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置き場

 早川君と吉田のフォローを受けて日神君が落ち込んでいると、社長がパチパチと手を打った。


「はいはい。じゃあ、製品開発部と第三営業部の子達が上司思いと分かったところで、作戦の説明をするよ! みんな、手元の資料を確認して!」


 釈然としない日神君を横目に、手元の資料を捲った。資料には、今回の仕事に参加する人間の名前が記載してあった。その中には、ここに居る人間だけでなく、葉河瀨部長の名前もあった。それと……


「烏ノ森マネージャーも、参加するんですね……」


 三輪さんが苦々しい表情を浮かべて、言葉をこぼした。うん、三輪さんが真木花を辞めるきっかけになったのは、京子との衝突だったって聞いたことがあるからね。やっぱり、京子に対してあまり、良い印象をもっていないよね……


「摩耶、そんな顔するなよ。烏ノ森マネージャーも、色々大変なんだろうし」


 残念に思っていると、早川君が京子についてのフォローを入れた。嬉しいけど、少し意外だな……


「ああ、ほら、元々は俺が真木花の担当だったじゃないっすか。それで、商談でお会いすると、なんかいつも悲しそうな顔してたんで、色々あるのかなーと」


 僕の視線に気づいたのか、早川君は苦笑いを浮かべながら頭を掻いてそう言った。早川君は、不機嫌にしているようにしか見えない京子の表情を読み取ってくれたんだね……


「そうか。ありがとうね、早川君」


「へ? いや、あ、はい。どうもっす」


 早川君は腑に落ちないといった表情を浮かべて、軽く頭を下げた。たしかに、いきなりお礼を言われたら、戸惑うか。


「はい、じゃあ、キョンキョンの苦労が伝わったところで、真木花からの参加者の説明ね。キョンキョンの他には、垂野っちも参加するよー」


 戸惑う早川君をよそに、川瀬社長は資料を手に取りながら、真木花側の人員について説明を始めた。紹介してくれるのは良いんだけど、キョンキョンというあだ名は、京子が聞いたら戸惑いそうだね……

 戸惑う表情を浮かべた京子の姿を想像していると、日神君が静かに手を挙げた。


「ん? どうしたの、ひがみん」


「社長、真木花側の参加者について、質問してもよろしいですか?」


「うん! 分からないことがあったら、何でも聞いてね!」


 川瀬社長に促されると、日神君は、それでは、と呟いた。


「この作戦、しぎ……失礼、真木花の臥篭チーフは参加しないのですか?」


 臥篭チーフというと、一昨日、日神君と早川君を襲撃してきた人だよね。名前呼びをするってことは、日神君と親しかったりするのかな?


「おやぁ? ひがみん、たまよちゃんという可愛い奥さんがいるというのに、元カノが気になるなりか?」


 すかさず、山口課長がニヤリと笑いながら日神君を茶化した。すると、みるみるうちに、日神君の眉間に深いシワが寄っていく。


「元カノではなく、遠縁の親戚です。山口課長は私とたまよの結婚式で、一度会っているはずですけれども?」


「あ、メンゴメンゴ、そうだったなりね★」


 日神君が元カノと言う言葉を否定すると、山口課長は舌を出しながらウインクをして自分の頭を小突いた。さすがに、本気で怒り出しそうになっている人をしつこく茶化したりはしないのか。しかし、日神君は気が収まらないのか山口課長を睨み続け、山口課長は苦笑を浮かべて頭をペコペコと下げている。


「たしかに、臥篭ちゃんは、かなりの実力者だから来てもらっても良かったんだけどねー」


 イザコザする二人をよそに、川瀬社長はどこかつまらなそうに頬杖をついた。うん、可能性が低いのに、他社の社員をあまり大人数巻き込むわけには、いかないからね。



「だって、ああいうタイプの子は、真っ先に殺される可能性が高いから」



 ……え?

 さすがに、この場でこの冗談は、笑えないんじゃ……

 そう思ったけど、川瀬社長の表情は、真剣そのものだった。


「ひがみん的に、あの子を殺しときたいっていうのなら、今からキョンキョンに連絡してメンバーに入れてもらうけど、どうする?」


「……いえ、結構です」


 青ざめた表情で返事をすると、川瀬社長は、そう、と呟いた。

 あの子が人を殺すわけない、そんな反論さえできないほど、会議室には重苦しい空気が漂った。 

  

「あの……社長、姫ちゃ……一条さんが、本当にそんな状態になっているか、確かめてきてもいいですか?」


 重苦しい沈黙を打ち破るように、三輪さんがおずおずと発言をした。すると、信田部長が三輪さんの肩に手を置いて、悲しげに目を伏せながら首を振った。


「ダメよ、三輪さん」


「でも、部長!」


「気持ちは分かるけど、一条さんがどんな状況になっているか確実な情報がない以上、行かせるわけにはいかないの。大事な部下を危険な目に遭わせたくないから」


 信田部長が宥めるように声をかけると、三輪さんは唇を噛みしめて俯いた。


「でも……」


「まややん。ダメなものはダメなりよ」


 納得がいかないと言いたげに呟く三輪さんを、山口課長が悲しげな声で諭した。

 それから、山口課長は深くため息を吐いた。


「大体、鬼なんてもんは、居るだけで周りに災厄を振りまくんだ。自分から会いにいったりしたら、命の保証はできない」


「ええ。慧の言う通りよ、だから分かって」


 ……山口課長も信田部長も、あの子が鬼になったという前提で話を進める。

 まだ、決まったわけじゃないのに。

 否定をしたいのに、上手く言葉が紡げない。

 僕も、あの子が鬼になっている、なんて思い始めてしまったのだろうか……


「……大丈夫ですか? 月見野部長」


 逡巡していると、日神君の心配そうな声が聞こえた。顔を向けると、声に違わず不安げな表情が目に入った。


「あ、うん。ごめんね、大丈夫だよ」

 

