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思い返せば

「この度は、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。助けていただいた日から、ずっと貴方のお役に立ちたいと思っていたため、今回の一連のお詣りをした次第です……お慕い申し上げております」


 ……だめですね。

 家に着いてからずっと、葉河瀨さんにいただいたモルモットのマスコットを相手に、明日の予行練習をしていますが……何度練習しても、恩着せがましいうえに押しつけがましく、言い訳がましい感じになってしまいます。

 いっそのこと、謝罪をして、想いを伝えることは諦めた方がいいのでしょうか?

 でも、叶うことはない想いとはいえ、ちゃんと自分の口から想いを伝えて終わりにしたいんですよね。

 きっと、月見野様も、お話が終わったら私にはもう関わりたくない、と思っているでしょうから、明日が最後のチャンスでしょうし。

 

 月見野様にはもう会えなくなる、か……


 少しだけ淋しい気もしますが、これだけの事態になってしまったのですから、自業自得ですよね。大事に至らなかったとはいえ、吉田さんを事故に遭わせてしまったりもしたのですから。

 自分のしてしまったことを思い出して、罪悪感と不安から、胃の辺りが締め付けられるように痛み出してきました。でも、このまま逃げ出してしまうわけにはいきませんから、明日の練習を続けましょう。

 

 それから、しばらくモルモットのマスコットを相手に練習を続けました。でも、やっぱり適切な言葉は見つかりませんでした。誰かに想いを伝えるということは、こんなにも大変なことなのですね……

 そう考えると、先ほどは葉河瀨さんに、大変な心労をおかけしてしまったのでしょう。

 しかも、今まで私が葉河瀨さんにしてしまったことといえば……


 偶然お昼をご一緒したときは、月見野様のことばかり気にかける……


 助けていただいた日は、恋人ではないと否定する……


 ランニングの日にいたっては、月見野様のことで泣き出してしまう……


 ……思い返せば、葉河瀨さんを悲しませるようなことしかしてないですね。

 その上、以前お会いしていたはずなのに、そのことをすっかり忘れてしまっていますし。

 こんな軽薄な人間は、優しい葉河瀨さんにふさわしくないですよね……

 好意を持っていただいたのは嬉しいことなのですが……私が側にいない方が、葉河瀨さんは心穏やかに過ごせるのかもしれません。


 いえ、かもしれない、ではなくて、絶対にそうです。

 

 ただ、お断りするにしても、葉河瀨さんが私に好意を持ったきっかけについて、思い出さないままなのは失礼ですよね……

 

 葉河瀨さんが私に好意を持ったきっかけ……


 何か、ずっと引っかかっていたこと……


 ああ、そうだ。

 たしか、今年の初め頃、会社の地下倉庫を掃除した日、執務室で作業に来ていた社外の方とお話をしたことがありました。髪型がかなり違っていたので、思い出すのに時間がかかってしまいましたが、きっとあの方は葉河瀨さんだったのですね。たしか、おみせやさんにお願いした人事評価用ソフトウェアの、設定作業にいらしてたというお話だったので、間違い無いはず……

 葉河瀨さんとのことを思い出した途端、テーブルの上に置いたスマートフォンがガタガタと震えました。慌てて画面を確認すると、「真木花株式会社」と表示されていました。えーと、もう二十三時を過ぎているのですが、何か緊急のトラブルでも発生したのでしょうか?

 いえ、トラブルが発生しているも何も、おみせやさんの方々とイザコザしている最中でしたね……きっと、その関係での連絡なのでしょう。

 あまり出たくはありませんが、出ないわけにはいかないですね……


「はい。一条です」


「ああ、お疲れ様、一条君。遅くにごめんね」


 恐る恐る通話ボタンをタップすると、山本社長の声が聞こえました。

 ということは、またお詣りについてのお願いなのですよね……


「あの、申し訳ございません……本日は体調がすぐれないので、お詣りの方はちょっと……」


「あははは。まだ、何も言ってないじゃないか」

 

 やんわりとお断りをすると、スピーカーからは白々しい声が聞こえました。お詣りの依頼以外、社長が私なんかに用があるわけないじゃないですか……


「それでは、一体どのようなご用件でしょうか?」


 苛立ちをおさえながら問いかけると、スピーカーから喉の奥で笑う声が聞こえてきました。


「ああ、夕方に眼鏡の背が高い子と一緒にいただろう?彼は、君の恋人なのかな?」


「……え?今、なんて?」


 唐突に、予想外の質問が来たため、相手が勤め先の社長ということも忘れて聞き返してしまいました。それでも、スピーカーからは、特に気にした様子もない山本社長の笑い声が聞こえました。


「いやね、彼、随分と君のことを気にかけていたから、そうなのかなって思って」


「いえ……お世話になってはいますが、お付き合いしているというわけでは……」


 想いを伝えていただいたのは事実ですが、私は葉河瀨さんから離れるつもりですし……

 曖昧にこたえると、スピーカーから、そうか、という低い声が聞こえてきました。



「なら、彼がどんな目に遭ったとしても、君には関係ないよね」



 ……え?

