そういえば
ご年配の男性に絡まれるというトラブルはありましたが、その後は特に大きな問題も無く買い物を終えることができました。その後、スポーツ用品店から徒歩五分ほどの距離にある喫茶店に入り、葉河瀨さんとお茶をすることになりました。
喫茶店に入り、案内に来た店員の方に喫煙席か禁煙席か尋ねられると、葉河瀨さんはこちらに振り返りました。
「禁煙席の方が、いいですよね?」
「あ、はい。もしも、大丈夫でしたら……」
葉河瀨さんが、禁煙で、と短く告げると、店員さんはお辞儀をして、私達を店内へと案内します。
でも、良かったのでしょうか?葉河瀨さんからはタバコの香りがするので、無理をさせてしまっているような気もします。先ほど助けていただいたお礼だったはずなのに、これでは余計な心労をかけてしまっただけのような……
「一条さん?具合でも悪いんですか?」
いけません、ネガティブなことを考えていたため、脚が止まってしまっていたようです。葉河瀨さんが、怪訝そうな表情でこちらを見ています。
「失礼しました。大丈夫です」
軽く一礼するっと、なら良かったです、と素っ気ない言葉が返ってきました。ただでさえ心労をお掛けしてしまっているのに、もたもたしている訳にはいきませんね。ひとまず、ネガティブな考えは置いておいて、葉河瀨さんの後に続きましょう。
店員さんに案内されながら極彩色の壁に囲まれた店内を進み、禁煙席にたどり着きました。葉河瀨さんはコーヒーとあまり耳にしたことが無い名前のケーキを頼み、私は紅茶とシュークリームを頼みました。そして、注文した品が届き、二人で黙々と食べているのですが……
「……」
「……」
正直なところ、とても気まずいです。何か、会話の切り口を見つけないといけません……あ、そうだ。
「先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」
急に話しかけてしまったので、葉河瀨さんは驚かれたのか、ドライフルーツが練り込まれたとても甘そうなタルトを切る手を止めました。
「いえ、お気になさらずに。流石にあの状況を放っておけるほど、軽薄ではないつもりですから」
葉河瀨さんは淡々とした口調でそう言うと、再びタルトを切り始めました。
「そうですか……ところで、先ほどの男性のことなんですが、なぜお迎えが来ると分かったんですか?」
私の質問に葉河瀨さんは、あー、と呟いてから、フォークを置き困ったような表情を浮かべて頭を掻きました。
「えーとですね、それは……あ、先ほどの男性、腕時計をしていましたよね?」
腕時計?ああ、そう言えば、やけに重そうな腕時計をしていらっしゃったような気がします。
「たしか、そうだったと思いますが……それが何か関係があるんですか?」
「はい。あれ、うちで作った製品なんですよ。体温と脈拍数を計って、おおよその感情とどこにいるかという情報を定期的に送信するようになってます」
「それは、すごいですね……」
ただ、株式会社おみせやさんが何屋さんなのか、さらに謎が深まった気もします。
「営業部の奴からこの辺の施設に導入したと聞いていたので、激昂しているのなら、そんなに待たずに迎えが来るだろうと」
葉河瀨さんはそう言うとコーヒーを一口飲み、ケーキにフォークを入れました。
「そうだったんですか……」
「……はい。営業部の奴からは、製品名をどうにかしろ、とか、マニュアルがマニアックすぎる、とかダメ出しを色々と食らいましたがね」
……一体、どんな製品名を付けていたのでしょうか?それにマニアックなマニュアルとは一体……いえ、そんなことを考えている場合ではありませんね。
「でも、御社の製品のおかげで、本当助かりました。重ね重ねお礼を申し上げます」
笑顔でお礼を申し上げると、葉河瀨さんはフォークにタルトの切れ端を刺したまま固まってしまいました。どうしましょう、失礼なことを言ってしまったのでしょうか……
「あの……大丈夫ですか?葉河瀨さん」
声をかけると、葉河瀨さんはハッとした表情を浮かべてから、すみません、と呟きました。
「いえ、なんでもありません。ただ、こちらで作った商品が少しでも一条さんの助けになったのなら、本当によかったです」
葉河瀨さんはそう言うと、薄く微笑みました。社交辞令だとは思いますが、私なんかのことを気遣ってくれるなんて……少し、怖い方だと思っていましたが、そんなことも無いのかもしれません。
「……?何か、変なところありましたか?」
思わず笑みがこぼれてしまっていたらしく、葉河瀨さんが不安げな表情になってしまいました。これは、いけません。怖そうだと思っていた、なんて伝えたら失礼ですし……えーと……ここは、言葉をオブラートに包んで……
「す、すみません。葉河瀨さんって、どこか神々しい雰囲気があると思っていたんですが、そうでもないのかなと」
……全くもって、訳の分からない感じになってしまいました。
何なんですか、神々しい雰囲気って……
しかも、神々しいといっておいて、そうでも無いというのも若干失礼な気がしますし……
「す、すみません!!決して、気分を害そうと思って申し上げた訳では無く……!」
慌てて謝罪をすると、葉河瀨さんの方がぷるぷると震え出しました。これは、完全に怒らせてしまった感じですよね……
きっと、月見野様にもそれが伝わって、軽蔑されてしまうのでしょう……
「ははははは!」
しかし、意外にも葉河瀨さんは笑い出しました。どうしましょう、怒りが頂点にでも達してしまったのでしょうか?
