第二話:悪魔に連れられて異世界転生したら、天使と遭遇した件
身体が浮くほどの猛烈な突風に、空中で煽られている。
というのが、一番近い気がする。
猛烈な浮遊感に振り回されているというか・・・
感覚としては、某遊園地のジェットコースターに似ている。
真っ暗闇の中を、猛スピードで駆け巡る乗り物に乗ってる感じだ。
ただし、安全装置なしでだけど。
「どわああああああああああああ!?!?」
謎の魔方陣に吸い込まれたと思った直後、星の光が消えた。
何も見えない、完全な真っ暗闇。
その中を、猛スピードで疾走している感覚だけがある。
いつ、何に激突してぺしゃんこになってもおかしくない。
この恐怖感、俺の人生過去最高かも。
なるほど。と、俺は納得した。
これが・・・「悪魔の所業」ってやつか!!
『大丈夫だよ、カケル君。死んだりしないから・・・ってことは無いか。死んでるもんね、私達は』
意味不明な悪魔の囁きが聞こえる。
何なんだコレは。
頭の中から声が聞こえるってことは、俺は悪魔に取り憑かれてしまったのか?
それがこうして、真っ暗闇の中を駆け巡っているっていうことは・・・
まさか、俺は今・・・地獄に向かって、まっさかさまに落ちている!?
「なんだよ!何やってんだ、悪魔あ!!」
『悪魔じゃ―――』
「止めてくれ!俺は地獄になんか行きたくねえええ~~~っ!」
『地獄じゃないよ、ここは―――』
「!?」
空中で必死にもがいていると、唐突に景色が変わった。
暗闇が終わり、一気に視界が開ける。
一瞬だけ、森の中の景色が見えた。
だがそれは、すぐに下の方向へすっ飛んだ。
代わりに目に映ったのは、一面の青色。
「(空・・・!?)」
そこにあったのは、晴れ渡る青空だった。
ぽつぽつと、小さな雲も見える。
だがその雲は、みるみるうちに大きくなっていった。
俺はどうやら、空に浮かぶ雲に向かって猛烈な勢いで近づいていっているようだ。
「うおおおおおおおお!?」
『ここは、私の生きていた世界なんだ。君にとっては異世界ってことになるね』
宇宙開発ばりの垂直上昇を決めているらしい俺に、言われた言葉を理解する余裕は無い。
あっという間に俺の身体は、空に浮く雲のすぐ手前まで到着する。
そこでようやく、俺の身体は止まった。
『着いたよ、カケル君・・・大丈夫?』
俺は呆然として、聞こえた声に答える気力も無い。
何この恐怖体験。
幽霊の身体で良かった。
もし生身だったら、出しちゃいけないもの全部垂れ流しになってたわ、確実に。
『ごめんね、驚かせて。落ちたりはしないから安心して。それより一度、下を眺めてみてくれないかな?』
「・・・?」
『ここが地獄じゃないってこと・・・分かってほしいから』
その言葉に、俺は無言のままゆっくりと振り返ってみた。
『ここは《セバレア大陸》。君が転生することになる異世界だよ』
「・・・・・!!」
そこにはまるで、地球と変わらない大地があった。
雲の高さにいる俺からは、地上に広がっている風景が一望できる。
広大な森。
平原。
湖。
山脈。
あれは、街?
遠くの方には海が見える。
ひょっとして、地球に戻ってきたのか?
とも思ったけど、そうじゃないということはすぐに分かった。
地球ではあり得ないものが、地上ではなく空の上に見えたからだ。
それは、青空の中に浮かんでいる天体。
俺の知っている大きさの数十倍はある、バカでかい「青い月」だ。
「・・・異世界・・・?」
突然現れたあまりの光景、あまりの事態に、俺は呆然と呟いた。
『そう、異世界だ・・・ごめんね、本当は君の同意を得てから連れて来たかったんだけど』
「・・・・・」
本当に申し訳なさそうな声が、頭の中から聞こえてくる。
この声の主、てっきり地獄からの使いだと思ったけど・・・
俺は眼下の景色を眺めながら、漠然と思った。
この光景、地獄と言うには綺麗すぎる。
“魔族のヨエル”って名乗ったっけ。
まさかこいつ、本当に俺をあの世から異世界に連れて来たのか?
