宴の場・その二
山口課長の家に辿り着き、明日に向けての決起集会という名の飲み会に参加している。皆、楽しんでいる様子だけど、明日についての話題をどことなく避けているように見える。ただ、全く話題に出さないわけにもいかないよね……
どうしたものかと悩んでいると、玄関からチャイムの音が聞こえた。
「こんばんはー!社長ですけれど、みんないるー!?」
それから、川瀬社長の大きな声が続いた。すると、信田部長が眉間をおさえて、深いため息を吐いた。
「まったく、この時間に玄関先で大声なんて出したら、近所迷惑になるのに……」
「部長!小生がすぐにお迎えにあがりますので、なにとぞご容赦いただきたく!」
嘆く信田部長に向かって、繭子ちゃんが慌てて声をかけた。
「繭子、川瀬社長が信田部長に叱られるのは往々にして本人の問題だから、繭子が気にしなくてもいいんだぞ」
「そうなりよ!社長を叱るのが部長の仕事なんだから、繭子は気にすることないなり!それに、合い鍵は渡してあるから、放っておいても平気なり!」
「そうね、繭ちゃんにまで、世話をかけるわけにはいかないし、放っておいて大丈夫よ」
日神君、山口課長、信田部長が繭子ちゃんに向かってフォロー……というよりも、川瀬社長に対しての辛辣な言葉を口にした。うん、三人の言うことはあながち間違ってはいないんだけど、もうちょっと川瀬社長にたいしてのフォローもあっていいんじゃないかな?
「まあ、川瀬社長は良くも悪くも、行動力がもの凄いっすからね」
「そうですね、一緒に行動させていただくと、社長の行動力にはいつも驚かされます。良くも悪くも」
今度は、早川君と吉田がどこか疲れた表情で、川瀬社長に対してのフォローの言葉のようなものを口にした。うん、でも、あんまりフォローする気がないような気もするね。
「お前ら、行動力に驚かされるくらいならまだマシだろ。こっちは川瀬社長と行動するだけで、職務質問を受けることが多々あるんだぞ」
「それは、葉河瀨部長にも、多少の問題があると思います……」
「ああ。葉河瀨、お前は社長と取引先に行くときくらい、身だしなみを整えろ」
続いて、葉河瀨部長が川瀬社長に対する愚痴のようなものをこぼし、三輪さんと日神君が葉河瀨部長に対して苦言を呈した。すると、葉河瀨部長は不服そうな表情を浮かべて、えー、と声を漏らす。まあ、三輪さんと日神君の言うとおり、お客様のところへ行くときだけでも身だしなみを気にしてくれれば、僕としても安心かな。
そんなことを考えていると、襖が勢いよく開いた。
「ちょっと!みんな酷いよ!せっかく社長が来たのに、玄関先に放っておくなんて!」
そして、頬を膨らませ、日本酒のビンを抱えた川瀬社長が現れた。
「社長!まことに申し訳ございませぬ!」
「すみませんでした、社長さん」
繭子ちゃんとたまよさんが頭を下げると、川瀬社長が勢いよく首を振った。
「ううん!繭ちゃんとたまよちゃんは悪くないよ!」
「そうね。悪いのは、慧からカギを預かっているのに、横着して人に開けてもらおうとした社長ですから」
川瀬社長のフォローの言葉に、信田部長が言葉を続けた。すると、川瀬社長は再び頬を膨らませた。
「もう!部長のイジワル!」
川瀬社長はそう言うと、トコトコと信田部長に近づいて、当然のように膝の上に座った。信田部長は動じることなく、川瀬社長の頭をポンポンとなでる。厳しいことを言うけれども、なんだかんだで信田部長は川瀬社長を可愛がっているんだね……
「むー、社長ばっかりずるいなり!アタシもー!」
なんとなくシミジミとした気分になっていると、山口課長の不服そうな声が耳に入った。たしかに、信田部長に長らく想いを寄せている山口課長にとっては、羨ましい光景なのかもしれないけど、ちょっと大人げない気も……
「つきみん、その目はなんなりか?」
