びにいった。俺はどうしても気になって店主がカメラをいじりおわるまで見ていた。


「ほら」


 店主が奢ってくれた駄菓子を大事に抱える三人と一緒に外に出ようとすると、店主が俺の首に何かをぶら下げた。


「さっきの……」

「ずっと見てたろ?あの三人にはお菓子奢ってやったしな。それはお前さんにやるよ」


 無駄に綺麗なウィンクを決めた店主の言葉に甘えて、そのままカメラを貰い受けた。まずは試しにと、三人を撮ってみた。難しい。


 分けてもらった初めての駄菓子は、なんだか安っぽい味がして、こういうのも悪くないなと思った。ラムネでベタベタになったのも良い思い出だ。大きくなった今でもこの時ラムネの瓶に入っていたビー玉は取ってある。

 その二人と遊んだのはその一度きりだった。

 

 冬に風邪をこじらせて肺炎の一歩手前まで悪化した時、父も母も見舞いになど来てはくれなかったが、涼平くんだけは毎日十分程度顔を出してくれていた。涼平くんの祖父母もたまに顔を出してくれたのを覚えている。

 熱が微熱程度になった頃に、部屋の外が騒がしかったので扉から少し顔を出して様子を見たら、一時帰宅していたらしい父に涼平くんが何やら大きな声で話している様子だった。内容は聞こえなかった。


 その次の日だ。父と母がなんとも言えない顔で俺の部屋に来た。


「おしごとは……?」


 そう言うと両親はもっと変な顔をして俺の寝ているベットの横に座り頭を撫でた。何時ぶりだろうか。そうぼんやりする頭で考える。


「ごめんなさいね。辛い時にそばにいてあげられなくて」


 いつもキリッとしていて完璧だった母が泣きそうに顔を歪ませていたのがとても印象的で、隣にいる父も同じような表情をしていて、どうしてそんな顔で謝られているのか俺には分からなかった。


「将貴のことちゃんと見てあげてって父さん、涼平くんに怒らてしまってな。見てるつもりだったんだ。つもりなんかじゃいけないのにな。何も言わない将貴に甘えていたんだ」


 そう言って苦く笑う父が俺の顔にかかった髪を優しく払ってくれる。俺は夢を見ているのかと思った。父と母がこんなにも長く居てくれて、手を繋いでいてくれたり頭を撫でてくれたりするなんて今までなかったから。


「おしごと、がんばってるの知ってるから……。でもね、ほんとはちょっとだけ、さみしかった……っ」


 目頭が熱くなり、ボロボロと涙が零れ落ち、枕が色を変える。それからずっと思っていたことを話していたと思う。泣いてぶり返した熱のせいでその時のことはあまり覚えていないが、「起きた時にそばにいて欲しい」と言ったことだけは本当にそばに居てくれていたので覚えている。


 そこから、習い事はやりたいことだけになったし、朝ごはんだけは三人揃って食べるようになった。母は仕事の量を抑えることにしたのかたまに料理を作ってくれる。全部あの時涼平くんが両親に掛け合ってくれたから変化したことだ。


「涼平くん、あの、ありがとう」

「何が?」

「全部、友達になってくれたことも、お父さんに怒ってくれたことも。全部、ありがとう」


 涼平くんは照れたように笑った。お礼言われることじゃないけどって言われたから、俺はすごく助かったし嬉しかったからって伝えたらもっと照れてしまって、照れ隠しなのか頭をぐしゃぐしゃと掻き回すように撫でられ髪をボサボサにされた。

 駄菓子屋のおじさんから貰ったカメラは俺の趣味になったしピアノは弾くより聴く方が好きだし、やりたいことも沢山増えて、なりたい職業も沢山出来た。


 親とも話し合いをして、俺のしたいことをすればいいって言ってもらえて、俺の世界は前よりずっと広くなった。いや、本当はただ俺が知らなかっただけで、ずっと未来は色んな方向に広がっていたんだ。それを涼平くんが手を引っ張ってくれたからやっと今気づけるようになったんだ。

 思っているよりも世界はずっと近くて明るくて広く難しく、そして自由がある。


 それにはもちろん責任とか義務とかルールとかがあるけど、そういう重りがあるから余計に自由を求めてしまうのだろう。色んなものを選択して、学んで、感じたものを形にしたものが自分で、その歩みを人生と呼ぶのだろう。自分を作るのも人生をどんなものにするのかも、全て自分の自由だ。

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