表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミュ障魔族の聖王記  作者: べっち
9/12

第六話:天使キタ

 


【Sideリンド ‐7時間後‐】



 ズシィィン!!



「ぜえ、ぜえ・・・・・」



 俺はフラフラの足を引きずりながら、森の中を歩いている。木々の間を走る体力なんて、とっくの昔に無くなっていた。そしてもう、今しがた森の奥から聞こえてきた地響きに反応する気力すら、俺の中には全く残されていなかった。


「く、そ・・・」


 だがせめて、音のした方向は避けるように歩いて行く。これを繰り返したおかげで、俺はもう目指していた方角に進めているのかどうかすら、分からなくなってしまったのだか。


 一度あのゴリラに襲われて以降、魔物は姿を現していない。だがこの不気味な地響きは、定期的に俺の耳に響いてくる。


 果ての無い森と、いつバケモノに襲われるか分からない恐怖。疲労と心労で、俺の体力は遂に限界を迎えてしまった。



 この森、マジで、終わん、ねえ・・・・・・

 もう、無理・・・・・・



 力尽きたように、巨木の根元に座り込む。木の根に背中を預け、泥のようにぐったりとうなだれた。


 すでに陽は傾き、森の薄暗さは輪をかけてひどくなっている。俺は光の消えた目で、ぼんやりと目に映る光景を眺めた。


 森・・・森・・・・・・・森地獄。

 終わらない森の無間地獄。

 いや・・・これは騒音ゴリラ地獄だ。


 ヨエル・・・あの野郎。

 何が“悪魔じゃない”だ?

 お前はホンモノの悪魔だ。

 ここは紛れもない地獄じゃねーか。


 頼れと言ったパガニーニは死んでいる。天使は出たと思ったらすぐ消える。おまけに魔の森は魔物の森で、俺は4mを越える怪物ゴリラにいきなり追いかけ回された。

 森は果てしなく続いているし、ここがどこかも、どうやったら脱出できるのかも分からない。そして俺は水も食料も、生き残るための何も持ってはいないんだ。


 まさに、八方塞がり。

 ただただこうして恐怖に震えながら、ゴリラのクソになる時を待っているだけ。


 これが地獄でなくてなんだってんだ!

 畜生、あの野郎!

 ヨエル!もしまたあの世で会ったら、俺が必ずその場で地獄を見せてやる!


 あまりの状況に、俺はヨエルに恨み節をぶつけまくる。だが疲労が強すぎて、怒りも長続きしない。闇が深くなっていく森の中で、俺はもう、半ば第二の人生を諦めていた。


 はあ・・・駄目だ。とてもじゃないが、ここから脱出できる気がしない。

 このままだと・・・エサかな、魔物の。

 嫌だな・・・痛いのは。

 せめて俺が寝てる間に、喉笛スパッと食いちぎってもらいたいもんだ・・・


 はあ~~・・・

 本当は、この異世界でやってみたいこと色々あったのにな。

 前世じゃできなかったこと。

 もっと交友を広げてみたり。

 趣味以外の生きがいを見つけてみたり。

 童貞捨てるワンチャンも有るかと、期待したりもしちゃったけど。

 全部パアだ。この異世界に、そんな希望を叶える余地なんてどこにも無かった。夢持たせといて即潰すとか、ヨエルお前、いい悪魔っぷりしてるよ・・・


 精魂尽き果て、俺はドサッと地面に横たわった。きっと明日の朝日は拝めないだろう。もう真っ暗になろうとしている森の中で、せめてあの世でヨエルに見せる予定の地獄の内容を考える。


 とりあえず、あのムカつく角を両方ともへし折って、束ねてケツにぶちこんで・・・

 いいね、双角ア〇ル地獄・・・



 ―――――――ん?



 闇落ちしていく俺の視界に、ふと、小さな光が見えた。

 いや、たった今灯ったのだ。

 真横になった視界の一角、森の奥の方に。


 ・・・何だ?