失礼なことを考えていると、山口課長にジトッとした目を向けられてしまった。
「いやいや、なんでもありませんよ!」
「へー?本当なりかー?」
慌ててごまかしたけど、お酒も入っているせいか、山口課長はジトッとした目を反らしてくれなかった。これは、まいったね……
「師匠、月見野部長が困っていらっしゃるので、からむのはそのくらいに……ふわぁ」
戸惑っていると、繭子ちゃんがフォローの言葉の後に、小さくあくびをした。
「っ!?た、大変失礼いたしました!!」
「ううん、大丈夫だよ。もういい時間だから、眠くなるのも当然だよ」
慌てる繭子ちゃんに声をかけると、山口課長も笑顔で頷いた。
「そうなりよ!良い子はもう寝る時間なり、今日も頑張ってくれたから、ゆっくり休むといいなりよ★」
山口課長がウインクをすると、繭子ちゃんは深々と頭を下げた。
「かしこまりました。しからば、お言葉に甘えて、小生はこれにて失礼いたします」
繭子ちゃんはそう言うと、再び深々と頭を下げた。すると、今度は日神君の隣に座ったたまよさんが、小さくあくびをした。
「たまよも、疲れているなら、繭子と一緒に先に休むといい」
「そうなりよ★たまよちゃんの分の布団も用意してるから、ゆっくり休むといいなり!」
日神君と山口課長が声をかけると、たまよさんはニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて……」
たまよさんはそう言いながら立ち上がったけど、不意に日神君にハッとした表情を向けた。
「正義さん、正義さん」
「どうした?」
「今日は、おやすみのチュウは、どうしましょうか?」
そして、なんとも聞いていて気まずくなる質問を繰り出した……
当然、一同の視線は日神君に集まり、日神君は見る見るうちに赤面していく。
「……今日は、遠慮しておこう」
「かしこまりました……」
日神君がコップに入った日本酒を煽ってから答えると、たまよさんは少し寂しげに答えた。うん、部下の夫婦仲が良いことは素晴らしいことだと思うし、この件についても深く追及しない方が……
「へー?じゃあ、明日はどうなるのなりかー?」
「イレギュラーな対応をするときは、今後はどう対応するのかという情報も伝えるべきだと思います」
……良いと思うんだけどね、僕は。それでも、やっぱり、山口課長はおどけた声、葉河瀨部長は抑揚のない声をしながら、日神君の発言を蒸し返した。当たり前だけど、日神君は赤面しながら、二人に鋭い目を向ける。
「師匠も葉加瀬部長も、義兄上はこう見えて純情なのですから、あまりからかってはなりませぬ!義姉上も、明日はいつも通りになりますゆえ、今日はもう休みましょう!」
そうこうしていると、繭子ちゃんが日神君に対してフォローのようなトドメのような言葉を口にしながら、たまよさんの手を取った。すると、たまよさんは穏やかな微笑みを浮かべて、繭子ちゃんの頭をなでた。
「そうですね。では、私たちはこれで失礼します。皆様、おやすみなさい」
たまよさんはそう言って頭を下げると、繭子ちゃんに手を引かれて居間を出て行った。廊下から聞こえる二人の足音が聞こえなくなると、山口課長がニヤリとした笑みを浮かべグラスに残っていたビールを飲み干した。
「さて、お前ら、良い子たちも寝たことだし……」
低い声で山口課長がそう言うと、僕を含め、全員が表情を硬くし背筋を伸ばした。
やっぱり、明日のことを何も話さないというわけにはいかな……
「……ワイ談の時間だな」
……いと、思うんだけどね、本当に。
「社長の前で、ふざけたことを言うんじゃありません!」
「ふぐっ!?ひ、酷いなりよ部長!アタシはただ、アルファベットのYについて語り合いたかっただけなり!」
すかさず、信田部長の肘が山口課長の鳩尾に入り、山口課長が涙目で言い訳をして……