同意を得てから連れて来たかった・・・ってことは、消えかけている俺を見て、止む無く強引に連れて来たってことなんだろうか。
でも、だとしたら・・・
「えっと・・・ヨエル?」
『何?』
「その・・・あんたって、何者?悪魔じゃないなら、何でこんなことができるんだ?」
俺からすれば、悪魔としか思えないような力だ。
あの世から異世界(?)まで俺を連れて来た、こいつは・・・
悪魔じゃないなら一体、何者なんだ?
『・・・言った通り、私は魔族だよ。生前は君と同じような普通の生命体だった。ただ私は、ある特殊な“力”を受け継いでいるんだ。だから魂だけの状態でも、消えること無くあの世界に存在できたんだよ』
「“力”?」
超能力とか、そんな感じの?
まさか、と言いたいとこだけど、それも納得せざるを得ないような現象を目の当たりにしちゃってるからな・・・
『そう、“力”だ。そしてそれこそが、私が君をこの異世界に転生させようとしている理由なんだ』
「それって―――」
『ごめん!続きの説明は後だ。本当にもう、時間が無いから・・・』
「あっ!?」
あまりの景色の変化に気を取られて、気付かなかった。
俺の身体の透明度は、ますます上がっていたのだ。
もうはっきりと、自分の腕を通して地上の風景が見える。
呑気に話してる場合じゃなかった!!
き、消えちまう~~~~!!
『勝手を許してくれ。これから、君の転生する身体を探す!』
「ッ!?」
俺の身体は再び急加速し、音速と見紛うようなスピードで異世界の空の上を駆け巡り始めた。
「うおおおおお!?」
『いいかい!?確認するけど、ここは地獄じゃなくて異世界、紛れもない現世だ!今から君は、新しい身体を得てこの異世界に生き返ることになる!』
「・・・!!」
『だからいいね!?落ち着いて、私の話をよく聞いて!君にとって絶対に必要となる情報だ!』
男は切迫した声で言う。
それを聞き、俺はもう余計なことを考えるのは止めようと思った。
消滅、そして異世界。
このヨエルって男が言ったことは、実際に起こっている。
もし転生って話まで本当なんだとしたら、この男の話は聞いておかなくては!
そう考えた俺は、諸々の疑問をすべて飲み込んで、ヨエルの言葉に耳を傾けた。
『まず、私の目的についてだ!』
目的。
ヨエルが俺を、この異世界に転生させようとしている理由。
『私の目的は、私の“力”を仲間達の元に返すことだ!』
“力”・・・さっき言ってたやつか。
仲間って?
『私は生前、《セングレア王国》という国と戦っていた!セングレア王国の民と共に!彼らは今も、私の“力”が戻る時を待っているはずだ!』
え?
セングレア王国・・・戦う?
『君に渡す私の“力”は、この異世界にも数えるほどしかない強力なもの!だから君は転生したら、他人との余計な接触は控えて私の仲間と会うことに集中してくれ!』
ヨエルと一緒に戦っていた仲間と会う。
俺に渡されるという、強力な“力”を持って。
え?それって・・・
『《パガニーニ》だ!セングレア反乱軍“軍師”パガニーニ!転生と同時に、私は君を彼が隠れ潜んでいる森の中に送る!私にできるのはそれまでだが・・・何とか彼を見つけ出して欲しい!』
反乱軍。軍師。
って、おい。
おいおいおい!
「ちょ・・・」
『パガニーニの下には私の娘、《ピコ》もいる!ピコも大きな“力”を――』
「ちょっと待った!!ヨエル、つまり、あんたが俺にして欲しいことっていうのは・・・」
『そう。私に代わって、仲間達と共に王国と戦って欲しいんだ』
「無理です」
『いや・・・』
王国と戦う?
