BLOOD & BLESS
少年漫画の読みきりとして読んでもらえたら嬉しいです。
軽く、読んでくださいw!
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やろうとしている事は果たすことが出来なかった償いだ。
だが、それをもし果たせたとしても、俺の心の罪は消えないだろう。
……それでもいい。
彼女の笑顔が再び、戻るなら……。
俺は血に染まる殺人鬼となろう。
右手には白銀に輝く聖なる天使の剣を。
左手には漆黒に瞬く血に飢えた悪魔の剣を。
今、この罪を断罪しよう。
これが俺の選んだ選択肢。
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『ツキナ、予定位置についたか?』
「後、一分かかる」
霞んだ空を羽ばたきながら、この夜空を見上げる。
一点の雲もなく、ただ、紅の月が輝いているように見えた。
だが、実際には月は紅色には輝いていない。
俺の瞳が真っ赤に染まっているから、そう見えるだけだ。
アベラ族
古くから赤き眼を持つ者達として、今では絶滅種と世間で言われている一族。
それは5年前のある事件を機に、何者かによって、一族が壊滅状態に追い込まれたからだ。
大量の虐殺、血の飢えとその衝動、食物連鎖、そして……「死の世界」。
俺は一族の里を離れていたので、幸運にも生き残ることができた。
この事件で生き残ったのは俺、それと……もう一人。
幼馴染のユイ。
ユイ・グレイハート。
彼女は俺よりも3つ、年下だった。
グレイハートの家系はアベラ族の中でも、皇族に位置する位だった。
一族が壊滅した後、俺はユイを守るために……一族を再興させるために、俺は色んな事にこの身を染めていった。
ほとんどが裏での社会の仕事だった。
もちろん、ユイはこれに反対した。
『駄目だよ。危険だよ……こんな事、して欲しくないよ』
ユイの言った言葉は確かに正論だった。
だけど、まだ俺達は15歳にも満たない子供が仕事で大金を稼いでいくとなると、俺にはこの方法しかなかったと思えた。
……いや、単に楽だったからなのかもしれない。
これが、最善の道だと勝手に決め付けていた。
時には窃盗として、時には情報役として……。
報酬が上がるにつれて、危険な仕事へと変わっていく。
そんな毎日が続いていく中だった。
ある日、突然ユイの姿が消えてしまった。
部屋のテーブルには置手紙が置かれていた。
『勝手に出て行ってごめんなさい。でも、私はこれ以上、君の汚れていく姿を見たくない。……勝手だよね? わかっているよ。……でもね、私には耐えられなかったんだ。君が汚い社会に慣れていくのが、私には耐えられなかった……。ごめんね。我がままだよね……。君がこれを見るころ、多分、私はもうここにはいません。探さないで……、とは言いません。でも、君は見つけられないと思う。だって、今の君には、本当の私が見えないと思うから……。それでは、お体に気をつけてください。』
最後の部分は泣いて書いてしまったのか、涙の後でグシャグシャになっていた。
俺はただ、ひたすらその手紙を何度も読んだ。
虚しさだけが、何度も俺の心を埋め尽くした。
――彼女のために俺は今まで、頑張ってきたのに……どうして……?――
答えは手紙に書いていた。
“汚れていく君が見たくなかった”。
「汚れていくって……だって、なら、一体どうしろって……っ!」
それも答えは出ていた。
原因は俺の甘さ故。
簡単に世界を決め付けて、それを無理に押し通して、そして、それが正しいと思い込んだ俺のせいだ。
「う……うわぁああああっ!!」
泣き叫ぶように喚く俺。
追いかけても、見つけられない。
きっと、彼女は遠い世界に行ってしまったのだ。
汚れた俺は、きっと探すことができない。
見つける事ができない……。
俺には……ユイといる資格がない。