「あ、あの?葉河瀨さん?」
「ははは、いや、すみません。変人だとか、近寄り難いとか、怖いとかを遠回しによく言われますが、そんな形容詞を付けられたのは、はじめてです。神々しいって」
そう言うと、葉河瀨さんは声を殺すようにして再び笑い始めました。どうも、神々しいという形容詞が葉河瀨さんの笑いのツボに入ってしまったようでした。
でも、良かった。お怒りになっている訳では無いのですね。
「失礼しました。一条さんも、なかなか面白い方ですね」
葉河瀨さんは呼吸を整えながらそう言うと、コーヒーを一口飲みました。
「すみません……緊張すると、言い回しが変になってしまって……」
そのせいで、烏ノ森マネージャーに何度叱られたことか分かりません。
「いえ、謝る必要はないですよ。俺は、そう言う人間の方が好きですから……!」
疎まれていなかったことには安心しましたが、葉河瀨さんは何故か急に顔を赤くして黙り込んでしまいました。最近、急激に冷え込んで来ましたし、風邪でも引いていらっしゃるのでしょうか?
そんなことを考えていると、鞄にしまったスマートフォンが震えていることに気づきました……これは、きっと月見野様からの返信に違いありません!
今すぐ確認したいところではあるのですが、葉河瀨さんに申し訳無いので後にいたしましょう。
「……お急ぎの用事でしたら、確認していただいてかまいませんよ」
鞄に目を向けていたのに気づいたのか、葉河瀨さんは素っ気なくそう言いました。
どことなく顔色が青ざめているのが少し気になりますが、ここはお言葉に甘えてしまいましょう。
「あ、すみません。では失礼いたします」
鞄からスマートフォンを取り出すと、画面に月見野様からのメールを受信した旨の通知が表示されていました。
ロックを解除する指が震えてしまいますが、勇気をだして開いてしまいましょう。葉河瀨さんを待たせてしまっては申し訳ありませんかね。
えーと、お返事の内容は……
一条さん
お世話になっております。月見野です。
お弁当の件、お誘いいただきありがとうございます。
もしも、ご迷惑でなければ、是非ともおねがいたします。
でも、くれぐれも無理はしなくて大丈夫ですからね。
……良かった。迷惑がられては、いないようですね。しかも、こちらの体調を心配してくださるようなお言葉を付けていただいたうえに、可愛らしいパンダの絵文字も付けてくださるなんて……やはり、明日は臓腑を引き裂かれて血反吐を吐き、四肢を捻り切られようとも、お弁当をお作りして行かなくてはいけません。頑張らなくては!
「……良いご連絡が来たみたいですね」
明日への決意を新たにしていると、葉河瀨さんの穏やかな声が耳に入りました。スマートフォンから顔を上げてみると、葉河瀨さんが苦笑しながらコーヒーを飲んでいます。考えていたことが表情に出てしまっていたみたいですね。
「あ、はい……取り乱して、すみませんでした……」
葉河瀨さんは苦笑したまま、かまいませんよ、と答えて、タルトを大きめに切って口に運びました。あんなに甘そうなタルトを大量に口の中に運べるなんて、甘い物が余程お好きなようです。たしか、コーヒーにも凄まじい量のお砂糖を入れてましたし。
私などがどうこう言うべきことでは無いのかもしれませんが、少しお体が心配になります……そうだ。
「あの、葉河瀨さん」
「何ですか?」
「明日……月見野様のランニングに同行させていただく予定なのですが……もしよろしければ、ご一緒にいかがでしょうか?さっきのお店で、運動を始めようとしている、と仰ってましたし……」
それに、知っている方がご一緒と言うことであれば、もし私がランニングの途中で力尽きてしまっても、月見野様がお話相手に困ることも無いでしょうし。
そんなことを考えていると、葉河瀨さんはまたしてもフォークを手にしたまま固まってしまいました。
「あ……すみません。急にこんなこと言われても、迷わ……」
「いえ、よろしければ是非ともお願い致します。たとえ、肺が爆発しようとも伺いますので」
急な申し出を謝罪しようとしたところ、早口気味の言葉に遮られてしまいました。ご迷惑では無かったのは、幸いです。でも……
「あの……流石に、肺が爆発するような事態になったら、病院に行っていただけると安心なのですが……」
「大丈夫です。いざとなったら、人工肺を作りますから」
……葉河瀨さんも冗談を仰るというのは、意外でした。ただ、どことなく鬼気迫った表情をなさっているのが気にかかりますが……なんとなく恐ろしいので、深くは聞かないことにしましょう。
「では、月見野様に、葉河瀨さんもご一緒する、と連絡いたしますね」
「まことに恐縮ではございますが、是非、何卒、どうか、よろしくお願いいたします」
……ここまで必死になっていらっしゃるということは、きっと月見野様に何か御用事があるのでしょうね。
ともかく、月見野様に葉河瀨さんもご一緒するという連絡を入れてしまいましょう。




