思ってもみない★
「早川さんて、結構いろんなことをそつなくこなしますよね」
弓から放たれた矢が的を射貫くと、的場の脇に座った摩耶が感心したように声を漏らした。
朝飯を食べてからも、引き続き地下の弓道場で弓の練習をしていた。山口課長が適切なアドバイスをしてくれたこともあって、徐々に感覚をとりもどし、なんとか矢が的に当たるようになってきた。だから、たしかに、傍目から見たら摩耶の言葉通り、そつなくこなしているように見えるのかもしれない。
「そうなりねー、管理部にいたころも、飲み込みが早くて助かってたなりー」
続いて、摩耶の隣に座った山口課長も相槌を打つ。きっと、二人とも褒めていくれているのだろう。でも……
「摩耶も課長も、その言い方はないっすよ。弓の扱いだって、簿記とか人事労務の知識とかだって、そこそこ死に物狂いで覚えたんすよ?」
反論すると、二人は苦笑いを浮かべた。
「あはは、ごめんなさい。たしかに、早川さんって影でかなり努力するタイプですもんね」
「そうなりね!しかも、ちゃんと実を結ぶような努力をしてるから、偉いなりよ★」
そして、さっきの言葉を訂正して、改めて褒めてくれた。嬉しいけど、それはそれで気恥ずかしい部分があるな……
「あ、いや、どうも……」
曖昧に返事をすると、山口課長がケラケラと笑い出した。
「あはははは★そんなに照れることないなりよ!昨日だって、ひがみんに散々褒めたおされたなりから!」
「そうでしたね!あれは中々面白い光景でした」
山口課長と摩耶が面白がっていると、自然と口からため息がこぼれた。
「面白がらないでください。朝飯のとき、気まずくて大変だったんすから」
昨夜は酔っ払った日神に、いつになく褒められてしまった。それなのに、本人はそのことを全く覚えていないらしく、朝飯の席でいつものようにからかってきた。いつもならすぐに言い返すけど、昨夜のことを思い出して曖昧な返事しか出来ず、食卓が微妙な空気に包まれてしまった……
「ふむふむ、早川ちゃんは、褒められるより叱られる方が落ち着くタイプだったなりね」
「え、早川さんってそういう趣味だったんですか?」
「はい、そこの二人!誤解を受けるような発言をするなら、外で待っててくーだーさーいー!」
不穏な発言に抗議すると、二人は笑いながら頭を下げた。まあ、たしかにいつもほとんど人のことを褒めない相手から、今までずっと力を入れてきたところを的確に褒められて、落ち着かなかったのは確かだけれども……
「あはは、メンゴメンゴ★ともかく、大事な決戦の前にいつもはうるさい上司から、本当は認められていたことが分かってよかったなりよ」
「たしかに、日神課長とは色々とありましたからね」
心の中で日神の真似をしていると、課長と摩耶はしみじみとした口調でそう口にした。
「まあ、そうっすね……」
思えば、俺が真木花の担当営業になってから、急遽日神に担当を奪われたり、管理部に異動になったり、摩耶が冷蔵庫から出現して一緒に日神を懲らしめたり、実は日神にも事情があったことが分かったり……
「ただ、まさか鬼退治なんて話になるとは、思ってもみなかったっす」
脱力気味にそう言うと、摩耶が何故か悲しそうに目を伏せた。
「摩耶、どうした?」
「あ、えーと、真木花にいるときは、わりと姫ちゃんと一緒にご飯食べに行ったりしてたんだけど……辞めてからは、色々とバタバタしてて、あんまり連絡を取れてなかったので……」
摩耶がそこで言葉を止めると、山口課長が、ほうほう、と言いながら、大げさにコクコクと頷いた。
「ほうほう、つまりマヤやんは、私がもうちょっと気に懸けてれば姫ちゃんはこんなことにならなかったかも、って思ったなりね?」
「課長、人の声を真似して、心中を暴露しないでくださいよ」
摩耶はそう言うと、深くため息を吐いた。
「まあ、そんなこと思うのは私らしくないですし、今更後悔しても遅いことではあるんですけどね」
「それでも、そうやって後悔してるってことは、摩耶が良い先輩だって証拠だと思うよ」
「あ……ありがとうございます!」
笑いかけると、摩耶は照れくさかったらしく、赤面しながら顔を反らしてしまった。摩耶のこういう所が、可愛いと思う……よし、可愛い婚約者のためにも、今夜の作戦は必ず成功させよう。
