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怖い★

 お客様からの帰り道、日神と一緒に真木花の技術者に襲撃され、応援を呼んでくるように頼まれた。それで、会社に着いたまでは良かった。

 でも、焦って変な報告の仕方をしてしまったせいで、山口課長と葉河瀨部長が悪ノリをはじめそうになり……


「アンタ達!今の状況が分かってるの!?」

「そうですよ!日神課長が危ないかもしれないのよ!」


 信田部長と摩耶が二人をとがめ、


「そんなに叱らなくても良いじゃないですか」

「そうなりよー。ちょっと、場を和ませようとしただけなり」


 葉河瀨部長と山口課長が、シュンとした表情で不平を口にしている。

 でも、そのおかげでちょっと冷静になれた気がする。


「失礼しました。お客様からの帰り、美術館前にある運動公園で、カラスを操る真木花の社員から襲撃を受けました」


 改めて状況を説明すると、信田部長と山口課長の眉がピクリと動いた。


「蟲使いの相手に鳥使いか……向こうも、本気みたいね」


「まあ、最悪の相性なりねー」


 心配そうな信田部長とは対照的に、山口課長は呑気な表情をしていた。


「はい。それで、信田部長か山口課長を連れてくるように、と言われました」


 日神も焦っていた様子だし、冷静にことを進められそうな信田部長に来て欲しいところだけど……


「よーし★面白そうだから、アタシが行くなり★」


 ……予想通り、山口課長が名乗りを上げてしまった。


「おやぁ?早川ちゃん、なんか不服そうな顔してるなりね?」


 ちょっと落胆したのが顔に出てしまったらしく、山口課長が実に楽しそうな笑顔を浮かべながら首を傾げた。


「そ、そんなことないっすよ!うわーい!ウルトラミラクルエクセレントな課長だ!凄ーい!」


 白々しすぎる褒め言葉を伝えてみると、課長は勝ち誇ったような表情で、まあね、と口にした。これくらいで機嫌をなおしてくれるのだから、非常に助かる。

 安堵していると、不意に葉河瀨部長がのっそりと立ち上がった。


「早川、相手はカラスを仕向けてきてるんだな?」


「あ、はい。しかも、結構大量でした」

 

 眠たげな声の質問に答えると、葉河瀨部長は、そうか、と呟いた。


「良い物があるから、ちょっと待ってろ」


 そして、抑揚のない声でそう言うと、心なしか早足で応接室を出て行ってしまった。

 あんまり、悠長にもしてられないんだけど、待ってろ、と言われたのに、勝手に出て行ってしまったらトラブルになるよな……

 そんなことを考えているうちに、応接室に足音が近づいていた。そして、扉が開くと眠たげな葉河瀨部長が現れた。


「待たせたな、早川。これ、持って行け」


 そう言う葉河瀨部長の手には……



 首があらぬ方向に曲がった、全体的にぐんにゃりとしたカラスが握られていた。



「きゃぁ!?は、は、葉河瀨部長!何を持ってきたんですか!?」


 途端に、摩耶が悲鳴を上げて、俺の袖にしがみついた。

 うん、当然の反応だ。


「摩耶、落ち着いて。あれは、『製品開発部のご乱心シリーズNo25これで安心!カラス来ないさん!』っていう、リアルなカラスの死骸を模したカラス避けだから」


 摩耶の頭を撫でながら説明していると、葉河瀨部長が軽く頷いて、眼鏡の位置を直した。そして、カラス避けを俺の前に差し出した。受け取ると、ひんやりとしてぐったりとした感触が手に伝わり、全身が総毛立つのを感じた。


「あ、ありがとうございます!」


 鳥肌を堪えながら頭を下げると、いえいえ、という抑揚のない声が返ってきた。


「もしも、カラス仕向けてきた奴の他に、クソ生意気そうな小型犬みたいなのがいたら、ソイツの顔面にでも投げつけといてくれ」


「は、はい。了解っす!」


 勢いで返事をしたのは良いけど、葉河瀨部長が言ってるのってあのチワワに似てた子のことだろうか?

