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気がつけば

 気がつけば、会社の社長室に立っていました。

 何故だかは分かりませんが、いつもよりも高いところから辺りを見ていた気がします。

 視線を下ろすと、山本社長が笑みを浮かべながら、口を動かしていました。

 きっと、私になにかを伝えようとしていたのだと思います。

 それでも、私の耳には雑音にしか聞こえませんでした。

 

 酷く、煩わしい。

 折角お詣りをしたのですから、さっさとたおれてしまえばいいのに。


 そんなことを考えながら、ニヤけ顔の山本社長をぼんやりと眺めていました。

 そうしていると、社長室の扉が勢いよく開きました。

 現れたのは、おみせやさんの川瀬社長、信田部長、山口課長の三人でした。

 三人は私に顔を向けると、表情を硬くしました。


 

 それが何か分かってんのか……


 簡単には止められない……



 そんな言葉が聞こえた気がします。

 どうやら、私の姿を見て恐れている様子でした。

 夢の中でも、おみせやさんの皆様にご迷惑をおかけしてしまい、罪悪感が湧き上がりました。。

 それなのに、山本社長はニヤニヤとした笑みを三人に向けています。

 そして、まるで三人を挑発するかのように、わざとらしく首を傾げました。

 真木花に雇っていただいたおかげで、実家から距離を置けたのは感謝しているのですが……

 前々から、山本社長のこういうところが苦手でした。

 


 いえ、苦手というよりも、嫌いと言った方が正しいのかもしれません。

 なんにせよ、煩わしいし、厭わしい。

 

 

 せめて、口から雑音を立てるのを控えていただきたい。

 でも、この様子だとベラベラと、ずっと喋り続けていそうです。

 耳障りで仕方がない。



 ……ああ、そうだ。

 これは、夢なのでした。

 なら、少しばかり痛い目にあっていただけば、この雑音も止まるでしょう。

 

 えい。


 

 首の辺りを軽く突いたつもりでしたが、指が予想以上にズブズブとめり込んでしまいました。

 気持ちの悪さを堪えながら指を引き抜くと、山本社長は喉元をおさえながら崩れ落ちました。

 そして、咳き込みながら絨毯の上に、血をまき散らしました。

 私の指から滴る血も、絨毯にシミを作っていきます。

 清掃会社に、絨毯のクリーニングの見積もりを依頼しないといけませんね。

 そんなことを思いながら赤いシミを見下ろしていると、視線を感じました。

 顔を向けると、おみせやさんの三人が、私を見つめていました。

 

 信田部長と山口課長は、相変わらず硬い表情をしています。

 でも、川瀬社長はにこやかに微笑んでいました。


「一条ちゃん、ひとまず、このくらいにしといてもらえる?」


 川瀬社長はそう言うと、首を軽く傾げました。

 私としては、山本社長もたおれてくださったので、もうどうなろうと良いのですが……

 


 先ほどから、信田部長と山口課長がこちらに向けている殺気が煩わしいですね。


 

 面倒なので、全員バラバラにしてしまいましょうか……

 どうせ、これは夢なのですし……


 そんなことを考えていると、いつの間にか信田部長は玉串を手にし、山口課長は錫杖を手にしています。


 だからといって、どうということはないのですが……

 多勢に無勢では、時間がかかってしまいそうです……

 

 それに、夢とはいえ、川瀬社長のような小さな女の子を手にかけるのは気が引けます。

 それならば、長居は無用ですね。


 川瀬社長達に頭を下げ、ゆっくりと頭をあげると……


 スマートフォンの載ったテーブルが、目に入りました。見渡すと、辺りは勤め先の社長室ではなく、自宅の部屋になっています。どうやら、お詣りから帰ってきて、そのまま床に寝てしまったみたいですね。

 それにしても、床で眠っていたせいで、体のあちこちが痛いです。頭もぼんやりとしてズキズキと痛みますし……一体、どのくらい眠っていたのでしょうか?

