そこまで言うのならば
おかしい……あの依代のふりは、完璧だったはず。
それこそ、あの依代が私の考えを自分の意思だと錯覚するくらいに。
それなのに……
「あの、えーと……葉河瀨さん?」
「ですから、貴女は誰なのですか?」
……依代のふりをして再び声をかけても、目の前の男は訝しげな声を出して首を傾げるばかりだった。
方相氏なんぞの格好をしてやってきたから少し警戒したのは確かだが、まさかこうも簡単に見破られるとは……
いや、ただの偶然か?
もしくは、隙を作るためのこけおどしなのか……?
「あー、二人とも、ちょっといいか?」
困惑していると、陰陽師の格好をした蟲使いが声をかけてきた。
「うん、どうした?日神」
「葉河瀨、その方は一条さんだよな?」
蟲使いも私と同じくらい困惑しながら、方相氏の男に問いかけた。
ひとまず、周囲を抱き込んでおくことにするか。
「は、はい。そうで……」
「日神、何を馬鹿なことを言っているんだ」
……方相氏の男は、呆れた声で私の声を遮ってくれた。
「おい、馬鹿とはなんだ馬鹿とは?」
蟲使いも腹が立ったらしく、眉間にシワを寄せながら方相氏の男を問い詰めた。
すると、方相氏の男は深いため息をつき……
「だって、今しゃべっているのは、一条さんじゃなくて、周りに纏わりついてる赤錆色のもやだろ」
……簡単にこちらの正体を看破してくれた。
「なっ!?」
途端に、蟲使いが身構える。
「俺は一条さんと話がしたいので、用がないのならどいていただけますか?」
一方、方相氏の男は抑揚のない声で、こちらに問いかけた。
「ああ、ひょっとして俺に好意を持ってくれてるとか、そういう話ですか?一条さんの身体を使ってまで、思いを伝えてくれようとする姿勢は健気だと思いますが、気持ちに答えることはできません」
方相氏の男は抑揚のない声で言葉を続け……
「そういうことなので、どうしてもという場合は、一夜限りの関係になりますがよろしいですか?」
……わりと最低な言葉を言い放った。
「葉河瀨、その発言はどうかと思うのだけれども」
「そうか?成就する可能性がゼロなのに、変に期待を持たせるよりは、このくらい突き放した方が相手にとってもいいと思うぞ」
呆れる蟲使いに対して、方相氏の男が抑揚のない声で答えた。
見当違いとはいえ、私に情けをかけたというわけか。
なかなか、面白い男だ……
「どうかしましたか?」
思わず笑みを浮かべていると、方相氏の男はこちらを向いて首を傾げた。
「ふふふ、いや、なに。たしかに、お前の言う通りだと思ってな」
依代のふりをすることなく答えると、蟲使いが再び身構えた。
しかし、方相氏の男は動じた様子もなく、どうも、と呟いて軽く頭を下げた。
「ありもしないとこしえを謳うよりも、よほど誠実だ」
「まあ、一条さん相手になら、いくらだって永遠を誓いますがね。貴女相手に、そんな気にはなれません」
方相氏の男は、そう言いながら深いため息を吐いた。
……言い回しが若干腹立たしい気もしたが、気にしないでおいてやるとするか。
「ほう?そこまでこの依代に懸想しているのならば、私に協力しないか?」
「協力?」
「ああ。私をここから連れ出し、気晴らしに協力するなら……そうだな、月に一度くらいなら、依代を表に出してやってもいいぞ」
「……ふん」
私の提案を方相氏の男は鼻で笑った。
「お断りします。そもそも、一条さんの身体を勝手に使っている時点で貴女に腹が立っているのに、さらに上からものを言われて、おいそれと従うわけないでしょう?」
方相氏の男の言葉と同時に、背筋に冷たいものを感じた。
この感覚は、一体……?
「葉河瀨部長、怒ってたんすね……」
「うん。口調がいつも通りだったから、気づきにくいかもしれないけど、途中からかなりの殺気を放ってたよ……」
戸惑っていると、方相氏の男の背後で、儺人と坊主が小声で言葉を交わしていた。
そうか、この私に向けて、殺気を放ったというのか……ますます面白い。
「そういうわけで、俺が用があるのは一条さんだけなので、さっさと返してもらえませんかね?」
「ほう。そこまで言うのならば、私を退けて取り返せばいいだろう?」
「……っ」
殺気を返してやると、方相氏の男は半歩ほど後ずさった。
どうやら、力はさらに戻ってきているようだ。
「おや、先ほどの威勢はどうした?力ずくで依代を取り戻すのでは……」
「早川!!」
「押忍!!」
不意に、蟲使いが儺人を呼びつける声が響いた。
顔を向けると、儺人の男が弓を引き絞っている。
これは、まずい……
「とぅ!」
気の抜けた掛け声とともに、鏑矢が放たれ唸るような音を上げる。
目眩を引き起こすほど不快な音に、思わず目を瞑り耳を塞いだ。
「目を背けるなんて、随分と余裕ですね」
途端に、すぐ近くから方相氏の男の声が聞こえ……
……すぐ、近くだと?
