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可能性があるのならば

 月曜日の朝というのは憂鬱なことが多いですが、今日は筋肉痛も手伝って特に気が重いです。流石に、月見野様のスピードについていくのは、無謀だったみたいですね……

 

「一条さん、ちょっと良いかしら?」


 剥がれかった腰の湿布を抑えていると、烏ノ森マネージャーからお声がかかってしまいました。本日も、黒のハイネックに黒いジャケットという、迫力満点の格好です。

 声の調子から判断するとご機嫌ななめではなさそうですが、あまりモタモタしていると叱られてしまいそうですね。


「は、はい。ただいま参ります」


 足腰の痛みを堪えて立ち上がり、烏ノ森マネージャーの席へと向かいました。烏ノ森マネージャーは、パソコンのディスプレイに会議室の予約システムが表示して、眉間に皺を寄せています。


「一条さん、この第四会議室って、備え付けのプロジェクタはあったかしら?」


 第四会議室というと……たしか、地下一階にある会議室でしたね。


「いえ……たしか、少人数用の会議室なので、備え付けのものは無かったはずです」


 質問に答えると、烏ノ森マネージャーは軽く目を伏せて、そう、と呟きました。この反応だと、多分、使えるものなら使いたかったけれど、無いならば仕方ない、とお考えになっていそうです。


「えーと……旧型のプロジェクタでよろしければ、共用のものが倉庫にあったはずです。よろしければ、お持ちいたしましょうか?」


 ご機嫌が麗しくないときは、差し出がましいことをしないでちょうだい、と言われてしまいますが、今日の感じなら大丈夫でしょう。

 そう思って提案したのですが、鋭い目つきを向けられてしまいました。考えが甘かったみたいですね……


「……そう。なら、お願いするわ。これからミーティングに入るから、直接会議室に持ってきてくれれば良いから」


 しかし、意外にも厳しいお言葉はありませんでした。

 面食らっていると、烏ノ森マネージャーはコーヒーを一口飲んで、眉を顰めました。


「……何かしら?」


 正直、何かしらのお小言をいただくと思っておりましたので、とっても面食らっております!


 ……などと、元気良く答えることができれば、それはそれでコミュニケーションが上手くいきそうですけどね。


「い、いえ。何でもございません!ただいま用意いたしますね!」


 若干挙動不審になりながら答えると、烏ノ森マネージャーはため息まじりに、お願いね、呟きました。あまり、ここに長居していると、ご機嫌がどんどん悪くなってしまいそうですから、早く用意しにいきましょう。

 自席に戻り、パソコンにロックをかけて引き出しから倉庫の鍵を取り出していると、隣で椅子の鳴る音が聞こえました。


「一条先輩、いつも()()、ありがとうございます」


 顔を向けてみると、垂野君がニヤニヤした顔を向けて話しかけてきました。正直なところ、苦手なタイプなのであまり関わりたくないんですが、なぜかいつも突っかかってくるんですよね……


「それは、どうも」


「でも、本当に助かりますよ。烏ノ森マネージャーとのミーティング、()()()()な話だから、いつも大変で。僕も一条先輩と同じ係だったら、雑用だけで済んだんですけどねー」


 ……きっと、垂野君は承認欲求か自己顕示欲か何かが強い子なんでしょうね。

 たしかに、人手は欲しいところではありますが……派遣先からクレームをいただいて戻ってきた挙げ句、次の派遣先が決まらない子がきたら、ちょっと困りそうです。

 などと、考えている場合ではなく、早く切り上げてプロジェクタをお持ちしないと、烏ノ森マネージャーのご機嫌が……


「垂野君!」


 心配していると、烏ノ森マネージャーの金切り声が執務室に響きました。途端に、ニヤニヤしていた垂野君の顔が青ざめていきます。流石に、気に入られているといえども、あの声で名前を叫ばれたら焦りますよね……

 垂野君に軽く同情していると、烏ノ森マネージャーがヒールの高い黒い靴をカツカツと鳴らしながら、こちらに近づいて来ました。


「何をモタモタしているの!?すぐにミーティングの時間なのだから、さっさと、移動なさい!!」


「……はい」


 シュンとした表情で返事をする垂野君を眺めていると、烏ノ森マネージャーがギロリとした目をこちらに向けました。これは……とばっちり確定ですね……


「一条さんも、さっさとプロジェクタの用意をしてちょうだい!あの倉庫の中を把握してるのは、貴女くらいしかいないんだから!」


 とばっちりだったような、お褒めの言葉をいただいてしまったような……

 反応に困っていると、烏ノ森マネージャーの眉間の皺が段々と深くなっていきます。ともかく、早くご用意しないと、まずそうですね。


「かしこまりました。では、失礼いたします」


 頭を下げて、そそくさと自席を後にしました。後ろから、烏ノ森マネージャーのため息が聞こえた気がしますが、気にしないことにしましょう。


 執務室を出て廊下を進み、エレベーターに乗り込んで地下二階のボタンを押しました。途中で何回か人が出入りしましたが、地下二階に到着する頃には私一人になっていました。地下二階には、倉庫しかないのでそんなに、人が来ませんからね。

