第一話:角を生やした初対面の男についていく奴がいると思っているのか
トラックに轢かれた。
気が付いたら、宙に浮いていた。
自分の身体が、半透明になっていた。
つまり、今の俺が自己紹介をするとしたら・・・
「はじめまして、林藤 駆です。幽霊やってます」
って感じか?
いや・・・違う。
ここはあの世なんだから、幽霊なのは当たり前だ。
「はじめまして、人間です」なんて自己紹介をする奴はいない。
幽霊なのはお互い様だろう。
しかしそうすると、何を言えばいいんだ・・・?
俺は今、1人で自己紹介の台詞を考えている。
俺があの世に来たのは、今から5分ほど前だ。
トラックに撥ねられたと思ったら、この場所にいた。
自分が死んだらしいってことは、すぐに分かった。
そりゃもちろん動揺はしたけど、それより俺にはあの世が存在していたことの方が驚きだった。
正直、全然信じちゃいなかった。
幽霊とかUFOとか、全部TV局のヤラセだと思っていた。
でも、それは間違いだった。
幽霊は実在する。俺がそうだ。
そしてあの世とは、まるで宇宙みたいな場所だった。
遠くに星のような光が見える以外、これと認識できる物は何もない。
宇宙遊泳さながらに、俺はぽつんと1人で虚空を漂っている。
その俺がなぜ、自己紹介の台詞を考えているのかと言うと・・・
『・・・お~~~い・・・』
すでに俺の視界には、第一あの世人が映っているのだ。
まだ豆粒ほどの大きさにしか見えないが、人らしき影が1つ、こちらに向かってやって来ている。
星の光に紛れるように、かすんで見える小さな人影。
それに気が付いたのは、この声が聞こえてきたからだ。
『・・・お~~~い・・・』
奇妙な感覚だ。
頭の中に、音が直接響いてくる。
テレパシー・・・ってやつだろうか?
不思議なことに、これをあの豆粒大の人影が発していることは、何となくの感覚で分かった。
先ほどから、この声の主は繰り返し俺に向かって呼びかけている。
ということで俺は今、あの世でのファーストコンタクトを控えているのだ。
初対面の人間を前にすると自然と背筋が伸びるのは、営業やってた俺の性だろうか?
あの世の住人に日本のビジネスマナーが通用するかは分からんが、ともかく第一印象は大事だろう。
記念すべきあの世デビュー。
挨拶はしっかりしておかねば。
今見えているあの人が、あの世における重要人物なのかもしれないしね。
それにしても、テンプレ通りの展開もあるもんだな。
死んだらあの世に来て、身体が半透明になっているとは。
今見えているあの人も、俺と同じ幽霊?
それとも・・・“あの世の使い”ってやつだったりして。
いや実際、死んだばかりの俺の元に向かって来ているんだから、その可能性は十分あるんじゃないか?
あの世の使いが、俺をお迎えに来たと。
てことは、その先の天国とか地獄とかも本当にあるってことなんだろうか。
・・・やばい、そう考えると緊張してきた。
今見えているあの人は・・・どっちからの使いなんだろう?
『お~~~~い!うぐっ、ひぐっ、お゛~~~~い!!』
・・・ん?
なんだこの声?
男の声みたいだけど、なんだか・・・泣いてない?
次第にはっきり聞こえるようになってきた、あの世の使いの声。
その声はしかし、泣いているように聞こえた。
なぜかと不思議に思って見ていると、俺はふいにあることに気付く。
なかなか近づいてこないと思ったが、それは目の錯覚だったのだ。
実際の所、その男は凄まじいスピードで俺に接近していた。
ある一点を超えた瞬間、その姿は急激に大きくなり・・・
『う゛おおおおおおおおお!!!』
「うおおおおおおおおお!?」
とっさに身を躱そうとした俺に向かって、一直線に抱き着いてきた。
「ぶわっ!ちょ、え!?」
『うわあああ!!遭えた!!やっと遭えたァ~~ッ!!!』
俺を両腕で思いっきり抱きしめ、その男は耳元で号泣しながら叫び声を上げた。
怖い怖い!な、何だこいつ!?
