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追憶 諦めた男

 努力が報われることはそう多くはない。

 しかし、報われるためには努力が必要だ。

 普通でいい。皆と一緒で、平凡な人生でいい。

 そうやって思っていないといつまでも、叶わない夢を見続けてしまうから。

 それでもあの時描いた夢は、何度だって僕の目の前に現れる。

 

  追憶 諦めた男

 

 昔の記憶って大きくなるとどんどん忘れていくけど、小さい頃なりたかった夢って何故か意外とずっと覚えるもので、懐かしいな、そんなことも言ってたなって笑って話せるような、そんな微笑ましいものだ。小さい頃はなんにでもなれるって本気で思っていた。

 いつからだろう。自分が本当は、何にもなれやしないんだって気づいて、思い描いた未来(ゆめ)を本当に夢にしてしまったのは。


「僕ね、おっきくなったら……お父さんみたいに、」


 お父さんみたいに。その続きを俺は、なんて言ったのか。



 共働きの両親に、弟と妹が二人ずつ。長男の俺は二歳年下の妹と協力しながら幼い弟妹三人の面倒を見たり、家事の手伝いをしていた。妹で長女の凪咲(なぎさ)はしっかり者だけど料理だけは駄目で、俺は自然とご飯係になった。小学校低学年くらいではまだ火を使わせてもらえず、レンジや魚を焼く電気グリルで調理をしていた。初めて買ってもらった子供用の包丁を宝物のように思っていた。作れば美味しいと言ってくれる両親の姿に喜びを覚えた。自分よりしっかりした妹より出来るものが出来て自信と少しの優越感が芽生え、俺の中で料理は特別なものになったのだ。


「洋介!今日サッカーしよう?」

「ごめん!図書室行きたいから」

「またかよぉ!」

「本当にごめん。また今度ね」


 小学校三年生に上がり火を使う許可がおりるようになると、より一層頑張ろうと思うようになり、放課になると図書室へ通い料理の本を読み漁った。それでも分からない言葉がある時は図書室に置いてあるパソコンで図書の先生にやり方を聞きながら調べるようになった。


 そんな俺は自然とクラスで浮くようになった。

 それはそうだろう。皆が放課にドッヂボールや縄跳びをしている中、図書室に篭もり調べ物。

 皆が放課後に集まってお家に行ってゲームしたり公園で遊んでいる中、家で弟妹の世話や家事仕事。誘ってもらっても三回に一回程しか遊ばない子はいじめられないにせよ、距離を置かれるのも無理はない。嫌われてはいないが、好かれてもいない。どう接していいのか分からないから距離を置く。全く正しい反応だ。


 先生は大人しくてとてもいい子ですが、いい子すぎてちゃんと家では我儘を言えているかと心配して聞いてくるが、今のこの状態は俺が望んだことだから大丈夫と何度も答えた。通知表にはいつも真面目な子だけど、もう少し協調性を持ちましょうと書かれていた。

 


 小さい頃はそれで良かった。それでも中学に上がれば、なんとなく一人でいることが恥ずかしくなって、話を合わすためにテレビも見たし、適当に相槌を打つことも増えた。大勢の中で、独りぼっちになるのが怖かったから、大勢の中の一人になりたがった。


「風見もそう思うよな?」

「うん。そうだよね」

「昨日のテレビ見た?あれ面白かったよな」

「見た見た。すごかったよね」


 なんて、つまらない会話ばかりしていた。

 弟妹達が小学校に入り自分のことは出来るようになったのを期に少し、普通の学生をしてみるようになった。掃除をしなかったり、遅くまで学校に残ってみたり。それでも、料理だけは欠かすことはなかった。


 大きくなるにつれて【料理の道に進みたい】と強く思うようになった。しかし、夢なんて語れば笑われるような世界に、俺はいた。だから、誰にも気づかれないように、無難にとりあえず高校行って就職なんて思ってもみないことを言って不特定多数の中へと逃げた。自分の夢さえ語れない俺はきっと、世界で一番格好悪い。


 受験期はとても気が楽だった。皆自分のことに必死で、他人なんて気にする余裕はなかったから、俺も自分のことに専念出来た。第一志望は家政科のある高校にした。家からは少し距離があるが、近くの家政科がある高校はここしかなかった。良かったのか悪かったのかそこそこ偏差値も高い学校で近所では有名だからか普通科ではなく家政科を受けると言った時は驚いていたが最後は両親も賛成してくれた。あとは受かるのを願うだけだった。

 

 数ヶ月後、俺は見事第一志望を勝ち取った。

 これで俺はこんなつまらない生活とおさらばだ。俺は自分のために自分の夢を追える、そう思っていた。

 

 希望に胸を躍らせるというのはこういうことなんだと感じるほど、俺は高校生活に夢を見ていた。その通り、夢のような生活だった。


 周りは同じような夢を持って入ってきた人ばかりで、笑われることなく偽ることなく夢を語ることが出来た。

 一年の時は、中学と比べると結構授業がハードで座学の授業では寝そうになったりして、授業についていくのに必死だった。実技の授業は真新しい物ばかりで、知らない料理に調理器具、料理によって違う調理法。皆当たり前のように受け入れていて、自分だけなんだか場違いな気がしたが、それでもこれから学べる喜びが勝り中学の時のような恥ずかしさなんて感じる暇はなかった。


 初めは基礎中の基礎から。家でも何度も練習をした。

 後期からは友達の勧めで学校近くのレストランでバイトもするようになった。初めはホールから、キッチンは勿論皿洗いからだったが、それでも自分の好きなこと、したいことでお金を稼げることは純粋に嬉しかった。その先に自分の未来があることを信じて疑わなかった。

 