 足音が響く廊下を進み、倉庫の扉の前までたどりつきました。鍵を開けると、中からカビ臭い空気があふれてきます。顔をしかめながら倉庫の中を進むと、台帳のくくりつけられたメタルラックを見つけました。その中段に、お目当てのプロジェクタの箱がありました。念のため中身を確認すると、本体、リモコン、コード類は全て入っていました。

 これなら、持って行ったは良いけど中身が不揃いで烏ノ森マネージャーがご立腹する、という事態は避けられそうです。ホッとしながら台帳に利用者名と、プロジェクタの型番、利用日時を記入しました。

 それにしても、この倉庫はいつ来ても雑然としていますね……

 思えば、今年の初め頃に一度棚卸しをしましたが、そのときも夜遅くまでかかってしまいましたし……しかも、たしかあの日は電気を消し忘れて帰って、烏ノ森マネージャーにもの凄く叱られたんでしたっけ……

 思い出しても仕方ないことを思い出し、思わずため息が出てしまいました。

 ここで落ち込んでいても仕方ありません。

 早く、烏ノ森マネージャー達にプロジェクタを届けにいきましょう。


 地下一階に上がり、廊下を進んでいると、何やら白熱した様子の声が聞こえてきました。

 この階は利用者がいなくて静かな分、結構音が響くみたいですね。それにしても、これほど白熱したミーティングにものを届けてにいくのは、気が重いです……

 再び大きなため息が出てしまいましたが、お待たせしてはいけないので歩みを進めました。すると、会話の内容が段々ハッキリと聞こえてきました……


「あんな、ママゴトみたいな名前の会社にいる奴らなんて、僕一人で充分です!」


「……」


「なんで、そんな事をおっしゃるんですか!僕一人で、なんなら全員始末できますよ!」


「……」


 主に聞こえてくるのは、垂野君の叫び声でした。でも……


 ママゴトみたいな名前の会社?


 それは……おみせやさんのことなのでしょうか……?


 それに、今、全員始末っていう言葉が聞こえて来たような……


「だから!この件は僕一人に!」


「いい加減になさい!」


「……」


「……」


 戸惑っていると、烏ノ森マネージャーが一喝するする声が響きました。そして、その後の会話は聞こえなくなってしまいました。

 ……お二人とも、何のお話をしているのでしょうか?

 戸惑いながら廊下を進み、第四会議室のドアをノックしました。


「失礼……いたします……プロジェクタを……お持ちいたしました」


 動揺が隠しきれず、震えた声でそう言うと、中から、入りなさい、という烏ノ森マネージャーの声が聞こえました。

 恐る恐る中に入ると、若干涙目になっている垂野君と、半ば呆れた表情の烏ノ森マネージャーが、ノートパソコンが載せられたテーブルを挟んで対面していました。


「どうも、一条さん。使い終わったら、私が倉庫に戻しておくから、鍵は預かっても良いわね?」


「あ……はい、かしこまりました」


 有無を言わさない、といった表情の烏ノ森マネージャーに気圧されて、そう答えるのがやっとでした。垂野君も涙目でこちらを睨みつけているし、先ほどの会話について質問などできる様子ではないですね……

 ひとまず、プロジェクタの箱と倉庫の鍵を烏ノ森マネージャーに手渡し、足早に会議室を後にしました。

 廊下を進み、エレベーターの前までたどりつき、上りのボタンを押しました。今エレベーターは最上階にいるみたいなので、ここに到着するまで少し時間がかかりそうですね。


 全員始末


 エレベーターを待っていると、垂野君の声が頭に響きました。

 始末って……命を奪うという意味なのでしょうか……いえ、でもそんなことあるわけないですよね……

 きっと、聞き違いなり、何か別のことを指しているはずです……そう、自分に言い聞かせても、不安が拭えません。

 戸惑っているうちに、エレベーターが到着しました。扉が開くと、中には誰も乗っていませんでした。

 

 全員ということは、月見野様にも何か危害が加わる可能性があるということですよね……

 それに、昨日凄くおせわになった、葉河瀨さんにも……

 吉田さんだって、少し痛い目に遭っていただくことにしましたが、こんな私を会合に誘ってくださったり、お話ししてくださったり……あまり、危険な目には遭って欲しくありません……

 何か、私にできることは無いでしょうか……

 そんなことを考えていると、エレベーターは執務室のある七階に到着しました。

 

  姫子、お詣りは何があっても、七夜続けてはいけませんよ。


 不意に、幼い頃母に教えられたお詣りのルールを思い出しました。


 早川さんで一夜目……

 日神さんで二夜目……

 山口課長で三夜目……

 吉田さんで四夜目。


 なら、まだ大丈夫ですね。


 垂野君の言葉の真意は分かりませんが、月見野様達に危害が加わる可能性があるのならば、阻止しなくてはなりません。


 連日のお詣りで寝不足が酷くなっていますが、今日は何としても成功させなくては……

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