『永かった・・・ようやく見つけた・・・!うおおおおおおおん!!』
「う・・・!」
猛スピードで抱き着いてきて、感極まったように泣きじゃくる謎の男。
ビジネスマナーもクソも無い、俺は驚きのあまり、思わずそいつを引きはがそうとした。
が、直前で思い留まった。
ここは慎重に対応するべきだと思ったのだ。
ようやく見つけた・・・?
何だ、どういう意味だ?
訳が分からんが、とにかく俺は今、状況が把握できてない。
ぶっちゃけ怖いけど、ここは我慢だ。
とりあえず、こいつから話を聞いてみよう。
それでもし、本当にヤバそうな奴だと分かったら・・・
その時は、速攻でバックレよう。
「あの・・・大丈夫ですか?」
俺はおそるおそる聞いてみた。
『あ、ああ・・・!大丈夫です。ごめんなさい、君に遭えたのがあまりにも嬉しくて・・・!』
男は涙声ではあるが、意外にも普通っぽい感じで俺に返してきた。
『私はずっと、ずっと探していたんです。この世界で人を見つけようと・・・』
「そ、そうなんですか。すいません、まだこの世界に来たばっかりで、よく分かってなくて・・・」
危ない奴なんじゃないかと不安に思ったけど、案外話の通じる相手かもしれない。
これならあの世の事についても、話を聞けるかな?
そう思っていた俺の耳に飛び込んできたのは、予想の斜め上を行く最悪な言葉だった。
『グスッ・・・そうでしょうとも。この世界に来た魂は、ものの数十分で消えて無くなってしまいますからね』
「え゛!?」
消えるって・・・俺が!?
あとちょっとで!?
「そ、それ・・・マジですか!?」
『ええ、本当です。肉体から離れた魂というのは、長くは存在を維持できませんからね』
その男は俺にとって悪夢のような内容の話を、何でもない事のように告げた。
そんな、バカな・・・!
って事は、俺はこれから消滅までの数十分を、ただひたすらこのまま待たなくてはいけないのか?
この何もない、ただの空間で?
嫌だよ!何だその鬱タイム!
鬱過ぎて死ねる!いや、もう死んでるけども!
突然の宣告に、俺は目の前が真っ暗になった。
『でも、大丈夫です。君にはチャンスがある。こうして私と巡り会うことができたんですから』
「え?」
『・・・お名前をお聞きしても?』
絶望的な気持ちが湧いていたところに、チャンスという言葉。
俺は何を考えるでもなく、ただ聞かれた質問に答えた。
「・・・林藤 駆です」
『リンドウ カケル君。私はヨエルという者です。出会ったばかりでなんですが、実は折り入って君に頼みたいことがあるんです』
ヨエルと名乗った男はそう言って、俺に抱き着いていた腕を離した。
そのまま両手を俺の肩に置き、互いに正面から向かい合う。
俺はもうすぐ、消えてしまう・・・?
でもこの男は、俺にチャンスをくれるっていうのか?
頼み?
聞くさ。
そんなもん、俺に出来ることなら―――
―――――――ん???
向き合って初めて、その男の顔をはっきりと見た俺。
その瞬間―――
俺は静かに、全てを悟った。
『頼みというのは他でもない。リンドウ カケル君。私の世界に転生してくれませんか?』
「・・・・・・」
『転生、つまり別の生命体として生き返るということです。君のいた世界とは違う場所になりますが、私は君をもう一度蘇らせることができるんです』
「・・・・・・」
『・・・驚くのは分かります。ですが、これは真実です。私はその相手を探すために、ずっとずっとこの空間をさ迷い漂っていたんですから』
「・・・・・・」
『正直に言います。きっと転生しても、それは楽な人生とはならないでしょう。私の生きていた世界では、過酷なことがたくさん起こりますからね。ですがそれでも、君という存在がすぐに消え去ることはない。どうでしょう、カケル君。私の世界へ転生してみる気はありませんか?』
「・・・・・・」
『カケル君?』
「・・・・・・」
俺が黙っているのには、理由があった。
その男の顔に、不審なものを見つけたからだ。
―――馬鹿にしやがって。
俺が何も知らないとでも思ったのか?