「洋介、大学はどこ行くか決めたのか」


 そう父に言われたのは高校二年の夏の終わりだった。

 将来、自分の店を持つために調理師や栄養士の資格免許の取れる料理系の専門学校に進もうと決めていた俺は【大学】に行くつもりは頭の片隅にもなかった。父に伝えると眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔をした。


「学費なら俺のバイト代から出すよ。奨学金制度もあるし、それに特待生なら学費免除のところだって」

「いつまで夢を見ているつもりだ。高校までは許したが……そろそろ現実を見ろ」

「は……?」

「確かにお前の料理は美味いよ。でもな」

「なんだよ、それ……なんで親父が!そんなこと決めんだよ!」


 大人になれば夢を見ることは悪いことなのか、夢を追うことは滑稽なのか、夢を描くことすら罪なのか。折角、向き合うことが出来るようになってのに。


「クラスの誰よりもお前は上手いのか?秀でているのか?」


 クラスでは上位にいても、学年、学校、国、世界の中で秀でていなければ、結局大勢の中に埋もれてしまう。夢を見るのは自由だが、夢は自由には叶わない。誰よりも努力した。誰よりも愛した。そんなことは、秀でた才能の前には意味の無いものなのだ。

 母には貴方の好きにしなさいと言われたが、その顔が困っていたのを知っている。


 次の日のバイトを友達に変わってもらった。

 また次の日に急に休んだことを謝ったが、代役の友達のおかげでいつも通り滞りなく営業した。心配しなくても大丈夫だと言われた。

 迷惑かけなくて良かった。いつも通りに行って良かった。変わりがなくて良かった。俺がいなくても、大丈夫だった。良かったじゃないか。


「そうか……俺じゃなくちゃ駄目なことなんて、ないのか」


 ミシミシと音を立てていた心が、ポッキリと折れた音がした。



 

 所詮夢は夢でしかない。描くことは自由だが、追い求めるのはあまりにも無謀で。勇気も強さも才能もない俺には、到底手に入れる事など出来ないのだ。夢を目標だと、目標を夢だとするにはあまりにもその夢が遠すぎる。


「俺、大学行くよ」


 そう言った時の、母の安堵した顔を今でもハッキリと思い出せる。父は何も言わなかった。ただそれだけで自分の判断が正しかったのだと言われた気がした。

 進路を新しく決めた俺は、バイトを辞めた。友達は引き止めてくれたが、いつかその仕事へ縋り付いてしまいそうで。俺は逃げたのだ。

 大学に入ったら料理とは関係ない学部に入って、友達を沢山作って、馬鹿馬鹿しい話をして、好きな女の子と付き合ったりして、それから……。それから……。


 進路希望調査表が、くしゃりと歪んだ。


 何度も書き直した第一希望の欄が黒く汚れていた。書いた数だけ俺は夢を描いたし、消した分だけ夢を諦めた。もう、書き直すことはないだろう。やめたんだ。夢を追うのは。夢なんて俺は見ていなかった。

 また不特定多数の誰かと同じの普通に戻るだけだ。普通のフリをするのは得意だから、フリをしていればいつの間にかそれが普通になる。そのいつかが俺は恐ろしくてたまらなかった。

 


 ここらで一番でかい大学とあって人が多く華やかな入学式だった。学校のそこら中でサークル募集の張り紙が貼られている。

 お金がかからないようなサークルなら、少し入ってみたいと思って並んだそれらを見る。その中で異彩を放つ張り紙が一枚、剥がれかけていた。

 直してやろうかと触ると、完全に剥がれ落ちてしまい俺の手の中に収まった。

 無駄にカラフルな目に悪い配色で、空き缶に顔のパーツと手足を生やした奇妙な手描きのキャラクターが真ん中に大きくあり、ボランティアサークルと書いてあった。


「ねぇ!君もボランティアサークル入るの!?俺もなんだ!一緒に行こうよ!」


 肩を叩かれ、知らない男に早口で捲し立てられた俺は何も言えず、流されるようにしてその男について行くことになった。


「それ俺が見た時も剥がれてたんだよねぇ!テープでくっ付けといたんだけど、また落ちたのかぁ」


 どうやら、あの雑に貼られたのはこの男の仕業だったらしい。


「えーと、なんて呼んだらいい?」

「よ、洋介」

「おっけー!洋ちゃんね!俺は剛士、よろしく!」


 それから俺は剛士と一緒にボランティアサークルに入って、紹介してもらった剛士の知り合いの喫茶店でバイトさせてもらえて、そこで、また新たな友達と出会って。全てが楽しくて、それでも、楽しいだけじゃ終わらなくて。

 

 諦めたはずの夢を、今度は他人から突きつけられて、俺はまた悩んでしまう。

 また迷惑を心配をかけてしまう。それだけは嫌なのに。

 頑張ってずっと普通に過ごしてきたのに。やっと、それが俺の普通になろうとしていたのに。突きつけられたそれが、容易く俺の普通を壊していく。

 

【諦めたんじゃない、見ないふりをしてるだけ】

 

 そうだよ。その通りだよ。

 俺はずっと見ないふりをしてたんだ。そうしないと、目の前にある夢を追いかけてしまうから。

 俺、頑張ったじゃん。頑張ったでしょ?

 だからさ、もう、諦めていいかな……。いいよね。

 どれだけ現実的じゃなくたって、誰かに笑われたって、誰に否定されたって、理解されなくたって、何度だって同じ夢を見るんだ。

 だから、もう一度だけ頑張りたい。もう、見ないふりは出来ないよ。

 だからさ、夢を諦めることを、諦めてもいいよね。

 その夢がいつの日か消え去るまで、俺は夢を見ていたい。だから、俺が大人になるのはもう少し先になりそうだ。

 


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