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見せ場

 一条さんに言われて、羽交い締めにしたのはいいものの……

 

 いきなり、一条さんの左手が右手首を掴む。

 

 異常な事態に、橋姫が抵抗する。


 戸惑っているうちに、左手が器用に右手の爪を剥ぎ始める。


 もの凄い悲鳴を上げる橋姫に戸惑っているうちに、右手の爪がどんどん剥げていく。


 橋姫がぐったりして気を失う。


 呆然としていると葉河瀨部長がやってきて、一条さんに声をかける。


 ()()()()が目を覚ます。


 そして……


「え、えーと、それじゃあ、呪ってしまった人数分歯を抜く、の方が良かったでしょうか?」


「だから、なんでそんな話になるんですか!?」


 ……というなんとも物騒な会話が、一条さんと葉河瀨部長の間で繰り広げられている。うん、川瀬社長達に報告しても、多分爪の件で落とし前はついたということで異論は出ないはずだから、これ以上過激なことはしないでほしいかな。


「頼みますから、それ以上、身体を傷つけることはしないでください」


「は、はい、分かりました……」


 葉河瀨部長が哀願すると、一条さんは言葉を詰まらせながらも返事をした。うん、ひとまずこれ以上、傷が増えることはなさそうだね。


「一条さん、もう放してもいいかな?」


 声をかけると、一条さんはビクッと身震いをした。急に声をかけたから、脅かしちゃったかな。


「す、すみません、もう大丈……」


「あー、すみません。もう少しだけ、待っていただけますか?」


 一条さんの声を、葉河瀨部長が遮る。


「まだ、モヤが残っているところがありますので……一条さん、少しだけ目を閉じていてください」


「は、はい!」


 一条さんが返事をすると、葉河瀨部長は左手の袖をガサガサと探り、中からメスのような物を取りだした。そして、そのメスのような物の切っ先を一条さんの額と右脚に軽く押し当てた。すると、一条さんの額に生えていた金色の角が、砂のようになって消えていった。上からだとよく見えないけど、きっと目の色も元の薄い茶色に戻っているんだろう。