俺は死んだ。
なら俺がこれから向かうのは、死後の世界だ。
死後の世界には2種類あるという。
天使が迎えに来る天国と、悪魔が迎えに来る地獄だ。
こいつは―――――
俺はもう一度、その男の額に目をやる。
そこには銀髪の間からニョキニョキッと伸びている、2本の黒い角があった。
完ッッッッ全なる、A・KU・MAだ!!
もう純度100%の、“うまいこと言って地獄に引きずり込もうとする悪魔”丸出しだ!!
ハイ、撤収!
さようなら!!
「転生とか興味ないんで。じゃ、お元気で」
俺は悪魔に軽く一礼し、そのまま踵を返した。
『ちょっ、え!?ウソォ!?』
後ろから大げさに驚く声が聞こえたが、俺は無視してそのまま進んだ。
危ない危ない。
危うく悪魔にかどわかされるところだった。
いきなり抱き着いて驚かせる。
その後、敵じゃないと思わせて安心させる。
そこでいきなり、お前はもうすぐ消えるぞ!という脅し。
でも君にはチャンスがある。私と一緒来れば、って・・・
考えてみりゃこんなもん、完全に詐欺師の手口だ。
あからさま過ぎて、むしろ笑っちゃうくらいの。
間違いない。
奴はあの世に来たばかりの魂をカモにして、口八丁で地獄に連れていこうとする、タチの悪い悪魔のポン引きだ。
そう確信した俺は、さっさとその場から退散した。
しかし、逆に考えるとよかったかもしれない。
あの世の使いの実在が、ちゃんと証明されたからだ。
悪魔がいる以上、天使だってちゃんといるだろう。
悪魔の誘惑を退けた俺って、天使的には結構ポイント高いんじゃない?
今なら、天使も―――
『よく、悪魔の誘いに打ち勝つことができましたね』
『人として当然のことをしたまでですよ』
『天国へお連れしましょう』
『あざ―――ッす!』
みたいなことになったりして?
むふふ。
早く来い、俺の天使よ。
そして天国へと誘ってくれ!
『ちょっと待ったァ―――ッ!』
天使を待つ俺の背後から、悪魔の声が聞こえてきた。
ったく、しつこいな・・・
いつ天使が迎えに来てくれるか分からないのに、これ以上悪魔に絡まれていてはたまらない。
俺は振り向きざま、ズバリと言ってやった。
「何だ悪魔。お前に用はねーぞ」
『あ、悪魔!?私が!?』
悪魔は悪魔と言われたことが信じられないといった顔をして、驚いた。
ふん、しらじらしい。鏡見ろよ。
「しらばっくれても無駄だ。お前のその角、どっからどう見ても悪魔じゃねーか」
『こ、これは・・・違う!これは悪魔だからとか、そういうことでは無いんだ!』
「じゃあ、どういうことなんだ?」
『私は、魔族だ!』
「悪魔じゃねーか」
『チガウ!!し、知らないのか?魔族というのは、あくまで亜人の一種であって・・・』
「知らん。悪いが俺は、ちゃんと天使に連れてってもらうんだ。お前は帰れ」
『天使なんていないよ!』
「悪魔の言いそうなことだな」
『違うって――――ッ!!本当だ!私と一緒に来てくれれば、君は本当に・・・あっ!?』
俺はそれ以上取り合わず、さっさと先に進んだ。
無視しても問題ないだろうと思ったからだ。
こいつはわざわざ、俺を口車に乗せようとした。
てことは、俺を無理やり地獄に連れていく力は無いってことだ。
悪魔じゃないよ、魔族だよ。とか訳の分からん能書きを垂れていたが、気にする必要も無いだろう。
角を生やした怪しい男にホイホイついて行くほど、俺の危機管理意識は甘くないのだ。
『待ってくれ!私の話を聞いてくれ――――ッ!』
「・・・・・」
粘る悪魔はもう一度俺に追いついて、しつこく話しかけてくる。
なんとも必死な様子だ。
あれか?悪魔にもノルマとかあるんだろうか。
今月は、7件地獄行きいただきました!的な。
馬鹿め。俺がおとなしく、お前の営業成績の1つに収まってやるとでも思ったのか?