「それにしても、早川ちゃんがこの作戦に参加してくれるのは、正直なところ意外だったなりよ」
心の中でのろけていると、山口課長が意外な言葉を口にした。
「え、そうっすかね?」
「うん、早川ちゃんて、キョンキョンのせいで結構めんどうくさい目にあったでしょ?それと、ハカセみたいな何考えてるか分からないタイプ、苦手なのかなーって思ってたから、今回は積極的には参加しないのかと思ってたなり」
そして、山口課長は葉河瀨部長に対して、若干失礼な言葉を口にした。葉河瀨部長だって、山口課長にだけは、何考えてるか分からない、なんて言われたくないだろうに……
「おやぁ?早川ちゃん、この、ウルトラミラクルエキセントリックな課長に向かって、何か失礼なこと考えたなりね?」
「そ、そんなことないっすよ!よ!課長!ウルトラミラクルエキセントリック!」
とってつけたように褒めると、課長は生暖かい目の摩耶に見守られながら、得意げな表情を浮かべて、まぁね、と口にした。こういう所は単純で助かる、と思ったことは黙っておこう。
「まあ、烏ノ森マネージャーのおかげで痛い目を見たことは確かっすけど、あの人も仕事だったんでしょうし……それに、月見野部長がかなりあの人のことを気に懸けてましたから」
「あれ?早川ちゃんはつきみんとキョンキョンの関係を知ってたなりか?」
「あ、いや、詳しくは知らないっすけど、月見野部長が烏ノ森マネージャーのことを口に出すとき、いつもなんか淋しそうな表情をしてたんすよ。だから、訳ありだけど月見野部長にとっては大事な人なのかなー、と常々思ってたんで……いつもお世話になってる上司にとっての大事な人なら助け出す協力はしたいな、と」
「ほうほう、早川ちゃんって、意外に結構鋭いところあるなりね」
「意外は余計っすよ。それに、葉河瀨部長も無表情な人ではありますけど、製品で分からないことをか質問しにいくと忙しいときでも時間作って説明してくれたり、いつも何かと結構お世話になってるし、日神課長関連のゴタゴタのときにもかなり協力していただいたんで、今度は俺が協力できればなーと……」
俺がそう言うと、摩耶がコクコクと頷いた。
「たしかに、葉河瀨部長って、なんだかんだで面倒見良いんですよね。あーあ、そういう人が姫ちゃんとくっついてくれれば、私も安心なのに」
摩耶はそう言うと、深くため息を吐いた。
「まあ、俺もそうなってくれるに越したことはないと思うけど……こればっかりは、本人たちがどうにかするしかないうえに、社長たちからストップがかかって……っ!」
摩耶に返事をしていたが、思わず言葉を止めた。
多分、山口課長は社長が出した条件について賛成している立場なのに、うかつな発言をしてしまった。慌てて山口課長の顔を見ると、いつになく真剣な表情でこちらを見つめている。まずい、反抗的な発言として、受け取られてしまったかもしれない……
「早川ちゃん、ちょっと良いこと思い着いたんだけど……」
「は、はい!何っすか!?」
焦りながら問い返すと、山口課長は満面の笑みを浮かべた。
こ、これは、よくて「制裁のウルトラ課長チョップ★」を食らう奴だよな……
いや、状況が状況だから、もっと酷いことになるかもしれな……
「今日せっかくだから、狩衣じゃなくてキューピッドの衣装で出撃するのはどうなりか?」
……うん。
色々と、予想以上の酷さ満載の発言が繰り出されてしまった。
「あははははは!ちょっ、と、それ、見てみてみた、いです……あはははは!」
しかも、摩耶は笑いの壺に入ったらしく、俺をフォローするどころか、腹を抱えて笑っている……
「それは、勘弁して欲しいっす」
「えー?遠慮することないなりよ★」
「遠慮じゃなくて、本当に嫌なんすよ!あと、摩耶はいい加減笑い止んで!」
「あはははは!ご、ごめんなさっあはははははは!」
……課長のおかげで、弓道場の空気が一気に砕けた気がする。
まあ、緊張しっぱなしよりはいいのかもしれないけど……
本当にキューピッドの衣装を持ってこられたらどうしようという、変な緊張が生まれてしまったことも確かだ……




