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第一話 集結

 

 人は別れを避けられない。


 それと同様に別れもまた、避けられはしない。


 出会った時にはいつかくる別れを恐れ、


  別れの時には【いっその事、出会わなければ良かった】と、


  出会ったことを恨むことさえあるだろう。


 しかしそれは生きている人間だけに与えられた特権である。





 第一話 集結しゅうけつ





 ボランティアサークル【通称ボラ部】

 ボランティアサークルとは地域の清掃、山の植樹、祭事などの実行委員の手伝いをする無償の奉仕の精神を大切にするサークルのことである。


「池江、入ってくれるな?」


 学食の中の日当たりの良い席に座るなり、爽やかな顔をした体格のよい男が普段の男では考えられないくらいの真面目な顔をしてそう話を切り出した。その男の名は清水涼平(しみずりょうへい)

 清水の前では細身で長身ではあるが少し猫背気味な男、先程池江と呼ばれた池江翔(いけえしょう)という男が渡された紙に目を通している。


「新入生大歓迎!って書いてありますよ。俺、新入生じゃないんですけど」


 部員が清掃のボランティアをしている最中の、恐らく素人が撮ったと思われる写真が使われたチラシには【ボランティアサークル!部員募集中!新入生大歓迎!】と全体の半分を埋める程大きな字で書いてあった。文字はその言葉以外には見当たらない。


「写真ブレすぎ。というか、このチラシ部室とか連絡先とか重要な事何一つ書いてないじゃないですか。こんなの気になったとしても行けないですよ。」


 常識もセンスの欠片もないチラシを半目で見ながら、誰が作ったのかと聞けば自信満々に俺だと返され、何故こんなチラシを作っておいてそんなにも自信満々なのか、何故ほかの部員も異議を唱えなかったのかと軽く頭を抱える。


「なんでこの人に作らせたんだ……明らかに人選ミスだろ……」

「じゃ、明日四限終わったら迎えに来るからな!」

「え、ちょっ……」


 引き止めようと声をかけようにも既に目の前の席に清水の姿はなく、その場に一人残された池江は遠ざかる背中をただ見送るしかなかった。学食の賑わいが遠くに聞こえるのが苛立ちを更に誘う。


「行くって言ってないし……」


 手の中のチラシがくしゃりと音を立てた。






 翌日、その日は最後のコマの四限を終え、さぁ帰ろうすぐ帰ろうと乱雑に荷物をリュックにしまいチャックを閉める手間さえ惜しみガバガバと口が開いて揺れるのを無視し、逃げるように早々に教室を出ようとするもそれは大きな声によって阻まれた。


「池江!迎えに来たぞ!」

「ははっ……さいあく……」


 逃げるのを諦め大人しく呼ばれた方へ行くが、その足取りは非常に重い。そちらへ向かうと清水の他にもう一人、少しぼーっとした印象の男がいた。この男には見覚えがあった。確か外国語コミュニケーション学科のやつで講義が幾つか被っていたはずだ。少なくとも学部は同じだし、学部違っていたとしても同学年なら一般教養の授業で一緒になっている。

 名前は確か、森川将貴(もりかわまさき)


「森川、だっけ?」

「うん、そう。池江とは話すの初めてだよね?」

「あー、そうだな」

「池江と涼平くんが知り合いだったのは意外だなぁ」

「清水先輩な……」

「池江とは去年からだよな?」


 確かに、あれほどまでに大声で話し、友達の数も多く元気で陽気な清水という男と、あまり声を張らず知り合いもほとんどいない、どちらかというと根暗気味な池江との繋がりは見えないだろう。池江と清水は学部は同じだが、本当にそれだけだ。学年も専門学科もそれぞれ違う。


「何故か俺の学科の野外調査にいて、そこから話しかけられるようになった」

「あれ、涼平くんって確か地理学科……」


 何故地理学科の人間が池江の所属する国文学科の野外調査にいたのか謎ではあるが、周りの人達には受け入れられているため今更誰に聞くことも出来ず、ましてや本人に聞いても真面目な答えは返ってきそうにもないので、池江は気にしたら負けと思い気にしないようにしていた。