「なにっ……うわっ!?」
目を開けると、視界一杯に方相氏の仮面が写っていた。
とっさに飛び退いたが、右手に鋭い痛みが走り、脱力するのを感じた。
目を向けると、痛みに反して傷は一つもできていなかった。
しかし、全く力が入らず、指を動かすことすらできない。
こいつ、私のみを切り裂いたというのか……
「そう睨まないでください。一条さんを返して、どこかへ去ってくれるなら、これ以上何もしませんから」
方相氏の男は、戈の切っ先をこちらに向けながら、抑揚のない声でそう告げた。
男の背後からは、蟲使いが読む祭文が聞こえて来る。
そのせいか、身体がひどく重く、瘴気も上手く扱えない。
この状態で、私と依代を見分ける目を持つ者を相手にするのは、厄介だ……
ならば、先に煩わしい祭文を止め……っ!?
「最中に他の男に目を向けるのは、あまり関心できませんね」
蟲使いに向かって駆け出したが、抑揚のない声とともに繰り出された黒い盾が視界を塞いだ。
「……くっ!」
今度は左脚に鋭い痛みが走り、脱力を感じる。
なぜだ……?
こいつが、ここまで動けるはずはないのに……
「ああ。貴女がこちらに動こうとしていたのが、見えましたから。動く方向が分かっていれば、防ぐのもかわすのも、造作もありません」
戸惑っていると、相変わらず抑揚のない声が耳に届いた。
「貴女に勝ち目はありませんから、じっとしていてください。手元が狂って、一条さんの身体に傷をつけてしまったら嫌なので」
「ふざけるな!!」
向けられた戈の切っ先を振り払い飛びかかったが、盾を使っていなされる。
その後も、喉元を掻っ切ってやろうと、何度も方相氏の男に飛びかかった。
しかし、その度に方相氏の男は盾を使って爪を防ぎ、私を斬りつけた。
何とか左腕は斬られずに済んでいるが、あと斬られていないのは、右脚と頭くらいか……
「……本当に、そろそろ、おとなしくしてもらえませんか?」
へたり込んでいると、方相氏の男は、深いため息を吐いた。
そして、戈を構えながら、こちらに近づいてくる。
「心配しなくても、すぐに終わりにしますから」
抑揚のない声が、どこか呆れたようにそう告げる。
……これで、終わりなのか?
今度こそ、勝手の良い依代を手に入れたと思ったのに……
今度こそ、私を蔑んだ全てを踏みにじれると思ったのに……
今度こそ、恨みを晴らせると思ったのに……
「……いい加減に、貴女の相手にも飽きたので、どこかへ行っていただけますか?」
抑揚のない声が、いつかどこかで聞いた言葉を口にする。
「っこの!」
「おっと」
とっさに突き出した左手を黒い盾が受ける。
「……言ったはずです。貴女の動きは、全て見えていると」
抑揚のない声が、さらに響く。
嗚呼、口惜しい……
この男さえ、現れなければ……
あの目さえ無ければ……
「さあ、これで終わりに……」
男が戈を構える。
仮面の下のよく見える目で、私を見据えながら。
「……っその忌ま忌ましい目で、私を見るな!」
「……え?」
悪態を吐いた途端、方相氏の男の動きが止まり、左手を受け止めていた盾が床に落ちた。
……これは、好機。
「葉河瀨君!?」
「あ……うわっ!」
坊主の声で方相氏の男は我に返ったが、私の動きの方が少しだけ早かった。
方相氏の仮面は破れ、目玉の抉られた右目があらわになる。
方相氏の男は後方に斃れながらも、身をよじり戈を繰り出そうとした。
しかし、体勢が崩れた相手など、不自由なこの身体でも容易く対処できる。
左手で払いのけると、方相氏の男は戈を手放した。
そのまま、飛びかかり、首元に手をかける。
すると、方相氏の男は、私に喉元を掴まれながら組み敷かれた。
「これで、形勢逆転だな」
「……くっ」
声をかけてやると、方相氏の男は眼球のない右目を歪めて、こちらを睨みつけた。
「ははは、そんな顔をするものではないだろう?懸想した相手に組み敷かれているのだから、もっと喜んだらどうだ?」
「……黙れ」
方相氏の男は、私に見下ろされながら、憎々しげに言葉を漏らした。
生意気な表情ではあるが、こうして見ると可愛らしいものだ。
さて、先ほどまでの礼をたっぷりと、してやらなくてはいけないな……




