満天の星
夜汽車にて
満天の星
眺めてや…
カサカサ カサカサ
むこうずねぐらいの草を踏む
カサカサ カサカサ
「父さん、ここら辺でいい?」
ゴザを敷いた息子が聞いてくる
声の弾みから 息子の喜びが分かる
ああ、と頷いて 空を見上げる
視界に入りきらない
満天の星
冬夜の澄み切った空気
耳が少し痛い冷気も
降りそそぐ 星空の下では
何も気にならない
二人 並んで座る
白い息が漏れ ただ
吸い込まれるような 小さな光を
全てに刻むように 眺める
「綺麗だね……」
つぶやく様な息子の声に
何故か既視感を覚えた
いつも聞いている筈なのに
何故かその声に憶えが…
フ、ファオゥ
聴こえるはずも無い
夜汽車の汽笛が聞こえた
****
「また来たんだね」
いつの間にか座席に座っている
赤いビロードの固い背もたれ
時折揺られる振動
目の前に 少年がいる
「また来たんだね」
二度言われ 目を瞬かせた
この少年に 会った事が…
記憶を探るが 思い出せない
しかし何故だか 応えたくなった
「ああ、そうだね」
肯定をしてみると
少年は戸惑った様に
顔に対して大きな目を瞬かせ
少し遠慮がちに聞いてきた
「帰ってみて、どうだった?」
少年の問いに想いをはせる
故郷へ戻り 夢とは少し
別の道を歩んだ
細々と 夢も 追いかけながら
「そうだね…」
家庭を持ち、矜持をもち
子供にも恵まれ はたから見れば
順風満帆 ただ
時間だけが 流れていく
「幸せ?」
幸せだ、幸せと言える筈だ
それなのに…
胸の奥から迫り来る
叫び上げそうな言霊が
「いずれ……いや……いずれ……」
苦く笑った
苦く笑ったが 笑みを浮かべていた
少年はそれをみて
深く頷き 言った
「あなたの…」
フォウゥ
****
ビュウと 一筋の風が吹いた
首をすくめた息子の気配に
いつの間にか、外に居る事に気付く
少年は居なかった
少年の代わりに 息子が居た
男は自分のマフラーを、息子にと巻く
そしてまた
満天の星空を眺める
少年の言葉を 胸に刻みながら
あなたの…
あなたの良きように
星空の下 男は微動だにせず
ただひたすらに
小さき光を求めん
嬉しそうに眺める 息子と共に
夜汽車にて
満天の星
眺めてや
微かに届く
汽笛の響き