俺の心は闇に堕ちていく。
それが間違いと分かっていても、俺には止められなかった。
絶望、虚無、喪失感。
その全てが俺の心を満たしていた。
「……一族の再興なんて、もういい。ユイにも会えないのなら……もう、いい。このまま、堕ちるだけ堕ちていこう、深い闇に……」
……今思い返せば、残された俺の選択肢はまだ、他にもあったのかもしれない。
だが、俺にはもう希望がなかった。
ユイがいなくなった今の俺には、たった一つの選択肢しか、見つける事ができなかった。
闇に染まり、闇のままに生き抜くこと。
そして、5年の間が過ぎていく。
5年間。俺はただ、ひたすら、闇に堕ち続けた。
世界は俺に嫌って言うほどの人の汚さを教えてくれた。
暴力、金、女、酒、裏切りと背徳の連続が俺を闇に包み込んだ。
誰も救ってくれない。
誰も俺を好きになってくれない。
誰も俺を愛してくれない……。
俺は堕落してしまったんだ。
心の闇に……。
「ヒビキ、予定ポイントに着いた」
ヒビキに通信を送る。
ヒビキ・ランゲージ。
3年前、俺がフリーで殺し屋をしていた時に組んだ、パーソナル・サポーター。
パーソナル・サポーターとは、この時代の裏社会の者達には無くてはならないオブザーバーみたいなものだ。
いくら凄腕の殺し屋、もしくは諜報者だとしても、正確な地図がなければ、成功率が下がってしまう。
それを埋めるために、パーソナル・サポーターがいる。
ヒビキは、パーソナル・サポーターの中でも凄腕に入る方で、有名になっている。
『わかった。では、セキュリティを落とすぞ! 』
ヒビキからの返事が聞き、俺はその場に待機する。
ヴェイ・ハーベッジ社のビルの正門の陰で待機する事5分。
ヒビキからの通信が入ってくる。
『ドアのセキュリティは全て解除した』
「……早いな」
『ははっ! 後、セキュリティも狂わせておいた。奴〈やっこ〉さん、今では大騒ぎして、飛び出す頃だぜ。入るなら、今がチャンスってことだ』
「何から、何まで助かるよ。……ヒビキ。」
『馬鹿、よせやい。……それにしても、初めて名前で呼んでくれたな。ツキナ』
「…………」
初めて……か。
確かに、口にして出したのは初めてなのかもしれない。
俺はヒビキの事を今まで「お前」と呼んでいた。
何も興味の持てなかった俺は、相手の名前でさえ、ロクに呼んでいなかった。
だが、今になって何故、ヒビキの名前を口に出したのか……。
それは多分、今回の仕事で“彼と別れるかもしれない”からなのかもしれない。
『なぁ、ツキナ』
「何だ……?」
ビル内へ潜入する前に、最後にヒビキからの通信が入ってくる。
ヒビキの声色は少し険しく、真剣な声だった。
『今回の依頼、……確か、奪還だったな? お前の仕組んだ依頼なんだろ? 調べてみたが、俺達には利益が何一つなかった。お前、何をするつもりなんだ?』
「…………」
『何も言えない……か。お前とは結構長い付き合いだったんだけどな。それでも、やっぱり壁はあるんだな』
「……すまない」
『いや、そんなに気にしていないさ。人には事情ってもんがある。……俺にだって、お前に言いたくない事が一つや二つくらいあるさ。だけどな、……今のお前は死に急いでいるように俺からは見えたからな』
「…………」
『これまで、お前はそりゃ、もう凄いくらいに活躍してきた。“紅の堕天使〈クリムゾン〉”と周りから謳われるくらいにだ。だけど、今のお前には何と言えばいいのか、そう……命の灯火が感じられない。お前……このミッションで死ぬ気なんだろう?』
ヒビキの言葉が胸に突き刺さったように入り込む。
確かに、死ぬ気だった。
自分の命を懸けていた。
だから、言葉が出なかった。
何も、言い返す事ができなかった。
『……ツキナ』
ヒビキが声色を和らげる。
『……必ず、生きて帰ってこい』
その言葉を聞いて、胸がこみ上げる様に熱くなった。
「ああ……、ありがとう」