 上体を起こし、暗闇の中で目を凝らしてみる。

 あれは――――――



「家・・・?」



 かなり遠くの方だが、その光は木々の合間に確かに見える。

 それは、民家の灯りのようだった。


「ウ、ウソだろ・・・?」


 たまらず立ち上がり、よたよたとそちらを眺める。

 だが何度見ても、間違いない。

 暖色系の光のすぐ横に、建物の柱と、屋根のようなものが見えた。


「うっ・・・うおおおおお!!」


 俺は疲労も、ここが魔物の森だってことも忘れ、雄叫びを上げて光の方に走った。


 民家が見えた。ということは、集落も近くにあるはずだ。森が終わった。もうギリギリ、本当に終わってしまうギリギリで、間に合ったんだ。

 俺は・・・・・・助かった!


 嘘みたいだ、こんな奇跡!!

 うおお――――――ッ!!


 俺は喜びを爆発させ、無我夢中で民家の前まで走った。丸太の屋根に、木製の壁。それは民家と言うより小屋に近い、木こりの家みたいな建物だった。


 あの家に明かりが灯る瞬間を、確かに見た。

 あの中には今、確実に人がいるはずだ!

 しかも家が建ってるってことは、もうあんなゴリラはこの近くにはいないはず!

 しゃああ!さらばゴリラ!

 永遠に――ッ!!


 歓喜と共に、家の前まで辿り着く。光の発信源は、玄関先に吊るされた古風なランプだった。


 嬉しくって仕方が無いが、ここは一旦落ち着こう。中の人にどう声をかけるか、確認しないとな。

『夜分遅くにすみません、森で迷ってしまいまして』

 これを異世界語で言うと・・・うん、大丈夫。分かる。

 よし・・・!


 俺は呼吸を整える。

 心の準備を済ませ、玄関先から異世界語で、その家の主人に向かって呼びかけた。


「すいませ――ん!」


「・・・・・・・・」


「すいませ―――――ん!」


「・・・・・・・・」


 あ、あれ?

 反応なし?


 その家からは、何の反応も返ってこなかった。というかそれ以前に、内部から物音一つ聞こえてこない。


 お、おかしい。確かにこの家に、明かりが灯る瞬間を見たのに・・・


 ドンドンドン!


「すいませ―――――ん!!」


 玄関の戸を叩いて呼びかけるが、やはり何の反応も無い。


 寝ちゃった?

 いやいや、早すぎるだろ。


 その家の周りをぐるりと回って様子を見てみる。窓は締め切られ、中の様子は伺えない。ただ、壁の隙間から中の明かりは漏れている。誰かいるのは間違いなさそうだ。


 え・・・何で?

 まさか、よそ者お断りとか?

 素性の分からない奴には、反応もしませんよってこと?

 つ、冷たい!異世界人冷たい!


 ドンドンドン!


「すいませ―――ん!誰かいらっしゃいませんか――!?」


 繰り返し呼びかけてみるが、やっぱり何も返ってこない。

 俺は少し考えてみた。


 ・・・誰かいるのは間違いない。なのに反応が無いってことは、やっぱり俺が得体の知れない男だからか。となれば、誰かしらのツテがあるってことを伝えれば、反応を変えてくれるかもしれない。

 見込みは薄い気もするが・・・一か八かだ!


「あ、あの!俺は、パガニーニって人を訪ねてここに来ました!彼のことをご存じじゃありませんか!?」


 まあ俺は、パガニーニのお墓らしきものをバッチリ見ちゃってはいるんだけど。しかしこれも方便だ。もしこの家の主人が、パガニーニのことを知ってれば・・・


 そう思って反応を待つが、答えは同じだった。

 無視継続。

 これでもダメか・・・


 いや、あきらめるな!

 何でもいい、とにかく何か言ってみるんだ!


「お、俺は・・・ヨエルに言われてここに来ました!ヨエルっていう男から、彼の娘とパガニーニさんを訪ねるように言われて、ここに来たんです!」



 バアン!!



 開かなかった玄関の扉は、唐突に開いた。







【Sideピコ ‐扉が開く5分前‐】



 ドンドンドン!


「すいませ――ん!」


 小屋の入り口の戸を叩き、私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 その扉の前で、私は断崖絶壁に追い詰められた子犬のような心境に陥っていた。


 ドンドンドン!


