誓いの言葉
葉河瀨部長達は、一条さんを連れて倉庫の外へ出ていった。葉河瀨部長と一条さんのことを考えると、胸が苦しくなるけど、感傷に浸っている余裕はない。なにせ……
「さあ、さっさと終わらせましょうか、和順さん」
「……うん。そうだね、京子」
……これから、京子を救うという大役が残っているんだから。
「それにしても、本当に皮肉なものよね」
不意に、京子は深いため息を吐いた。
「皮肉?」
聞き返すと、彼女は小さく頷いた。
「ええ。散々、憎んだこの力が、あの子が戻ってくるための手助けになったのだから」
「……ああ、うん」
上手い言葉が見つからず、苦笑を浮かべながら、曖昧な返事をしてしまった。でも、京子は気にすることなく、天井を見上げた。つられて見上げると、天窓にはレモンのような月が浮かんでいた。
「外に出なくても、月くらいなら見られるものなのね」
京子は何気なくそんな言葉を口にしたのかも知れない。それでも……
「……まるで、外に出なくてもいい、って言いたげだね」
声をかけると、京子は顔を下げて微笑んだ。
「別に、そんなことないわよ?和順さんが、そう望んでいるから、そう聞こえたのではないかしら」
「そんなことを思うわけないだろ!」
思わず声を荒らげて否定すると、京子は、ふふ、と声を漏らして笑った。
「ちょっとした冗談よ」
「冗談でも、言っていこと悪いことがあるだろ……」
「ええ、そうね。でも……」
京子は再び天窓を見上げた。
「あの子の一件も片がついたのだし、私はこのままここにいた方がいいんじゃないかしらね」
「……冗談を言っているようには聞こえないけど、なんでそんなことを思ったの?」
再びこちらに顔を向けた京子は、相変わらず微笑みを浮かべていた。ただ、さっきよりも、ずっと淋しそうに。
「だって、そうじゃない。私は和順さんが知っているだけでも、片手じゃ足りないくらいの命を奪ってしまったんだから」
「でも、それは……あのときの君が、制御できることじゃなかったじゃないか……」
「たしかに、そうだったわね」
「それに、大半は彼らの自業自得だったわけだし」
「……まさか、貴方がそんなこと言うなんてね。でも」
「でも?」
「なんの罪もないあの子の命まで、奪ってしまったから」
「それは違う!あのとき、姫子を救えなかったのは、全部僕の見通しが甘かったからだ!だから、あの子は……」
「……そんな顔しないで。今更、貴方に後悔して欲しいなんて思っていないんだから」
「僕だって、これ以上君に後悔したり苦しんだりして欲しくないよ……」
「そう……でも、私は貴方が知っている以外にも、あまり褒められたことじゃないことをしてきたわ」
「……」
「傷つけ、奪い、踏みにじり、嘲笑いながら、あらからの人生を過ごしてきた」
「……」
「そんな非道な人間にも、苦しまずに幸せに生きて欲しい、なんて優しいことを言ってくれるのかしら?善良な貴方が?」
「ああ、そうだよ」
「……え?」
「たとえ、君が誰か……例えば、部下達を苦しめていたのだとしても、そんなことで後悔せずに、幸せでいて欲しいんだ」
「……」
「僕は、君が思うほど善良な人間じゃないよ」
「……」
「だから、君が幸せならば、他のことは後回しでもかまわない」
「……そう」
「ただ、今後は君が悲しいことをしないように、すぐに止めに入れるくらい側にいたい、かな?」
「……本っ当に、お人好しよね、貴方は」
「そうかな?」
「そうよ。ああ、もう、そのおかげでどれだけ迷惑を被ってきたか!今更ながら、ものすごく腹が立ってきたわ」
「あははは、ごめんごめん。それなら、あとでゆっくり叱ってもらうから……今は当初の予定通り、抑えてくれていた瘴気を僕に向かって放って、一緒にここから出よう?」
「……分かったわ」
長い問答を終え、京子は深くため息を吐いて頷いた。そして、一瞬だけ穏やかな表情をみせると、すぐに険しい表情を浮かべた。