『ははっ、礼なら帰ってから、俺に直接言ってくれ。……それじゃあ、成功祈っているぜ』
プツンと、通信が切れる。
俺はもう切れてしまった通信機に話しかけた。
「今まで、ありがとう……ヒビキ」
通信機を閉まって、背中にぶら下げていた大剣を手に取る。
双極剣〈ブラッド・アーク〉。
収納剣とも呼ばれるこの剣は、二本の剣から成り立っている。
漆黒に瞬く剣〈ブラッド〉と白銀に輝く剣〈アーク〉。
この二つの剣は幾度とも無く、俺に力を与えてくれた。
この7年間、一緒に俺と戦い抜いてきた相棒達。
――……これでお前達とも最後かもしれないな――
絶対に返事がないと分かっていても、俺は心の奥底で語りかけた。
幾千もの殺し合いを超えて。
幾千もの修羅場を潜り抜けてきた。
この手は既に血で染まっている。
だが、それでもあの日の後悔は今もこの胸に残っている。
……これは、償いなのかもしれない。
罪と罰を逆手に、俺はユイを裏切ってしまった。
その罪への償い。
そして、その対価となる罰。
だが、それでも……あの時、救う事ができなかった彼女を今、救いたい。
それが、彼女が望んだ事じゃなかったとしても。
元より、俺には彼女を幸せにする事ができない。
その権利は、当の昔に自分で放棄してしまったのだ。
だから、彼女を幸せにするのは俺ではなく、未来でそのすぐ隣にいる人。
俺はその人にバトンを渡しに行けばいい。
彼女が幸せになる事。
それが、あの時……5年前に出せなかった俺の今の答えなのだから。
「……ラストミッション。これより、ユイ・グレイハートを奪還する!」
「ビル内部に侵入者を確認!! これは……“紅の堕天使”です!!」
管理室では、ツキナが進入した事を知り、慌しくなっていた。
「……その映像をこちらにまわせ」
命令した男の言うとおりの部下らしき者達、数名が急いで映像をまわす。
立体映像が出てきて、ツキナの姿がはっきりと映りだした。
「やはり、彼か。クックック……つくづく、この子が愛しいと見える」
男の脇には眠るように安らかに目を閉じている少女の姿があった。
男はその少女の頭を優しく撫でていた。
「……トキノ、いるか?」
唐突に男が部下の名前を呼び出す。
「……はい、ここに」
トキノと呼ばれた少年が、さっきまでいなかったはずの場所に闇の中から、その姿を現す。
小柄な体格だが、十分な殺気を秘めた目を宿して、モニターに映ったツキナをじっくりと見ていた。
「これで3度目になるな。どうだ? 彼との殺し合いは……」
「ええ……、楽しいばかりです。……でも、そろそろ決着を着けたいですね」
「クックック、そうか。」
男は甲高い笑いをした後、静かにこう言った。
「なら、このステージが最後としようか。トキノ」
「……では、お好きにさせてもらっても?」
トキノが確認をとる。
その顔には不気味なくらいの笑みが浮かんでいた。
「ああ、君に任せるよ」
「……ありがとうございます」
トキノは礼をして、後ろへと下がる。
そして、獲物を仕留める事を主人から許されて、すぐに獲物の場所へと向かう。
今夜は血の宴だ。
どちらが生きるか、どちらが死ぬか……。
それは誰にもわからない。
「クックック、これは愉快な事になってきたな。……そうだろ? ユイ」
少女の頭を愛でる様に撫でながら、男はツキナを見て、嘲笑うかのように楽しんでいた。
その笑みには絶対の自信があった。
自分は絶対に負けないという自信が……。
「まぁ、いずれ、君にも見てもらうよ……」
男は眠っている少女にそう告げた後、ミラー越しに映る月を眺めた。
「さて、“本当の月の色は、何色なのだろうね?”」
長い、長い階段を駆け上がっていく。
螺旋のようになっている階段はこの場合、終焉へとケリを着けに行く勇者〈ヒーロー〉を連想するだろう。
残念ながら、俺はその反対の立場なのだが。
ヒビキのサポートで、一般兵は外のアラームに誘き寄せられている。