「これで、一旦放しても大丈夫です」


「あ、うん、分かったよ」


 葉河瀨部長に返事をしてから一条さんを解放した。すると、一条さんはこちらに振り返り、右腕をだらりと垂らしながら深々と頭を下げた。


「月見野様、お手数をおかけいたしました」


「いやいや、一条さんが無事に戻ってきてくれたなら、それでいいよ」


 フォローの声をかけていると、早川君が不思議そうに首を傾げた。


「葉河瀨部長、そんな秘密兵器を持ってたなら、さっきピンチになったときに使えば良かったんじゃないっすか?」


「いや、さすがに首を絞められてるうえに混乱してる状況で、愛しい人の身体に刃物なんて向けられないだろ」


「ああ、それもそうっすね!」


 葉河瀨部長がしれっと答えると、早川君は笑顔で頷いた。そして……


「あ、あの……」


 一条さんは言葉に詰まりながら、赤面して俯いてしまった。

 これは、色んなところで誤解が多発してたけど、葉河瀨部長の恋路は成就……いや、でも、そうか、この件が終わったら……


「さて、最後の仕上げは右手なわけですが……」


 やるせない気持ちになっていると、葉河瀨部長の声で現実に引き戻された。


「一条さん、今、右手の感覚はありますか?」


「い、いえ、他の部分は感覚がハッキリとしてきたんですが、右手はまだ……」


「そうですか……」


 葉河瀨部長は脱力気味にそう言うと、深くため息を吐いた。


「モヤを取り除くと、確実に右手の感覚も戻ります。つまり……」


「……えーと、もの凄く痛い、ってことですね?」


「……はい、残念ながら」


 一条さんが問い返すと、葉河瀨部長が力なく頷いた。うん、手の爪が全部同時に剥がれたらなんて、想像するだけでも恐ろしいよね……

 思わず身震いしていると、早川君が何か思い着いたのか、胸の辺りで手を打った。


「そうだ、部長とか課長に頼んで、通常時は鬼の力を封印するような数珠つきの手袋とか作ってもらえないっすかね!? ほら、地獄OL的な!」


「……仰ぎ願わくば……茶化すな! ……今日の……」


「いてっ!?」


 何だか妙に具体的な提案をした早川君の頭を、日神君が祭文を唱えながらはたいた。日神君、やっぱり器用なことするね。


「早川、そうなると、数年に一度くらい腕が暴走するし、そもそも、一条さんの恩師とかが鬼に食べられてないと話が成り立たないだろ」


「ああ、それもそうっすね」


 感心していると、葉河瀨部長も妙に具体的に指摘をし、早川君は納得した表情で頷いた。よく分からないけど、ひょっとして、また葉河瀨部長達の世代が子供のときに流行ったアニメとかの話なのかな?


「あ……あの、覚悟はできているので……右手もお願いできますか?」


 困惑していると、一条さんがおずおずと挙手をしながら声をだした。


「……良いのですか?」


 困惑した表情で問い返す葉河瀨部長に向かって、一条さんはコクリと頷く。


「は、はい……今回の件、元はと言えば私が原因ですから、その位の罰はいたしかたありません……」


「別に、俺は一条さんのせいだとは少しも思っていないのですが……このモヤを全て払うことが、今回の件の検収条件ですからね……」


 葉河瀨部長が困惑しながらそう言うと、少し身を屈めて一条さんを抱き寄せた。


「……気を失うまでに舌を噛むといけないので、肩の辺りを噛んでいてください」


「す、すみません……あ、でも、その前に少し良いでしょうか?」


「はい、なんでしょうか?」


 葉河瀨部長が問い返すと、一条さんは不安げな表情で首を傾げた。


「……お伝えしたいことがあるので、目を覚ました後、少しお時間をいただけめすか?」

 

「……ええ。一条さんが目を覚ますまで、ずっと側に居ますよ」


 一条さんの問いかけに、葉河瀨部長が穏やかな笑顔で答える。うん、やっぱり、この二人には一緒に幸せになってほしいな……


「ありがとうございます。それでは、お願いします……」


「……分かりました」


 葉河瀨部長が頷くと、一条さんはそっと肩に噛みついた。それから、葉河瀨部長が一条さんの右手にメスのような物の切っ先を軽く押し当て……



「っぅぅぅうぅっ!」


 一条さんがくぐもった悲鳴を上げた後、ぐったりと葉河瀨部長の肩にもたれかかり……


「っ……」


 ……葉河瀨部長が小さくうめき声を上げて、一条さんを抱きしめる腕に力を込めた。葉河瀨部長は苦しそうにしていた表情を少し緩めると、一条さんを抱きしめたまま頭をそっとなでた。その表情は、穏やかに見えるんだけど、どこか悲しそうだ……

