プロローグ~とある合戦場にて①~
初投稿作品です。
以前まで書いていたものですが、大幅修正のため一話から再投稿することにしました。
お楽しみいただけると幸いです!
その日、聖王は丘の上に立ち――――
決して誰にも言えない弱音を、心の中で呟き続けていたそうです。
◇◇◇◇
おかしい。
どうしてこうなった?
俺の――――
「林藤 駆の異世界無双」は、順風満帆だったはずなのに。
ある日突然異世界に転生し、チートスキルやら前世の知識やらを使って現地の人を圧倒するパターン、異世界無双。
1年前、す〇屋の前でトラックに撥ねられた俺の身には、まさかまさかのテンプレ通りな異世界無双的展開が待っていた。
転生した時、ちゃんと恵まれた能力を授かった。
力こそパワー!みたいな面白味の無いやつだったけど、無双感があるので俺は気に入っていた。
前世での趣味も役に立った。
歴史オタクとして蓄えた俺のムダ知識は、この異世界ではチート級の価値があった。
そして、人にも恵まれた。
俺はこの異世界で、たくさんの優秀な仲間を味方につけることができた。
能力、知識、仲間。
全て揃った俺は―――
とある少女の願いを叶えるため、この異世界の《反乱軍》と一緒に、《王国軍》相手に独立戦争を挑んだ。
王国から領地をぶんどり、自分達の国を起ち上げようとしたのだ。
その戦いで俺は、まさに絵に描いたような異世界無双を発動した。
前線に立っては、単純なパワーで敵を圧倒し。
味方を指揮しては、チートな戦術で敵を翻弄し。
仲間達は、俺の指揮の下で存分に力を発揮してくれた。
俺無双を炸裂させた反乱軍は、王国軍相手に破竹の快進撃を続けた。
連勝に次ぐ連勝。
ノンストップ確変状態。
味方はノリノリ、俺もノリノリ、全軍の士気は常に最高潮。
戦闘と指揮両方で活躍する俺に、仲間達の評価はうなぎ登り。
ひたすら勝ち続ける俺達に対する、民衆の評価もうなぎ登り。
街中を通ればたちまち歓声で溢れ、入隊希望者が列をなしてやって来る。
飛び交う黄色い声援、ウェルカム状態の美女たち、反乱軍所属ってだけで、ムサいオッサンまでもがモテモテ!
その流れに乗って、俺もめでたく脱・童・貞!
―――は、なぜか果たせなかったけど。
とにかく、俺の異世界無双は完全に軌道に乗っていた。
戦いが始まれば、開戦と同時に敵を押しまくる。
敵の被害は甚大、こちらの被害は無いも同然。
そんな大勝利が、半年以上に渡って続いたのだ。
こりゃもう、楽勝すな!
さすが異世界無双だわ、勝ち確乙。
新しい国の名前は、何にしよう?
そんなことを考えながら、俺は異世界無双的連勝街道を爆進していた。
ところがだ。
ここんとこ、どうも様子がおかしい。
実は2か月くらい前から、そんな兆候が現れていた。
やたらと敵が強いのだ。
ここ最近の敵のレベルの上がり具合は、ちょっと半端ない。
ザコがしぶとい。なかなか倒れない。
使ってくる魔法が違う。これまでのようには防げない。
何より、敵将が強い。
強力な敵将と対峙するのは、主に俺の仕事だ。
当然、勝つには勝つ。
勝つんだが、その俺にかかる負担がここへ来てジリジリと上がっている。
味方の手前、あくまで楽勝を演じてはいるが、正直言って結構しんどい。
これ以上強いのが出てきたら、いい加減やばくね?っていう所まで既に来ているのだが、どうやらまだ上はいるらしい。
戦術にしてもそうだ。
俺が扱う前世の戦術は、開戦当初この異世界で絶対的な優位性を保っていた。
なにせこの異世界、魔法なんてものがあるせいで、戦術的には「細けえこたあいいから、男らしく戦え!」ってレベルの、マジで原始時代の代物だったから。
歴史オタクの俺は、持っている知識を存分に使って、この異世界の騎士団連中をほとんどサル扱いして葬り去ってきた。
だが、それにも次第に異変が起こった。
王国側の連中が、俺の戦術をパクリ始めたのだ。
あいつらはずっと、俺の戦術を「下賤な民の猿知恵」とか、「誇りの欠片もない下種のやり口」とかさんざん罵っていたくせに。
まあ、ゲスなのは認めざるを得ないが。
こないだなんか、「伏兵とは卑怯なり!男らしく戦え!」とか言ってた騎士が、夜道で俺の部隊を待ち伏せして背後から襲い掛かってきた。
その騎士はぶっとばしたら逃げて行ったけど、惜しいことをした。
その前にぜひ一度、彼に男らしさとは何かを問い正してみたかった。
俺の異世界での戦いは、次第に楽勝とはいかなくなってきた。
勝ち進むほど、立ち塞がる敵はどんどん強くなっていく。
俺の戦術も、開戦当初ほどには通用しなくなっている。
だがそんな中、俺の仲間達は開戦時からほとんど数を減らすこともなく、みんな着実に成長している。
個々の実力には磨きがかかっているし、より高度な集団戦法も扱えるようになってきた。
頼りになる戦友たち。
共に死線を超えてきた、心の友。
それはだんだん厳しくなっていく戦況の中で、俺の心の支えとなるものだった――――
はずが。
ダメだ。
もう、ヤバいのだ。
仲間達は今、俺にとって完全に頭痛のタネになっている。
と言っても、別に彼らが問題行動を起こしているという訳じゃない。
むしろ全員がやる気に満ち、軍内の士気はずっと変わらず最高潮のままだ。
そう、ずっと変わらない、最高の雰囲気。
だからこそ―――――
新たな戦いを前にして、俺は頭を抱えている。
嫌な予感しか、しない。
どうしてこうなった。
ひょっとしたら―――
俺の異世界無双はもう、終わっているのかもしれない。
◇◇◇◇
ドン! ドン!
