葛の葉
「うん、そっか。それなら、安心したなり! それじゃ、あとはよろしくねん★」
山口課長は、軽快な口調でそう言うと、スマートフォンの通話を切った。そして、僕たちの方を見て、ニコリと笑った。
「ひがみんから、姫っちの捕獲は無事に完了して葉河瀨も無事に病院送りにした、って連絡があったなりよ★」
楽しげな山口課長の言葉に、信田部長がこめかみをおさえながら、深くため息を吐いた。
「一条さんの件はともかく、その報告のし方だと日神がハカセに危害を加えたみたいにきこえるでしょ……」
「てへっ★言い間違えたなり★」
山口課長は信田部長の指摘に、反省しているのかどうか分からない反応を返す。信田部長に呼ばれて、日神君と一緒に、第二フェーズに吐いての打ち合わせ、に参加することになったんだけど、川瀬社長、信田部長、山口課長が待つ会議室に入った途端……
真木花の近くにある商業施設で、多数の怪我人が出た事故が発生したというニュースがスマートフォンに通知される。
そのニュースを見た川瀬社長が、京子に連絡を入れる。
京子から、真木花で出た怪我人の対応があったため、一条さんへの対応が遅れていたと説明を受ける。
川瀬社長が、日神君を応援にだすと、京子に伝える。
それに乗じて、山口課長が、葉河瀨部長の安全を確保するように、と日神君に命じる。
日神君が戸惑う。
山口課長が不敵な笑みを浮かべて、全てお見通しだ、と告げる。
日神君がバツの悪そうな表情を浮かべて、真木花へ向かう。
ややあって、今度は真木花の最寄り駅にある喫茶店で爆発事故らしきものが発生する。
心配していると、日神君から連絡が入り、ついさっきの山口課長の発言に繋がる。といった状況になっている。
「こんな短時間で数十人の負傷者をだすなんて、やっぱり一条ちゃんは中々の逸材だね。事が落ち着いたら、是非うちにスカウトしたいなー」
状況を振り返っていると、川瀬社長が手でパタパタと机を叩きながら、非常に呑気な発言をした。
「まあ、真木花にいられるよりは、手元に置いておいた方が安心ではあるわね」
信田部長が、川瀬社長の言葉に同意する。そして、こめかみをおさえながら、深いため息を吐いた。
「まさか、親子揃って橋姫騒動に関わることになるとは思わなかったわ」
……親子揃って?
……橋姫騒動?
橋姫ってたしか、能の「鉄輪」に出てくる鬼だったような……あのお話も、丑の刻参りが出てくるし、一条さんとなにか関係あるのだろうか?
それと、親子揃ってというのは……たしか、信田部長は以前結婚されていて、息子さんがお一人いらっしゃると聞いたことはある。
そういえば、信田部長は呪いごとに詳しいし……鉄輪には某有名な陰陽師が出てくるけど……まさか、信田部長が某有名な陰陽師のお母様ご本人、なんてことは……ない……よね?
「それは、どうかしらね?」
戸惑っていると、信田部長がこちらを見て、ニヤリと笑った。
どうも、僕の考えていることが読まれているような気がする。そうなると、ますます某有名な陰陽師のお母様という説が、現実味を帯びてくる気がする。でも、そうなると、信田部長のご年齢が、かるく千歳以上ということになってしまうか……
「まあ、みんな思うところがあるだろうけど、ハカセが無事に病院送りになったんだし、第二フェーズの説明に入るよ!」
失礼なことを考えていると、川瀬社長が机をパシパシと叩きながら話題を元に戻した。
「社長、社員に対して、病院送りになることを望んでいた、と捉えられかねない発言をするのは、いかがかと思いますよ」
信田部長が忠告をすると、川瀬社長は不服そうに唇を尖らせた。
「えー、でもー、ハカセが色々と思いしらないと今回の話が進まないってことは、部長も課長も承知のうえでしょー」
「まあ、そうなりねー★それで、つきみん」
山口課長が、川瀬社長に同意してから、こちらに視線を向けた。
「はい、なんでしょうか?」
「次のフェーズ、上手くいけば、姫っちもキョンキョンも助けられるなりが……命をかける、覚悟はあるか?」
「当たり前です」
僕の答えを聞いた山口課長は、満足げに頷いた。
「それじゃ、つきみんは参加決定なりね★」
「あとは、日神と早川あたりにも協力を願いたいところだけど……その前に、ハカセの意向を聞かないとね」
山口課長の言葉に続いた信田部長だったけど、不意に難しい表情を浮かべた。
第二フェーズが、一条さんを救出するという話なら、葉河瀨部長がことわるとは思えないけど……なにか、不安要素があるのだろうか?
