第四話:ファーストコンタクト
尋ね人は、お墓の下でした。
冗談きついぞ・・・
うかつに他人と会っては危ないらしいから、イヤイヤながらもパガニーニを探し出そうとしてたのに。
そのパガニーニが死んでいるなら、俺はこれから誰を訪ねて行けばいいんだ。
この異世界で唯一の当てと言っていい男、パガニーニ。
彼はどうやら、この森の広場に建てられたお墓の下で眠っているようだ。
唯一の手掛かりが秒殺で消え去り、俺はいきなり途方に暮れてしまった。
ヨエル・・・この場合、俺はどうすりゃいいわけ?
他人との余計な接触は避けて、とにかくパガニーニに会えと言っていたけども。
パガニーニ、お亡くなりになってるんですけど。
この可能性は全く想定していなかったのか?
次善の策を用意しとくのなんて基本だと思うんですがねえ!
パガニーニもパガニーニだ。
あんたヨエルから、転生者のことをヨロシクとか言われてたんじゃなかったのか?
いなくなっちまうんなら、せめて「転生者の方はコチラまで」とか、どっかに書いといてくれよ・・・
いや、待てよ?
ひょっとして・・・
俺はパガニーニの墓らしき石碑に顔を近づけ、表面をつぶさに見て回った。
何か、転生者へのメッセージが残されていないかと思ったからだ。
だがそこには正面の文字以外、何も記されてはいなかった。
「ダメか・・・」
俺は一応、罰当たりな行為をパガニーニさんの墓前に手を合わせて詫びた後、がっくりとうなだれる。
これで当面の手掛かりは無くなった。
あと残された情報と言えば、ヨエルのまだ幼い娘と、どっかの貴族の話くらいだ。
でもヨエルの娘は、パガニーニの元に預けられていたって話だ。
なら今頃は、とっくに別の誰かの下で暮らしているだろう。
貴族に会うったって、どこにいるのかも分からないし、玄関を叩けばすぐに会えるとも限らない。貴族なんだし。
ということで結局、俺はこれから見知らぬ誰かを頼って行かなきゃならないわけだ。出会う人間を間違えれば、命を落とすらしいけど。
うう・・・何だよそれ。
ただ人と知り合うってだけで、なんでロシアンルーレットみたいな気分を味わわなくちゃならないんだ。
畜生、何でこんなことに・・・
ガサッ!
・・・ん?
背後から聞こえてきた音に、俺はそちらを振り返った。
バキバキ・・・
ドォン!
大木の枝を押しのけ、森の中から大きな黒い影が出現した。
「ご・・・」
15mほど先、森の中から現れたその姿は―――
「ゴリラ?」
でかいゴリラ。
まんま、そういう感じだった。
「ウウウ・・・」
何やら重低音の唸りを上げ、草地に入るそのゴリラ。
ただゴリラと言っても、俺が知っているのとはちょっとスケールが違う。
その全長は、4m以上あるんじゃないだろうか。
よく見れば、細かい所も普通のゴリラとは違う。
目につくのは両肩。
そこには黒い毛が生えておらず、代わりに巨大な甲羅のようなものが発達している。
アメリカンフットボーラーかな?
そして口。
ゴリラのくせに、巨大な牙が唇からはみ出していた。
え~~~っと・・・
何コレ?
「ホオオオ・・・」
ドスンと音を立て、巨大な両こぶしを地面に立てるゴリラ。
前傾姿勢になって、何やら・・・
いきり立っていらっしゃるような。
突拍子もなく現れた巨大ゴリラに、俺は一瞬固まってしまった。
だがこういう時こそ意外に頭は回るものなのか、俺はすぐに取るべき行動を思いついた。
うん、ここは一旦落ち着こう。
ここは一旦落ち着いて、コミュニケーションを図ってみるべきだな。
見た目はゴリラだが、これは重要な異世界生物とのファーストコンタクト。
見た目はゴリラだが、実はとても知性的でいらっしゃるのかもしれない。
ここは、俺が友好的な人間であるということを示すべきだ。
友好の証。それは笑顔だ。
「はは・・・・・どうも」
俺は目いっぱいの笑顔を作り、そのゴリラに話しかけてみた。
「ウッホオオオオオオオオオオオオ!!!」
だがそのゴリラは俺の笑顔の何が気に入らなかったのか、雄叫びを上げてまっしぐらにこちらに向かって突っ込んできた。
「ウオッホオオオオオオオ!!!」
「うわあああああああああ!!!」
じっ、じっ、冗談じゃねえええええ!!!
バケモノ!!
この森バケモノが住んでるううううう!!
180°反転して、脱兎のごとく駆け出す。
その俺の脳裏にふと、ヨエルの言葉がよぎった。
“転生したら、君を魔の森って場所に転移させるからね”
ふざけんなヨエル!!
“魔”って・・・“魔”って・・・
“魔物”の“魔”かよ!!