 池江と森川が清水の奇行について思いを馳せていると先程まで会話に参加していたはずの清水の背中が遠いことに気づく。


「は?なんであの人勝手に先に行ってるの?」

「いや、あれはおそらく後ろに俺達がついてきてると思ってる……多分」

「それはそれでどうなんだ……?」

「俺達も行こうか」


 一体迎えに来るという言葉はなんだったのかと問い質したくなるような気持ちを抑え、その言葉に静かに頷き足を進めることにした。


「ボランティアサークルの教室知ってるんだな」


 迷うことなく足を進める森川に池江がふと思ったことを聞く。


「結構有名だよ?涼平くん声でかいし、他の部員の人もいつも騒がしいから目立つんだ」

「森川もボランティアサークル入ってんの?」

「ううん、俺も今日が初めて。だけど同じ講義取ってる人がボランティアサークルで、その人も超喋って超うるさいの」


 同じ話を何度もされるせいで覚える気がなくても覚えてしまう。

 ただそれだけの情報なのにこれから向かう会ったこともないボランティアサークルの人間になんだか苦手意識を覚え、絶対に正式に入部なんかしてやるかと改めて心に決めた。


 気づくと文理学部の教室棟から出る連絡通路に差し掛かっていた。下駄箱とは反対のこの先にあるのは確か、理工学部や芸術学部などの実技室がある実習棟だったはずだ。


「騒がしくて集中出来ないって書道サークルとか、他のサークルから色々苦情が来てね、こっちに移動になったんだよ」


 音楽系の音を出すサークルは他のサークルの邪魔にならないように申請をして、部活棟の防音設備の整った少し離れた教室を借りている。ボランティアサークルも以前は部室棟の普通の教室を借りていたらしい。


 しかもボランティアというからには真面目で静かな子たちが集まるだろうという先生達による予測により、書道や茶道などのサークルの隣の教室を充てがられていた。思い込みとは恐ろしいものだというのがよく分かる。


 そしてその予想を裏切りボランティアサークルは騒がしかった、それはもう本当に騒がしかった……他のサークルに【公園の清掃よりも先に静かにするボランティアをしてくれ】とまで言われる程だったらしい。

 そこまで言われる程うるさいのならまぁ、追いやられるのも無理はないというか追いやられて当然だろう。


 実習棟は理工学部のために教室と教室の間隔が広く造られているのでここなら迷惑にならないだろうと選ばれたそうだ。理工学部はドリル等も使うので音や振動が隣に伝わらないよう、そういった造りになっているらしい。


「でも普通に文理とかの教室棟でも作業とか話し合いしてるからあまり意味無いっていうね……」

「たまに清水先輩が騒いでるのってそれか……」


 二階へ続く階段を登っていると人の声が聞こえ始めた。しかし声の種類はそれ程多くはなく感じられる。精々二人か三人程度だろうか。もしかすると騒がしいのは清水と森川のいう男の二人だけなのではないかと思い少し他の部員に対して希望を見い出せそうだった。


 備品室五と書かれたプレートが掲げられた教室の扉に手書きでボランティアと書かれた画用紙が貼ってある。その扉を森川が躊躇なく開けた。


「新人さん大歓迎!ようこそボラ部へ!」

「よくぞ来てくれた!歓迎するぞ友よ!」


 扉を開けてすぐクラッカーの鳴る音と共に盛大な歓迎の言葉をかけられる。

 代表して喋ったのは二人だが、この教室にいる殆どの人がクラッカーを手にしていた。類が友を呼ぶとはこの事か、むしろここに入ったら皆同じようになってしまうのかと他人事の様に思った池江の目は半目になり、何処か遠くを見ていた。


