一日の終わり
樹は実はいいやつです
「美鈴、風呂入るか」少女はまた桃色の車の駒で遊んでいた。
そう声をかけると新品の服を持ってきた。皺にならないように店員さんが畳んでくれたままの状態で、それを抱いていた。それだけ早く着たいのだろう。それから、その服を風呂の脱衣所の籠に入れて、すぐに服を脱いで風呂に入っていった。そんなに大きな風呂ではないので、俺と美鈴が入ってしまえば、三人目の入る場所はほとんどないだろう。俺も服を脱いで、風呂の中に入る。
風呂に入って蛇口をひねった。
「冷てぇ」思わず声を出してしまった。蛇口の水はすぐにはお湯にはならないのだ。
その声に美鈴が笑っていた。それにつられて、俺も笑ってしまう。それから、水はすぐにお湯に変わり、まず美鈴を洗って、湯船に入れてから、自分の体と髪を洗って、俺も湯船に入った。
「おにいちゃん、お風呂あがったら遊んでくれる?」美鈴は俺の顔を見つめていた。
「ああ、いいよ。遊んでやるよ、気が済むまでな」
そういうと少女は安心したようで水遊びを始めた。なんとも楽しそうだ。こんな光景を見て、俺は幸せってこんな感じなんだろうなと、柄でもないことを考えていた。
風呂からあがって、体を拭いて、髪を乾かしてから、美鈴と遊んでいた。今はオセロをしている。美鈴に何して遊ぶかを聞くとテレビ台のところからこのオセロを引っ張ってきた。遊び方は母親と遊んだから大丈夫とのこと。美鈴の母親はどうして美鈴をあんなところに放置したのだろうか。このままだと美鈴がかわいそうだ。もし見つからなかったら、俺が引き取ろうか。いや、そんな簡単に決められることではないか。
「おにいちゃん、どうしたの。おにいちゃんの番だよ」
「おお、そうか。悪いな。...よし、じゃ、ここだな」
「じゃ、ここ」
今ので置く場所がなくなったので終了だ。しかし、俺の駒がかなり少ない。考え事していたからだろうか。
「みすずの勝ちー!」キャッキャとはしゃぐ少女を見ているとこっちも楽しくなってくる。
「おにいちゃん、もっかい。もっかいしよ」
美鈴のリクエストに応えているうちに十何回とやることとなり、そのうちで俺が勝ったのは八回目の一回だけである。
美鈴が目を擦り、眠そうにし始めたのでオセロもそこそこに眠ることにした。時計を見ると、九時近くになっていたので、少女は眠る時間なんだろう。
「美鈴、寝る準備するか」
少女はこくりと頷いて、オセロを片付け始めた。その間に俺は布団を出す。しかし、一人暮らしの俺の部屋には布団は一枚しかない。まぁ、美鈴に使わせよう。俺は布団を床に置いて美鈴を呼ぼうとすると、テレビ台の他のおもちゃで遊ぼうとしていた。
「美鈴ー、寝るんだぞー」
少女はこっちに寄ってきた。そして、布団が敷かれているところに、ダイブした。
「おい、飛び込むなって。埃が舞っただろ」
そういっても美鈴は全く気にせず、じたばたと手足を動かす。さらに埃が舞って、蛍光灯の光にきらきらと反射している。
すると美鈴が咳込み始めてしまった。
「美鈴、大丈夫か」心配になって少女の背中をさすってやる。
そうすると咳は収まっていった。美鈴もじたばたするのをやめていた。
「おにいちゃん、お布団一つしか出てないよ。美鈴のは?」少女は俺を見上げて言った。
「俺は今まで一人暮らしだったからな、布団は一組しかないんだ。美鈴が使えよ」
「おにいちゃんはどこで寝るの。外に行ったりない?」
「しないよ。隣で寝られる」
「じゃ、おにいちゃんもこの布団使おうよ。一緒に寝るの。だめ?」
この顔は反則だと思う。なんとも不安そうな目だ。
しかし、子供と高校生が一緒に入れるスペースがある布団ではない。一人用の布団だからな。それを少女に説明してももう一緒に寝ることは少女の中では決まっているらしく一向に話が進まない。仕方がないので、折れて一緒に布団に入ってやった。
「ほら、狭いだろ」
「んーん。狭くないよ。おにいちゃんとくっつける」
しっかりしていると思ったが、中身はまだ見た目と同じく幼いのかもしれない。人肌は安心できると言うし、少女もそうなんだろう。
一緒に布団に入って、電気を消して少し話をしていると少女が眠った。俺はさすがに暑くなっていたので、布団から抜け出そうとすると、腕を捕まえられていた。少し力を入れれば離すことはできるが、母親もいなくて不安なのかもしれない。俺はそう思うと話すことなどできなくなっていたから、元の位置に戻って、そのまま眠った。
一日がやっと終わったぜ
続く!