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病葉《わくらば》

 京子から指示を受けた駅に辿り着き、大通りを外れた道を進み待ち合わせ場所の喫茶店へ向かった。

 指定された喫茶店へは、普通なら五分もすれば辿り着く。でも、今日は道中予期せぬ来訪者が相次いで、二十分以上かかってしまった。それでも、余裕を持って動いていたから、待ち合わせの時間ピッタリに辿り着くことができた。

 本当なら、待ち合わせの十分前には到着していたいところなんだけどね。

 京子のこととだから、きっと十五分前には到着して、注文も済ませているだろうし。

 これは、顔を合わせるや否や叱られてしまうこと請け合いかな……


 そんなことを思いながら木製の扉を開くと、呼び鈴の音と共に女性店員が早足で近づいて来た。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「いえ、人と待ち合わせているのですが……烏ノ森という者はこちらに?」


 京子の名前を出すと、店員は笑顔を浮かべて頷いた。


「はい!ただ今ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げて、早足で客席に向かう店員の後に続いた。案内された窓際の席では、京子が軽く目を伏せながら紅茶を飲んでいた。


「烏ノ森様、お連れ様がお見えになりました」


「そうですか、ありがとうございます」


 京子が軽く視線を送りながらそう言うと、店員は頭を下げて厨房の方へと向かっていった。

 

「お待たせ、京子。遅くなっちゃってごめんね」


 苦笑をしながら、待たせてしまったことを謝って向かいの席に腰をかけた。すると、京子はさも興味ないといった表情で、別に、と呟いた。


「約束の時間は、守っていただけていますから。それに、もう少し時間がかかるとも思っていましたし」


 京子は他人行儀にそう言うと、紅茶を一口飲んだ。

 多分、京子が言っているのは、道中に遭遇した来訪者達のことだろう。

 たしかに、腕前は一流の子達だったから、全く警戒していないときだったら、対応にもっと時間がかかっただろう。でも、事前にこちらを狙っている人間がいると分かっていれば、殺気に気づくことは容易だ。

 それに、今日の来訪者達は……


「京子も中々、部下に対して容赦ないね。僕に向かって、肉弾戦が得意な技術者を仕向けてくるんだから」


 ……元とはいえ、古流武術をそれなりに極めていた人間に仕向けるには、真っ向勝負すぎる気がした。

 僕が指摘すると、京子は紅茶を更に一口飲んでから、嘲笑を浮かべた。


「あら、そうでしょうか?だって、貴方には憑き物だの、呪いだのは効果ないじゃないですか」


「……それもそうだね。一応、そういったモノをはねのける鍛錬は、今も続けているから」


「ならば、彼らが最適だと思ったまでです」


 京子は相変わらず他人行儀な言葉遣いで、そう言った。

 正直なところ、ひょっとしたら僕が有利になるような相手を選んでくれたのかも、とほんの少しだけ期待してしまっていた。

 でも、それは自惚れすぎだったみたいだね……


「それに、私のことを容赦ないと言うなら、貴方はどうなのですか?部下達からの連絡では、かなり痛い目に遭ったということでしたよ?」


 ほんの少しだけ落胆していると、京子がため息と共に呆れた表な表情を僕に向けた。

 たしかに、ところどころ関節を外させてもらったけど、命には別状がないようにしたんだけどな……

 でも、京子に状況を伝えられたということは、救急車は呼べたってことだよ……ね?


「それに、貴方の子達に向かわせた者は、一人は警察から逃げるのに必死という連絡がきているし、もう一方はまだ連絡がつかないし……そちらも、かなり容赦がないのではないでしょうか?」


「あはは……じゃあ、お互いさまってことかな」

 

 苦笑いをしながら京子の問いかけに答えていると、お冷やが載ったお盆を手に、店員がこちらにやってきた。


「ご注文は?」


「あ、じゃあアイスコーヒーで」


 注文を伝えると、店員は伝票を書き込み、かしこまりました、と頭を下げた。そして、早足で厨房の方へと戻っていく。

 程なくして、アイスコーヒーのグラスを載せたお盆を手に、店員がやってくる。


「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」


「ありがとうございます」


 グラスをテーブルに置く店員にお礼を言うと、いえいえ、という言葉が返ってきた。そして、店員は再び厨房の方へと戻っていった。


「それで、さっき連絡をくれた一条さんの件っていうのは、一体何なのかしら?」


 グラスにガムシロップとミルクを注いでいると、先ほどより砕けた口調の京子の声が聞こえた。


「あ……うん、ひょっとしたら、僕の思い過ごしなのかもしれないけど……」


「前置きは良いから、さっさと用件を話していただけないかしら?」


 言葉を濁そうとしてみたところ、眉間に皺をよせた京子に叱られてしまった。これは、正直に話すしかなさそうだね。


「じゃあ、単刀直入に言うけど、一条さんは丑の刻参りを扱える技術者なんだよね?」


 僕の問いかけに、京子は軽く目を伏せてから紅茶を一口飲んだ。


「……少なくとも、技術者としては働いてもらっていないし、私が上司である限り、その予定もないわよ」


 京子は呟くように答えた。技術者として真木花に所属していることは否定しているけど、丑の刻参りを扱えることについては否定していない。

 なら、吉田が聞いた一条さんの声というのは、聞き間違いではないということか。覚悟をしていたけど、改めて現実を突きつけられると、やるせないものだね……

 

