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話し合いの場

 垂野君の襲来から一夜が明けた。

 京子の言葉通り、昨日はあれから真木花からの接触は無かった。でも、言葉通りだとすれば、今日はなにがしかのイザコザが起きるはず。

 そういうわけで、朝一で関係者のミーティングが開かれることになった。出席者は、信田部長、山口課長、三輪さん、葉河瀨部長、日神君、早川君、吉田、僕の八人。場所は役員会議室だけど、これだけ人数が集まると少し圧迫感を感じるね。


「では、状況を確認させてもらうわね」


 そんなことを考えていると、信田部長が軽く指を組みながら口を開いた。


「昨日の打ち合わせで、日神が真木花から引き抜きの話を出されて断る。丑の刻参りの件について、技術者サービスの責任者からは無関係だと言われる。真木花からの帰りに、月見野君と日神と葉河瀨が向こうの技術者に襲撃される。向こうの技術者から、面子を守るためには強硬手段も厭わない旨の発言を受ける」


 信田部長はそこまで言うと、言葉を止めて軽いため息を吐いた。


「……ということで、間違い無いわね?」


「はい。そうですね」


 信田部長の問いかけに、日神君がそう言ってコクリと頷いた。


「いやー、まさか全面戦争になるなんて思わなかったなりよ★」


「課長、なんでそんなに楽しそうなんすか……あと、何なんすかその格好は……」


 楽しそうに笑う山口部長の隣で、早川君が困惑した顔でため息をついた。まあ、山口課長の人柄なら、この状況を楽しむのは合点がいくけど……


 軽くウエーブのかかった長髪に頭巾を被り、篠懸すずかけを着込んで、首には法螺貝を提げている……


 うん、どう見ても山伏の格好だね。

 早川君が困惑する気持ちも分かるかな。


「早川、気持ちは分かるけれども、山口課長の格好に一々驚いていたら話が進まないぞ」


「そうだぞ、早川。山口課長の奇行はいつものことだから、そっとしておいて差し上げろ」


 日神君と葉河瀨部長が続けざまにそう言うと、早川君は納得した表情で、それもそうですね、と口にした。対する山口課長はムッとした表情を三人に向けたけど、信田部長に鋭い視線を送られて淋しそうな表情で黙り込んだ。そんな山口課長達の様子を横目で見てから、三輪さんが申し訳なさそうな表情で挙手をした。


「えーと、そのお話だと、真木花の方々がこちらに危害を加えに来る可能性が高いということですか?」


「そうなるでしょうね。あそこの代表者は、やたらと面子を気にする奴だから」


 信田部長が答えると、三輪さんは、ですよね、と呟いて肩を落とした。三輪さんは前職が真木花の管理スタッフだったから、真木花の内情も分かるんだろうね。


「まあ、私や慧がいる限り、流石に社内に乗り込んでくることはないでしょうけど……」


 信田部長はそう言うと、僕達営業部の面々に顔を向けた。


「月見野君、今日の外出予定はどうなっているの?」


「はい。日神君と早川君はこのあと二人で隣駅にある現代美術館へ打ち合わせ、吉田は一人で昨日も行ったお客様のところで打ち合わせですが……」


 信田部長の問いに答えると、吉田が不安げな表情を浮かべた。


「……流石に、この状況で単独行動は危険ですから、取引先までの移動は僕が同行しようと思います」


「そうね。それが良いと思うわ」


 僕の提案に信田部長は頷いたが、吉田は目を丸くした。


「そんな!月見野部長にご迷惑をおかけするわけには、いきません!」


 吉田が勢いよく首を横に振ると、早川君が、こら、と言いながら顔を向けた。


「吉田、今は超・緊急事態なんだから、素直にお言葉に甘えといた方がいいぞ。俺が行っても良かったけど、今日はジャスティスのおもりをしないといけないから」


「そうだな。反抗期の柴犬とはいえ一緒にいれば番犬にはなると思うけれども、月見野部長の方がいざというときに頼りになるからな」


 早川君の言葉に日神君が続き、お互いにムッとした表情をして顔を見合わせた。これは、またイザコザしそうだね……

 どうしたものかと悩んでいると、信田部長がこちらに顔を向け、悲しそうに目を伏せて首を軽く横に振った。


「二人とも!逐一イザコザするんじゃありません!今はそんな場合じゃないでしょ!」

 

 信田部長に注意されると、二人は口を合わせて、すみません、と呟いて肩を落とした。信田部長は腕を君で、まったく、とため息まじりに呟いた。三人の様子を見て、山口課長がケラケラと笑い出した。


「やーい!叱られたなりー★」


 二人をはやし立てた山口課長だったが、再び信田部長から鋭い視線を送られ、気まずそうな表情で咳払いをした。


「まあ、それはともかく。行きはつきみんに任せたなりよ★帰りについては、援軍を用意してあるから、心配しなくても大丈夫なり!」


 山口課長はそう言うと、僕に笑顔を向けた。


「誰かに、何かを確かめに行くんだろ?月見野」


 ……こちらの考えていることは、お見通しみたいだね。


「そうですね。きょ……烏ノ森マネージャーに、個人的に話を伺ってこようと思います」


 いつもより低い声の山口課長に答えると、早川君と日神君が目を見開いて同時にこちらを向いた。


「月見野部長!?流石に、それは危険なんじゃないっすか!?」

「それこそ、誰か一緒に行った方が良いのではないでしょうか?」


 二人はほぼ同時にそう尋ねた。まあ、この状況でこんなことを言い出したら、焦るのも仕方ないよね。


「確かにちょっと危険かもしれないね。でも、昨日の感じだと、烏ノ森マネージャー本人が動くことはまだなさそうだから」


 苦笑しながら答えると、二人は、そうでしょうけれども、と口を合わせて呟いた。なんだかんだで、息が合ってるよね、この二人。多分、僕が引退したら、なんだかんだ言いながら、協力して営業部を引っ張っていってくれそうだね。