そのお陰で楽々とビル内部に入ることができ、なおかつ、遭遇せずにスムーズに進むことができていた。
だが、この螺旋階段を上ってからは先がまったく見えてこない。
こうして見ると、まるで迷宮に抜け出せなくなった囚人みたいだ。
「……本当にその通りかもしれないな」
小言を漏らしながら、上に上がり続ける。
そして、ようやく出口が見えて、俺はそのドアを開けた。
そこは、ビルの上階にある大広間だった。
ヒビキの情報では、この一階上にユイがいる。
「お久しぶりですね。“紅の堕天使”……いや、“アベラ族の生き残りさん”と言った方がいいですかね」
正面から、何者かが俺に近づいてくる。
明かりが点いていないせいで、暗くて誰なのかが分からない。
だが、この声には聞き覚えがあった。
「……トキノか」
「さすがに、名前くらいは覚えてくれましたか」
少年は、ニッコリと笑みを浮かべた。
トキノ・レグネイト
裏社会で、知らない者はいないと言われている天才的な殺人者。
若干14歳でこの社会に入り、数々のブラックリストを殺してきた。
……凄腕の殺し屋だ。
トキノが指で、パチンッと、音を鳴らす。
その音が合図に、一斉に大広間に明かりが点き始める。
「どうして、お前がここにいる? お前とユイがどう関係しているんだ?」
「……僕のご主人がここにいるからですよ。僕はユイさんを“敵”から守るように、ご主人に言い付けられているので」
「……そうか」
「ええ、そうですよ」
殺気を全て、トキノへとぶつける。
そして、剣を構えた。
「なら、言葉は必要ないな……」
俺はすかさずに剣を翳して、トキノへと接近する。
「おっと……」
振り下ろした斬撃をいとも簡単にかわし、トキノは後退する。
「そうですね。もう、言葉はいらない。これで3度目ですから……、僕もあなたが殺したくて仕方なかったんですよ……あっは、アハハハハッアハハハハハハッ!!」
狂ったように笑いながら、ホルスターから、二挺の拳銃を引き抜く。
その刹那、剣と銃が交錯した。
銃弾の雨が俺へと降り注がれる。
重い鉛の音が叩き落しながら、俺は一歩、また一歩とトキノへと前進する。
「やっぱり、あなたはおもしろいやァ〜!! さすがだよ、紅の堕天使ぃ〜ッ!!」
無駄のないトキノの正確な射撃が俺の体を掠めていく。
「チッ……!」
流石にトキノ相手に全ての弾を斬る事は難しい。
「ほらほ〜ら! どうしたんですかぁ〜? このままじゃ、死んじゃいますよぉ〜?」
笑いながらも、トキノの弾丸は止む事を知らず、俺に襲い掛かってくる。
俺は周りを大きく走るように、その弾丸を回避していく。
そして、トキノの懐へと飛び込み、斬りかかる。
だが、斬りかかった剣を銃で防御されてしまう。
――踏み込みが浅かったか…!――
「あはっ……ハハハッ、アハハハハッ!」
トキノが再び、気味の悪い笑みを浮かべて、笑い出す。
……その姿は、どこか誰かに似ているような気がした。
「やっぱり、やっぱりだ! この世界はこれだから、楽しい! こんな、強い奴がたくさんいるから、面白い! 楽しい! こんな奴がいるから――!」
トキノの力が増し始める。
「僕は死ねないんだよぉおおおオオオオーッ!!!」
その叫び声と共に〈ブラッド〉が弾かれる。
壁の窓ガラスに当たり、割れてしまい、〈ブラッド〉はそのままビルから落ちていく。
「しまっ――!!」
片方の剣を失い、今度はトキノが懐に飛び込んで、至近距離で銃口を俺の額へと定める。
「死ねぇええええええええーッ!!」
トキノの銃口が目前に迫る。
――やられる……!――
凄まじい寒気が全身を襲った。
その途端に視界がシャットアウトする。
そして、彼女の……ユイの姿が俺の脳裏に浮かび上がった。
気づけば、周りは一面中花畑で包まれている。
さっきまで、トキノと戦っていたのに……。
「トキノに殺されたのか……俺は」
あの世に来てしまったのだろうか?
