表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/104

すべきことと言えば

 気がつくと、日曜日にランニングをした公園の入り口に立っていました。

 先ほどまで、葉河瀨さんと電話でお話をしていたはずですが……きっと、うたた寝をしてしまって、夢を見ているのでしょうね。

 念のため、打ち合わせ時間の二時間前にアラームをつけていたので、寝過ごすということはないはずです。ならば、少しお散歩をしていきましょう。


 公園の中を歩いていると、楓や銀杏が見事に色づいていることに気がつきました。日曜日は月見野様にお誘いいただいたことに舞い上がっていて気がつきませんでしたが、都会の中にある公園とは思えないほど風流です。十五時からの打ち合わせのことで少し気が重かったのですが、良い気分転換になりますね。

 紅や黄色に葉を染めた木々達を眺めながら、久しぶりに穏やかな気分で歩みを進めました。思えば、真木花に就職してから……いえ、家業を手伝うことになってから、穏やかな気分の日なんて数えるほどしかありませんでしたから。


 家族から、どうあっても家業を継げ、と迫られる。


 周囲の人達から、気味が悪い、と言わんばかりに疎まれる。


 他の技術者達から、役立たず、と聞こえよがしに陰口を叩かれる。


 おまけに、外出をすれば、高確率で通りすがりの人に因縁をつけられる。


 ……まあ、私が気にしなければ、良いだけの話なのかもしれませんが。

 それでも、月見野様や葉河瀨さんや三輪先輩のように優しくして下さる方もいたので、世を儚むまでいかなかったことは幸いなのでしょう。

 でも、三人も私が技術者だということ、ましてやみなさんをお詣りの対象にした張本人であることが分かれば、きっと私を非難しますよね……



  「俺でよければ、いつでも力になりますから」



 不意に、葉河瀨さんの言葉を思い出しました。

 ……葉河瀨さんは、お詣りの件について知った上で言葉をかけてくれたように思えました。でも、ただの気のせいかもしれませんよね……


 ……これ以上、この件について考えるのはやめましょう。

 どのみち、数時間後には全てお話ししなくては、ならないのですから。



 そして、きっと、月見野様にも、葉河瀨さんにも、三輪先輩にも軽蔑されてしまうのでしょう。



 再び重い気分になりながら歩いていると、道の先に頭を抱えてうずくまる人影を見つけました。

 歩みを進めていくと、段々はっきりと姿を確認することができました。


 あれは……垂野君?


 なんだ……折角お詣りをしたのに、大したことにはなっていなかったのですね。


 落胆しながら近づくと、垂野君はこちらに気づいたのか頭を抱えたまま顔を上げました。

 そして、目を見開くと怯えたような表情を浮かべました。一瞬、肩に毛虫でもついていたのかと思い焦りましたが、確認してみても肩には何もついていません。これは、聞いてみるしかないのでしょうね。

 

「何を怯えているんですか?」


 しかし、事情を尋ねてみても、垂野君は怯えた表情のまま、答えようとしませんでした。その代わり、短く小さい悲鳴を漏らしながら、唇をかすかに動かしています。

 まったく、いつもは聞いてもいない話を一方的にしてくるくせに、こちらから質問したときは何も答えないなんて。



 喋っていても、黙っていても、ひどく煩わしいですね。



 ……ああ、そうだこれはどうせ夢なのですから、少し痛い目に遭わせておきましょう。


 

 しゃがみ込んで顔を覗くと、垂野君は再び小さく悲鳴を上げて尻餅をつきました。少し可哀想な気もしますが、今まで散々嫌みを言われ続けていたんですから、このくらい仕方のないことですよね。

 

 えい。


 右手で腹部を突いてみると、垂野君はくぐもった悲鳴を漏らしました。

 なんだか、指先が生暖かく、ぬめっている気がします。

 気持ちが悪いので、さっさと手を放しましょう。

 

 垂野君の腹部から手を放すと、人差し指から薬指の先が、赤黒い何かでベッタリと汚れていました。

 これは、#汚__きたな__#らしくてかなわないですね。

 何か拭く物があったかと考えながら指先を眺めていると、あまり汚れていない小指と親指の爪が目に入りました。

 

 あれ?

 私、こんなに爪を伸ばしていましたっけ?