「「「「「ハウッ!! ハウッ!!」」」」」
丘の上からは、一面に広がる平原が見渡せる。
そこには2つの軍が、西と東に分かれて向かい合っていた。
ドン! ドン!
「「「「「ハウッ!! ハウッ!!」」」」」
両軍の距離は1㎞ほど。
平地を挟んで睨み合う兵士達は、太鼓の音に合わせて気合の入った雄叫びを上げている。
これから始まる第一突撃に向け、士気を高めるためだ。
俺の立っている丘から見て「向こう側」にいる金属鎧の集団は、王国正規兵。
数2万4千。
「手前側」にいる皮鎧の集団は、反乱軍民兵。
数8千。
王国軍2万4千 VS 反乱軍8千。
兵力差は3倍。
まもなく、開戦。
俺は今、帰りたい。
「「「「「ハウッ!! ハウッ!!」」」」」
「(はあ~~~~・・・)」
外には漏らせない重いため息を、俺は内心で吐き出した。
2万4千人の敵兵の雄叫びは、腹に響く振動となって1㎞先のこの丘に轟いている。
その威圧感に、俺は思わず起こるはずもない奇跡を祈ってしまった。
「(あいつら全員・・・心臓麻痺で死んでくれないかな?)」
「「「「「ハウッ!! はうっ!?」」」」」
「(って感じで。そのまま胸を押さえてパタパタと逝ってしまえばいいのに・・・)」
「「「「「ハウッ!! ハウッ!!」」」」」
だがやはり、はうっ!?とは言ってくれなかった。
ということで結局、俺は今からここにある兵力差で戦いを始めるしかないのだ。
8千 対 2万4千。
3倍の兵力差。
これだけでもう、十分過ぎるほど頭が痛い。
だが・・・
俺の頭痛の原因は、それだけではなかった。
「「「「ワッハッハッハッハ!!」」」」
これだ。
後ろの方から聞こえてくる、仲間達の脳天気な笑い声。
これが俺の頭を、どんよりと重くしてくれるのだ。
「いや~しかし、こうして見ると壮観だな」
「2万4千ですもんね~。始めて見ましたよぉ、こんな数~」
「よ・・・よくこんなに兵隊さんを集められましたね・・・」
「王国も、それだけ恐れているという事でしょう。反乱軍のことを」
「然り」
なんだその会話は。
危機感ってものは無いのか?
「これに勝てば、歴史に残るような大逆転勝利になりますよ!」
「また1つ、俺達の伝説が増えるって訳っすね!」
「ユリアン・・・お主はまた例の店で、女子らにその伝説とやらを披露したいだけなのであろう?」
「然り」
「違うわ!」
「「「「はっはっは!」」」」
頭痛い。
とてもじゃないが、この現状を理解しているとは思えない。
あまりに勝ち続けた反乱軍に対し、ついに王国は国内最強と言われる騎士団2万4千人を俺達の元に派遣してきた。
噂だと、その実力はこれまでの敵とは比較にならないらしい。
おまけに俺の戦術も、すでに奴らは相当研究してきている。
俺達反乱軍は今、未曽有の危機に立たされているのだ。
そんな状況の中、俺の背後で場違いな馬鹿話を繰り広げている連中。
こいつらは、残念ながら、この反乱軍の中核を担う者達だ。
開戦を目前に控えた今、俺は各大隊の隊長だけをこの丘の上に呼び集めていた。
ある大切な、訓示を行うために。
「馬鹿話はそこまでだ」
俺は振り返り、ここに集った9人の隊長達に声をかけた。
この上なく真剣な表情、真剣な声音で。
「戦いの前に、お前らに言っておくことがある」
その俺の言葉に、隊長達は居住まいを正して俺の方を向き直った。
先ほどとは打って変わって、全員真剣な表情だ。
「今回の敵は、これまでの連中とはワケが違う。兵も、将も、そして仕掛けてくる戦術も」
俺は1人1人の眼を見ながら、ゆっくりと語りかける。
「今までみたいに、全部が思い通りに行くと思うな。この戦いじゃ、各部隊がどんな窮地に追い詰められるか分からないんだ。どんなことが起こっても、必ず冷静に状況に対処しろ」
「「「「はっ!」」」」
俺の訓示に対する隊長達の返答は、緊張感に満ちている。
表情も引き締まり、さっきまでの緩い感じは嘘のように消え去っている。
そう、それだ・・・!