だが、それにしては、見覚えがある景色に違和感を感じる。
――ここは……――
そう。ここは、俺の思い出の奥深くに閉まっておいた場所。
アベラの里にある花畑の丘だ。
丘の真ん中には幼き彼女の姿があった。
5年前と姿、形は変わっていない。
俺の知っているユイだった。
『頑張らなくてもいいんだよ?』
脳裏に浮かんだユイはそう言って、微笑んでいた。
俺の罪を赦そうとしていた。
ユイの両手が俺の顔を包み込む。
「…………ッ」
『もう、頑張らなくてもいいんだよ?』
「………ぅ……」
『ね? だから、もう頑張らなくていいんだよ』
「………ちが…う」
『ほら、私はここにいるよ。それにアベラの皆だって、私達を待っている』
「……違う…違う…!」
『ツキナ、一緒に帰ろうよ。みんなのところに一緒に――』
「――違う!!」
ユイの手を突き放した。
「まだ、終わっていない!! 俺にはまだ、やらなきゃいけない事が残っている! 5年間の償いだ! だがら、それをまだ止める訳にはいかない! 果たさなきゃいけない!」
『…………そっか』
俺の反論にユイは下がる。
その声はどこか寂しげに聞こえた。
『ツキナには……帰る場所がもうあるんだよ?』
「…………」
俺の帰る場所。
それは本当にあるのだろうか。
疑問が頭に過ぎっていく。
『なのに、どうして私を助けようとするの?』
「それは――!」
『……罪? それとも、罰?』
「ッ! そうだ……。君を救えなかった、俺の……断罪だ!」
『でも、それって……君の本当の意思なの?』
「俺の……意思?」
『……本当は苦しんできたんだよね? 今まで、私のためにその手を血に染めて』
「違う! 俺……はッ!!」
『……なら、その震えている手は何……?』
指摘されて、自分の手を見てみた。
本当に手がブルブルと震えていた。
自分の手を見て、ユイに顔を向ける。
彼女は悲しそうに、『ごめんね……。今まで、辛い思いをさせてきて……』と、俺の手をそっと撫でた。
『……生きようよ』
「え……?」
『君の罰は生きる事だよ。……死ぬなんて事は絶対に私が赦さない』
「でも、俺は……ッ!」
『もう、君は十分苦しんだ。……だから、もうこれ以上、苦しまないで。……もう、これ以上、人を殺さなくてもいいの。生かしていいのよ?』
「赦してくれるのか? 俺を……」
俺の言葉に苦笑しながら、ユイはこう答えた。
『赦すも何も……。君には最初から、罪なんてないよ』
その言葉で、悪い夢からやっと覚める事ができたように、目を瞬きさせる。
……罪なんて初めからなかった。
もし、そうなら、俺はなんて遠回りな道を歩いてきたんだろう……。
――俺……は……――
ユイは俺の手を離して、俺から一歩、遠ざかった。
『ツキナ……』
「……何だ?」
満面の笑顔でユイは僕を見つめていた。
曇りのない明るい笑顔で……。
『……いってらっしゃい』
僕は最後の最後まで、彼女に助けられていた。
そして、『生きる』という後押しを一歩、俺の背中を押してくれた。
それがどれほど、大切なのか……。
今、この時になって実感した。
「……ああ。行ってくるよ」
後ろを振り返らずに、俺は光が渦巻いている場所へと歩いて向かった。
多分、後ろでは、精一杯に手を振りながら、応援してくれるユイの姿があるだろう。
光へとたどり着き、俺は再びリアルへと帰っていく。
本当に待っている彼女の場所へと……。
視界が戻る。
目の前では既に銃口を俺に向けて、勝ち誇るように笑っていたトキノの姿があった。
このままでは確実に俺は死ぬだろう。
でも、俺は諦めなかった。
――ユイと、ユイと約束したんだ……! 生きる事を!――
残された〈アーク〉を力一杯振り絞って、振りかざす。
「うぉおおおおおおおおーッ!!」
どちらが相手を早く仕留めるか、もう分かりきっていた。
だが、それでも、……!