「すいませ――ん!誰かいらっしゃいませんか――!?」


<何やってるの?早く開けて!>

<自分でここに招いたんでしょ!>

<話をするにはこれがベストだって決めたじゃない!早くして!>


 心の声は、もうずっと悲鳴を上げている。

 分かっているのだ。この扉を開けなくてはならないことくらい。


 彼に話しかける方法を考え始めて数時間後。

 私は彼を、この家に招き入れることを思いついた。

 彼はへとへとになっていたし(誰のせいだ)、休む場所が必要だった。

 家に迎え入れるというやり方なら、唐突に話しかけるよりも自然に話ができるような気がしたのだ。


 私は魔物を倒した時の地響きを利用して、彼をこの家の方角へと誘導した。

 その狙いはうまく行き、彼はこの場所まで無事に辿り着くことができていた。

 後は中に招き入れて、話を聞くだけ。


 なのに、それが出来ない。

 最後の一歩が踏み出せないのだ。


<いい加減にして!>

<彼はもう、くたくたなのよ!?>


 わ、わかってる・・・


 扉を開けて、「どうしたんですか?」

 そう言うだけでいい、それだけだ・・・


 でも、彼は何を言って来るだろう?

 それになんて返せばいいんだろう?

 誰かと話をするのが久しぶり過ぎて、会話のイメージが全く湧いてこない。

 私はおじいちゃんと、どんな風に話をしていたっけ・・・


<そんなの、出たとこ勝負でいい>

<早く扉を開けて、中に入れてあげなきゃ!>

<今すぐ!>


「・・・・・・」



 ・・・・・・・やっぱり、嫌だ。



 彼に声をかけようと思えば思うほど、私はそれを拒否したい衝動に駆られてしまう。


<何を考えてるの?今さら!>

<何のために、こんなことをしてると思ってるの?>

<彼と向き合って、直接話を聞くためでしょ!>



 嫌だ。人間と話をするなんて、やっぱり嫌だ!



 彼と話したい「心の声」と、それを拒む「私」。

 2つの思いは平行線を辿ったまま、もう数時間にわたってせめぎ合いを続けている。

「心の声」は、この人が私の味方だと叫んでいる。

 でも「私」には、人間を信じることができなかった。



<これを開けなきゃ、何も始まらないでしょ!>


 始まらなくていい!人間と話をするくらいなら!


<じゃあこの森に、ずっと1人で暮らしていく気?>

<この人は、パガニーニおじいちゃんと同じように・・・>

<私の側にいてくれる、私を迎えに来てくれた人なのかも知れないのに>


 私の育ての親、パガニーニおじいちゃん。

 この世界でただ1人、私と一緒にいてくれた人。

 大好きな家族。

 3年前、そのおじいちゃんが亡くなってから、私はずっとこの魔の森で1人暮らしを続けてきた。


<やっとまた、誰かと一緒に暮らせるかもしれない>

<私は、分かってるはず>

<パパの一番の部下だったおじいちゃんにだけ、【転移(テレポート)】の術式は託されたはずだった>

<だから【転移(テレポート)】を使えるのは、今はもう私1人だけのはずだった>

<なのにこの人は、私以外の誰かの【転移(テレポート)】で私の所にやって来た>

<きっとおじいちゃんの他にも、パパから【転移(テレポート)】を託されていた仲間がいたんだ!>

<その人ならきっと、私のことだって聞かされているはず>

<扉の前のこの人は、きっとおじいちゃんと同じ・・・私の味方だ>

<だから、この扉を開けなきゃ!>



 ドンドンドン!


「すいませーん!森で迷ったんです!は、話だけでも聞いてもらえませんか!?」



<ほら、呼んでる!>

<応えて!>



 心の声はそう言って、玄関の戸を開けようとする。

 でも、そうしようと手を伸ばす度――――


 私の頭には、思い出したくもない光景が蘇ってくる。


 私の額に生えている、2本の黒い角。

 魔族の証。

 この世界の人間とは、それを見た時どういう反応を見せるものなのか――――


 その光景は私にとって、脳裏に焼き付いて離れない生涯最悪の思い出だった。


 やっぱり嫌だ・・・もう、あんな思いはしたくない。化け物だって言われて、怯えられて、追い立てられて・・・あんな思いをするくらいなら、人間となんて関わりたくない!


