また会えたのならば
辛い。
苦しい。
痛い。
憎い。
妬ましい。
目に入るもの全てが煩わしい。
皆いなくなってしまえ。
……ここはどこでしょうか?
さっきから、恨み言がザワザワと騒がしく聞こえます。まるで身体中に恨み言がへばりついているようです。とても煩わしい……
「烏ノ森マネージャー、本当にこうするしかないんですか?」
「いまさら何を言っているの。貴方も、今のこの子がどんなに危険か、身をもって味わったのでしょう?」
恨み言に混じって、垂野君と烏ノ森マネージャーの話し声も聞こえてきました。
「でも……たとえば、煩わせるような相手が近くにいなければ、それで、一条先輩のことを第一に考えるようなヤツが側にいれば……」
「その件についても、もうそんな段階じゃないと、さっきのやりとりを見て分からなかったのかしら?」
さっきのやりとりとは、一体……ひょっとして、葉河瀨さんとのやりとりを見られいたのでしょうか?
……まあ、そうだとしても、別に問題はないですね。
それにしても、葉河瀨さんも往生際がわるかったですね。私を馬鹿にしようと嘘を吐いていたことはもうバレているのに、まだ私のことを思っているふりをするなんて。そのうえ、お詣りの効果が現れても、まだ私を騙せると思っていたのですから。
仮に、貴女がなにか恐ろしいモノになってしまったとしても、俺の気持ちは変わりませんから。
……あんな言葉で、私をまだ騙せると思っていたなんて、まったくもって、酷く滑稽です。
その言葉が本当だったらよかったのに、などと一瞬でも思った私も……
「それでも……」
「……認めたくないという気持ちは分からなくもないわ」
……それにしても、この二人はいまさら何を言っているのでしょうか?
あなたたちだって、いつも……
「でも、私たちが川瀬社長の計画に文句をつける資格はないのではなくて?結局、あの子がああなるまで気がつかなかったのだから。それどころか、あの子のため、という大義名分で、自分の考えを押しつけていたのだし」
「……」
……なんだ。烏ノ森マネージャーには、ご自覚があったのですね。それなら、もう少し気をつけてくださっていれば、色々な結果が違ったのかもしれません。
どこか他人事のようにそんなことを考えていると、烏ノ森マネージャーの深いため息が聞こえました。
「まだ、納得がいかないみたいね?それなら、本人の言葉を聞いてみなさい……一条さん、目が覚めたのでしょう?」
烏ノ森マネージャーに名前を呼ばれ、ゆっくりと目が開きました。辺りを見回してみると、どうやら車の後部座席にいるようでした。でも、窓の外はモヤに包まれていて、どこを走っているかまでは分かりません。
「おはよう、一条さん」
隣から聞こえる声に顔を向けると、烏ノ森マネージャーの無表情な顔が目に入りました。
「おはよう、ございます……」
挨拶を返しながら辺りを更に見回すと、運転しているのは垂野君のようでした。あの子、運転免許を持っていたのですね……
「垂野君、少しの間だけ、人のいる道に出てもらえるかしら?」
意外に思っていると、烏ノ森マネージャーが垂野君に話しかけました。その途端、垂野君の肩が小さく跳ねたのが目に入りました。
「……川瀬社長から、目的地まではなるべく人目につかないように、とご依頼があったはずですよ?」
「別に、なるべく、という話なら、少しくらいかまわないでしょう?それに、色々と確かめたかったのよね?」
「……」
烏ノ森マネージャーに問い返され、垂野君は黙り込みました。でも、よく聞くと、ブツブツと何かを唱えているようにも聞こえます。何を唱えているのか気になって耳を傾けているうちに、窓の外の景色が段々とハッキリしてきました。どうやら、繁華街の中の道路を走っていたようです。車は少し走ると、信号に引っかかり停車しました。
それにしても、会社からはそこまで離れていないとは思いますが……どの辺りなのでしょうか?
「一条さん、少しいいかしら?」
窓の外を眺めていると、烏ノ森マネージャーが声をかけてきました。
「はい、何でしょうか?」
「そうね……あの二人を見て、どう思う?」
烏ノ森マネージャーがそう言って指さしたのは、横断歩道を渡る制服を着た女の子の二人組でした。
どう思うと言われても、別に何も……
「気に入りませんね。私はあんなふうに心を許せる相手がいないのに楽しそうなところを見せつけるなんて、いっそのこと二人そろって消えてしまえばいいと思います」
……何も思っていないはずでしたのに、口から滑るように言葉がこぼれました。
「そう。なら、あの人はどうかしら?」
「気に入りません。この世の不幸を全て背負ったような顔をして、私が感じている理不尽さくらいで、弱音を漏らすなと言われている気分になります。それなら、本当にこの世の不幸を全て背負ってしまえばいいと思います」
「それなら、あの二人は?」
「気に入りません。年齢を重ねてもずっと穏やかな表情でいられる相手がいると見せつけるなんて、お前には絶対無理だと優越感を抱いているのですよね。二人まとめて、さっさと寿命がきてしまえばいいのに」
烏ノ森マネージャーが道行く人を指さすたび、口から言葉がこぼれました。私としては、何も思うところがなかったはずなのに、なぜでしょうか?
いえ、口から言葉が出たということは、心からそう思っていたのでしょう。
視線を動かしたら、また眠気が襲ってきました。
「……分かったわ、一条さん。疲れているようですから、また少し眠って起きなさい」
「はい……ありがとうございます……」
なぜかいつもより優しげな烏ノ森マネージャーのお言葉に甘えて、再び目を閉じました。そうすると、すぐに眠気が襲ってきました。
「……これで分かったでしょう?今の一条さんは、何を見ても煩わしく思うし、その気になれば、言葉通りのことができるのよ」
「……でも、さっきの人たちに、何も起きなかったじゃないですか」
「それは、貴方が彼女の呪いが漏れ出ないように、最低限の結界を張っているからでしょう?私が気づかないとでも、思ったのかしら?」
「……いいえ。烏ノ森マネージャーが、一条先輩が放つ呪いを少し受け止めていることにも、気づいています」
「……そう。なら、これ以上、つまらないことを言わないでちょうだい」
「……はい」
遠のいていく意識の中、エンジン音に紛れて、二人の会話が聞こえて来ます。どうやら、私は本当に何か恐ろしいモノになってしまったみたいです……でも、どうでもいいですよね。
私のことを思ってくれる人なんていないのですから。
だから、悲観的な気持ちになることもないはずでしょう?
むしろ、私を煩わせるものを排除できるようになったのですから、喜ばなくては。
仮に、貴女がなにか恐ろしいモノになってしまったとしても、俺の気持ちは変わりませんから。
……また、性懲りもなく、あんな言葉を思い出して。
でも、あの言葉が本当だとしたら、あの男にも利用価値があるのかもしれない。
わざわざ、自分の力を使わなくても、気に入らないものを代わりに処理させることもできるのだから。
外に出られなくなったとしても、気に入らないものが処理されたという話を聞けば、気分も晴れるはず。
また会えたのならば、あの言葉が嘘ではないか聞いてみることにしよう。
たとえ、嘘だったとしても、心臓の一つでも抉ってやればいい。
さっきは、加減をさせられてしまったけれど、次はもう邪魔が入らないはずだから。
ああ、完全に目が覚めるのが、楽しみで仕方ない。