「ただ……弊社の社長は、私とは違う意見を持っているようだけど」


 感傷に浸っていると、京子がため息まじりに呟いた。


「それは、どういうこと?」


 問いかけると、京子は一瞬だけ苦々しい表情を浮かべた。しかし、すぐに無表情に戻って、紅茶をまた一口飲んだ。


「今回のイザコザに、あの子を使いたいと思っているようね。あの子の技術は確実だから」


 その言葉は、事実なのだろう。現に、あの山口課長にも効力があったみたいだし。ただ、あの人の場合、面白がって自分から呪いを受けてそうな気もするけど……


「それに、前々から、御社の社長に良い感情を持っていなかったようですしね」


 山口課長に対して若干失礼なことを考えていると、京子は言葉を続けた。

 たしかに、社長は良くも悪くも個性的だから、好かれる人にはとことん好かれるけど、その逆もしかりなんだよね……

 真木花との取り引きが開始したのは、いい加減に仲直りしたいから仕事取ってきて、という社長の一声が発端の一つになっていたりもする。部下達には、さすがに本当のことを告げられなかったけど……


「だから、今回の件は日神さんがどう動こうと、最終的にそちらに因縁をつけて、御社の社長を確実に始末する方向に話を進める予定だったのよ。まあ、私としては今回の件のおかげで邪魔な上司に退場いただけたので、その他のことはどうでも良いのだけど」


 京子は興味なさそうに、そう言い放った。

 

「……その割には、一条さんの件で話があるって言ったら、すぐに来てくれたよね?」


「……部下の不始末に対応するのは、上司の務めではなくて?」


 問いかけて見ると、京子は苛立った目をこちらに向けた。それから、軽く目を伏せると深いため息を吐いた。


「全く。こういうことに巻き込まれるんだから、さっさと辞めていれば良かったのに……その上、個人的に丑の刻参りを行うなんて、服務規程違反もいいところよ」


 その言葉と共に、京子はこめかみの辺りをおさえて首をゆっくりと左右に振った。

 厳しい意見のようだけれど、京子がここまで頭を抱えているということは、一条さんを多少なりとも気にかけているんだろう。

 ひょっとしたら、一条さんに対して厳しい態度を取っていたのは、厄介ごとから遠ざけるために真木花を辞めさせようとしてたのかな?

 そうだとしても、もっと他に方法はあったと思うけど……


「……それで、今度はこちらから聞きたいんだけど、なんで一条さんが個人的に御社の社員を標的にすることになったのよ?技術者として所属している者以外には、御社への計画なんて伝えていなかったのに」


 真意について勝手な推測をしていると、京子が疲れた表情で尋ねてきた。

 えーと……僕が原因かもしれない、というか、僕が原因ということはほぼ確定しているけど、どう伝えたものかな……


「その件だけど、一条さんがこれ以上危険なことをしないように、説得してみようと思うんだ」


「説得?たしかに、あの子は貴方に懐いているようだけど……もう遅いかもし……」


 京子がそう言いかけると、言葉を遮るように携帯電話の着信音が鳴り響いた。


「……失礼。部下から連絡のようだから、少し良いかしら?」


「あ、うん。どうぞ」


 僕が答えると、京子は軽く頭を下げて鞄から携帯電話を取り出した。


「はい。烏ノ森です……臥篭チーフ、首尾はどうだったのかしら?」


 京子は煩わしそうな表情を浮かべて、携帯電話に向かって問いかけた。


「……はい?その話、本当なの?」


 その言葉と共に、京子の顔から血の気が引いていく。


「……分かったわ。詳しい話は社で」


 京子はそう言うと、通話を切って携帯電話を鞄にしまった。

 

「和順さん。慌ただしくて悪いのだけど、急用ができたから社に戻らないと」


 そして、鞄を肩にかけ、椅子から立ち上がった。

 急用ということは、部下達に何かあったんだろうか?

 吉田には山口課長が言っていた援軍がついているし、日神君と早川君は二人で行動しているから大事にはならいと思っていたけど、甘かったかな……

 部下の身を案じていると、京子はこちらにチラリと視線を向けて軽くため息を吐いた。


「安心なさい。御社の人間に何かあったわけではないから」


「そうか。なら……」


 なら良かった。

 そう言おうとして、言葉が止まってしまった。



 何か凄く嫌な予感がする。



「それと、技術者達には、貴方達への接触を一旦止めるように連絡をするから。急用が片付くまで……少なくとも明日いっぱいまでは、私の指示でそちらに技術者が向かうことはないわよ」


「分かった。急用っていうのが何なのかも聞きたいところだけど、きっと教えてくれないんだろうね」


「ええ。貴方に話しても、仕方のない話だから」


 京子はそれだけ言うと、伝票を手に取り歩きだそうとした。でも、一歩だけ足を進めると、京子は不意に足を止めた。


「……一条さんのこと、お願いね。期待するだけ、無駄なのかもしれないけど」


 そして、振り返らずにそう言うと、早足で会計へ向かっていった。


 期待するだけ無駄、か。


 相変わらず、辛辣な言葉を言ってくれるね。

 でも、京子と別離した原因のことを考えると、そう言われるのは当然のことか。


 再び感傷に浸っていると、胸ポケットにしまった社用のスマートフォンが震えるのを感じた。取り出して確認していると、真木花とは別のお客様から至急話がしたいという連絡が来ている。 

 本来なら、すぐに一条さんの説得に向かいところだけど、他のお客様をないがしろにするわけにもいかない。

 ひとまず、一条さんには今日の打ち合わせの後に話がしたいという連絡を入れておこう。


 なんとしても、一条さんへの説得は成功させよう。


 ……意気込んではみたものの、全てが後手に回っているという気持ちを拭いきることができなかった。

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