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そう言われれば

 目が覚めると、目覚まし時計は午前九時半を指していました。

 遅刻をしたと思って一瞬焦りましたが、今日はお休みでしたね……

 安心してため息を吐くと、枕元に置いたスマートフォンが微かに震えました。

 ……まさか、先月分の月次決算にミスが発覚して、急遽出社するように、という連絡が来ているのでしょうか?

 恐る恐る画面を覗き込むと、メッセージを一件受信したという通知が表示されていました。職場からではないですよね……?

 震える指でメッセージを開くと、差出人は葉河瀨さんでした。


 

 一条さん

 お世話になっています。葉河瀨です。

 本日、体調はいかがでしょうか?

 もしも、気分が優れないならば、打ち合わせは無理をなさらないでください。

 日神にとやかく言わせないだけの材料はあるので、ご安心ください。


 

 ……葉河瀨さん、どんな弱みを握っていらっしゃるのでしょうか?メッセージの最後に、勝ち誇った笑顔の絵文字までついていますし……いえ、そんな事を考えている場合ではないですね。

 体調の心配をさせてしまったままではいけないので、返信をしないと。


 

 葉河瀨さん

 お世話になっております。一条です。

 ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません。

 おかげさまで、体調は落ち着いています。

 つきましては、本日は予定通り御社にうかがいます。

 皆様にも、宜しくお伝えください。



 ……これで、返信しましょう。いつもよりゆっくり眠れたためか、今日は体が少し軽い気がします。これなら、おみせやさんに伺っても大丈夫そうです。打ち合わせの時間までまだ時間はありますが、すっきりと目も覚めていますし、もう起きることにしましょう。

 半身を起こして伸びをしていると、再びスマートフォンが震えました。確認してみると、葉河瀨さんからの返信でした。



 一条さん

 お世話になっています。

 打ち合わせの件、承知しました。

 でも、くれぐれも無理はしないで下さいね。



 メッセージの最後には、無表情な魚の顔文字が添えられていました。

 えーと……ひとまずお礼の返信はしますが……何を思ってこの顔文字を付けたのでしょうか?打ち合わせのときに、もしも余裕があったら聞いてみることにしましょうか。

 そういえば、昨日の発言の真意もまだ聞けていませんでしたね。


 もしかしたら、葉河瀨さんが私に好意を抱いているかもしれない。


 でも、葉河瀨さんとの接点といえば、ときどき弊社にいらっしゃった時に、受付で対応していたくらいですし……きっと、例え話か何かですよね……


 ただ、思い返してみると何かが引っかかるような……


 そんな事を考えていると、手に持ったスマートフォンが急に震え出しました。

 驚いて投げ出してしまうと、スマートフォンは床の上で震え続けています。

 しかも、画面には「真木花株式会社」と表示されています。


 これは……凄く気が重いですが、出ないといけないやつですよね……

 

 有休を取った日に烏ノ森マネージャーから連絡が来ることは、今までなかったんですが、余程の緊急事態なのでしょう……


 深呼吸をしてからスマートフォンを拾い上げ、通話ボタンをタップしました。きっとこれから、烏ノ森マネージャーの怒りに満ちた声が聞こえるのでしょう……


「おはようございます。一条です」


「ああ、おはよう。一条君」


 でも、聞こえたのは意外にも年配の男性の声でした。

 えーと、この声は……!?


「しゃ、社長!?お、おはようございます!」


 声の主を思い出し、思わずスマートフォンを持ったまま頭を下げてしまいました。

 これなら、烏ノ森マネージャーのお叱りだった方が、ずっと気が楽ですね……

 心の中で泣き言をこぼしていると、スピーカーから楽しそうな笑い声が聞こえて来ました。


「はっはっは。そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。烏ノ森マネージャーから、昨日倒れたって聞いたけど、体調は大丈夫かな?」


「は、はい。おかげさまで、だいぶ良くなりました。ご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ございませんでした」


 まさか、代表取締役社長に容態を聞かれるほどの大事になっていたなんて……

 明日は、出社直後に烏ノ森マネージャーに呼び出されて、三十分はミーティングと言う名のお説教になりそうですね……

 明日の事を考えて落ち込んでいると、スピーカから再び楽しそうな笑い声が聞こえました。


「ははははは。別に謝ることじゃないよ。一条君も、本来は技術者としてうちに来たんだから、慣れない業務が続いて疲れがでたんだろ」


「は、はあ」


 社長の言葉に、曖昧な返事をしてしまいました。

 確かに、当初は技術者として採用されましたが、今となっては管理スタッフとしての職歴の方が長いですし……確かに、社に戻った技術者の方々には煩わしい思いをすることは多いですが……

 