万に一つの可能性があるなら、俺は賭けてみたい!
それがユイとの約束の証なのだから。
お互いの鼓動が重なり合う。
そして、緊迫する空気を乱すかのように、その音が鳴り響いた。
カチャッ!
先に、トキノが引き金を引いた。
だが、それは発砲音ではなく、マガジンの弾が空になっている音だった。
「な、なんで……!?」
「うぉおおおおおおおおおーッ!」
振り下ろした剣がトキノの目前に迫る。
「そ、そんな……! う、嘘だ……!? 嘘だ、嘘だ、嘘だぁあああああああーッ!!
――もう、これ以上、人を殺さなくてもいいの――
「…ッ!!」
ユイの言葉が頭の中で蘇る。
その言葉が反動に、ピタッと首筋で剣を止めた。
「はぁ……はぁ……」
トキノが息を乱しながら、その目に恐怖を宿して、こちらを見つめていた。
「はぁ……はぁ……どうして……殺さない?」
「…………」
「答えろよッ!! どうして、僕を殺さないんだよッ!!」
「……もう、殺さない」
「はっ? 何言って――!」
「…………」
それ以上の言葉はもう掛けなかった。
俺はトキノに背を向けて、この上の階に通じる階段へと歩いていく。
「クッ……おい! ふざけるなよ! 僕は……僕はなぁあああー!!」
トキノの叫びに振り返る。
ポケットから、小型のナイフを取り出して、こっちに突進してくる。
「お前みたいな奴が、お前みたいな偽善が!! 一番大嫌いなんだぁあああーっ!」
その突進する姿がまた、誰かと被った。
……ああ。
やっぱり、そうだったんだ。
トキノは、昔の……俺と似ていたんだ。
偽善を嫌う所が、強さだけをひたすら求める所が……。
昔の俺にそっくりだった。
グチャッ!
