傍目から見れば
「営業生活二十五年……」
「それほど長い間営業職をなさっていたなんて……月見野様はやっぱりすごいのですね」
「あ、うん、そう言ってもらえるのはありがたいんだけど……これ、昔すごく流行った黄色いカエルが出てくるアニメの、定番のセリフのもじりでね……」
「す、すみません!浅学なため、全く気がつかず……」
「いやいや!一条さんが気にすることじゃないよ!僕が急に変なことを言い出しちゃったのがいけないんだから!ともかく、真面目に話を続けようか……」
「は、はい!あ、あの、でも……よくよく考えれば、お伺いしても良い内容なのでしょうか?月見野様にとって、辛い内容なのであれば……」
「ううん、大丈夫だよ。それに、僕の方も、いつか誰かに聞いて欲しかったと、ずっと思っていたのかもしれないから」
「そうですか……」
「うん。それで、四半世紀くらい前に、僕は結婚していたことがあったんだ」
「そ、そうだったのですか!?」
「あはは、こんな強面のおじさんが結婚していたなんて、意外だったかな?」
「い、いえ!そんなことは、ありません!月見野様なら、きっと行く先々で沢山の方々から好意を持たれているんだろう、と常々思っておりました!」
「そ、それは、ありがとうね……それで、その結婚相手というのが、一条さんもよく知っている京子……烏ノ森マネージャーだったんだ」
「そう、だったのですか……」
「うん。それで、僕達は子供を授かったんだけど……僕の両親が、京子とお腹の子供に対して、とても酷い発言をしてしまってね」
「酷い発言?」
「うん……もしも、お腹の中にいる子供が女の子だったら、生んではいけない、というような発言だった」
「そんな……酷い……」
「うん。今でも、あの発言は許せないね。だから、僕は両親と絶縁して、京子と安全な場所で暮らすことにしたんだ」
「その絶縁は……うまくいったのですか?」
「……一時期はね。事情があって、京子のご実家を頼ることができなかったから焦っていたけど……山口課長と、信田部長と、川瀬社長も協力してくれたから」
「そのお三方が味方についてくださるのは、心強そうですね」
「うん。実際、すごくありがたかったよ。引っ越しの準備が終わるまでの間、山口課長が京子をかくまってくれてたんだけど、その間に僕の両親は現れなかったそうだし。それで、引っ越しが無事に終わって、新居に移ってからは、僕も残業を減らしてもらったりして、京子のサポートをしてたんだ」
「月見野様は、優しいのですね」
「いやいや、大したことはできなかったよ。つわりで苦しむ京子の背中をさすったり、家事を手伝ったりくらいしかできなかったから。京子はそれだけでもありがたいって言ってくれたけど、仕事に行っている間京子を一人きりにしているのは、不安だった」
「大変……だったのですね……」
「そうだね……でも、大変なことばかりでもなかった。定期検診に付き添うたびに、我が子が育っていく様子がみえたし。性別が分かってからは、名前をどうしようか、とか、お宮参りの祝い着をどうしようか、とか、可愛い赤ちゃん用品をそろえないと、とか話題を出しては、京子に、気が早い、って笑われてたよ」
「その……お子さんの性別というのは……」
「うん、女の子だった。名前は、姫子、が最有力候補だったんだ。京子も、少し大げさだ、なんて笑っていたけれど、良い名前だって言ってくれた。そんなふうに、二人して生まれてくる娘を迎える準備を少しずつ進めていった」
「……」
「その頃には、京子のつわりも治まっていたけど……今度はどんどん大きくなるお腹をかばいながら生活するのが、すごく大変そうにみえた。僕が仕事に行っている間に頼れる人が一人でもいれば、なんて考えたよ。そんなとき、会社帰りに、最寄り駅で母とバッタリ会ってしまった」
「それは……偶然だったのですか?」
「どうだろうね……おみせやさんの名前は伝えていたから、調べてきていたのかもしれないし、本当に偶然だったのかもしれない。どちらにせよ、僕を見つけた途端、母は目を輝かせて近づいてきた。それから、開口一番に、京子に謝りたい、って言い出したんだ」
「あの……それは、本心だった……のでしょうか?」
「さあ……ひょっとしたら、本心だったのかもしれない。僕が戸惑っているのもお構いなしで、母は謝り続けた。それから、京子の手伝いをしたい、なんてことも口にしていた」
「そう、なのですか……」
「うん。それから、立ち話をしているわけにも行かないから、近くの喫茶店に入って、長い間母の話を聞いていた。話を聞いているうちに、母は本当に反省しているように思えてきた。だから……もしも、母達が本当に反省しているなら、いがみ合ったままよりは和解した方が良いんじゃないか、と思ったんだ。それに、僕が仕事に行っている間、京子が頼れる人が誰もいないっていう状況が続くのは、よくないと思ったから……」
「あの……それじゃあ……」
「うん。新居に、母を連れて行くことにした」
「……」
「そうだね。一条さんの表情通り、全く間違った選択肢だったよ」
「あ!い、いいえ!すみません!私、非難するつもりは……」
「あはは、良いんだ。実際、非難されるどころじゃすまないことが起こったから」
「……」
「母を見た京子は、どんどん青ざめていった。でも、きっと母が謝罪をすれば、今までのわだかまりも解ける、と思ったんだ」
「その……謝罪はあったのですか?」
「それが、なかったんだ……残念ながら、ね。その代わりに、女の子用の赤ちゃん用品を見た母が、発したのは……京子を追い詰めるような言葉だった」
「それは……」
「口にするのも、忍びないような言葉だったよ。僕はすぐに、母を家から連れ出そうとした。でも、そのとき、辺りの空気が急に重くなった。それで……」