俺が一番恐れていた、最も考えないようにしていた可能性が、今ここに!
魔の森とは、“魔物の森”のことでした!!
死ぬうううううううううう!!
俺は死に物狂いで木々の間を疾走する。
この新しい身体は、前世の俺よりずっと脚が速かった。
だがいかんせん、歩幅が違う。
背後から迫るゴリラの魔物は、みるみるうちに俺との距離を詰めてきた。
ドスンドスンドスンドスン!
「ふおおおおおおおおおおお!!」
捕まったら100%死ぬ。
逃げ切るしか無いんだが、実際これ、もう詰んでんじゃね?
嘘だろ?
俺はゴリラの餌になるために、わざわざ異世界転生した訳じゃないんだが。
ヨエル!!
今こそあんたの言っていた“力”の出番だ!
この異世界にも数えるほどしかないっていう、強力な“力”!
今使わずしていつ使う!
今使わなきゃお前、“力”ごと俺達ゴリラのクソになっちまうんだぞ!
やってやれ!あのデカいばかりの類人猿に、目に物を見せてやるんだ!
プリーズ・キル・ヒム!ライト・ナウ!
プリーズ!!
全力ダッシュしながら半泣きで呼びかけるが、ヨエルからの返答は無い。
あのクソムシが!!とか思っていたら、木の根っこに蹴っ躓いて転倒してしまった。
ヤ、バッ・・・!
必死で体勢を立て直すが、時すでに遅し。
後ろを振り返ると、ちょうど巨大なゴリラが巨大な拳をこちらに向けて振り上げているところだった。
あ、死んだ・・・
まじかよ。転生してまだ1時間も経ってないのに、もうあの世の宇宙に逆戻りか。
またあの世から、別の異世界に飛ぶのかな?
いや、次はもうホントに消えてしまうんだろうな・・・
短い第二の人生だった。
さようなら、異世界。
さようなら、俺――――――
1m近い拳が、俺をぺしゃんこにするべく振り下ろされる。
それを見て、俺は転生早々第二の人生に別れを告げた。
と、その時。
俺の頭のすぐ上を、灼熱の塊が通り抜けた。
ドオオオオオオオオオオオオン!!!
「―――――――ッ!?」
突然の閃光と、直後に発生した猛烈な熱波。
俺は爆風に煽られ、数m後ろまで吹き飛ばされた。
あばばばば・・・・
木の枝やら何やらにぶつかりつつ、俺の身体は地面を何度も転がって、止まる。
あちこち痛いし熱いが、生きてはいるようだ。
な、何が起こった・・・!?
―――ズズゥン!!
「(ビクッ!)」
一帯に地響きが轟いた。
俺は震える身体で、おそるおそる上体を起こしてみる。
辺りには、濛々と煙が立ち込めていた。
その中心地に、めらめらと燃え上がる巨大なゴリラの残骸が見える。
し、死んでる?
俺は痛みを堪えて立ち上がり、その様子を確認してみた。
そのゴリラの魔物は、首から上が無くなっていた。
今の爆発で吹っ飛んだらしい。
残った胴体も、火がついて派手に炎上している。
今の地響きは、こいつが倒れた音か。
・・・何が起こった?
さっき、俺が殺されかけた時・・・
一瞬、巨大な火の玉がゴリラの顔面を直撃したように見えた。あれはちょうど真後ろから、俺の頭の上を飛んできた。
つまり俺の背後から、誰かがゴリラにあの火の玉を―――
俺は後ろを振り返る。
だが、そこには誰の姿も見えなかった。
―――誰かが、助けてくれた?
いや、一体誰が・・・
「―――!!」
俺の脳裏に、1人の少女の姿が浮かび上がった。
白金の長髪。
茜色の瞳。
この異世界に来た直後。
ほんの一瞬だけ見た、あの―――
「天使・・・」
俺は慌てて辺りを見回した。
薄暗い上に木が立ち並んでいて視界は悪いが、必死になってその姿を探す。
近くにいるんじゃないのか?
たった今、殺されそうになっていた俺を、君が助けてくれたんじゃないのか―――?
俺はその一帯を駆け巡り、魔女っ娘ルックの天使がいないか調べて回った。
木陰、草むら、木の上・・・周辺をくまなく探る。
だが結局、その姿はどこにも見つけることができなかった。
いない・・・
やっぱり違うのか?
俺を助けてくれたのは、あの天使ではない・・・?
いや、でも、他に誰がいるって言うんだ。
きっとあの天使が、俺を救ってくれたんだ。
魔女っ娘の見た目通り、火の玉の魔法かなんかで。
ただ―――
だとしたら、どうして俺に姿を見せてくれないんだ?
・・・照れ屋?
分からん。
何が起こっているのかも。
この先どうすりゃいいのかも。
一体何なんだ、この異世界は・・・
早やもう何度目か、俺は再び異世界の森の中に1人立ち尽くした。