疑問に思っていると、川瀬社長がこちらを向いて、苦笑を浮かべた。
「えーとね、今回の件について、葉河瀨が気づいてたことを最初から正直に話してくれてたら、ここまで大事にならなかったでしょ? だから、ちょっとした落とし前をつけてもらおうと思ってね」
「落とし前……ですか……?」
物騒な言葉に、思わず訝しげに聞き返してしまった。しまったと思ったけど、社長は気にすることなく、苦笑したまま頷いた。
「うん。でも、指を置いてけー、とか、そういう物騒なことを言うつもりはないから、安心して」
「ただ、葉河瀨にとったら、同じくらい辛いことになるかもな……」
「ええ、そうでしょうね……」
川瀬社長の言葉に、沈痛な面持ちをした山口課長と信田部長が続いた。本当に、一体なにをさせるつもりなんだろうか……?
疑問に思っていると、会議室によさこい節のメロディーが流れた。
「社長? 会議の際はマナーモードにしてくださいって、午前中にも申し上げましたよね?」
途端に、信田部長が眉を顰め、川瀬社長が焦った表情を浮かべる。
「だ、だって、ほら! 今朝の会議も、今の会議も、緊急事態だから! それに、ハカセからの着信だから、すぐに出なきゃだし!」
川瀬社長はそう言いながら、スマートフォンを掲げた。その言葉通り、スマートフォンの画面には、カタカナで「ハカセ」と表示されている。スマートフォンの画面を見た信田部長は、ため息を吐きながら、どうぞ、と呟いた。
「はーい、社長でーす。うん、そうだね。でも、大丈夫、気にしてないよ! それで、そっちはどうだったの? ふん、ふん、そっか! なら良かったよ!」
葉河瀨部長の声は聞こえないけど、川瀬社長の反応からすると、命に別状はなかったみたいだね。
「それでね……え!? いいの!? でも、そのかわり、ちょっと覚悟してもらうことがあるから、説明をきいてからでも……え? う、うん、ハカセがそう言うなら構わないけど……一応、明日の打ち合わせで改めて説明するから、気が変わったらそこで教えてね? うん、そう……じゃあ、今日はもう帰って、ゆっくり休んでね! 社長命令だから! うん、じゃあバイバーイ!」
川瀬社長は上機嫌な様子で電話を切ると、こちらに満面の笑みを向けた。
「えーとね! ハカセから、病院送りになったけど別に後遺症が出るタイプの病名じゃないから安心してください、って言われたよ!」
「それは、良かったです」
安心しながら返事をすると、信田部長と山口課長も表情を和らげて頷いた。
でも、本当に良かった。それに、葉河瀨部長の命に別状がなかったということは、一条さんには、まだ良心が残っているはず……
「あとね! ハカセがスリーサイズを教えてくれることになりました!」
「……え?」
感慨に耽っていると、川瀬社長が得意げな表情で、問題になりそうな発言を高らかに口にした。
えーと……そういう発言は、セクシャルハラスメント事案になるんじゃないのかな?
戸惑っていると、信田部長がこちらに悲しげな表情を向けながら、首を小さく横に振った。
「月見野君、今回ばかりは特例中の特例だから……」
「そうそう! それに、詳しい数値は限られた社員にしか教えないし、絶対に漏洩させないから大丈夫なりよ!」
悲しげな信田部長に、得意げな山口課長の声が続いた。
えーと、本人が納得していて、個人情報が厳重に守られるなら良いのかもしれないけど……
一体、葉河瀨部長のスリーサイズと第二フェーズにどんな関係があるんだろう?