 なんだか、とても嫌な予感がしますが、確認しないわけにはいきませんよね。

 恐る恐るスマートフォンを覗くと、表示されていた時刻は……


 

 午前十一時



 しかも、大量の不在着信の通知が表示されています



 これは……もう、どうしようもない感じですね……



 慌ててスマートフォンを手に取り、会社へ電話をかけました。確実に叱られてしまうので、言い訳をする前に謝らなくてはいけません。

 緊張していると、数コールのうちに通話が始まる音が聞こえました。


「はい。真木花株式会社で……」

「ご連絡が遅くなってしまい、誠に申し訳ございません!一条です!」

「うわっ!?」


 慌てていたため、いつもより大きな声を出してしまいました。そのせいで、スピーカーから、小さな驚きの声が聞こえました。電話に出てくださった方には、悪いことをしてしまいましたね……


「お疲れ様です。垂野です」


 予想外の声に、思わず落胆の声を出してしまいそうになりました。そういえば、大したことにはならなかったんでしたよね……

 いえ、今はそんなことを気にしている場合ではありません。早く、烏ノ森マネージャーに代わってもらわないと。


「お疲れ様です。すみません、烏ノ森マネージャーと代わっていただけますか?」


 きっと連絡が遅れたことについて、嫌味を言われるのでしょうね。分かっているけれど、とても煩わしいですが……それほど気に病むこともないですね。


 私を煩わせ続けるのであれば、今度は二度と目の前に現れないようにすればいいだけですが。

 


「今、離席しているので……体調不良で休むことと、連絡が遅れたことについて謝罪をしていたことを伝えておきます」


 ぼんやりとしていると、どこかよそよそしい垂野君の声が耳に入りました。


「え……あの、体調が悪いのは確かなのですが……昨日もお休みしてしまったので、今日は出社し……」


「いいから!しばらく休んでてください!今、一条先輩に来られたら、話がややこしくなりますから!それでは、失礼いたします!」


 出社します、と言おうとしたところ、甲高い声で喚かれたうえに、一方的に通話を切られてしまいました。しかも、受話器を置く音がしっかりと聞こえていました。

 お休みの連絡を伝言してもらえるのはありがたいのですが……話がややこしくなる、とはどういう意味なのでしょうか?

 何か新たなトラブルが発生している可能性が高そうですが、確認のために改めて電話をしたらそれこそ話がややこしくなりますよね……

 でも、後輩に伝言を頼んだだけで直接連絡をしない、なんてことを烏ノ森マネージャーが許すはずもありません。

 午後になったら、改めて連絡をすることにしましょう。

 それと、月見野様にも連絡を入れないと…… 

 会社を欠勤してしまったので、月見野様とのお約束についても色々と変更の連絡をしないといけません。さすがに、欠勤しているのに会社の近くでウロウロするわけにはいきませんから……

 

 月見野様に連絡をしようとスマートフォンを操作すると、月見野様からの不在着信も大量に見つかりました。しかも、留守番電話も残っています……

 今までご迷惑をおかけしたことをお詫びして、自分の思いに決着をつけるどころか……新たにご迷惑をおかけしてしまったみたいですね……

 自分のふがいなさに落胆しながら、着信履歴の月見野様の番号をタップしました。


「お世話になっています。月見野です」


 数コールもしないうちに、スピーカーからは月見野様の声が聞こえました。


「お疲れ様です、一条です。申し訳ございません!何度もご連絡を頂いていたようで……」


「あ、いえいえ。気にしないでください。それよりも、連絡が取れて安心しましたよ」


 スピーカーから聞こえる声は、本当に安心しているように聞こえました。あれだけ連絡を入れているのに無反応だったのですから、気がかりにもなりますよね……


「失礼いたしました……」


「いえいえ。それで、少しお時間を頂きたいのですが……」


 月見野様はそこで言葉を止めると、あ、と声を漏らしました。


「会社にはもう連絡をしましたか?烏ノ森マネージャーが、一条さんと連絡が取れない、と、とても心配していましたから」


 烏ノ森マネージャーが心配?

