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気休めの言葉

 一条さんとの話は、無事に終わった。それから、一条さんは家に帰り、僕は会社に戻るため駅へと向かって電車をまっている。平日の昼間ということもあってか、ホームはそれほど混んでいなかった。これなら、ホームの端あたりに移動して電話をしても、迷惑にはならないかな。

 そう思い、個人用の携帯電話を取り出そうとすると、業務用のスマートフォンが震えるのを感じた。慌ててスマートフォンの方を取り出すと、真木花とは別の取引先からメールが届いていた。

 昨日、途中で帰ってしまった取引先だから、武勇伝の続きを話したいだけなんだろうな……

 恐る恐るメールを開くと、やっぱり話がしたいという内容だった。思わずため息が出てしまったけど、定期的に仕事を発注してくださるところだから、ないがしろにするわけにもいかないんだよね。

 脱力しながら、是非伺います、というメールを返信して、スマートフォンを胸ポケットにしまった。その途端、今度は個人用の携帯電話が震えだした。慌てて携帯電話を取りだして開くと、京子からの着信だった。


「もしもし、京子?」


「……仮にも、取引先の部門責任者からの電話に、その出方はどうかと思いますわよ」


 焦って電話に出たところ、厳しいお叱りを受けてしまった。


「ごめん、ごめん。個人用の携帯電話だったから、ちょっと油断しちゃって」


 苦笑しながら謝ると、スピーカーから、まったく、という呆れたような声が聞こえた。


「まあ、和順さんの詰めが甘いのは、昔からですからね。それよりも、少しお時間をいただいてもよろしいかしら?」


 辛辣な言葉の後に、京子は少し不安げな声で尋ねた。


「うん、大丈夫だよ。僕も丁度、京子に電話しようとしてたところだから」


 僕が答えると、そう、という声がスピーカーから聞こえた。


「さっき、一条さんから連絡があったわ」


「あ、よかった。ちゃんと、そっちに連絡してくれたんだね」


 安心しながらそう言うと、スピーカーからため息が聞こえた。


「ええ。だから、始業前までに連絡しなかったことを注意したのだけど……あの子、どこか楽しげな声で謝っていたから、少し気になって」


 ため息の後に聞こえた京子の声は、とても困惑していた。


「そちらでの説得というのは、上手くいったのかしら?」


「あ、うん。もう誰かのために呪いを使うことはしない、ってところに落ち着いたよ」


 京子の答えに思わず口を滑らせてしまい、しまった、と思った。


「誰かのために呪いを使う?」


 でも、後悔しても既に遅く、京子は怪訝な声で聞き返した。一条さんがなぜ丑の刻参りを行っていたのか、京子には全く説明していなかったから、当然だよね……

 第三者に話すことに抵抗はあったけど、こうなったら説明しないわけにもいかないか。


「えーと、うん。内密にして欲しいんだけど、実は……」


 それから、一条さんが丑の刻参りを行っていた理由と、説得の結果を改めて京子に説明した。全て事情を話し終えると、京子は再び深いため息を吐いた。


「事情は分かったわ……それにしても、和順さんは相変わらず、厄介な性格の子に好かれるのね」


 京子はそう言うと、またしても深いため息をついた。

 厄介な性格の子に好かれる、か。

 京子もどちらかと言えば、厄介な性格をしていると思うんだけど……と言うことは、京子はまだ僕のことを思ってくれてるのだろうか?


「……和順さん?」


 自惚れたことを考えていると、スピーカーから京子の冷たい声が聞こえた。

 何故だろう?

 名前を呼ばれただけなのに、今そんなことを考えている場合か、と叱られた気分になったよ……

 いや、シュンとしている場合でもないんだけどね。


「えーと……ともかく、一条さんも納得してくれたみたいだから、もう大丈夫だと思うんだ」


「そう……本当に、和順さんの言葉通りなら、結構なのだけど」


 京子はどこか歯切れの悪い声で、そう言った。


「何か、不安要素があるのかな?」


 宥めるように声をかけると、スピーカーからは、そうね、と言う声が聞こえた。


「山本社長が喀血して倒れた、というのはもう知っているのよね?」


「うん。川瀬社長から聞いたよ」


「その症状なのだけど、気管がかなり酷く傷ついていて、一歩間違えれば命に関わっていたそうよ」


「そう、なんだ……」


 血を吐いて倒れたのだから大変な状況になっていると思ったけど、そこまで重症だったとは……

 ん?

 と言うことは、川瀬社長達はそんな重症の相手に、契約締結を迫ったということだよね……

 いや、山本社長も色々と後ろ暗いことをしているのは知っているし、こちらに危害を加えようとしていた張本人だけど……

 川瀬社長達は、鬼か何かなんだろうか?