 それに、少しくすんでいるとはいえ、こんな金色のマニキュアをつけるはずは……



 不思議に思っていると、遠くからアラームの音が聞こえてきました。

 ああ、もう起きなくてはいけない時間なんですね。

 もう少し、痛めつけてもよかったのですが、このくらいにしておきましょう。

 

 それに、このまま放っておけば、助からないでしょうから……



 目が覚めると、テーブルに突っ伏していました。耳元で、スマートフォンのアラームが、けたたましい音を立てています。嫌な夢を見ていたせいか、アラーム音にあわせて頭痛がします。これから、打ち合わせだというのに、気分が滅入ってしまいますね……

 ため息を吐きながらスマートフォンに手を伸ばし、アラームを切りました。すると、液晶画面に、メールを一件受信した、という旨の通知が表示されていることに気づきました。メールボックスを確認すると、差出人は月見野様となっていました。

 ……打ち合わせの前に、月見野様からお叱りを受けてしまうのでしょうか?

 恐る恐る内容を確認すると、予想より短い文が目に入りました。


 一条さん

 お世話になっています。月見野です。

 お話ししたいことがあるので、本日の打ち合わせの後、少しお時間をいただけますか?

 急なお話で申し訳ありませんが、ご確認のほど宜しくお願いいたします。


 ……どうやら、お叱りの言葉ではなかったようです。

 でも、打ち合わせの後に別途時間が欲しいということは、対面で直接お叱りを受けるということですよね……

 でも、仕方ありません。月見野様にご迷惑をおかけしてしまったのですから、どんなお叱りでも受けることにいたしましょう。


 私はただ、月見野様のお役に立ちたかっただけなのですが、どうしてこうなってしまったのか……

 いえ、そんなことを後悔していても、仕方ありませんね。

 私が今すべきことと言えば……


 打ち合わせで、お詣りの件について説明すること


 月見野様から、お叱りを受けること 



 おみせやさんの皆さんにこれ以上被害が出ないように、弊社の社長を確実に始末すること、なのですから。



 気が重いなどと、言っている場合ではないですね。

 少し早いですが、月見野様に返信をしたら、支度をして出掛けることにしましょう。

 たしか、おみせやさんの最寄り駅周辺には何件かカフェがあったはずですから、時間を潰す場所には困らないでしょうしね。


 

 身支度を調え家を出て、おみせやさんの最寄り駅に辿り着きました。

 半プライベートとはいえ取引先に伺うので、久しぶりにスーツを着て電車にのりましたが、いつもより疲労感が増気がします……いえ、そんなことを考えている場合ではないですね。

 腕時計で時間を確認すると、十四時十分。打ち合わせの時間まで、まだ一時間弱ありますね……ひとまず、どこかのカフェで時間を潰すことにしましょう。

 駅を出て一番近くにあるカフェに入ると、店内はスーツ姿の人で混み合っていました。でも、テーブル席が一席だけ空いていたので、運良く座ることができました。会計中に後ろから、年配のお客様に睨まれていたような気がしますが、気にしないことにしましょう。

 店内がざわついていたので少し落ち着かない気がしましたが、注文したホットココアを一口飲むとさほど気にならなくなりました。甘い物というのは、気持ちを落ち着かせるのに有効なのですね。でも、流石にこれだけ甘いココアに、スコーンを合わせようとまでは思いませんが……

 昨日の昼休みの出来事を思い出すと、軽い胃もたれが起きた気がしました。

 葉河瀨さん……食事の内容を改めてくれるといいのですが……

 お節介だとは思いますが、少し心配になります。

 一度、日々の食事内容を聞いて、改善策を提案してみた方がいいのでしょうか……


「ねーねー。この席、相席してもいい?」


 お節介なことを考えていると、女の子の声が耳に入りました。

 声の方向に顔を向けると、茶色いビロードのコートを着た女の子が、がま口を片手に首を傾げていました。

 えーと、多少気まずくはありますが、一人で四人掛の席に座ってしまっているので、相席は仕方ないですよね。


「あ、はい。いいですよ」


 私が答えると、女の子は目を輝かせて嬉しそうな表情を浮かべました。


「本当!?ありがとう!じゃあ、ちょっとオレンジジュース買ってくるね!」


 女の子はそう言うと、一本の三つ編みに結った髪を揺らしながら、レジの方へ駆けていきました。

 きっと、親御さんと一緒に少し早めのおやつを食べに来たんでしょうね……

 そんなことを考えているうちに、オレンジジュースを載せたトレーを手に、女の子が戻ってきました。でも、周囲に親御さんらしき大人は、見当たりません。一人でカフェに来るには、小さすぎるような気もしますが……