 やるせなく思いながら見つめていると、葉河瀨部長はこちらに顔を向けて苦笑を浮かべた。


「……これで、終わりました」


「うん、お疲れ様」


 何が終わったのかは追求せずにそう伝えると、葉河瀨部長は軽く頷いた。

 橋姫も出ていったのだし、一条さんの記憶は今のままでも……



「何が終わっただと!?」



 不意に、辺りにくぐもった女性の声が響いた。

 慌てて声のする方へ顔を向けると、赤黒い人型のモヤが宙に浮いている。やっぱり、名の知れた鬼を払うとなると一筋縄ではいかないか……


「……本っ当に、諦めの悪いババアですね」


 葉河瀨部長も悪態を吐きながらメスをモヤに向けているけど、表情はひきつっているし手も震えている。それなら、早川君は……


「す、すみません」


 顔を向けると、早川君は小声で謝りながら矢筒を指さした。うん、さっきので使い切っちゃったか。走って取りにいけば間に……いや、多分無理そうだ。本当に、どうすれば……


「ふん、丁度良い依代が手に入ったと思ったが、もう良い。ここに居る全員、腐り落ちるがいい」


 橋姫の言葉と共に、周囲の空気が重くよどみ始める。なんとか立っていられるけど、このままだと京子の負担が……



「……決定成就、決定円満!」



 諦め掛けたそのとき、日神君が祭文を唱え足を踏みならした。


「降りしきれ!」


 それから、橋姫に向かって手をかざしながら、そう言い放った。その途端、天井から大量の護符が降り注ぐ。赤黒いモヤは顔をしかめながら、両腕で頭を庇った。


「……っこの、こざかしい真似をっ! ……ん?」


 橋姫はそこで、何かに気づいたように動きをとめた。そして、大量の護符が貼りついた腕を頭から降ろして、ジッと見つめた。でも、なぜか動きがぎこちないような気がする。


「……え? ……っ!? きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 嫌な予感を抱いていると、橋姫がどこか可愛げのある悲鳴を上げた。えーと、護符がきいてるん、だよ、ね?

 護符から、とってもゲジゲジとした脚みたいなのが見えるのは、気のせいだよね?

 視線を送ってみると、日神君は爽やかな笑みを浮かべた。


「護符にくくりつけるのは、少し可哀想な気もしましたが……音も立てずに相手の死角に忍び込むには、オオゲジが最適ですからね。それに、結構人懐っこいですし」


 ……うん。気のせいじゃなかったみたいだ。


「へ、へぇ、そうなんだ……」


「いやぁぁぁ! 離れて! 離れて! やあぁぁぁぁ!」


 あんまり知りたくなかった雑学に相槌を打っている間も、橋姫は涙声混じりの悲鳴を上げながら、いつの間にか背中の部分に移動ていたゲジゲジとした護符を手で振り払おうと暴れている。うん、さすがにこれは、もの凄く可哀想になってくるね……

 橋姫に同情していると、日神君は爽やかな笑みを葉河瀨部長に向けた。


「さあ、葉河瀨! 相手が混乱しているうちに、早くトドメを!」


「いやいやいやいや、無理無理無理無理」


 日神君の言葉に、葉河瀨部長が青ざめた表情で一条さんを抱きしめながら、首を激しく横に振った。その反応を受け、日神君は淋しそうな表情を浮かべる。


「そうか、すまなかった。葉河瀨は今、気絶した一条さんを支えてなきゃいけないもんな……」


 違う多分そうじゃない、と言いたくなるような言葉を呟きながら、日神君は早川君の方に顔を向けた。


「じゃあ、早川……」


「日神課長、まことに申し訳ございません。何卒、何卒、ご容赦いただけると幸いでございます!」


 すると、早川君は、もの凄く丁寧な口調になりながら、滑り込むように土下座をした。再び、日神君が淋しそうな表情を浮かべる。


「そうか……たしかに、早川も朝から稽古し通しで、疲れているよな。すまない……」


 日神君は、だから多分そうじゃない、と言いたくなるよう言葉を呟きながら、僕に顔を向けた。それと同時に、葉河瀨部長と早川君もこちらに顔を向け、もの凄い早さで首を縦に振った。


 ……うん。

 そうだよね。

 ここは、ふだん若い子達に助けられている、年長者が頑張らないといけないところだよね。

 ちょっと、近づきたくはないけど、京子のためにもここは踏ん張らないと……


「っよしっ!」


 気合いを入れるように頬を叩いてから、さっき橋姫がなぎ払った戈を手に取り。


「橋姫さん、今回はごめんね!」


 謝りながら赤黒いモヤに向かって、戈を突き刺した。


「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 赤黒いモヤは悲鳴と共に霧散し……


「うわぁ……」


「エグいっすね……」


 葉河瀨部長と早川君の声と共に、ゲジゲジとした護符が僕の頭にボトボトと降り注いだ。


「さすが月見野部長! 素晴らしいお手際です!」


 そして、日神君が目を輝かせながら真っ直ぐに僕を見つめ、大きな拍手を送ってくれた。

 

 ……うん。

 これで、一条さんも戻ってきたし、京子の負担になることもなくなったから、喜ぶべきなんだ。

 でも、なぜか、心と頭頂部がザワザワして仕方がないね……

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