「……そこまでの重症を相手に負わせられるなら、あの子はもう鬼になっているのかもしれない」


 川瀬社長達に対して失礼なことを考えていると、京子の悲しそうな声が耳に入った。


「そんなことにならないように、技術者部門からは外したというのに……ままならないものね」

 

 そして、京子はどこか自嘲するように、そう続けた。

 この言葉からすると、一条さん相手に厳しい態度を取っていたのは、真木花から離れさせるためということで、間違いないのだろう。


「きっと、大丈夫だよ」


 宥めるようにそう告げると、そうね、というどこか悲しげな声が聞こえた。

 やっぱり、明日になるまで、不安を完全には払拭できないよね……


「せめて、もう少し早く気が付くことが出来ていればな……」

 

 思わず、言っても仕方がない後悔が、口からこぼれてしまった。

 僕がもっと早く気付いていれば、一条さんの体の負担も、京子の心労も、今よりは軽かったのだろう。そんなことを考えていると、スピーカーから鼻で笑う声が聞こえた。


「あら?それは、すぐ側にいたのにあの子の変化に気が付かなかった私への、当て付けかしら?」


 続いて、こちらを挑発するような口調をした京子の言葉が耳に入った。

 自分の不甲斐なさを後悔した言葉だったけど、京子はそう取ってくれなかったようだ。


「ち、違うんだ!僕がもっと、注意してればって思っただけで、京子のことを責めてるわけじゃないよ!」


 慌てて否定すると、ふふ、という、どこか悲しげな笑い声が聞こえた。


「ちょっとした冗談よ。すぐ側にいたとしても、呪いの類に気付くのが難しいというのは、和順さんも知っているでしょうし」


「……」


 京子の言葉に、上手く言葉を返せなかった。京子が一条さんの異変に気付けなかったからと言って、僕がそれを責められるはずもない。

 僕だって、京子の異変にずっと気付けていなかったのだから。

 昔のことを思い出して苦い気分になっていると、またしても深いため息が耳に入った。


「ただ……あの子の異変に気付けるような目は、欲しかったと思うわね」


 ため息の後、悲しげな京子の声が続いた。

 異変に気付けるような目、か。

 そういえば、葉河瀨部長は一条さんの異変にも気付いてたんだっけ……あの二人が上手くいってくれれば、僕も京子も安心できるだろうね。どうにかして、相思相愛の仲になってくれると良いんだけどな。


「和順さん、どうかしたの?」


 余計なお世話と言われそうなことを考えていると、訝しげな京子の声が耳に入った。


「あ、いや、何でもないよ」


 京子は葉河瀨部長に、かなり厳しい目を向けているから、今思ったことは色々な事態が落ち着くまで隠しておこう。


「なら、いいのだけど……まあ、今の私の技術でも、御社に発注した仕事の手伝いくらいはできるのだから、これ以上多くは望まないことにするわ」


 京子は悲しげな声のまま、そう言った。

 たしかに、川瀬社長も、京子に手伝いを頼んだと言っていた。でも、一体何を頼んだというのだろうか?


「……簡単な仕事よ」


 こちらの考えを察したように、京子はポツリと言葉をこぼした。


「今の私が持つ技術、身の回りの人間の不幸を私が肩代わりすることと、私の不幸を身の回りの人間に肩代わりさせることがあれば、完遂できるくらいにはね」


 京子はそう言うと、ふふ、と悲しげな声で笑った。

 曖昧な言い方だったけど、京子の身に負担がかかることは間違いないだろう。


「……大丈夫だよ。明日には、その仕事はなかったことになるはずだから」


 どこか自分に言い聞かせるように、京子にそう告げた。すると、再び悲しげな笑い声が耳に入った。


「ふふ、そうね。そう言ってもらえると、ありがたいわ。たとえ気休めだったとしても」


「気休めだなんて、そんな……」


「あら、ごめんなさい。でも、皮肉を言っているわけではないのよ」


 京子はそこで言葉を止めた。そして、スピーカーから、深く息を吸い込む音が聞こえてくる。


「今回の件も、和順さんは、最善を尽くしてくれたのは分かっているわ」


 京子の声は、とても穏やかなものだった。


「今回だけでなく、いつだって……貴方なりの最善を尽くそうとしてくれていたのは、分かっているから」


 何か、声をかけないといけない。そう思っているのに、言葉が出てこない


「だから、もうこれ以上、私の逆恨みで心を煩わせる必要はないわ」


 君の気持ちを逆恨みだなんて思ったことは一度もない。

 そう伝えたいのに、口が上手く動かない。


「じゃあ、私はこれで」


 なんとかして、彼女の言葉を止めないと。

 だって、これじゃあ、まるで……




「さようなら、和順さん」




 今生の別れみたいじゃないか。




「っ京子!」


 ようやく動いた唇で、彼女の名前を叫んでいた。でも、スピーカーから聞こえるのは、ツー、という通話が終了したことを知らせる音だけだった。

 急いで彼女の番号にかけ直したけど、通話中を知らせる音しか聞こえてこない。

 仕方ない、少し時間をおいてからかけ直そう。きっと、着信拒否をされているわけじゃないと思うから。

 努めて前向きに考えていると、胸ポケットから振動を感じた。

 業務用のスマートフォンを取り出して確認すると、葉河瀨部長からメールが届いていた。


 月見野さん

 お疲れ様です。葉河瀨です。一条さんの件、どうでしたか?


 メールの内容はとてもシンプルだったけど、一条さんのことを心配する気持ちはすごく伝わった。

 急いで、説得は成功した、という旨のメールを返信した。すると、間髪入れずに、よかったです、という短いメールが返ってきた。

 うん。説得は成功したんだ。

 だから、これ以上一条さんの身に負担がかかることはないんだ。

 ましてや、京子に負担がかかるなんてことも、起きるはずがない。

 真木花から受注した仕事は、明日にはなかったことになるんだから。

 それにしても、受注した仕事がなかったことになって欲しいと思うなんて、営業部長失格かもしれないね……

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