「お姉さん、キョロキョロしてどうしたの?」


 親御さんを探していると、オレンジジュースをテーブルに置いた女の子が、キョトンとした表情で首を傾げました。


「あ、えーと……お父さんかお母さんは、一緒じゃないのですか?」


 尋ねてみると、女の子は、えーとね、と口にしながら椅子に座りました。


「お父さんも、お母さんも、ずっと昔にいなくなっちゃったんだ。だから、一緒じゃないよ」


 そして、オレンジジュースのグラスにストローを挿しながら、さも当然といった表情で答えました。

 これは、まずいことを聞いてしまいました……

 焦っていると、女の子は再びキョトンとした表情で首を傾げました。


「お姉さん?どうしたの?」


「ご、ごめんなさい!辛いことを聞いてしまったみたいで……」


 慌てて謝ると、女の子は首を横に振りました。


「ううん、気にしないで!もうずっと昔のことだし、それに、今は部長と課長がいるし、会社のみんなもいるから!」


 そして、屈託のない笑みを浮かべて、嬉しそうに答えました。

 どうやら、保護者となってくれる人はいるようですね。でも、部長と課長という名称は、なんだか違和感があるような気もします。それに、会社のみんなというのは、一体どういうことなんでしょうか?養護施設の、職員さんのことなのでしょうか……


「ところで、お姉さん。初々しいスーツ姿だけど、就活生さん?」


 部長と課長という方々について推測していると、女の子はまたしてもキョトンとした表情で首を傾げました。

 初々しいスーツ姿ですか……たしかに、スーツは着慣れていないのでそう言われても仕方ないのかもしれませんが、就活生に間違われるのは少し複雑な気持ちです。私はそんなにも、頼りなく見えるのでしょうね……


「お姉さん、どうしたの?お腹痛くなっちゃった?」


 軽い自己嫌悪に陥っていると、女の子が首を傾げたまま不安げな表情で尋ねてきました。こんな小さい子を心配させてはいけませんね。


「大丈夫ですよ。えーと、就職活動ではないのですが、この近くにある会社に用事があって、この辺りに来たんです」


 苦笑しながら答えると、女の子は目を輝かせ、テーブルに両手をついて身を乗り出しました。


「ねえねえ!それって、おみせやさんって会社!?」


 そして、私の目的地である会社名を口にしました。


「あ、は、はい。そうですよ」


 勢いに気圧されながらも答えると、女の子はなぜか得意げな表情を浮かべました。

 それにしても、なぜ私の目的地がわかったのでしょうか?

 もしかしたら、おみせやさんはこの周辺では、かなり有名な企業なのかもしれませんね。色々な物を作っているようですし……


「よーし!なら、オレンジジュースを飲み終わったら、私が直々に案内してあげる!」


 おみせやさんについて思いを巡らせていると、女の子は得意げな表情のままそう言い放ちました。

 道案内をしてくれるのはありがたいのですが、直々という言葉が気になります。


「直々っていうのは、どういう意……」


「いーの、いーの!気にしないで!ちょうど私も、今から戻るところだったし!それに、我が社へのお客様なら、道案内くらい何のそのだよ!」


 言葉の意図を確認しようとしたところ、私の言葉は、得意げな表情をした女の子の声にかき消されてしまいました。

 えーと、今から戻る、というのはどういった意味なのでしょうか?

 それに、我が社、という言い回しも気になりますし……でも、そんなことを気にしている場合じゃないですよね。

 案内をしてくれるというならば、たとえ子供が相手だとしても、ちゃんとお礼を言わないと。


「ありがとうございます。じゃあ、お願いしますね」


 そう伝えると、女の子は満面の笑みを浮かべて、胸の辺りを軽く叩きました。


「うん!任せてー!」


 そして、自信に満ちた声で返事をしました。

 ひとまず、これで道に迷うというトラブルは避けられそうですが、おみせやさんについての謎が、また深まってしまった気もします。


 ひょっとして、児童養護施設も経営しているのでしょうか……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