俺に、この平和な日本で生まれ育った俺に、戦争やれってのか?
無茶苦茶だ!!
『頼める義理じゃないのは分かってる。ただ―――』
「いや義理とかどうとかの前に、俺はケンカすらしたこと無いんだって!」
29年生きてきて、ゲームのコントローラー以外に向かって暴力を振るった覚えはない。
存在が消えかけている現状、転生できるかもしれないというのは、もちろんありがたいんだけど・・・
でもその代わり、いきなり戦争やれって言われましても!
戦争についてなら、俺は普通の人よりよく知ってる。
生前の自由時間の多くを、趣味である歴史に使ったからだ。
男達の戦いはカッコいいし好きだが、自分でやりたいとは思わない。
戦争にまつわる悲惨過ぎるエピソードなんて、掃いて捨てるほどある。
『その点は大丈夫だよ!』
「何が!?」
『君には私の“力”が宿るから。戦い方を知らなくても、大抵の人間には負けないはずだ!』
いやいや・・・
“力”か何か知らないけど。
そもそも、そんなものを使うような状況に遭いたくないんだって!
『転生したら、私の意識は消えてしまうけど・・・私が渡す“力”があれば、当面は生きていけるはずだ!』
・・・ん?
ヨエルの意識は消える?
ということは、転生したら俺の自由にできるってこと?
だったら転生するだけして、戦争に関わらないようにすれば・・・
『ただ・・・申し訳ないんだけど、君がすでに持っている力は、この異世界の戦争と君とを無関係ではいさせてくれないと思う』
バックレ不可だと!?
「出会う人間を間違えれば、君は転生早々命を落とすことになる。だから君が生き延びるために、何をおいても私の仲間と、パガニーニと接触を図って欲しいんだ』
「なっ、なんだそりゃ!冗談じゃ―――」
『本当に、ごめん。君にはこのまま消滅するか、戦う運命を持って転生するかの2択しか残されて無かったんだよ。それを勝手に選んでしまったこと・・・許してほしい』
「・・・ッ!」
『―――見つけた!!』
「!?どわあああああ!?」
ヨエルの言葉を飲み込む暇もないまま、俺の身体は突如として向きを変え、地上に向けて急降下し始めた。
猛烈な浮遊感に襲われ、あっという間に地表が近づいてくる。
恐怖を堪えて目を開けていると、自分が向かっている先の大地に不自然なものが見えた。
小さな無数の何かが、同じ場所に密集して蠢いている。
あれは――――――
「人!?」
そこに蠢いていたのは、人間だった。
数はどれくらいいるのかもよく分からない。1万人以上?
おまけにそこにいる人間達の様子は、尋常では無かった。
全員が中世風の甲冑を身に付け、剣を振り回して戦っているのだ。
「せ、戦争!?」
異世界の大地の上で、鎧兜の男達による合戦が繰り広げられていた。
俺は突然現れたその光景に、一瞬我を忘れた。
・・・兵士が横一線に並んだ単横陣同士の正面衝突。
少ない弓兵と騎兵そして重装備の歩兵が中心の構成それはかのアレクサンドロス大王の時代の密集隊形つまり古代ギリシアの戦争様式にも似て―――
か、かっけー!
じゃない!!
歴史オタクの血が疼いてどうすんだ!
確かに合戦は好きだが、それはあくまでロマンとしての話であってだな。
自分でやるなんて・・・
―――え?
ヨエルさん。ここに来たって事は、まさか―――
『どれだ、転生に適した身体は・・・!』
「待ったァ!!ちょっ、ここに転生させる気なのかよ!?」
すぐ下では、怒号を上げる兵士達が死に物狂いで戦っている。
荒ぶる凶器に、舞い散る鮮血。
ここに降りる?
無理過ぎる!!
『あ、違うよ。転生と同時に、私は君を《魔の森》って場所に転移させるからね』
「そ、そうか」
ならよかった。
転生していきなり合戦場のど真ん中とか、冗談じゃないからな。
魔の森ならいい、魔の森なら―――
魔!?