 そういえば、葉河瀨部長のことを知ってたみたいだけど、面識があるのだろうか?


「よーし!じゃあ、行くなりよ★」


「うわ!?」


 疑問に思っていると、山口課長にいきなり抱きかかえられてしまった。途端に、摩耶の方からジトッとした視線を感じる。

 これは、帰って来たら拗ねられることが、確定しているかもしれない。


「か、課長!婚約者の前でお姫様抱っこするのは、やめて欲しいっす!」


「細かいことは気にしちゃだめなり★」


 抗議の声を上げてみたけど、山口課長は気にすることなく窓の前まで進み……


「えーい★」


「うわぁ!?」


 ……勢いよく窓を開け放って、そのまま外に飛び出した。

 無駄な抵抗だろうけど、落下の衝撃に備え、目を固くつぶって全身に力を入れた。でも、予想に反してふわりとした浮遊感を感じた。

 恐る恐る目を開いてみると、山口課長は俺を抱えたまま飛び上がり、隣のビルの屋上に足をついていた。そして、また跳び上がると、さらに二件先のビルの屋上に着地する。


 うん、たしかに前々から不思議な人だとは思っていたけど、こんなことまでできるとは思ってなかったな。


「課長って、天狗かなんかなんすか?」


 思い切って質問してみると、山口課長は俺を見下ろしてにこりと笑った。


「そうなりよー★かの牛若丸にも稽古をつけた大天狗なり!」

 

 山口課長は軽快な口調で答えると、またビルの屋上に足をつき、高く跳び上がった。素直に答えてくれたということは、正体は天狗ではないのだろう。

 あの山口課長が、すんなりと正体を教えてくれるはずがない。それに、どちらかといえば、天狗よりも狸っぽいし。


 そんなことを考えている間も、山口課長はビルの屋上や電柱を足場に跳び跳ね続け、ついには運動公園の目の前に建つビルの屋上に辿り着いた。

 

「……よっと!」


 そして、ビルからふわりと飛び降りると、公園の入り口の前に軽やかに着地した。それから、山口課長は俺を放り投げるように腕から降ろし、指さしながらにこりと笑った。

 

「じゃあ早川ちゃん!アタシは後から追いかけるから、先陣を切ってくるなり★」


「了解っす!ありがとうございました!」


 山口課長の言葉を受けて、俺は公園に向かって走り出した。

 敷地内に入ると、さっきは気づかなかったけど、やけに空気が湿気っぽい気がする。それに、自分の足音以外、何の音も聞こえない。たしかに、こんな状況を見過ごしていたとあれば、あの日神なら怒りもするよな……


 些細なことですぐに説教をする。


 逐一人を馬鹿にした発言をする。


 挙げ句、格好つけて一人で悪役になろうとしたりする。


 思い出すだけで苛立つことが多い。


 でも、俺が新入社員の頃は、厄介ごとに巻き込まれないように裏で動いてくれたりもした。

 なら、借りはしっかりと返しておきたい。


 色々と考えていると、先ほど襲撃を受けた場所が近づいて来た。微かに、人影も見えてきている。

 スピードを上げて近づくと、その姿がハッキリしてきた。


 カラスを肩に乗せた、スレンダーなスーツ姿の女性。


 その近くに立ち尽くす、小柄なスーツ姿の男性。




 そして、二人の足下には無数のカラスが群がる塊が転がっている。



 ……この野郎。


「……日神め、てこずらせおって」

 