<この人もあの人間達と同じだって、決まっている訳じゃない!>


 いいや決まってる!


 おじいちゃんが亡くなってから3年。パパが戦死してからは、もう11年も経っているんだ。【転移(テレポート)】で私を迎えに来れるなら、もっと早くに来ていなきゃおかしい!何年も独りぼっちにしておいて、今さらやってくるなんて・・・

 不自然だ!

 この人は、パパやおじいちゃんとは関係ない!何か悪い企みを持っている人間に、決まってる!



 私は人間のことが怖かった。

 とてもじゃないけど、信じようとは思えなかった。

 私は人間が、嫌いだった。



<・・・だったらずっと、このまま1人でいる気なの?>

<本当にそれでいいと思っているのなら、わざわざこんなことしてないでしょ?>


 人間なんて、みんな同じだ。野蛮で、恩知らずで、簡単に人を裏切る。他人の痛みなんて、これっぽっちも理解しない奴らだ。


<おじいちゃんは本当に優しかった>

<家族だった>

<おじいちゃんだって、人間なんだ>

<この世界のどこかには、おじいちゃんみたいに優しい人間が、きっと他にもいるはず・・・・>


 いるはずない!

 扉の前のこの人だって、きっと同じだ!


<確かめてみなきゃ、分からない!>


 うるさい!私は1人でも平気なんだ!


<嫌だ!!もう、孤独(ひとり)は嫌だ!!>



 うるさ―――――い!!



「あ、あの!俺は、パガニーニって人を訪ねてここに来ました!彼のことをご存じじゃありませんか!?」

「!?!?」


 唐突に聞こえてきた、おじいちゃんの名前。

 私は自分の耳を疑った。


 え・・・・・?

 おじいちゃん?

 この人いま、おじいちゃんの名前を言った?


 おじいちゃんを、訪ねてきた・・・?

 ま、まさか・・・・・



 そんなこと、あり得ないはず。そう思いながらも、私は一瞬奇跡が起こったのではないかと期待した。


 でも次に私の耳に飛び込んできたのは、まるで予想だにしていなかった、とんでもない言葉だった。



「お、俺は・・・ヨエルに言われて、ここに来ました!ヨエルっていう男から、彼の娘とパガニーニさんを訪ねるように言われて、ここに来たんです!」


「!!!!!!!!」



 バアン!!



 あっ、と思った時には、扉を開いていた。



 この人は今、絶対に聞き逃せないことを言った。

 ヨエルに・・・


 パパに、言われて、ここに来た。

 確かに今、そう言った。


 でもパパは、もう11年も前に戦死したはず。

 この人は一体、何を・・・



 訳が分からず飛び出した玄関の先に、傷だらけの皮鎧が見えた。ゆっくり視線を上げると・・・


 その男の人と、目が合った。

 思い切り目が合った。

 私は瞬時に固まる。


 ・・・いけない、何か言わないと。

 そうだ、第一声だけは決めていたんだった。

 決めていたなら言えるはず。

 え~と・・・あれ?


 あ、あ、あ、あれ??


 あれ!?なんだっけ!?



「どうしたんですか?」の一言が思い出せず、私は思い切りテンパった。頭の中が真っ白になって、何も考えられない。


「(助けて、おじいちゃん!!)」


 思わず助けを呼ぶが、それは叶わぬ願いだった。絶望のあまり、涙目になる私。


 その時ふと、私の耳に妙なつぶやきが聞こえてきた。


「て・・・」


 て?





「天使キタアアアアアアアアアアアア!!!」





 ビック――――――――――ッ!!!



 突然の叫び声に、私は思わず後ずさる。

 心臓が破裂したかと思った。


 天使・・・?

 な、何!?

 この人は一体、何を言ってるの!?


 何を言っていいのか分からない状況で、何を言っているのか分からない言葉を、絶叫された。


 私はぴくりとも動けないまま、なぜかその人がこちらに向けてくる爛々と輝く瞳に、ただただ恐怖した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