 立腹の間違いでは……いえ、一昨日も倒れてしまいましたし、心配はしているかもしれません。それ以上に立腹している可能性は、とても高いですが……

 午後に電話したら返されるだろう反応を想像すると、恐ろしくて仕方ありません……


「一条さん?どうしましたか?」


 烏ノ森マネージャーの怒りに満ちた声を想像して怯えていると、スピーカーから不安げな月見野様の声が聞こえました。


「あ、失礼いたしました。連絡は先程いたしました。烏ノ森は離席中だったので、伝言になってしまいましたが……後ほど改めて連絡しようと思います」


「そうでしたか。なら、そうしてあげてください。きっと、烏ノ森マネージャーも安心しますから」


 私の答えを受けて、月見野様は心底安心した、という声でそう言いました。

 安心していただけたのはよかったのですが……月見野様は何故、烏ノ森マネージャーが私と連絡が取れなくなっていたことをご存知なのでしょうか?


「それで、一条さん。突然で申し訳ないのですが、今から少しお話しできませんか?近くの駅におりますので」


 疑問に思っていると、スピーカーから耳を疑う言葉が聞こえてきました。

 いえ、二人でお話をする、という話は昨日からしていたので、驚く話ではないですよね。それでも、色々と予定が変わってしまったので、心の準備が……


「ああ、失礼いたしました。急にそんな話をしても、ご迷惑ですよね?」


 焦っていると、スピーカーからどこか悲しそうな月見野様の声が聞こえました。

 ……ここで戸惑っている場合では、ないですよね。


 月見野様に想いをお伝えして、

 葉河瀨さんにはお別れを告げて、

 皆様の前には現れないようにする。


 そうしなければ、けじめがつきませんから。

 ただ、葉河瀨さんの状況が気になります。夢の中では、問題はない、と言っていましたが、山本社長が簡単に諦めるとは思えませんし……


 

 先ほどの夢のように、血を吐いてたおれてくれていれば幸いなのですが……



「一条さん?」

 

 ぼんやりしていると、スピーカーから不安げな月見野様の声が聞こえました。

 いけません、早く返事をしないと。


「……失礼しました。今からそちらに向かいます。どちらに伺えばよろしいですか?」


「ありがとうございます!それでは、場所は……」


 月見野様は、最寄り駅にある喫茶店の名前を口にしました。


「分かりました。今から向かいますので、20分程度でそちらにつくと思います」


「かしこまりました。でも、一昨日から体調が優れないようですし、無理に急がなくても平気ですよ」


 色々と決着をつけない日だというのに、月見野様に気を使わせてばかりですね、私……


「ありがとうございます。それではこれで失れ……」


 そう言って電話を切ろうと思いました。でも、不意に、月見野様が烏ノ森マネージャーと連絡を取ったのなら、山本社長に何かあれば話題に出るのでは、という疑問が頭に浮かびました。


「一条さん、どうしましたか?」


「あ、えーと……もしも、烏ノ森とご連絡をなさっていたのなら、山本に何かあった、とか、そういう話題は出ませんでしたか?」


 尋ねてみると、スピーカーから、え、という、戸惑った呟きが聞こえました。

 たしかに、いきなり弊社の代表取締役の状態を聞かれても、混乱しますよね……


「す、すみません!急に変なことを伺ってしまって」


「あ、いえいえ。たしかに少し驚きましたが、大丈夫ですよ。それで、烏ノ森マネージャーに伺ったわけではないのですが、山本社長は……」


 月見野様はそこで、小さく息を吸い込みました。



「喀血して病院に運ばれた、と聞いています」



 ……まるで、先ほどの夢のような話になっていたのですね。

 でも、よかった。

 


 煩わしい年寄りが、当面動けなくなったのですから。

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