解決……?
公園に近づいていくに何かの予感が膨れ上がる。多分、あんな噂を聞いたからに違いない。
目的地にはすでに、ダンボールはなかった。その代わりなのか、公園のベンチには女性が頭を抱えて、座っている。その女性は絶望したというような雰囲気を放っていた。それは意図的ではなく、溢れ出していると言えるだろう。俺はその女性に近づくことを後ろにいた彼女たちに目配せして、動き出した。美鈴は茜と樹の手を握って、二人の顔を交互に見上げていた。
「大丈夫か、あんた」
美鈴の親の手がかりになるかもわからないが、怖いながらも話しかける。目の前の彼女は、ゆっくりと動いた。彼女の顔はげっそりとしていた。その顔には涙の跡があった。
「どうしたんだ。こんなところで」
ぶっきらぼうな言い方しか出来ない。彼女はそれをどう思ったのだろう。返事はすぐには来なかった。彼女は何かを考えていたのかもしれない。俺の言い方に怒っているのかもしれない。
「私には、誰かに気遣ってもらう資格なんて、ないんです」唐突に、かろうじて聞き取れる大きさの声が耳に入った。
それは彼女の声だった。今にも泣きそうな、声。
彼女は美鈴の手がかりになるのだろうか。ふと、そう思った。彼女はこんな時間にこんなところで何を思っているのだろう。
それより、ここまで落ち込まれているのに、放ってはおけない。別に、正義のためではない。ただの勘でしかないが、ここであったのは何か重要なことのような気がするのだ。
「何か、あったのか」
話しかけるのはなんでもよかったのかもしれない。
「私は、私は。とんでもないことをしてしまいました」
彼女は光もない、暗闇で独白を始めた。
私には夫がいました。それから、ことあるごとに喧嘩しました。それは本当に幾度となく。あるとき、夫は離婚をしようと言いました。私は仕方のない事、あるいは必然。そう思って、簡単に同意しました。しかし、ある問題があった。私たちが長い間離婚しなかった理由とも言えます。それは、子供の事です。しかし、夫は俺には一人で子育てなんてできないと言って、私に子供を託してくれました。それからは喧嘩なんて一切ない生活が続いていました。それは幸せというのかもしれません。でも、そんなの長くは続かなかったのです。元夫が二日前に家にいきなり来て、部屋で遊んでいた子供を連れ去ったのです。娘は私に助けを求めたんですが、私はあまりに急なことで、反応なんてできなかった。助けを求める娘を助けられなかったんです。それから、私はこの丸二日間、仕事なんて休んで探し続けているんです。
俺は噂よりも残酷な真実を知ってしまった。声が出ない。呼吸をしても空気が入ってこないような感覚。
それを壊したのは、幼い声だ。
「おにいちゃん。どうしたの」
俺はその声に振り向いた。そこには、茜と樹がいた。いつからそこにいたのか。話に聞き入っていて、全く気が付かなかった。
「その声……美鈴なの……」彼女は急に顔を上げた。
少女の顔もその方向に向いた。
「おかあ……さん?」少女は困惑したような、驚いたような声を出した。
「や、やっぱり美鈴、なのね。よかった、よかった……!」
彼女は美鈴を強く抱きしめていた。
「おかあ、さっ……!」少女は大きな声で泣き出してしまった。
しかし、それはうるさいとは全く思わない。多分、安堵感とか、色々二人の中にはあるのだろう。俺には計り知れないほどに。その光景を見ながら、俺はほっとしていた。噂は噂でしかなかった。
しばらくそうしていたが、ようやく落ち着いた。それから、俺たちを見た。
「あなたたちがお世話してくれたのですね。ありがとう。いくら感謝しても足りません」
「いや、その」俺には大げさに聞こえて、返事ができなかった。
「明日また、ここに来てください。お礼をしたいから」
俺は流されるまま、頷いた。
「もう遅いし帰りましょう。あなたたちの親も心配しますよ」
このまま帰してしまっていいのだろうか。何か、嫌だ。そこに理由も勘もない。ただ俺自身が嫌だと思っただけ。だから、一言だけ、言うことにした。
「あ、なぁ、うちに泊まっていかないか。家、近くじゃないんだろ」
彼女は一瞬驚いた顔をして、すぐに笑顔になった。
「ご迷惑でしょう。ご家族だって、変だって思いますよ」
「俺は一人暮らしでなんだ。迷惑なんてない」そうは言ったが、彼女はいい顔をしない。
だから、俺は最後の言葉を紡ぐ。自らの本心を。
「俺は寂しいんだ。今まで一人で暮らしていたけど、そこに美鈴が来て、たった二日だったけど、楽しかった。茜も樹も来て、四人で遊んで、それが楽しかったんだ。今まで家族が近くにいたから、寂しくなかったってそう思った。美鈴がいつまでもいてくれたら、嬉しいって。多分、これが幸せっていうんだって。そう思ったんだ」
俺の手には気づかないうちに力が入っていた。
「そうですか。あなたの気持ち、わかりました。あなたについて行きましょう」
そう言って、今日は俺の家に来てくれることになった。
あと少しで終わります。かなり期間が空きましたが、どうぞ最後までお付き合いください!
続く!




