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できることならば

 目を覚ますと、病院のベッドに横になっていました。ベッドの横では、葉河瀨さんが椅子に腰掛けています。

 嫌な夢を見たばかりなので、まだ頭がぼんやりしていますが、たしか……


 駅近くのカフェで昼食をとる


 葉河瀨さんと偶然ご一緒する


 社に戻って烏ノ森マネージャーに叱られそうになる


 葉河瀨さんが叱られそうなところをフォローしてくださる


 吉田さんが事故に遭ったと伺う……


「あの!吉田さんはご無事だったのですか!?」


 吉田さんのことを思い出し、思わず身を乗り出して尋ねると、葉河瀨さんは軽く目を見開きました。


「あー、はい。軽く怪我はしたみたいですが、命には別状ないそうです」


 葉河瀨さんは困惑した表情で答えると、軽く頬を掻きました。

 良かった、吉田さんがご無事で……

 安堵していると、葉河瀨さんが苦笑を浮かべながら軽く首を傾げました。


「……まさか、自分の容態より先に、吉田のことを聞かれるとは思いませんでしたよ」


「あ……そうでした……」


 そうだ、吉田さんのことを聞いた途端、目眩がして意識が遠くなって……


「受付で倒れたので救急車を呼びましたが、疲労と睡眠不足が原因だそうです。烏ノ森マネージャーからは、今日は無理せずこのまま帰宅するように、と伝言を預かりました。荷物とコートはここに」


 葉河瀨さんはそう言うと、床から荷物入れを持ち上げました。


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げると、葉河瀨さんは、いえいえ、と返して、薄く微笑みました。そして、何故か私の鞄に目を落としました。入社以来同じものを使っていたので、くたびれているのが気になったのでしょうか……


「そういえば、マスコット、付けてくれてたんですね」


 ああ、気にされていたのは、昨日いただいたマスコットでしたか。


「あ……はい、可愛らしかったので、盗撮の心配はともかく鞄に付けておきたいなと思いまして……」


「気に入っていただけたのなら、何よりです」


 そう言うと、葉河瀨さんは嬉しそうな表情を浮かべました。喜んでいただけたのは良いのですが、一昨日からお手数をおかけしてばかりですよね、私…… 

 今日だって烏ノ森マネージャーとのお打ち合せの予定でしたし……それに、他のお仕事だってお忙しいはずなのに、お手を煩わせてしまうなんて……


「あの……お忙しい中、本当に申し訳ございません……」 


「いえ、最近は業務もそこまで立て込んでいないので、お気になさらずに。まあ、目の前で倒れられた時は、心臓が止まるかと思いましたが……」


 再び頭を下げると、葉河瀨さんはそう言って苦笑しました。

 たしかに、目の前で人が倒れたら、凄く焦りますよね……ああ、昨日に引き続き、葉河瀨さんの心臓に負担をかけてしまったみたいです。


「そう……ですよね……本当に、何とお詫びすれば良いか……」


 諸々を省みると、入手困難なお菓子を全国からかき集めてお詫びしても足りないくらいですよね……それよりも、モルモットカフェの年間パスを入手して、お渡した方が良いでしょうか?

 もしくは意中の方をお誘いするのに、役に立つ何かとか……


「いえ、一条さんがご無事なら、それでいいですよ」


 どうお詫びしたものかと悩んでいると、葉河瀨さんは薄く微笑みました。


「でも……一昨日から、ご迷惑をおかけしっぱなしですし……」 


「そんなことないですよ。俺は、一条さんと一緒に居られると幸せですから」


 ……私と一緒に居ると幸せ?

 それは、一体どういう意味なのでしょうか……?

 まさか、私に好意を持ってくださっているということなのでしょうか?

 でも、葉河瀨さんには、意中の方がいらっしゃるというお話でしたし……


「……すみません。いきなり不可解なことを言ってしまって」


 混乱していると、葉河瀨さんは悲しそうに目を伏せてしまいました。


「い、いえ!こちらこそすみません!気分を害したわけではないのですが……ただ、意中の方がいらっしゃるのにそのような発言をされるのは、色々と誤解をまねくのではないかと……」


 余計なお世話です、と言われるかと思ったのですが、葉河瀨さんは目を見開いて動きを止めてしまいました。これは、あまりにも余計なお世話だったから、呆れられてしまったのでしょうね……


「申し訳ございません。余計なお世……」

「いえ、全くもってそんなことはありません」


 謝ろうとしたところ、焦った表情の葉河瀨さんに言葉を遮られてしまいました。気分を害されたわけではないのは何よりなのですが、何故そんなに焦っているのでしょうか?