 感慨に耽っていると、山口課長は真顔で、ふーん、と呟いた。


「まあ、彼女は月見野に任せるのが妥当だろうな。あとは、丑の刻参りの件だが……」


 山口課長はそこで言葉を止めて、視線をチラリと葉河瀨部長に送った。葉河瀨部長は、一瞬だけ山口課長と目を合わせたが、すぐに視線を反らした。


「ああ。その件でしたら、真木花の一条さんという方から本日お話を伺うことになりましたから。夕方に、こちらにいらっしゃる予定になっております」


 咄嗟に日神君が答えると、山口課長と三輪さんが軽く目を見開いた。


「姫っち来るなりか?意外な展開なりね」

「姫ちゃ……一条さんが来るんですか!?何故!?」


 二人が同時に尋ねると、日神君は困惑した表情で頬を掻いた。


「まあ、直接関わっているかどうかは分からないけれども、事情は知っている様子だったから」


「まだ、そうと決まったわけじゃないだろ」

 

 日神君の言葉に、葉河瀨部長が淡々とした口調でそう続いた。二人のやり取りに、吉田の表情が強張った。

 吉田の反応を見ると、一条さんが何か事情を知っている可能性は高いのかもしれない。

 

 それに、昨日のあの目が見間違いじゃないのなら……


「状況はわかりました。で・も・ひ・が・み・課・長」


 あまり考えたくない事態を心配していると、三輪さんが念を押すような口調で日神君を指さした。途端に、日神君がビクッと肩を震わせる。


「姫ちゃんに高圧的な尋問でもしたら、取り乱した姿がバッチリ映った動画、SNSでばらまきますからね!」


 あー……そういえば、六月の終わり頃にそんな事もあったね……あの時は、僕も盛大に驚いたな……


「な!?み、三輪!あの動画、お前が保管してたのか!?」


 日神君が焦りながら机から身を乗り出して三輪さんに問いかけると、早川君が気まずそうな表情をして、顔を横に背けた。その仕草に、日神君が引きつった笑みを向ける。


「早川?お前……よりによって、一番厄介な三輪に、あの動画の保管を任せたのか……?」


「す、すみません!でも、あの時のことは、摩耶に任せるのが一番かと思って……」


 肩を震わせる日神君に対して、早川君が苦笑しながら事情を説明した。うん、あの時のイザコザは、三輪さんに任せるのが一番だと僕も思ったよ。でも、まさかこんなところで、脅迫のネタになるとは思わなかったかな……


「安心してください、三輪さん。打ち合わせには、俺も同席しますから」


「葉河瀨部長が?」


 葉河瀨部長が落ち着かせるように声をかけると、三輪さんはキョトンとした表情で首を傾げた。確かに、万が一日神君が感情的になったとしても、葉河瀨部長なら冷静に止められ……


「なので、何かあったらすぐに止めますし、いざというときの拡散用に各種SNSおよび動画投稿サイトの捨てアカウントと、自動拡散ツールを昨日のうちに作っておきましたから」


 ……うん。葉河瀨部長も、冷静に止めてはくれないかもしれないね。

 

「用意周到すぎるだろ!?と言うか、葉河瀨、お前あの件に関わってたのか!?」


「まあ、傍目から見てても日神の軌道修正は必要だろうと思ったし、面白そうだったから必要ソフトのインストールや録画集音機材の設置に協力してましたー」


 声を荒げて憤慨する日神君に対して、葉河瀨部長が棒読みで答えた。すると、日神君は顔を赤くして、葉河瀨部長を睨みつけた。


「ま、まあ、あの一件のおかげで、日神君が色々と立ち直るきっかけにはなったから、結果的には良かったんじゃないかな?」

 

 フォローになるかどうか分からない言葉をかけてみると、今度は僕の方に鋭い視線が向けられた。

 う、うん。憤る気持ちは分かるけど、どうしたものかな……


「だから、逐一イザコザするんじゃありません!話の収拾がつかなくなるでしょ!」


 対処に困っていると、信田部長が叱責の言葉とともに、机をバンと叩いた。全員が身を震わせてから、すみませんでした、と頭を下げた。


「……ともかく、烏ノ森マネージャーのことは月見野君に任せて、その、一条さんという子のことは、日神と葉河瀨に任せることにするわね。まあ、大丈夫だとは思うけど、くれぐれも手荒なことはしないように」


「かしこまりました」

「かしこまりました……」


 日神君と同時に答えると、信田部長は神妙な表情で頷いた。


「そうそう。姫っちは、管理部追加要員の最有力候補なんだから、丁重に扱うなりよー★」


 そして、にこやかな表情を浮かべて、山口課長が続いた。

 先週三輪さんが言ってた、管理部追加要員の心当たりっていうのは一条さんのことだったのか。

 もしも、余裕があったら京子にその件についても相談してみよう、と考えてしまったけど……多分、それどころじゃなくなりそうだよね……

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