拾子
出来ればPDFやテキストファイルにして縦書きにして見ていただきたい。
横書きだと大変読みづらくなっています。
前に一度、ノートに書いたものを少し修正しているためです。
温かい日差しと優しい風が吹き、春の訪れを思わせる中でコンクリートの中に閉じ込めて、ひたすら人の話を聞くのは犯罪の域だと思う。だから、今は授業に出ずに学校近くの公園のベンチに座っていた。公園には誰もいなかったから、砂場の砂を懐かしく思いながら弄ったり、今でもできるものだろうかと鉄棒で遊んでみたりとしていたがやがて飽きて今はベンチに座っている。そろそろ昼休みだろうからと公園を出ると傍に薄茶色の段ボールが目に映る。捨てられているというにはあまりに不自然に綺麗なものである。ドラマではその中に犬や猫が捨てられていることがあるが現実では違うだろう。しかし、それは犬や猫が入るには大きすぎる。大型犬なら入りそうだが、すぐに逃げるだろう。その大きさに好奇心が膨らんだ。思春期ならだれでも考える、自分は何か人とは違う特別な人間であるというのを思うだろう。それが遅れてやってきたんだと心が言った。その箱を覗くことで普通から抜けられると思ってしまった。そんな心に従って、箱に近づく。だが夢のあるものはなく、あるのは残酷な事実だけ。そこにいたのはまだ幼い少女だった。捨て子という単語にたどり着くまでに時間がかかる。驚きが考えることを妨げる。やがて、状況を理解した。では、次はどうしようか。さすがに見て見ぬふりはできない。ただ、何ができるわけでもない。一介の高校生には救ってやることはできないんだ。そんな風に悩んでいると、目の前の少女が目をうっすらと開けてしまった。そして、その眼は俺を見ている。ああ、仕方ないのか、これもある意味で普通から抜け出せているんだ。そう思う以外で納得することはできそうにもない。
「お腹すいた」少女は起き上がって俺にそう言った。箱の中に広がっていた髪がさらりと重力に従った。
「あー、何か食べるか」反射的に聞き返してしまった。
少女は頷いた。
「俺が作ったもんでもいいか」
少女は再び頷く。よし、と小さく呟いて歩き出す。1、2歩進んでも後ろからは足音が聞こえない。おかしいと思って振り返ると、少女は一歩も動いていなかった。少し変だと思って声をかけてやる。もしかしたら返事はしたけど知らない奴にはついていくなと言われているのかもしれない。
「どうしたんだ? やっぱり家に戻るか」
「だっこして」少女は俺に両手を伸ばしてきた。
なるほど。起きたばかりだし、何より腹が減っているのだから仕方ないか。俺はその両手を首に抱きつかせて抱き上げた。少しだけうれしそうにしているように見える。ただ両手で抱き上げていると何かと不便なもので前は見ずらいし、携帯電話も出られないだろう。だから、俺は左の腕のほうに乗せて抱き直し、歩き出した。
「あ、見て。ジュースがいっぱい」
俺の家に着くには近くの商店街を通らなくてはいけないのだが、そこの店たちには毎日のように特売品やおすすめの品が並べてあった。そして、今日はそこにピラミット型に積まれたジュースが置いてあった。
「ジュース、飲むか」そう聞いてやると笑ってこくりと頷いた。
そこは薬屋でほとんどが薬なのだが、食べ物や日用品も取り揃えているところで、缶ジュースは駄菓子並みの安さで売っている。今日は一缶二十円らしい。店の中の棚にある冷えた缶を棚から取り出し二本買った。そのうちの一本を少女に渡す。缶のプルタブを頑張って開けようとしているのだが、少女の力では上手くいかないらしい。その缶を少女の手の中で開けてやると、嬉しそうにありがとうと言った。無邪気な、計算のない感謝というのは少し照れくさいなと思った。
そういえば昼飯も取らずに、ジュースを与えてしまったが、腹を壊したりしないだろうか。心配になって声をかけようとしたが既に飲んでいた。
「少しずつ飲めよ。一気に飲んだら腹壊すかもしれないからな」一応、注意はしておくことにした。
少女はこくりと一回だけ頷いていたが、本当にわかっているのかどうかは微妙だった。
その後、少し歩くと今度はここら辺の住民が頼りにしている食品店があり、そこにはマルチョコというチョコレート菓子が並んでいて、それを少女は指をさしていた。
「ねぇねぇ、マルチョコ、ほしい」
少女の好物らしく、缶ジュースの時よりも目を輝かせていた。それはあまり高いものでもなく中に十何個かの丸く固めたチョコがはいっている菓子。一箱七十円だ。生活に切羽詰まっているわけでもないし、買ってやることにした。お菓子一つ買うのは少し恥ずかしい気がするので、ついでに少女が昼飯に食べたいものでも買っていくか。
食品店の中は混んでいるわけでもなかった。まぁ、昼過ぎで混んでいることはないのだろう。片腕で抱いていた少女を下して、入口にあるカゴを手に持って中に入った。少女は降りてからその手に持っていたマルチョコを上に下に振りながらガラガラと鳴らして、上機嫌にマルチョコ、マルチョコ~と歌っていた。
「なぁ、振るのやめて籠に入れろ。それと、昼ごはんは何がいい?」
「んー、ハンバーグカレーがいいなぁ」少女は素直に手に持っていたものをカゴに入れ、笑顔で言う。
「ハンバーグカレーか、分かった」
実は高校に入ってから一人暮らしで、最初は大変だったが家事には慣れている。もちろんその中で料理は得意な部類に入るだろう。ただハンバーグカレーというものを作ったことがなく、ハンバーグに関してはかなり久しぶりに作るので上手くいくかは神のみぞ知る、といったところか。そんなことを考えながら食材を選んでいると、後ろから声がかかった。
「これもほしい」少女の声だった。
振り向いて見ると、どうやら俺が食材を選んでいるうちに近くの棚にあったお菓子を見ていたらしく、その中でほしいものをその手に持っていた。基本的にここの食品は安いのでそれらを買ってやろうと思って、少女の手の届くところまでカゴを下してやる。これはカゴに入れていいという合図のつもりだったのだが入れる気配がないので、許可をだした。すると少女はようやくカゴの中にそれらを入れた。その顔には少し不安のようなものがあったので少し聞いてみることにした。
「どうした。なんか浮かない顔してるぞ」
「ハンバーグカレー、本当に作れるの?」視線を合わせてそういった。
「ああ、もちろんだ。美味しいはわからないけどな」目を合わせたままそう言ってやる。少し笑いながら。
そう言うと少女は笑ってくれた。そして、俺は食材選びに戻る。その間、少女は俺と一緒に同じものを見ながら話したり、少女自身で見たいものを見たりしていた。それから食材選びもそこそこにレジに並び、お金を払い、買ったものを袋に詰めて、外に出た。レジ打ちの店員さんが俺を怪しんでいるような気がしたがそれは無視。携帯電話を開いて時間を見ると三十分も経っていなかった。
「おにいちゃん、だっこして」少女が俺の服の裾を引っ張っていた。
最初のように抱き上げて家の方に向かった。
まだまだ続きます。