 疑問に思っていると、葉河瀨さんは目を泳がせてから深呼吸をしました。そして、真剣な目つきでこちらを見つめています。えーと……やはり、ご気分を害してしまったのでは……




「意中の人というのが貴女なら、何も問題はないでしょう?」




 ……え?

 それは……何かの例え話……ということでしょうか?

 もしくは、冗談とか?

 でも、葉河瀨さんは真剣な目つきのままですし……


「あの、葉河瀨さん……それはどういうこ……」

「失礼いたします」


 葉河瀨さんに真意を尋ねようとした瞬間、ベッドの周りを覆っていたカーテンが急に開かれました。驚いて目を向けると、お医者さんと看護師さんが並んで立っていました。


「意識は回復されたようですね。なら、状況を説明いたしますのでこちらへ」


 お医者さんは無表情にそう言うと、踵を返して去って行きました。これは、モタモタしていると、置いて行かれてしまいそうですね……


「葉河瀨さん……すみません、ちょっと行ってきます」


 ベッドを降りて荷物を取りながらそう伝えると、葉河瀨さんは苦笑しながら、どうぞ、と答えてました。葉河瀨さんの発言は凄く気になるのですが、いつまでも医療機関のベッドを占領しているわけにもいきませんからね……


 その後、診療室のような場所に移動して軽い問診と、倒れた原因の説明や日常生活での注意を受けました。ストレスをあまり受けずに、毎日十分な睡眠を取るようにしろとのことでしたが、それがなかなか難しいんですよね……

 ため息まじりに診療室を出て受付に向かうと、葉河瀨さんが腕を組みながらベンチに腰掛けていました。


「すみません。お待たせいたしました」


「……」


 早足で近づいて声をかけたのですが、俯いたまま反応がありません。どこか、お加減が悪いのでしょうか……?

 心配になり、顔を覗き込んでみると目を閉じて寝息を立てていました。どうやら、眠っているようです。

 熟睡されているようですが、起こさないといけないですよね……


「あの……葉河瀨さ……きゃっ!?」


 肩に手を置いて声をかけると、葉河瀨さんは一気に目を見開きました。あまりにも急な動作だったので、思わず悲鳴を上げてしまいました……


「……すみません。眠っていたようです」


「こちらこそすみません。予備動作が全くなかったので驚いてしまいました……」


 二人して頭を下げ合っていると、受付のカウンターから名前が呼ばれました。会計を済ませて戻ると、葉河瀨さんはベンチから立ち上がり、伸びをしていました。あの格好で眠っていたら、肩もこりますよね。


「お待たせいたしました」


 駆け寄って頭を下げると、葉河瀨さんは伸びを辞めて薄く微笑みました。


「いえいえ。じゃあ、駅まで送っていきますよ」


「あ……ありがとうございます」


 それから、二人して病院を出たわけなのですが……


「……」


「……」


 ……本日も気まずい沈黙が訪れてしまいました。

 本当は、先ほどの発言の真意を伺いたいのですが、なんとなく切り出しづらい雰囲気です。

 でも、このまま家に帰ってしまったら、モヤモヤしてしまいそうですし……ここは、聞いてみるより他はないですよね。


「あの、葉河瀨さん」


 声をかけてみると、葉河瀨さんの歩みが急にぎこちない動作になってしまいました。これは、驚かせてしまったみたいです……


「す、すみません!先ほどおっしゃっていた意中のひ……」

「あれ?葉河瀨君と一条さん?」


 葉河瀨さんに真意を尋ねようとしたところ、後ろから聞こえた声に言葉がかき消されてしまいました。二人して脚を止めて振り返ると、そこには月見野様と目つきの鋭い細身の男性が立っていました。えーと、たしかこの方は……日神さん、でしたよね……


「一条さん、お体は大丈夫ですか?」


 日神さんについて思い出していると、月見野様が苦笑しながら首を傾げました。


「あ、は、はい。大したことじゃなかったので、全くもって問題ございません」


 慌てながら質問に答えると、月見野様は安心したように、そっか、と呟きました。思い返せば、月見野様に度々ご心配をおかけしてしまっていますよね、私……今日のお詣りが無事に終わったら、体調管理をしっかりしないと……

 そんなことを考えていると、日神さんがこちらを凝視していることに気がつきました。視線を合わせてみると、日神さんはニコリと微笑みました。


「お世話になっております。私、株式会社おみせやさんの日神と申します」


「お世話になっております。真木花株式会社の一条と申します」


 自己紹介を返すと、日神さんの眉がピクリと動いた気がしました。


「真木花さんにお勤めになっているということは、一条さんも技術関係の方なのですか?」


「あ……いえ、私は技術者ではなく、技術者サービス部門の管理スタッフとして働いております」


 質問に答えると、日神さんは、そうですか、と呟きました。何故でしょう、微笑みに変化はないのですが、どこか恐ろしげな空気を感じる気がします……


 まさか、お詣りのことに気づいていらっしゃるのでしょうか?