魔ってなんすか!?
『あった!あの身体にしよう!転生するよ、カケル君!!』
「ちょっ・・・」
『最後にもう一度確認だ!魔の森に着いたら、まず君はパガニーニを探し出してくれ!そこに私の娘ピコもいる!』
「ヨエル!魔って・・・」
『“待って”?すまないカケル君、もう待てない!』
「じゃなくて!」
『そしてパガニーニと接触出来たら、次に私の愛剣・《カラドボルグ》を手に入れるんだ!在り処はパガニーニが知っている!』
「カラ、え!?」
『そしてセングレア貴族、《キャンデリッサ侯爵》と直接会って話をしてくれ!“ヨエルに力を託された”と!』
「いっ、いきなり情報増やすなあ!」
「名前を覚えていればいい!パガニーニ、ピコ、カラドボルグ、そしてキャンデリッサ侯爵だ!それが君の力になる!!」
「!?うおおおおおお!?」
再び急降下した俺の身体が、合戦場の真っただ中へと飛び込んでいく。
ほんの一瞬、落下地点と思われる先に、革鎧を着てうつ伏せに倒れている黒髪の男が見えた。
“私の仲間を、娘を・・・どうか頼む!!君の力で!!”
着地の瞬間、そんな声が聞こえた気がした。
◇◇◇◇
―――ドクンッ!
心臓の音がする。
地面に墜落した瞬間、何も見えなくなった。
意識が、ぼやけて―――
ドサッ!
「痛えっ!?」
頭から何かにぶつかった衝撃に、俺は生の声を上げた。
「う・・・?」
目を開けると、そこには背の低い草があった。
雑草。地面。それに自分の頬が触れている。
俺は頭から地面に落ちたらしい。
草の向こうには、見慣れない手があった。
白い肌の、少年のような手。だがその指は、俺の意志に従ってピクリと動いた。
自分の手・・・透けて見えない。
さっきまでフワフワ宙に浮いていたのに、今は地面にへばりついている。
ここは―――
俺は目覚めたてのぼやけた頭で、ゆっくりと上体を起こしてみた。
「――――――え?」
顔を上げた俺の目に、真っ先に飛び込んできたのは―――
美しい、白金の長髪。
「(女の子・・・?)」
木漏れ日の差す森の中に、1人の少女が立っていた。
幅の広いつばのとんがり帽子。
スカート部分が膨らんだ、フリル付きの黒いワンピース。
陽光を受けて輝く白金の髪が、ふわりと宙を舞った。
こちらを振り向いたその顔は、息を飲むほどに、可憐な――――
「・・・天使?」
俺は見たまま呟いた。
大きな茜色の瞳が、じっとこちらを見つめてくる。
まだ幼い少女の顔立ちだが、その美しさ―――この世のものとは思えない。
え・・・なぜ今頃になって、天使が?
俺は両目を指でごしごしこすった。
俺は地獄に来たかと思ったら、異世界に来てたんじゃなかったっけ?
地獄だと思ったら、異世界だった―――と思ったら、そこは天国だった?
ええ??
混乱しつつも、俺はもう一度顔を上げてその天使に目を凝らしてみた。
だが―――
「あれっ!?」
そこには、誰もいなくなっていた。
「・・・・・!?」
俺は慌てて周囲を見渡してみる。
一面を大きな木に囲まれているが、自分のいる近くには背の低い草しか生えていない。
ここは森の中にある、20m四方の小さな草地のようだ。
あの一瞬で身を隠せるようなものは、どこにも無い。
「え?どこに・・・」
少女の立っていた場所に行ってみるが、やはり何も無い。
天使だから空を飛んでっちゃったかと思って上も見たが、木々の中にぽっかりと青空が覗いているだけだった。
「・・・幻・・・?」
そんなはずはない、と思う。
でも実際に、ここには俺以外の誰も見当たらない。
「何だったんだ、今の・・・?」
俺はしばらくの間、見ず知らずの森の中に呆然と立ち尽くした。