ナイフが腹に突き刺さる。
冷たい感触が体中を伝わっていく。
「……な!?」
トキノの顔は驚いていた。
簡単にも避けることができた攻撃を何故、かわさなかったのか……。
多分、トキノの頭の中はその事で軽く混乱状態に陥っているだろう。
トキノはナイフを抜き取って、それを地面へと音を立てて落とした。
「ぐっ……!」
「どうして……だ?」
「……何がだ?」
「どうして……、あんな攻撃、かわす事なんで余裕でできたんだろ? なのに、どうして……?」
「くっ……別にどうだっていいだろ?」
思った以上にナイフが腹の奥に刺さったせいか、手で押さえるだけじゃあ、少々無理があった。
……思わぬ痛手だ。
俺は服の袖を千切って、それを包帯代わりに巻きつけた。
それを終えると、今度こそ、上の階に向かうために、トキノに背を向けた。
「…………」
トキノは黙って、それを許した。
そして、悔しがるように……地面にうつ伏せて泣いていた。
泣き声が俺に伝わってきたが、俺は振り返らない。
そう。今は、立ち止まれない。
この上にいる、ユイを助けるまでは……。
「使えないな……。トキノの奴は……」
赤いワインを口に注ぎながら、男は立体映像に映っているトキノの座り込む姿を見て、がっかりしていた。
戦う気力を失ったのか、さっきから、ピクリとも動かない。
「まぁ、……いい、初めから、大して、期待なんてしていなかったからな」
それにしても……、と男は思う。
――彼は何故、トキノを殺さなかったのだ?――
男は不思議に思いながら、ユイの顔を見た。
未だに安らかに眠っている彼女は、どこか、少し満足げな顔をしていた。
……“人の心を救う力”。
その力を皇族であるグレイハートは代々、受け継がれている。
そして、彼女もまた、その一人。
「……やっぱり、君か。どうして、君は彼ばかり……」
男は少し悲しげな顔を見せると、椅子に掛けてあった剣を手にした。
剣を手にした途端、男の表情が一変する。
男の愛が憎しみへと変わる。全ては少女の全てを我が物にするために。
「いいだろう! ユイを奪い返したければ、ここまでこい。直々にこの私が相手をしてやろう、“アベラ族最高傑作のこの私がな……”!!」
階段を上がり終えて、ようやく最後の目的地へとたどり着く。
赤い絨毯〈じゅうたん〉が敷き詰められて、部屋全体のほとんどの色が赤で染まっていた。
天井には天使達の絵が飾れていて、まるで死んでいった者達への鎮魂歌を奏でているように見えた。
部屋の中央のベッドには一人の少女が寝かされていた。
綺麗な赤のドレスを着て、神々しいまでに美しい。
だが、やはりあの頃の面影も残っており、少女らしい可愛らしさも含まれていた。
「……ユイっ!」
「――ようやく、来たようだね……」
俺がユイに近づこうとした瞬間だった。
部屋の奥、椅子に座っている男が俺に話しかけてきた。
反対方向を見ているので、相手の顔が認識できない。
「貴様か? ユイを連れ去ったのは」
「……ご名答。そう、この私だ」
「どうして連れ去った? 何が目的だ?」
「目的か……。目的は同じだよ、ツキナ」
男は椅子から立ち上がり、俺の方へと近づいた。
そして、その顔をこちらへと向けた。
その眼には赤に染まった、狂気の色が垣間見える。
赤の眼を持つものは世界でアベラ族だけ。
「……そんな…一族は俺とユイを残して……全員死んだはずじゃ……!」
「クックック。アベラ族は仮にも、中々の戦闘種族。中でもアベラの強者は、裏世界の強者と同等に戦える。なのに、何故壊滅した? ……君はこう、疑問に思ったことはないのかな? アベラ族に“裏切り者”がいたと……」
「……貴様が、殺ったというのか?」
怒りが沸々と湧き上がってくる。
「ああ、そうだ!! この私が!! シュナード・グレスロットが!! アベラを壊滅状態に追いやった!!!」
……グレスロット。
その名はアベラでは、グレイハートの次に称えられる貴族だ。
「どうして……、何故、アベラの貴様が……ッ!?」
「簡単な答えだ! アベラ族は衰退し、皇族が持つ最大の権限をグレイハートは放棄した。貴族達は堕落させ、民衆は格の差を思い知らずに馴れ馴れしく、……貴様達は何も分かっていない。世界は上級貴族によって、支配されるのだと……。その皇族の血を引いたユイは、私の妃となってもらう」