それだよキミタチ!
「いいか・・・絶対に油断するな。一瞬の油断が命取りになる。これはそういう戦いなんだ」
これが言いたかったのだ。
ここ最近の、こいつらの油断っぷりは少々目に余る。
異世界無双の弊害だ。
あまりに勝ち過ぎて、思い通りに行き過ぎて、こいつらは当初持っていた緊張感を失ってしまっている。
どうせ勝つっしょ!くらいに思っているフシがある。
それではまずいのだ。
本当にこの戦いは、これまでと違って“ヤバいやつ”なのだ。
他でもない、大将であるこの俺が焦りまくっているんだから。
「いいな。決して奴らに微塵の隙も見せるな。絶対にだ!」
「「「「はっ!」」」」
鋭い反応が返ってくる。イイ感じだ。
うん、やっぱみんなを呼び集めといて正解だった。
俺がこうして言えば、隊長達はちゃんとそれに応えてくれる。
これで全員、油断も慢心もせずに事を運んでくれるだろ!
「よし!必ず全員で、勝利の盃を向こう側の丘で交わすぞ!反乱軍に勝利を!!」
「「「「反乱軍に勝利を!!」」」」
「配置につけ!」
「「「「はっ!!」」」」
俺の檄に気合で答え、隊長達は丘を下っていく。
その背中は、全員見違えるような覇気を纏っていた。
うんうん。
緊張感無さ過ぎて不安だったけど、久しぶりにこんなピリッとした隊長達を見た。
訓示は大成功だったな。
なんだかんだ、あいつらもちゃんと分かってたってことか。
俺の心配しすぎだったかな?
そう安心していた俺の耳に、9人の隊長達の会話が聞こえてきた。
「さすがリンド様。勝つと知っていても、常に細心の注意を払っておられる」
「す、すごいと思います・・・」
「将器絶大」
「あれぞ真の勝者の姿よ。妾も惚れ直すわ・・・」
「最近はいつも、ああ仰っておられますものね」
「ま~リンド様の場合、それくらいご自分に言い聞かせなきゃいけないんでしょうねえ~」
「そうっすよね。なんせ、リンド様の言う通りに戦ってたら・・・」
「いつの間にか勝ってるもんな」
「ですね!」
「「「「わっはっはっはっは!」」」」
ああ・・・
ダメだこいつら・・・
馬にまたがり、隊長達はそれぞれの隊へと戻っていく。
その様子を、俺はがっくりと肩を落として見送った。
バカヤロウ共め・・・
何をどう見れば、そんな余裕をかましていられるんだ?
どう考えたって、ヤバいだろ。
ヤバすぎるだろ、この状況・・・!
隊長達の頭の中は、結局お花畑のままだった。
1人丘の上に残った俺は、それを見てもう一度頭を抱えた。
状況が一向に改善してくれない。
俺は虚ろな目で、改めて1㎞先にいる敵軍を見渡してみた。
そこには視界の右から左まで、もう嫌になるくらい、屈強そうな金属鎧の集団が平原を埋め尽くしている。
開戦当初、王国軍の戦術と言えば横一列に並んで突っ込んでくるくらいしかなかった。
だが今、奴らは“鶴翼の陣”を布いている。
敵の包囲殲滅を目的としたV字型の陣形だ。
その両翼には数千の騎馬隊が控え、こちらの陣形の背後を取ろうと狙っている。
これは過去に、俺が王国軍相手に使った戦法だ。
見せたのは1度だけだったが、連中はしっかりパクってきやがった。
あの大量の騎馬隊は、今日のために用意してきたものなんだろう。
奴らは最初、騎馬の優位すらロクに知らなかったのに・・・
それに、騎馬隊だけじゃない。
軽装歩兵も、重装歩兵も、そして要の魔導兵も・・・
この異世界に転生してから1年、何度も敵軍と向かい合ってきた俺だが、ここまで精鋭ぞろいの大軍をお目にかけるのはこれが初めての経験だった。
奴らはもう、日光猿軍団じゃない。
まともな戦術を使いこなす、紛れもない強敵だ。
今から俺は、こいつらと戦り合うのか・・・
ブオ――――― ブオ―――――
法螺貝の音が戦場に響く。
各将が配置に戻ったんだろう。
全ての準備が整ったことを伝える笛。
開戦の合図だ。
俺はここに来て、もう一度じわりと汗をかいた。
これまでは、この笛の音を聞けばさすがに気持ちを切り替えることができていた。
だが今は、いつものような“なんとかなるだろ”って感覚が湧いてこない。
強大な敵、圧倒的な兵力差、戦術的な有利も小さくなり、味方の将は能天気なまま。
・・・俺の異世界無双も、ここまでなのか?
本当にヤバいのかもしれない。
今回ばかりは、本当に・・・
『リンド、聞こえる?』
と、嫌な予感で一杯になっていた俺の頭の中に、突如として女の子の声が響いた。
読んでいただいてありがとうございます!