 それは、どういう意味なのでしょうか?


「個人的にはね、ああいう怖い物知らずな子は嫌いではないのだけど、うちみたいな業種は面目も大事だからね。私が気にしてなくても、トップを愚弄されたまま放っておけない、と息巻く技術者の子もいるわけなんだよ」


 葉河瀨さんに……危害を加えようとしているのですか?


「ただ、取引先のトップに何かあったら色々と忙しくなるから、一従業員の彼に構っている場合ではなくなるかもしれないけどね」


 つまり……葉河瀨さんに何かされたくなければ川瀬社長を対象としたお詣りをしろ、ということですか。


  たとえ、何があったとしても、貴女を責めるようなまねは、絶対にしませんから。


 不意に、電車での葉河瀨さんの言葉が頭の中に響きました。

 悲しい思いを沢山させてしまったというのに、葉河瀨さんはいつも穏やかに微笑んで、優しい声で優しい言葉をかけてくれていました……

 そんな方が私と一緒にいたせいで危険な目に遭うなんて……


 そんなこと、絶対にあってなりません。


「まあ、ああいう飄々(ひょうひょう)とした子が、恐れおののいたときにどんな表情をするかは、興味深くはあるけど」


 ならば、私がするべきことは一つだけ。

 

「ああ、一条君には関係ない話か」



 ああ、白々しい声が煩わしい。



 こけおどしの他は、大したこともできない老いぼれのくせに。



「……一条君?」


「お詣りの件、検討させていただきます」


「本当かい!?いやあ、悪いね。何か、急かしたみたいになってしまって」


「いえ、お気になさらずに。では、私は準備がありますので」


 そう言って通話を切ると、煩わしい声からようやく開放されました。

 さて、時間には余裕がありますから、丁寧に支度をしないと。


 シャワーで身を清めて。


 白装束に着替えて。


 藁人形を編んで。


 鏡を首からさげて。


 蝋燭に火を点けて鉄輪をかぶって。


 櫛を加えて。


 高下駄を履いて神社の林に向かって。


 山本社長の名前を書いた紙を添えて、藁人形の喉元に五寸釘を打ち込む。


 釘が幹に食い込む手応えが伝わった瞬間、背中に何かがのしかかったような重みを感じました。

 頭も、まるで鉄輪が締め付けているように痛み、目眩と吐き気も感じます。

 思わずその場にうずくまってしまいましたが、症状が治まる気配は全くありません。立ち上がるのも辛いですが、ここにずっと留まっていたら、誰かに見つかってしまうかもしれませんよね。今日のお詣りだけは、絶対に成功させないといけないのですから。


 何とか立ち上がり、転びそうになりながらも家に辿り着きました。ホッとしたせいか、体の重みと痛みが強まり玄関に倒れ込んでしまいました。

 床と天井がグルグルと回転し、耳鳴りの調子に合わせて頭が締め付けられるように痛みます。

 吐き気も治まらないし、体は相変わらず重苦しいまま。

 これ以上、動けそうにもありません。

 でも、まあ、それでも別に構いませんか。

 蝋燭の火は消したので火事になることはないでしょうし、私が倒れたところで別に誰も……

 

  それに、一条さんに何かあったら、悲しいですから。


 ……葉河瀨さんは、また悲しませてしまうかもしれませんね。

 でも、これで葉河瀨さんが危険な目に遭うのは、避けられたはず。

 それなら、少しは罪滅ぼしになりますよね……?



「あ、あの……救急車をお呼び……いたしましょうか?」


「……え?何故そんな事態になるんですか?」


「で、でも……その……目が……」

 

「……ああ、これのことですか。別に、作り物なんで、気にしなくても問題ありませんよ」


「そうですか……あ、あの、でも……私まだ少し作業があるので、何かあればこちらの内線に連絡をください。すぐに対応をいたしますから……」


「……お気遣いどうも」

 


 遠のいていく意識の中で、葉河瀨さんと始めてお会いしたときの会話が聞こえた気がします。

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