 そう思った瞬間、日神さんの笑みがより一層深くなりました。


「……日神君?」 

 

 表情の変化に気づいた月見野様が声をかけると、日神さんは目配せをしてから、再び笑顔をこちらに向けました。

 

「一条さん。突然の申し出で、大変恐縮ではございますが……御社の技術者サービス部門について、()()お話しを伺いたいのですけれども、今少しお時間をいただけませんか?」


 これは……絶対に気づいていらっしゃいますよね……


 いえ、たしかに責められても仕方ないことをいたしました。でも、できることならば、今日ばかりはお詣りに支障が出るような事態は避けたいです……でも、この空気だと、無事に家に帰ることすら難しそうですね……

 返答に困っていると、月見野様が日神さんの肩に手を置きました。


「ほ、ほら日神君。いきなりそんな話しても、一条さん困ってるから」


 月見野様の言葉に、日神さんは、そうですね、と呟いて軽く頷きました。


「では、日を改めて伺うことにしたいのですが、明日以降でご都合の良い時間帯はございますでしょうか?業務時間外ということになったとしても、調整はいたしますので」


 ……日神さん、諦めてはくださらないようですね。

 でも、明日以降であれば、少なくとも今日のお詣りは完遂できます。

 多分、お話しをすることになれば、無事では済まないのでしょうが……


「かしこま……」

「日神」


 意を決して回答しようとしたところ、葉河瀨さんの言葉に遮られてしまいました。

 日神さんは苛立ったような目を向けましたが、葉河瀨さんは無表情のまま一歩前に進みました。


「……何だ?葉河瀨」


「既婚者が女性をしつこく口説くのは、どうかと思うぞ」


 葉河瀨さんの言葉を受けて、日神さんは苛立った表情で腕を組みました。

 えーと……口説かれているわけではないと思うのですが……


「口説いているわけでは、ないのだけれども?」


 まあ……それは、そうですよね……私なんかを口説く物好きな方は、いないですよね……きっと、葉河瀨さんの発言も、冗談のたぐいだったんですよ……

 

 それにしても、何故でしょうか?

 流れ弾に当たったような気分になるのは……

 

 思わず落ち込んだ表情をしてしまっていると、月見野様が苦笑いを浮かべながら口を開きました。

 

「い、一条さん?日神君は別に、一条さんが魅力的ではない、と言っているわけではないですからね?」


「いえ……どうか、お気遣いなさらずに……」


 月見野様のフォローに力なく返事をすると、葉河瀨さんがこちらを振り返り薄く微笑みました。


「一条さん、お気になさらないでください。面倒くさい性格大魔王の日神に口説かれなかったとしても、日常生活になんら支障は出ませんから」


 葉河瀨さんは葉河瀨さんで、何かフォローの方向性がズレているような気もしますが……


「一体何の話になってるんだ!?」


 心の中で脱力していると、日神さんが苛立った声を上げました。たしかに、話が大幅に脱線してしまいましたよね……


「葉河瀨、彼女をかばっているようだけれども、一体なんのつも……」


 日神さんはそこで言葉を止めて、軽く目を見開きました。そして、私、葉河瀨さん、月見野様の顔を順に見つめると、眉を顰めて深いため息を吐きました。


「あー……そうか、この子が例の……」


 日神さんは脱力気味にそう言うと、再び深いため息をつきました。そして、頭痛を堪えるような表情でこめかみに指を当てています。えーと……例の、何なのでしょうか?

 

 困惑していると、突然周囲の空気が重苦しくなりました。

 辺りを見渡してみると、いつの間にか私達の周囲から人の姿が消え去っていました。

 月見野様、葉河瀨さん、日神さんも異変に気づいたようで、表情を硬くして辺りを見渡しています。

 

「一人一人でも良かったんですが、固まってくれてるなら好都合です」


 不意に、鼻にかかった高い男性の声が耳に入りました。声の方に顔を向けると、にこやかな表情の垂野君が立っています……

 

 一体……何をしに来たのでしょうか……?

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