「心底帰りてぇ……」


 遠くを見ていた視界にふと、見知った顔が入る。先程叫んだ二人の内の一人で、パッと見る限り恐らくここにいる男の中では一番背の低い色白の男。


 それぞれホール担当とキッチン担当であまり会話をする事はなかったが、池江と同じバイト先だったはずだ。池江が入った時には既にバイト先のオーナー夫婦から「洋ちゃん」と呼ばれ可愛がられていた。

 結構昔から働いているのか、注文の入った料理を慣れた手つきで作っている。賄いは彼、風見洋介(かざみようすけ)が作るので池江も何度か口にしたことがあるが、普通にプロの料理人としてやっていけるくらいに美味しかった。

 時々店で見かけない日があったがまさかこのサークルに参加していたとは。


 池江が呆気に取られている内に森川は叫んだもう一人の男と話していた。恐らくあの男が森川の話に出てきた【超喋って超うるさい】男なのだろう。

 少し離れていてもよく聞こえるはっきりとした大きな声だ。しかも、本当によく喋っている。


 ついていけていない池江を気にしてか、多少面識のある方が気を遣わないだろうという配慮なのか風見が話しかける。


「涼平先輩が言ってた期待の新人って池江のことだったんだな!」

「無愛想で無口、人嫌いだけど、根は真面目でお人好しだから絶対最後は折れて来てくれるって言ってたからどんな奴かと思えば、池江かぁ良かった良かった。お前別に無愛想じゃねぇじゃんな!」

「ははっどうも」


 背中を遠慮なくそこそこの力でばしばしと叩かれた池江の口からは乾いた笑いしか出なかった。

 バイト先では働く上で接客するから愛想笑いをしているだけだし、一体あの男は人のことをどう説明しているのかと内心怒りながら、ふとその失礼極まりない紹介をした男の姿が無いのに気づく。


「で?その清水先輩はどこ行ったのさ」

「そういえば居ねぇな。一緒に来なかったのか?」

「置いてかれたんだよ」


 自分達を置いて先に進んで行った清水が何故着いていないのか。風見が一緒に来た森川にも清水のことを聞くが、池江と同様置いていかれて教室棟の一階辺りで姿が見えなくなってからは一度も見かけていない。


 風見が森川を呼んだため、もう一人の男も着いてきた。なんだかキラキラした目で池江を凝視している。喋ってもいないのにすでに表情が騒がしい。


「いやぁまた新しい友達出来ちゃうなぁ!ねね、名前は?すげぇ猫背だね!釣りとか好き?あ、俺、高田剛士(たかだつよし)。皆剛士って呼んでるから剛士で良いよ!年は皆よりそこそこ上なんだけど、誰も、本当に誰も敬語使ってくんないの。酷いよねぇ!?」

「池江です。高田さんは皆より年上なら、もう少し落ち着いたらどうですか?」

「池江ちゃんの敬語はなんか距離を感じるよ!?しかも名前で呼んでくれねぇし!この子、壁が厚いわぁ。あと声超ちっさいね!」

「ちゃん付けはやめろ」


 声に関しては高田や清水が大きすぎるだけで池江は少し小さい気がするが特筆するほど小さいわけでない。

 風見と高田が集まり、一人でも騒がしかったのが更に騒がしくなる。そこに更に一際騒がしい人物が加わった。


「居るじゃん!!置いてったかと思って探しに行ったのに!」

「最初から置いてかれてたよ」


 もはや関わるまいと池江はそそくさと清水から距離を取ろうとするも片側を風見に、もう片側を高田に固められ後ずさることは不可能だった。


「池江!早速仲良くなったんだな!」

「池江ちゃんとはもうマブダチよぉ」

「そうよぉ、池江ちゃんとはもう超仲良しなんだからっ!もう池ちゃんって呼んじゃう!」


 誰がマブダチか。しかも今時マブダチって古いな、というかなんでオネエ口調なんだと色々心の中で突っ込むもこの人たちのような人種は構えば構うほど調子になるタイプだと薄く笑うだけに留めた。