「あの、臥篭チーフ。何カ所か刺されていますが、大丈夫ですか?」


「心配は無用だ。先ほどポイズンリムーバーで毒は吸い出したから……なっ!?」


「ふ、臥篭チーフ!?」


 話し込む二人に向かって、勢いよくカラス避けを投げつけると、運良く臥篭の後頭部に命中させることができた。

 後頭部に衝撃を受けた臥篭はバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。臥篭が倒れ込んだせいなのか、カラス避けを投げ込んだからなのかは分からないが、カラス達は一斉に羽音を立てて上空に逃げていった。そして、うずくまる日神の姿が現れる。


「日神課長!大丈夫っすか!?」


 慌てて駆け寄ると、日神はフラつきながらもゆっくりと立ち上がった。


「ああ、問題ない。それにしても、早かったな。もう少しくらいは、余裕だったのだけれども」


 そして、気取った表情でそう言った。

 いつもの日神なら、それなりにスマートに見えたのかもしれない。でも、今回ばかりはそうではない。

 

 

 着ていた黒いロングコートの後ろ襟を額の辺りまで引き上げている。


 

 しかも、スラリとした体型だし、色白だし、薄い顔立ちだし、何というか凄く……


「ん?どうした、早川。何を笑っているんだ?」


 笑いを堪えていると、日神は怪訝そうな表情を浮かべた。

 いや、正直に言ったら、絶対怒られる……でも……


「いえ……その格好……もの凄く、カオナ……」

「よし、そのケンカ、買った。ふざけるなよ、柴犬」


 正直に告げたところ、日神は眉間にしわを寄せて、こちらの言葉を遮るように苛立った声を上げた。

 いや、柴犬と呼ばれたことを怒りたいところだけど、笑いを堪えるのがやっとで声が出せない。やばい、どこからか竪琴の音も聞こえてくる気がする。


「……頸動脈を保護するためだから、仕方ないだろ!いい加減に、笑うのをやめろ!」


「す……すみません……で……も、笑いの……ツボに入って」



「こちらを放っておいて、何をイザコザしてるんですか!?」


 必死に笑いを堪えていると、甲高い声と足を踏みならす音が聞こえた。顔を向けてみると、小柄な男性の方がナイフを構えて、こちらを睨みつけていた。

 まずい、日神の格好に気を取られ空いていて、存在をスッカリと忘れていた。


「臥篭チーフが倒れたからと言って、僕を放っておいたらどうなるか思い知らせ……」

「へぇ?どうなるなりか?教えて欲しいなり★」


 男性が脅し文句を言いかけた途端、その言葉を遮るように山口課長の声が聞こえた。気がつくと、いつのまにか男性の背後に山口課長が笑顔を浮かべて立っていた。


「なっ!?いつのまに!?」


 驚く男性を気にもとめず、山口課長は笑顔のまま胸の辺りで手刀を構え……


「食らえ!制裁のウルトラ課長チョップ★」


「いっ!?」


 ……そのまま、男性の頭の上に振り下ろした。男性は頭を抱えると、うめき声を上げながらうずくまった。

 なんだろう、凄く痛そうなのは分かるんだけど……

 もっと、こう、特殊能力的な必殺技が出てきて欲しかったな。


「それで、ひがみん!元カノってのは、こっちの背が高い子の方?はっ!まさか、今アタシが倒しちゃった方とか!?」


 必殺技にがっかりしていると、山口課長が目を輝かせて日神に問いかけた。対する日神は、ロングコートを被ったまま、呆れた表情を浮かべている。


「どちらも、違います。助けていただいたのはありがたいですが、恐ろしいことをおっしゃらないでください」


「……全くだ。失礼にも、程がある」


 日神がため息まじりに答えると、臥篭がヨロヨロと立ち上がりながら同意の言葉を口にした。口調は冷静だけど、鼻血が垂れている。

 焦っていたとはいえ、流石に女性に鼻血を出させてしまったのは、良くなかったかな……

 心の中で後悔しながら見つめていると、臥篭は視線をこちらに向けた。


「気にするな。技術者として生きる以上、この位のことはよくある」


「そうなりよ、早川ちゃん!それに……」


 山口課長はおどけた口調で臥篭の言葉に続くと、一旦言葉を止めて息を吸い込んだ。


「これ以上、うちの子達にちょっかい出すなら、もっと酷い目に遭うんだから。なぁ?」


 そして、いつもよりも低い声で、臥篭に問いかけた。口元は笑っているけど、目はこれでもかというほど見開かれている。臥篭は山口課長の表情に気圧されたようで、その場から一歩後ずさった。


