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上手くいけば

 突如として、冷蔵庫に現れた三輪先輩の生首とお話ししていたわけですが……


「じゃあ姫ちゃん、私はこれで戻るけど、葉河瀨部長のことよろしくね!」


 とても返答に困るお言葉をいただいてしまいました。


「は、はい。がんばりま……す?」


 思わず無難な返事をしてしまいましたが、三輪先輩は気に障った様子もなくニコリと笑いました。


「よろしい!じゃあ、また後でねー」


 三輪先輩はそう言うと、冷蔵庫の棚板に吸い込まれるように去っていきました。突然のことで驚きましたが、久しぶりに三輪先輩とお話ができたのは嬉しかったですね。

 生首ではありましたが……

 それはともかく、三輪先輩が真木花にいた頃は、良く励まされたいましたっけ……

 そんな思い出に耽っていると、お腹がすいていたことを思い出しました。少し遅めですが、朝ご飯にしましょう。


 朝ご飯を食べ、洗い物や掃除洗濯をしているうちに、時刻は十二時になっていました。朝ご飯が遅かったので、流石にまだお腹はすかないですね。少し早いですが、もう出掛けてしまって、どこかで時間を潰していましょうか……

 どうするか悩んでいると、テーブルの上からガタガタと言う音が鳴り響きました。驚いて目を向けると、スマートフォンが震えています。また、会社からなのでしょうか……

 気が重くなりながらもスマートフォンを手に取ると、画面には葉河瀨さんの名前が表示されていました。これは、きっと今日の打ち合わせの件ですね。ならば、早く出ないと。


「お待たせいたしました。一条です」


「お世話になっております。葉河瀨です」


 通話を開始すると、スピーカーから抑揚のない低い声が聞こえてきました。


  それ……葉河瀨部長、姫ちゃんのこと絶対好きだわ


 不意に、三輪先輩の言葉を思い出してしましました。その途端、顔が熱くなるのを感じました。

 多分、三輪先輩の思い違いだと思うのですが……昨日、気にかかる発言もありましたし……


「……一条さん?やはり、まだ具合がよくないのですか?」


 混乱して黙り込んでしまっていると、スピーカーから不安げな葉河瀨さんの声が聞こえました。


「あ、いいえ!大丈夫です!」


 慌てて答えると、葉河瀨さんは、そうですか、と優しげな声で呟きました。変に意識して言葉に詰まっては、また葉河瀨さんに不必要な心配をさせてしまいますよね……しっかりしないと。


「また倒れてしまっていないか心配で連絡してみましたが、大丈夫そうなら安心しました」


「あ、はい。その節は、大変ご迷惑をおかけしました」


 頭を下げながらそう告げると、いえいえ、という穏やかな声が耳に届きました。

 三輪先輩は首を傾げていましたが、やっぱり葉河瀨さんは優しい方だと思うんですよね……


「……」

「……」


 そんなことを考えていると、例によって例のごとく気まずい沈黙が訪れてしまいました……

 えーと、このまま電話を切るのも失礼な気がしますし、何か話題を……ああ、そうだ。話題を探すも何も、今はそこそこの緊急事態でしたね。えーと……



「あの……皆さんの……生命活動に異常はありませんか?」



 ……緊急事態とはいえ、この聞き方はないですよね。


「生命活動に……異常?」


 スピーカーからは、訝しげな様子の葉河瀨さんの声が聞こえてきました。

 いきなり生命活動について尋ねられたら、混乱もしますよね……


「す、すみません!昨日、弊社の烏ノ森から、御社に向かって技術者を差し向けるというような話がありましたので……」


 再び頭を下げながら謝ると、スピーカーから笑い声が小さく聞こえました。


「そうでしたか。月見野部長は吉田と、日神は部下と一緒に外出していますが、今のところ何かあったと言う連絡は来てないですよ」


「そうですか……」


 今のところ大丈夫というお話ですが、少し不安です。

 昨夜のお詣りは垂野君に対してだけでしたが、他の技術者が皆さんのもとに向かうことだって当然ありえますからね……

 もしも、月見野様に何かかあったら……


「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」


 不安に思っていると、宥めるような葉河瀨さんの声が聞こえました。


「弊社の社員は、どういうわけか修羅場に慣れている奴らが多いですから」


「そう……ですか……」


 葉河瀨さんはそう言っていますが……やはり、社長へのお詣りは成功させないといけないですね。



 所詮烏合の衆なのですから、頭さえ潰してしまえばどうということはないでしょうし。



「……一条さん?どうかしましたか?」


 今夜のお詣りについて意気込んでいると、不安げな葉河瀨さんの声が耳に届きました。

 不必要な心配をさせてはいけないと思っていたのに、早速ご心配をおかけしてしまいましたね……


「し、失礼しました。大丈夫です」


 慌てて返事をすると、そうですか、という呟きが聞こえました。


「えーと……私は大丈夫なのですが、葉河瀨さんは大丈夫でしたか?その……弊社の技術者が何かご迷惑をおかけしていませんか?」


 話題を切り替えるように尋ねてみると、ああ、という笑い声混じりの呟きが聞こえました。


「俺の方は、今日は一日社内に籠もっているから大丈夫ですよ。迫力のある管理部責任者もいますから、御社の方々もそうそう手出しはできないでしょう」


「そうですか……」


 そういえば、三輪先輩のお話でも、悪ノリでもの凄いことをやってのける方がいらっしゃるということでしたね……


「ただ、筋肉痛と……筋肉痛に効果のある栄養素を全てサプリメントで取っていため、胃の調子がちょっとおかしいような気はしますが」


 ……えーと、それはいつからなのでしょうか?