 しかしただこれだけは言わせてもらおう。


「ちゃん付けんなって言ってんだろ」

「まぁまぁ、とりあえず夏休み終わるまでは様子見よう」

「やめるのはそれからでもいいんじゃない?一回やってみようよ」


 あの日、清水のことを無視出来なかった時点で、森川について行かず帰ることをしなかった時点で池江のこの状態は決定していたのだろう。


 騒がしい夏がすぐそこまで迫っていた。




「こんなに早く終わってほしい夏休みは初めてだよ……」

「あらやだ、池江くんの初めてもらっちゃったわ」

「まかせて!責任持って楽しませるわ!」


 結局この茶番は帰るまでずっと続いた。


 そして仮入部扱いとなった二人は森川はチラシ用の写真の撮影、池江はチラシの言葉を考えるという課題を何故か与えられた。

 写真はともかく、文字に関しては活動場所、活動日、連絡先を書き加えればいいだけだというのに何かいいキャッチフレーズをという清水からの無茶苦茶な要望が入れられた。






 仮入部となり夏休み開始まで後一ヶ月に入ったまだ日射しも柔らかく風も涼しい頃、集会で校舎の改修工事の期間が早まったことが告げられ、いつもより早めの夏休みが始まることとなった。多くの生徒は喜びの声をあげている。


 改修工事に伴い校舎内で立ち入り禁止区域ができるため、夏休み中の立ち入り禁止区域の期間や場所の表と使用可能な教室の一覧が配布された。

 図書館は去年の秋に改修済みなので常時解放している。教室棟は夏休みでも後半に改修し、前半は部室棟と実習棟が改修されるらしい。


 普段はあまり使われていない講堂も解放されるらしく、音楽系のサークルはお互いに使いたい日にちを話し合って決めるとか。

 運動系は部室棟で着替えをしているため、使用頻度の低い倉庫を片付けて一時的に部室として使うようにと書かれている。


 そして一番最後にボランティアサークルは他のサークルの迷惑にならないよう旧体育館の使用を許可する。と他の字より気持ち太めの字体で書いてある。


 池江が仮入部したことは三人のおしゃべり達によりすぐに教師陣にも伝わった。

 考え直せと言われたり、よりにもよってボラ部!と嘆かれたり、感謝されたり、何故か暖かい目で見られたりと先生によって様々な反応が寄せられた。


 そこには静かな池江が鬱にならないかという心配や、池江が入ることにより少しは静かにならないかなという望みの薄い期待、人と関わらなかった池江が人の輪に入ることへの安堵等色々な思いが乗せられていた。


 夏休みは最後の試験の後、七月二十六日からとなった。


 その夏休み最初の日は、幼稚園近くの公園の清掃のボランティアが入っている。ゴミ拾いや遊具の土を落とすくらいの活動だが意外と敷地が広いためそこそこ時間がかかるらしい。

 汚れてもいい動きやすい服装で来いとだけ言われている。ゴミ袋などの清掃用具は用意してあるから手ぶらでいいとの事だ。






 夏休みというのは池江にとって、もっと静かで人と会うこともなく穏やかに過ごせる時間だったはずなのに、どうしてこんなにも騒がしい人達と関わることになってしまったのか。

 本気で嫌がれば清水は無理には連れ出さなかっただろう。なのにどうして拒否しなかったのだろう。どうして一人にしておいてくれないのだろう。


 どうしてという疑問で隠した気持ちを咎めるように、少しだけ、ほんの少しだけ心のどこかが痛んだ気がした。


「だいじょうぶ、わすれてない、わすれない」


 あの夏の日から池江の時は進まない。


 どれだけの月日が経とうとも、どれだけ背が大きくなろうとも。泣き虫が治ろうとも。世渡りを覚えても。

 あの頃の非力で無力な小さな子供から進むことはない。

 心でずっと小さな池江が叫んでいる。忘れるな、許すなと、まるで池江を断罪するように叫び続けている。その言葉は池江を縛り付けている。


 どれだけ目を背けていても、憂鬱な夏はやってくる。












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