「……流石に、貴方ほどの方がいる前で、何かことを起こす気はありませんよ。垂野、一旦退くぞ」

 

 臥篭は山口課長の問いかけに答えると、うずくまっている垂野と呼ばれた男性に目を向けた。でも、垂野は腹を抱えて、うずくまったままだ。


「痛……い……痛い……」


 垂野は腹を抱えたまま、弱々しく、痛い、と呟き続けている。山口課長も、もう少し手加減してやれば良いのに。

 

 ……あれ?

 さっき、山口課長がチョップを食らわしたのって、頭だったような……

 

 違和感に気づいた途端、辺りに生臭い空気が立ちこめた。

 咄嗟に、日神、山口課長、臥篭が表情を硬くして身構える。


 そうしている間にも、生臭さはどんどんと強くなっていく。


 よく分からないけど、動いたらまずそうだ。


 俺には見えないけど、何かが近くにいるのだろう。


 何か、もの凄く怖い物が。



 しばらくの間、全員身動き一つできないでいた。そうしているうちに、生臭さは段々と薄まっていった。

 生臭さが完全に消え去ると、山口課長が小さくため息を吐いた。


「これは、かなりまずいことになりそうだな……」


 緊迫した表情で山口課長が呟くと、日神が小さく頷いた。


「……ええ。全くですね」


 二人には、何が起こったのか分かったのかもしれない。


「……垂野め、厄介ごとを呼び込みおって。これだから、共に行動するのは嫌なのだ」


 不意に、臥篭が吐き捨てるようにそう言った。そして、そのまま踵を返して、公園の入り口に向かって歩き出した。


「……部下を見捨てて、一人だけ逃げるおつもりですか?」


 背中に向かって日神が苛立ったような声を掛けると、臥篭は足を止めて振り返った。


「当たり前だ。役に立たぬ者など、捨て置く他ないだろう」


 臥篭が眉一つ動かさずに答えると、日神が苦々しい表情で舌打ちをした。


「前々から、貴女のそういうところが、嫌いだったんですよ」


 日神が吐き捨てるように臥篭に言葉を投げてから、こちらに顔を向けた。


「早川、救急車を呼んでやれ」


「はい!了解っす!」

 

 すぐに返事をすると、日神は安心したような表情を浮かべた。襲撃されたとはいえ、このまま放っておいて命に関わったら大変だもんな。

 臥篭は俺達のやり取りを見ると、薄く微笑んだ。


「珍しく気が合うな、日神。私も、お前のそういう甘いところが、大嫌いだ」


 そして、捨て台詞を吐いてから、再び公園の入り口に向かって歩き出した。

 一見すると、大人な恋愛が終わった後のやり取りのようにも見えるけど……


 一方は、ロングコートを頭から被り、某国民的アニメ映画のキーキャラクターのようになり……


 もう一方は、鼻から止めどなく鼻血を流している……


 日神家の関係者達って、どんな状況でも無駄に格好つけないといけない、って掟でもあるんだろうか?


「早川!何をぼーっとしているんだ?早く救急車を呼んでやれ!」


「そうなりよ!このまま放っておいたら、命に関わっちゃうかもしれないなり!」


 日神家の掟について邪推していると、日神と山口課長からせかされてしまった。


「すみません!ただ今対応します!」


 慌てて返事をすると、二人は同時にコクリと頷いた。

 色々気になることはあるけど、ともかく救急車を呼ぶことにしよう。

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