 いざとなれば、昨夜のようにお詣りをすればどうとでもなりますからね。




「それでね、一条君。少し相談があるんだけど」


「あ、はい。何でしょうか?」


 昨夜のことを思い出していると、社長の含みのある声で現実に引き戻されました。


「この際だから、気分転換も兼ねて、技術者としての業務に戻ってみないかい?ちょうど、お願いしたい仕事もあるし」


 えーと……お願いしたい仕事というのは……

 昨日の烏ノ森マネージャーと垂野君の様子からすると、月見野様達を始末するということですよね、きっと……


 技術者に戻ること自体は別にやぶさかではないのですが……

 既に、個人的におみせやさんの方々に対してお詣りをしてしまいましたし……

 日神さんには、お詣りのことを感づかれている様子ですし……


 それに、私なんかに優しくして下さっている月見野様や葉河瀨さんに危害を加えたくなどありません。


「おや?久しぶりの仕事だから、緊張してるのかな?心配はいらないさ。君のような実力者なら、すぐに結果を残せるから」


 社長はこちらの思いに気づくことなく、楽しそうに言葉を続けました。

 スピーカーからは、給与の額がどうの、だとか、就業条件がどうのという声が聞こえています。耳障りな声が、煩わしくて仕方ありません。


 

 ああ、そうだ。


 今夜はまだ六夜目ですし、お詣りの対象になっていただきましょう。


 社長が伏せることになれば、技術者の方々が月見野様達に危害を加えにいくこともないでしょうし。それに、前々から、管理スタッフに無茶なスケジュールで仕事を振って下さるので、煩わしくはありましたから。


「一条君?」


 話を聞き流していると、社長は訝しげな声で名前を呼びました。


「……申し訳ございません。そう言った件は、私の一存では決めかねますので……一度、烏ノ森マネージャーと相談をさせていただきたいのですが……」


 そう伝えると、社長は納得した様子で、ああ、と相槌を打ちました。


「それもそうだね。烏ノ森君には、今日にでも私から話を付けておくから。明日、良い返事を待ってるよ。それじゃあ、お大事にね」


 社長はそう言うと、こちらの返事も聞かずに通話を切りました。ひとまず、明日まで返答を待っていただけたのは幸いですね。



 これで、社長を始末する時間ができたわけですから。

 


 今日の打ち合わせが長引いたとしても、お詣りの時間までには帰れるでしょうしね。

 さて、打ち合わせまで、まだかなり時間がありますし、ひとまず朝食を取りましょう。

 朝食の支度をするためにベッドから降りて、キッチンに向かいました。確か、卵がまだ冷蔵庫に残っていたので、目玉焼きでも作ることにしましょうか。

 そんなことを思いながら冷蔵庫を開けると……




 ……何故か、至近距離で女性と目が合いました。


「きゃぁぁぁぁぁ!?」


「きゃぁ!?」


 思わず大声で悲鳴を上げると、冷蔵庫の中にいた方も驚いた表情で短く悲鳴を上げました。

 ……私の寝起きは怪奇現象に悲鳴を上げられるほど、酷い状態なのでしょうか?

 ……そんな事を考えている場合ではなくて、こういう場合は、えーと、えーと、包丁か何かで護身?

 いえ、それは万が一包丁を奪われたときに危険、でも、相手は首だけですし、えーと……そもそも包丁が有効な護身の手段なのでしょうか?


「ひ、姫ちゃん!何か、凄く思い詰めた表情になっちゃってるから、少し落ち着いて!」


 混乱していると、首だけの女性から懐かしい声が聞こえました。

 この声は……


「三輪……先輩?」


 恐る恐る尋ねると、三輪先輩は軽く頷いてからにこりと笑いました。


「そうだよー。久しぶり―」


 ああ、この声は三輪先輩に間違い無いですね。最後にお会いした時と髪型が変わっていたことと、不意に生首の状態で現れたので、気づくのに時間がかかってしまいました……

 

「あの……何故、生首の状態で家の冷蔵庫に出現なさってるんですか?」 

 

 尋ねてみると、三輪先輩は苦笑いを浮かべて首を傾けました。


「えーとね、さっき日神課長から、今日姫ちゃんがうちの会社に来るって聞いたから、ちょっと心配になっちゃって」


「そうだったんですね……お忙しいところ、申し訳ないです……」


 どちらかと言うと、生首の状態で出現している理由を知りたい気もしますが、ご心配をおかけしてしまっている以上あまり深くは聞きづらいですよね……


「ううん!気にしないで!最近、上司の悪ノリで気になったところに首だけ出てくるようになっちゃってさ、勝手に出てきちゃっただけだから!」


 ……生首の理由は判明しましたが、悪ノリで首だけ移動できるようにするなんて……仮に、先輩の上司の方がなにがしかの技術者だとしても、相当な技量ですね……

 そう思うと、弊社の技術者サービス部門もまだまだなんだな、などと感心していると、三輪先輩は再び首を軽く傾けました。


「おみせやさんと真木花が、何かきな臭い気配になってるってのは……姫ちゃんも、もう知ってるんだよね?」


「……はい。その件も含めて話を聞きたい、と日神さんからご依頼があったので」

 