「部長!酷いよ!私こどもじゃないもん!せくしぃなお姉さんだもん!」
川瀬社長が不服そうに頬を膨らませ……
「社長が、せくしぃなお姉さんっすか……」
「こら!早川さん!それはちょっと無理がある、とか失礼なこと言っちゃいけません!」
「三輪、早川が頑張ってこらえた言葉を口に出さないでやってくれ……」
早川君、三輪さん、日神君が社長の発言に対して率直な感想を漏らし……
「ここ数年は爛れた関係もなかったから、語るようなこともないしな……」
「葉河瀨部長、その、ここ数年は、というところに、突っ込んでも良いのでしょうか……」
葉河瀨部長が意味深な発言をして、吉田が力なく声をかけた。
……うん、何というか緊張は解れた気がするかな。
「えーと、じゃあ、場が和んだところで、明日の件について最終確認に入るということで良いかな?」
僕がそう言うと、皆は再び姿勢を正して頷いた。
「そうっすね!明日の仕事はキッチリ成功させて、さっき繭子ちゃんが言ってたみたいに、いつも通りの平和な夜を迎えたいっすから!」
若干蒸し返すような早川君の言葉に、日神君がまたご立腹するんじゃないかと心配になった。でも、目を向けてみると、日神君は目を瞑ってゆっくりと頷いていた。どうやら、早川君の言葉に、心から同意しているみたいだね。
「明日はいつも通り、か」
安心していると、葉河瀨部長がどこか不安げに繭子ちゃんの言葉を繰り返した。すると、山口課長がジトッとした目付きを葉河瀨部長に向けた。
「おやぁ?葉河瀨、アタシの繭子が言うことに何か文句でもあるなりか?」
「そうじゃないですよ。ただ、明日の件、まだ不安要素の方が多いので、せめて被害が最小限になるように動かないといけない、と思っただけです」
お酒が入っているせいか、葉河瀨部長が素直に不安を口にした。すると、山口課長は気まずそうな表情を浮かべて、頭を掻いた。
「あー、まあ、それなんだが……」
「その件は心配しないで!本当に命に関わるようなときは、側で待ってる部長と課長が、ハカセ、つきみん、ひがみん、早川ちゃんのことを助け出しにいくから!」
言葉尻を濁した山口課長に変わって、川瀬社長が説明を続けた。
……うん、やっぱりか。いざというときに助ける対象に、京子と一条さんは入っていないんだね。まあ、第一フェーズのことを考えると、当然そうだと思っていたけれど……
「やはり、そうですか」
落胆していると、葉河瀨部長が俯きながら、小さく呟いた。覚悟をしていたとしても、改めてハッキリと言われると、辛いものがあるよね。
居間に、重い空気が漂い始める。
「安心しろ、葉河瀨。俺が関わる限り、死人も行方不明者も出すつもりはない。無論、俺も含めてな」
重い空気を祓ったのは、日神君の言葉だった。う、うん、そう言ってもらえるのは心強いけど、日神君ってこんなにハッキリと熱い台詞を口にする子だったっけかな?
戸惑っていると、日神君は凜々しい表情を浮かべて、葉河瀨部長を指さした。
「それに、葉河瀨!」
「え、あ、はい、なんでありましょうか?」
「お前がそんな弱気でいて、どうするんだ!?」
戸惑う葉河瀨部長に向かって、日神君がまるで活を入れるように声をかけた。
「お前は、一条さんをなんとしても助けたいんだろ!?」
「……当たり前だ」
日神君が問い詰めると、葉河瀨部長は静かに答えた。日神君は葉河瀨部長の返事を聞くと、満足げに微笑んだ。
「よし、その意気だ。いいか、葉河瀨、よく聞け……」
日神君はそこで言葉を止めると、日本酒を煽り、お客様のところでも滅多に見せないような爽やかな笑みを浮かべ……
「……呪いを解くのは、いつだって愛だ」
……なんとも、含蓄のある言葉を口にした。
途端に、部屋の中がざわつき出す。
……日神君の口から出たのは意外だったけど、たしかにその言葉のとおりだ。