「……真木花にいたおかげで、ある程度は放つ方向を定められるようにはなったけれど、少しでもズレたら命の保証はしかねるわよ」
「ああ。覚悟はできているよ。それに……」
「何よ?」
「君のことを信じているから」
「そう」
京子は視線をずらしながらそう言うと、僕に向かって両手をかざした。
「うっ……」
途端に、目眩と頭痛が襲い……
「うわっ!?」
……ドォンと音を立てて、目の前に梁の一部が落ちてきた。突然の事で焦ったが、京子は表情を変えずに、こちらに手をかざし続けている。もしも頭上に落ちてきたら、目眩と頭痛が酷いこの状態で避けるのは容易じゃない。
どさくさに紛れて、こちら側に危害を加えるつもりだったりしないんですかね
不意に、葉河瀨部長の怪訝な言葉を思い出した。たしかに、この状況で京子が僕の命を奪うのは、あまりにも容易いことだろう。
でも、僕は京子のことを信じているから。
目をきつく閉じると、回転する景色が見えない分、幾分か身体が楽になった。これなら、最後まで耐えられるはず。
そのままジッとしていると、前後左右、すぐ近くで何かが落下して床に激突する音が聞こえた。それでも、頭痛以外の痛みは感じない。
しばらくすると、周囲の物音はおさまり、頭痛と目眩も少し軽くなった。目を開けると、京子が構えていた手を下ろして呆れたような表情を浮かべていた。
「……つまらないわね、もっと取り乱すかと思ったのに」
「あははは、たしかに最初はちょっと、ビックリしたけど……京子のことを信じていたからね」
「まったく」
京子はそう言いながら、深いため息を吐いた。それから、本当に穏やかに微笑んで、首を軽く傾げた。
「信じてくれて、ありがとうね……」
「うん。君がいなくなったあの日から、もう君のことを悲しませるようなことは二度としない、と心にきめていたから。だから……」
だから、今、すぐにしないといけないことは……
「京子!ちょっとごめんね!」
京子に向かって真っ直ぐに突進して……
「きゃっ!?か、和順さん!?」
……タックルをしながら二人で後方に吹き飛ぶことだ。
床に着地すると同時に、京子が立っていた場所から、ガシャンと言う大きな音が聞こえた。やっぱり、こうするつもりだったのか。
「……本当に、お節介なんだから」
腕の中から、不服そうな京子の声が聞こえた。視線を落とすと、京子は声に違わず不服そうな表情を浮かべている。
「あははは、急に突き飛ばしたりしてごめんね」
「私のこと、信じているんじゃなかったのかしら?」
「それは……ほ、ほら、盲信と信頼は違うって、誰か偉い人が言っていたじゃないか」
「誰なのよ、その偉い人っていうのは?」
「えーと……立花道雪、とかかな?」
「なぜ、よりによって、そんな微妙な知名度の戦国武将の名前を出すのよ……」
苦し紛れに適当な人名を出すと、京子は力なくため息をついた。うん、たしかに、なんでいきなり立花道雪が出てきてしまったんだろうか……
「ふふふ」
悩んでいると、不意に、京子が笑い声をこぼした。
「なんだか真剣に悩んでたのが、馬鹿馬鹿しくなってきたわ」
その笑顔は、二人で暮らしていた頃によく見た、とても無邪気なものだった。
「ああ、そうだね。あんまり気を張り詰めすぎても、ろくなことがないからね」
「ええ、本当にね」
「……少なくとも、今度こそ僕が側にいる限りは、君が気を張り詰めすぎなくてもいいいようにするよ?」
どさくさに紛れて、四半世紀ぶりくらいに、改めてプロポーズの言葉を口にした。まあ、こんな台詞を言っても、馬鹿にされるだけかもしれ……
「そうね。考えておこうかしら」
……うん、きっと、からかっているだけだよね?
でも、久しぶりにこんなに無邪気な笑顔をみせてくれているのだから、ほんの少しだけ、自惚れさせてもらおうかな。