 お詣りのことは伏せて答えると、三輪先輩は軽く目を伏せて、そっか、と小さく呟きました。そして、意を決したような表情をこちらに向けました。


「姫ちゃん!」


「は、はい!何でしょうか!?」


 生首の状態と言うことも手伝って、記憶しているよりも迫力のある三輪先輩に気圧されてしまいました。すると、三輪先輩は、どこか得意げな表情で微笑みました。


「情報がもらえるのはありがたいけど、なにか高圧的なことされたらすぐに呼んでね!日神課長の弱みはバッチリ握ってるから!」


 ……葉河瀨さんからのメッセージといい、日神さんは皆さんにどんな弱みを握られているのでしょうか?凄く気になりますが……人の弱みを詮索してはいけないですよね。


「こ、心強いお言葉、ありがとうございます。でも、葉河瀨さんも一緒に出席していただけるそうなので、多分大丈夫ですよ」


 苦笑しながら答えると、三輪先輩はキョトンとした表情を浮かべました。


「そういえば、葉河瀨部長もそんな事言ってたけど……姫ちゃんと葉河瀨部長って付き合ってたりするの?」


「え、えぇ!?ち、違いますよ!三輪先輩!私なんかが恋人を名乗ったら、葉河瀨さんに申し訳ないですよ!」


 慌てて否定すると、三輪先輩は不服そうな顔をしながら、えー、と呟きました。


「姫ちゃん可愛いんだから、そんなに謙遜することないのにー。何か、葉河瀨部長も打ち合わせに同席することに、ノリノリだったしさー」


「葉河瀨さん、優しいですから……私みたいにしょうもないことをする人をほっとけないんですよ、きっと……」


 そのおかげで、土曜日からご迷惑をかけっぱなしなんですよね……


「そうかなー……じゃあ、そもそも、葉河瀨部長とはどんな関係なの?」


 三輪先輩はそう言うと、またしても首を軽く傾けました。

 えーと、どんな関係かと言われると……


「真木花の受付対応でお会いする以外は……先週の木曜日に、月見野様も含めて偶然食事をご一緒して……」


「うんうん。それで、それで?」


「土曜日は、買い物途中で偶然お会いして……諸々あって一緒にお買い物をしたあと、お茶をご一緒して」


 そう答えると、三輪先輩は軽く目を見開きました。


「あの葉河瀨部長と?」


「はい。それで、日曜日は月見野様と葉河瀨さんと私の三人で、一緒にランニングをして……」


 私の答えに、三輪先輩の目が更に見開かれました。


「あの葉河瀨部長が!?」


「はい。それで、昨日は偶然昼食をご一緒したあと……受付で倒れてしまった私の介抱をして下さって……」


 昨日のことを簡単に説明すると、三輪先輩は更に目を見開きました。


「あの葉河瀨部長がなの!?」


「は、はい……あと、今週の木曜日にはシュークリームを食べに行こうというお誘いを受けています」


 そこまで答えると、三輪先輩は目をきつく閉じて深くため息を吐きました。何かご期待に応えられない回答だったのでしょうか……?


「姫ちゃん。それ……葉河瀨部長、姫ちゃんのこと絶対好きだわ」


「え!?えぇ!?そ、そんなことないですよ!何かいつも、ご迷惑おかけしてしまって……その度に微笑まれているので、絶対あきれられてますって……」


 三輪先輩の言葉に、混乱と落ち込みが一気に押し寄せてきました。

 確かに、気にかかる発言はありましたが……きっと、社交辞令か例え話か何かでしょうし……ご迷惑ばかりかけてますし……

 落ち込んだ気分が強くなっていると、三輪先輩は再び深くため息を吐きました。


「姫ちゃん!」


「は、はい!」


「葉河瀨部長はね!人をからかうときもあきれたときも、無表情かつ棒読みが基本だし、社内で笑ったところなんて滅多に見せたことないの!」


 そ、そうだったんですか……笑顔の印象が強かったから、意が……

 いえ、そう言われれば、垂野君をからかっているときは、無表情かつ棒読みでしたね……

 つまり、私は垂野君よりもずっと滑稽だったのでしょうか……

 再び落ち込んだ気分になっていると、三輪先輩が凜々しい表情をうかべました。


「だ・か・ら!姫ちゃんには特別な感情を抱いてるってこと!分かってあげなさい!ちょっと、可哀想でしょ!」


「は、はい……かし……こ……まりました」


 混乱しながら答えると、三輪先輩は再び勝ち誇ったような表情を浮かべて、よろしい、と口にしました。


 それにしても、葉河瀨さんが私に特別な感情を持っている可能性ですか……

 実験動物として興味がある、という感情だったらどうしましょう……

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