「……狂った貴族主義者が! そんなエゴを押し通しても、世界は何も変わりはしない……っ!」
「クックック……、何とでも言えばいい! 既にヴェイ・ハーベッジ社は世界の3分の1を占めている。時期にこの計画が私の部下全域に伝わるだろう。君がどう足掻いた所で、もはや、……手遅れだ!」
男が剣を構える。
その目には禍々しいまでの殺気がこめられていた。
俺もすかさず、剣を構えた。
腹に刺さったナイフの傷は大きい。
既にトキノとの戦闘で体力も底をつき掛けている。
それでも……。
「……俺はユイを取り戻す。これは罪や罰なんかじゃない! 俺の意思だ……っ!」
最後の死の晩餐がもうじき、始まろうとする。
奏でられるのは戦いの円舞曲〈ワルツ〉。
懸けるのは互いの魂、そして、命。
血と汗が流れていく中で、天井に描かれた天使達は微笑みながら、この戦いの行く末を見定めていた。
「うぉおおおおおおおおー!!!」
唸り声を上げ、剣を相手に翳す。
そして、……たった一人の少女を懸けて、俺は全ての歪みへと立ち向かった。
復讐者〈アヴェンジャー〉としてではなく。
愛する者を取り戻す騎士〈ナイト〉のように……。
――――――――――――――――
いつの日か、二人で遊んだ花畑。
また、帰ろう。
二人で、二人なら、また……。
あの日を取り戻せるよ。
――――――――――――――――
−10年後−
ある晴れた日、幸せそうな3人の家族が公園で遊びに出かけていた。
真ん中には、7歳くらいの無邪気な少女が、父と母の手を握って、歩いている。
「ねぇ、パパ! ママ!」
いきなり、強引にお父さんの手を引っ張り始めた少女は、せがみながら、顔を見つめた。
「どうしたんだい?」
そんな少女に、お父さんは優しく笑いながら、尋ねる。
隣で、少女のお母さんがそれを眺めながら、微笑みだす。
「ブランコしたい! ブランコ!」
「そうか。よし、それじゃあ、ブランコで遊ぼうか!」
「うん! うん!」
少女は曇りのない嬉しそうに笑顔を浮かべた後、父に向かって、こう言った。
「ありがとう! パパ、大好きだよ!」
その言葉を聞いた少女の父は、戸惑いながらも、満足げな笑みを見せて、愛しい娘を見つめる。
少女は純粋な目で父を見つめ返していた。
宝石みたいに輝いた、赤色の瞳を浮かべながら。
〜あとがき〜
初めまして、筆者の桃月です。
今回は過去に書いた物を多少、改良して内容をリメイクした短編小説を公開しました。
最後まで読んでくれた読者様方、ありがとうございます。
この小説……僕が中学2年生(?)の時に書いたものなので、かなりあやふやな所があったと思います。
……本当に申し訳ないです(笑)
簡単な設定を言いますと……。
・5年前に主人公とヒロインの除いた一族の皆が壊滅させられる。
・一族の再建を誓う主人公。だが、闇の社会に生きていき、ヒロインに逃げられる。(主人公、自暴自棄に入ります)
・3年前にヒビキと手を組み、裏社会で名を馳せる。ちなみに、この時から、“紅の堕天使”と呼ばれる。(既にトキノ、一戦目の殺し合いを終えている)
・ヒビキとコンビを組んだ数ヵ月後にユイの消息を掴む。
・一度はユイを取り戻したところまでいったが、トキノに邪魔をされる(二戦目)
・そして現在……、ユイの消息を再度掴む。
で、本編……という訳です。
中々、複雑な物語ですみません(汗)
今、思うと、本当に駄作だな……これ…w('A`)
後、10年後の内容に関しては読者様、皆さんのご想像にお任せします。
父親が誰なのかで、この物語は大きく変わると思うので……。
そうそう!
言い忘れていました!
『僕、女になりました』や他の小説もお願いします!
読んでくださ〜〜いww(宣伝すんなよwこらww)
最後に、本当にこの小説を読んでいただいた方に感謝を申します。
ありがとうございます!
これからも、頑張って執筆しますので(疲れていく毎日〜w♪)、どうかよろしくお願いしますね(^v^)
それでは……。
ヾ(*゜∇^*)ノ~ see you next time !!