「そう、ですか……」


 苦笑いをしながら答えると、日神君は釈然としない表情をしながらも、納得してくれた。うん、今、部下に余計な心配をかけるわけにはいかないからね。

 

「まあ、というわけで課長の言った通り、鬼って言うのは居るだけで結構な災厄を呼ぶんだよ。疫病だったり、災害だったり……あ、あと事故なんかも呼ぶかもしれないね」


 日神君と私語をしていると、川瀬社長がどこか得意げに説明を続けた。


「そこで、キョンキョンと垂野っちの出番なのです!」


 ……そうだ、まだ京子と垂野君が何を任されたか聞いてなかった。

 川瀬社長は、二人に一体何を……



「まず、垂野っちに、一条ちゃんを人に干渉できないように隔離してもらって、キョンキョンには一条ちゃんの……瘴気って言えば伝わるかな? ともかく、人に災厄を振りまかないように、一条ちゃんが静まるまで、側で力をおさえていてもらいます!」



 ……え?



「あの、社長、それはつまり……一条さんとともに烏ノ森マネージャーも、封印するということなのでしょうか?」


 戸惑って声を出せずにいると、日神君が挙手をしながら社長に尋ねる。


「うん。そうだよー。キョンキョンは人の吉凶をある程度操れるから、一条ちゃんが放つ悪いモノが外に出ないように、吸い取ってもらうの!」


 それは、つまり……


「一応、同時進行で部長に、一条ちゃんを鎮めるためのお祈りをしてもらうよ。でも、かなりの長期戦になると思うし……一条ちゃんの体が朽ちるまでに、鎮められるかどうかは微妙なところだね!」


 社長は悪びれなく、どこか楽しげに残酷な話を続ける。




「まあ、年齢的にキョンキョンは……寿命が来る前に外に出ることは、ないだろうな」


 


「……ふざけないで下さい」



 

 ようやく、声を出すことができた。

 机を強く叩いた手が、ジンジンと痛む。

 

「……つきみん、それはね、こっちのセリフなんだよ」


 睨みつけているというのに、社長は怯むことなく顎の下で指を組んだ。


「まあ、元々は山本の命令だろうけど……彼女が責任者になってから、こっちは精鋭部隊がいる部署を引っかき回されるわ、有能な管理監督者の命を狙われるわで大変だったから。そうだよね? ひがみん、早川ちゃん、吉田ちゃん」


 話を振られた日神君は表情を曇らせて俯いた。

 早川君は困惑した表情で目を反らし、吉田は戸惑った表情で視線をせわしなく動かしている。

 たしかに、川瀬社長の発言は事実だけど……


「それに、部下が個人的に呪いを使ってうちの社員を危険な目に遭わせたんだから、管理監督者として落とし前をつけてもらわないと」


 だからといって……


「本来なら、部長と課長に二人の始末を願いすれば済んだんだろうけど……二人とも無事に帰ってくる可能性が、ほんの少しでもある方法を選んだんだよ? 寛大な措置だと思わない?」


 社長の言葉に、信田部長と山口課長が、悔しそうに唇を噛みしめた。

 ……二人も、京子が身籠もったときに色々と協力してくれたから、思うところがあるんだろう。


「……社長、この件、葉河瀨はどこまで知っているのですか?」


 信田部長達の表情に気を取られていると、日神君の不安げな声が耳に入った。


「ん? さあ、ね。私からは何も説明してないけど、ハカセのことだからある程度気づいてるんじゃないかな」


「そうですか……」


 川瀬社長が興味なさそうに言い捨てると、日神君は悲しげに目を伏せた。

 葉河瀨君がいると話が進まないから席を外してもらったという話だったけど……僕も葉河瀨君のことを言えた義理ではなかったね。まだ、もしもの話なのに、あんなに激昂してしまうなんて……


 冷静さを欠いてしまったことを反省していると、突如としてよさこい節のメロディーが会議室に響いた。

 途端に、川瀬社長が焦った表情を浮かべ、信田部長が眉を顰める。


「社長、会議中はマナーモードにして下さいって、何度も申し上げてますよね?」


「だ、だってー……ほら、今緊急事態だから! それに……ほらほら! キョンキョンからの着信だから出なきゃだし!」


 川瀬社長がポケットからスマートフォンを取りだし見せつけると、信田部長はため息を吐いて、どうぞ、と呟いた。


「もしもーし、キョンキョン? うん、社長だよー! うん、ああ、そうなんだ。分かった! じゃあ、また後でねー!」


 川瀬社長は軽やかなやり取りをしてから、通話を切った。

 この様子だと、きっと良い報告が来たんだろう。

 現に、スマートフォンをしまう川瀬社長の表情は、すごく楽しそ……



「みんな、作戦の第一フェーズが始まったよ! キョンキョン達から連絡が来たら、本格的に動くことになるから、ちゃんと資料に目を通してね!」



 ……え?


 社長が何を言い出したのか、僕には理解できなかった。

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