 まさか、日曜の夕食からではないですよね……?

 

「あの……その食生活だと、栄養不足で倒れたりしないのでしょうか……?」

 

「大丈夫ですよ。一日の活動に必要な熱量は、甘い物で補っていますから」


 ああ、だから昨日のお昼も、ココアとスコーンを召し上がっていたんですね。

 ……などと、納得している場合ではなく。


「そんな不規則な食生活をしていて、体を壊したらどうするんですか!」


 思わず叱ってしまうと、スピーカーから、あー、という困惑した声が聞こえました。


「えーと……すみませんでした」


 そして、ションボリとした声の謝罪が続きました……

 いけません、私が葉河瀨さんのことをとやかく言えるような立場でもないのに……


「す、すみません!差し出がましいことを申し上げてしまって!」


 慌てて頭を下げながら謝罪すると、いえいえ、という苦笑混じりの声が聞こえました。


「一条さんに心配していただけるなら、幸いですよ」


「すみません……」


 ひとまず、怒ってはいないようですが……

 私に心配されると幸い、というのはどういう意味なのでしょうか?

 昨日の発言の真意も分からないですし……

 いっそのこと、今ここで……


「あの!」

「ところで」


 ……意気込んでみたところ、葉河瀨さんの言葉と思いっきり被ってしまいました。


「あー……失礼いたしました。どうかしましたか?」


「い、いえ!私の方は大した話ではないので、葉河瀨さんからどうぞ!」


 気まずそうな声にそう返すと、それでは、という呟きが聞こえました。


「今日の件ですが、あまり気負わないでくださいね」


 その後に続いた葉河瀨さんの声は、とても穏やかで優しいものでした。


「あ……はい。ありがとうございます」


「メッセージでも連絡しましたが、日神の弱みは握っているので、手荒なまねは絶対にさせませんから」


 ……そして、とても意気揚々とした声も続きました。

 日神課長は……本当に、どんな弱みを握られているのでしょうか?


「一条さん?」


 日神課長の弱みというものに思いを馳せていると、不安げな葉河瀨部長の声が耳に届きました。


「あ、すみません!重ね重ね、ありがとうございます」


 慌ててお礼を述べると、いえいえ、というご機嫌がよさそうな声が聞こえました。

 でも、フォローしていただけるのはありがたいのですが……会社どうしのイザコザはともかく、皆様をお詣りの対象にしたというのは、紛れもない事実なのですよね。

 この件を知ったら、いくら優しい葉河瀨さんでも、私のことを軽蔑するのでしょう……きっと、月見野様も同じでしょうね。


 ……社長に対するお詣りが上手くいけば、少しでも償いになるのでしょうか?


「それと、御社と弊社が厄介なことになっている件についても、一条さんが思い詰めることはないですからね」


 悩んでいると、再び穏やかで優しい声が耳に入りました。


「なので、一条さんの()()()()()()()()()()は、絶対にしないでください」


 葉河瀨さんは穏やかな声のまま、そう続けました。

 ただ、その声には、何かを知っているというような響きもありました。

 ということは、日神課長だけでなく、葉河瀨さんももうお詣りのことについて気づいているのでしょうか?

 ならば、この電話で叱責の言葉を受けることになるのかもしれませんね……




「俺でよければ、いつでも力になりますから」




 でも、スピーカーから聞こえたのは、叱責ではなく、優しい言葉でした。

 なぜ……そんなことを言ってくださるのでしょうか?

 特に取り柄もない、会社の受付で対応するくらいしか接点のなかった私に……

 いえ、ここで考え込んで黙ってしまっては、また葉河瀨さんに不必要な心配をさせてしまいますね。


「す……みま……せん。あ……りがとうご……ざいます……」


 混乱しながらも声を絞り出すと、いえいえ、という優しい声が聞こえました。その直後、スピーカーから葉河瀨さんの名前を呼ぶ声が、小さく聞こえました。


「すみません。ちょっと、呼ばれたみたいなので、そろそろ失礼します。ただ、今日の打ち合わせ、気分が乗らなくなった場合は、すぐにご連絡ください。口裏は完璧にあわせますので」


「あ、ありがとうございます。でも、ちゃんと伺いますので、大丈夫ですよ」


 苦笑しながら答えると、そうですか、という笑い声が混じった声が返ってきました。


「では、これで失礼しますね。長々とすみませんでした」


「いえいえ!こちらこそ、お忙しい中お時間を取っていただき、ありがとうございました」


 そう答えると、それでは、という穏やかな声が響き、通話が切れました。

 せっかく葉河瀨さんとお話ができたのに、昨日の発言の真意は聞けずじまいになってしまいましたね……

 少し緊張しますが……やはり、直接お会いしたときに伺ってみることにしましょう。

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