人を騙す気なら、まずはその角をへし折るところから始めるべきだったな。
大体こいつは、言ってることがおかしい。
魔族とは亜人、つまり自分も人の仲間ですよって言いたいのかもしれないけど、それだと話のつじつまが合ってない。
こいつが人の仲間で、その言葉が真実なんだとしたら、こいつの魂だってあの世に来てすぐに消えていないとおかしいはずだ。
なのにこいつは、ずっとこの世界で人を探してると言っていた。
その時点で、自分は人の仲間ではないと言ってるのと同じだ。
角は隠さず、話も矛盾だらけ。
アラの多い悪魔だな。
俺は前に進みながら目を閉じて、完全にシカトを決め込んだ。
こっちが取り合わなきゃ、いずれ諦めてどっか行くだろう。
そう思っていた、矢先―――――
「!?」
『あっ!?』
唐突に俺の全身を、淡い光が包み込んだ。
ぼんやりとした、虹色の光。
「な、なんだ!?」
『まずい!もう、そんなに時間が・・・!』
いきなりの事態に、俺は慌てて自分の身体を確認する。
そこで俺は、驚愕の光景を見た。
自分の身体の透明度が・・・上がっていく!
「う、うわ・・・!」
なんだコレ!?え、ひょっとして・・・
俺、消えようとしてる?
嘘ぉ~~~~~~~ッ!?
『くっ・・・!もう、しょうがない!』
混乱する俺の前で、悪魔はこちらへ向かってまっすぐに両手をかざしてきた。
【繋魂】!!
悪魔の全身から眩い光が放たれ、俺を包み込む。
俺は自分が消える瞬間の光かと勘違いして、思わず目を瞑って身構えた。
だが、少しして目を開けると・・・
そこにはまだあの世の宇宙があり、そして悪魔の姿は無くなっていた。
「あ、あれ・・・?」
どうなった?あいつはどこに・・・
『よし、成功だ』
「!?」
周りに誰もいないのに、頭の中で悪魔の声がした。
「なんだこれ!?何したんだ、悪魔!」
『悪魔じゃない、ヨエルだよ。私は今、君の魂の中にいるんだ。君の魂と同化したんだよ』
「は!?」
『時間が無い、説明は後だ!』
状況が分からない俺を尻目に、悪魔はどんどん先に進もうとする。
「待てよ!何なんだ、一体!」
『・・・・・・・』
「シカト!?」
意趣返しか!?
いやいやいや、おかしいだろ!
こいつは俺を騙そうとして・・・
ていうか、身体の透明度また上がってる!?
悪魔は!?俺を地獄に連れてく気なのか!?
ああ、もう!何が一体どうなってんだ!?
訳が分からずパニクる俺。
その俺の身体の前に、突如として薄紫の光を放つ不気味な円が現れた。
「!?」
それはちょうど、俺の身長と同じくらいのサイズ。
そして円の中には、複雑な模様がびっしりと描かれている。
なんだこれ、まるで・・・魔方陣みたいな?
『ふう・・・よし、行くよカケル君!』
「え、って、うわああっ!?」
悪魔に「行くよ」と言われた俺。
どこに!?と聞き返す前に、俺の身体に突然の負荷がかかった。
抵抗する暇もなくいきなり前方へ急加速し、俺の身体は薄紫色の魔方陣に吸い込まれていった。