「月見野様……あの、お顔色がすぐれないようですが……」
「ああ、ごめんね。大丈夫だよ。それで、その直後に京子の足元が……血に染まって……母が血を吐いて……」
「……」
「ご、ごめん!飲み物を飲んでいるときに、気分が悪くなるような話になっちゃったね!」
「い、いいえ!けっして、気分を悪くしたわけでは!ただ……その……なんと、言えば良いのか分からなくて……」
「うん、そうだよね……僕も、咄嗟に救急車は呼べたんだけど、二人になんて声をかけたかは覚えてないよ。ただ、気がついたら、病院の廊下でベンチに腰掛けていた」
「……あの、それで……お二人は……?」
「助かったのは、京子だけだった」
「……そうですか」
「うん。京子は原因不明の流産……母は消化器官のあちこちに穴が開いていたみたいで、治療はしたけど運悪く敗血症を起こしてしまったらしいんだ。まあ、母については、年齢も年齢だったから」
「……」
「京子の意識が戻ったのは、翌日の夕方だったよ。僕は、そのときになっても、京子になんて声をかけて良いか分からなかった」
「それは、仕方がないですよ……」
「そうなのかもしれない。でも、そのとき、京子両腕を掻きむしりながら泣きじゃくって、しまいには窓からとびおりようとしてね……何か声をかけて落ち着かせなくてはいけないって思ったんだ。だから、咄嗟に、今回は運が悪かっただけ、なんて言ってしまったんだ。間違い無く、僕のせいなのにね……」
「でも……烏ノ森マネージャーを落ち着かせるためだったのですよね」
「そうだね。でも、おかげで京子は冷静になってくれたよ。ただ、この上なく絶望した表情を浮かべていたけどね」
「それは……月見野様に失望した、ということだったんですか?」
「もちろん、大部分はそうだったんだろうね。ただ、その言葉がもっと深刻な意味を持ってることを、言い終わってから気づいたんだ」
「深刻な意味、ですか」
「うん。京子は……人の吉凶に影響を与えてしまう技術者だったから……」
「ああ。烏ノ森マネージャーのことですから……お子さんが亡くなったのはご自分のせいだ、と強く思ってしまわれたのでしょうね」
「そうだね……そのときは、それで一旦落ち着いたように思えたんだけど……退院して、娘の葬儀と母の四十九日が過ぎた頃くらいから、京子の言動はどんどん刺々しくなっていったよ。それでも、仕方がないと思っていた。でも、僕の父、京子の両親や祖父母と、葬儀が立て続けに行われることになってね……これ以上、京子と一緒にいるのが辛くなってしまった」
「それは……そうでしょうね……」
「京子も……同じ気持ちだったらしくてね。向こうから、離婚の申し出があったんだ。働き口は見つけたから、心配するなとも言っていた」
「それで、烏ノ森マネージャーは真木花なんかに入ったのですね……」
「あ、あはは、なんかっていうのは言いすぎじゃないかな……?」
「あ、し、失礼しました!あまり、ろくな思いをしていないので、つい……」
「……うん。娘の月命日には毎回京子と会ってたから、僕もそのときに真木花の酷さは耳に挟んだよ。京子には、それでも以前よりはずっとマシ、と言われてしまったけどね。ただ、おみせやさんと真木花の取り引きが始まる少し前くらいから、近況を話すときの京子の表情が、少し柔らかくなってね」
「なにか、あったのですか?」
「うん、僕も気になって聞いてみたら、すごくムッとした表情をされてしまったよ。それでも、娘と同じくらいの年齢の部下ができた、ってぽつりと言うんだ」
「それが……私なんですね……」
「……そうだね。多分、京子も一条さんと娘を重ねて見てしまってたから、厳しいことを言うことが多かったんだと思うんだ」
「そうですね……そう言われてみると、腑に落ちることが多いです……」
「うん。多分、最終的には一条さんに、真木花から遠ざかって欲しかったんだと思う。京子も、一条さんのことを心配していたから」
なんだ……
「烏ノ森マネージャーもということは、やっぱり、月見野様も私のことを亡くなった娘さんと重ねて見て、心配してくださっていたのですね」
なんだ……
「……うん。好意を持ってくれた人に対して、すごく失礼なことを言っている自覚はあるんだ」
最初から……
「失礼なんて、そんな……とんでもない……」
私なんて……
「それでも、一条さんを心配する気持ちや、幸せになって欲しいという気持ちは嘘じゃない」
眼中になかったのですね……
「それは……ありがとうございます……」
それなのに、ひとりで舞い上がって……
「だから、もう、自分が傷つく恐れがあるのに、誰かのために呪いを使うなんてことは、しないで欲しいんだ」
傍目から見れば、すごく滑稽だったのでしょうね……
「そうですね……肝に銘じます」
……傍目から見れば?
「……あの、月見野様?」
「ん?どうしたの」
「今更で申し訳ないのですが、何故、私が月見野様に好意を持っていることを、ご存知だったのですか?」
「あ!え、えーとね、うん、ちょっとある人から、そうかもしれないって言われて……半信半疑ではあったんだけど……」
ああ、そうか。
「そう、だったんですね」
最初から、私の滑稽な姿を嘲笑うために、近づいてきたのですね。
悪趣味な嘘まで吐いて。
「うん。その子も、一条さんのことを心配してたから、くれぐれも体に負担がかかることはしちゃダメだよ?」
きっと、この結末を見るか聞くかすれば……
貴方は、あまりの滑稽さに笑い転げるのでしょうね。
「そうですね。善処いたします」
すべては、貴方の期待通り、滑稽に終わってしまいました。
それでも、せめて、この想いを嘲笑った報いを。




