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7 皇太后の依頼―――捜索だけでなく破壊

「まあ細かいことまでちまちまと」

「細かいことではないでしょう? 彼は現在カラ・ハンの族長だわ。帝国にとってそう見逃せる存在ではないでしょう」

「でもそれとどう私がホロベシをどうこうしたということと関係がありますか?」

「さて」


 カラシュは首を軽くかしげる。


「動機がいまいちはっきりしなかったのよ。ホロベシを殺した所であなたにメリットはないわ。少なくとも、私との取引を知らなかった貴女にはね。だってそうでしょう。彼は貴女のスポンサーでしょう。彼が亡くなったら混乱は目に見えている。ただの『令嬢の学友』などはじき出される可能性の方が強い訳じゃない」

「そうでしょうね」

「だけどさっきの反応を見て非常によく判ったわ。それに貴女のお友達も。…貴女ホロベシ社団を彼女に渡したいんでしょう。あの少年ではなく」

「それは、男爵の庶子の少年のことを言ってますか」

「ええそうよ。このままでは彼のものになってしまうでしょうね。そしてシラ嬢は誰か何処かの男と政略結婚させられてしまう。嫌でしょう?」


 ナギは黙っている。当然すぎて言う気もなかった。カラシュは軽くため息をつく。


「どうやらずいぶん変わってしまったようね。第一中等も」

「お聞きになったんですか」

「ええ。驚いたわ。確かに私達の頃も仲がいい友達は多かったわ。私にも親友は居たし。でもそこまでする訳ではなかったわ」

「平和だったんですね」


 明らかな嫌みにカラシュはふふっと笑って受け流す。


「イラ・ナギ、貴女がシラ嬢をそう仕込んだんでしょう?」

「そうですよ」

「言うわね」

「それがそこの慣習で、それが嫌なら、対抗策を考えなくてはならないのは当然のことでしょう。何もしなかったらそれは結局服従と同じですからね」

「服従するのは嫌い?」

「大嫌いですね」

「でしょうね」

「続きをどうぞ」

「貴女、前から機会をうかがっていたんじゃないの? イラ・ナギ」

「残念ながらその余裕はありませんでしたよ。何せ例の少年のことも、私は帝都に来て初めて聞きました。それに、私は私で、結構めまぐるしい事態に巻き込まれていたのですから」

「だけどそのめまぐるしい事態を利用したのではなくって?」


 ナギは苦笑し、首を横に振る。


「買いかぶらないでくださいな、皇太后様。そんな偶然、そう簡単にある訳はないじゃないですか」

「別に偶然なんて言っていないわ。もしも貴女が事前にカラ・ハンに自分がそちらへ向かうと連絡していたらどお?」

「さあ。何せ私は向こうの高速通信の番号さえ知らないですから」

「別に高速通信なんて言っていないわ。誰かを向こうにやればいいのよ」

「誰が? そんなこと私がどうしてできましょう?」

「カン・ティファン・フェイはちゃんと帰ることができたようね」


 カラシュは一枚の紙をぱらりと落とす。 


「ティファンは自殺したと聞きましたが?」

「制服の遺体が見つかっただけで、別にカン・ティファンと当局は断定した訳ではないわ。警察局長官と教育庁長官は二人とも、あれは別人と言った。つまりは彼らの『辺境学生狩り』手の内の者だったらしいわね。返り討ちに遭っている」

「…」

「貴女彼女を逃がしたでしょう」

「だとしたら?」

「そして族長ディ・カドゥン・マーイェに近々そちらへ向かうという連絡を送る。そして狂言誘拐をさせる。別に何か物資が本当に欲しい訳ではない。要は時間。向こうの手のうちに時間と位置を固定させておきたかっただけじゃないの?ホロベシを撃ち殺しやすいように」


 ナギは軽く目を伏せる。だが動揺はしていない。


「面白い話ですねえ」

「別にだからどうって訳ではないのよ。正直言って、こちらにとっても都合はいいの。ホロベシが消えたことで、ほら、貴女はここの、私の手の内に居る」

「さあそれはどうですか」

「貴女は逆らえない筈よ? こちらにシラ嬢が居る限り」


 それは事実である。ナギにとってシラは最大の弱点である。

 いつからそうなってしまったのか。会った時からと言ってしまえばおしまいであるが、実際そうなのだから仕方がない。


「最初に言った通り、別にシラ嬢に危害を加えようという気はないわ。大切な人質よ。でも単にそれだけでは貴女に分が悪すぎる。だから、条件を出しましょう」

「…」

「シラ嬢の相続と、ホロベシの提示した青海区の航路を保証してもいい。つまりはシラ嬢に、青海区の航路を進呈しましょうと」

「青海を航行できるようになると言うのですか?」

「だから、それを貴女にして欲しいの」


 ナギはさすがに耳を疑った。



「『落ちてきた場所』のことは聞いている筈よ」


 カラシュは二杯目のお茶を注ぐ。


「ええまあ。帝国の、最初の皇帝陛下が何かと出逢った場所ですね」

「ええそう。空から何かが落ちてきた。そしてそのために皇帝陛下は不老不死の身体になったと伝えられている。実際そうでしょうね。ダーリヤ様はなんとおっしゃった?」


 カラシュは初代皇后の名を持ち出す。


「皇太后様と同じようなことを。そこ出てきた何かが、初代のイリヤ皇帝陛下と一体になられたと。その何か、のために身体が変化したのだ、と」

「そうよね。私も夫から… 六代の陛下から聞いたのはそういう話だったわ。今上もおそらくその話はあの方から聞かされている筈。そして今上の中に何か、はまだ居る筈。―――だけどその今上が現在はご病気なのよ」

「…そんな馬鹿な」


 ナギは目を大きく見開いた。


「そんな馬鹿な、と思うでしょうね。でもそうなの。おそらく、それの生命力が落ちてきているのではないかしら。それで今上の… 器としての身体自体も弱っているのだと思うの」

「するとその『落ちてきた場所』を見つけて、それを回復させると?」


 いいえ、とカラシュは首を横に振った。


「その逆よ。『それ』を完膚なきまでに破壊して欲しいの」

「は?」


 思わずナギは問い返していた。


「聞こえなかった?『場所』を探し当てて、『それ』を破壊しろ、と言ったのよ」

「ちょっと待って下さい…」


 さすがのナギもそれには驚いた。探し当てろ、はまだいい。だが「破壊しろ」?


「資料が欲しければ幾らでも提供するわ。それに助手もつける。破壊工作にはずいぶん向いていると思う子よ」

「助手?」


 カラシュはす、と手を上げる。


「お呼びですか」


 あまり高くもなく低くもない声がする。ナギは気配をさせずに背後に立った者を振り返った。


「紫。あなたの仕事よ」


 紫? ユカリ? やはり黒髪黒目の… ナギは迷った。…これは一体男か女か?

 背もそう高くはない。歳の頃は自分の見かけと大して変わらない。大きな目、形のいい眉。そしてほんのこころもち、厚い唇。それがまた紅も引いていないのに、ほんのり綺麗に染まっている。

 髪は短いと言えば短い。正面から見れば短いだろう。耳の下くらいで切りそろえる、最近副帝都で最新流行のそれに近い。

 だが少し横を向くと、それはただ前だけのことで、後ろは結構長いのだ。

 つまりは自分と似たタイプの髪型だった。だがナギの髪がプラチナ色でさらさらとしているのに対し、やや彼もしくは彼女の髪には重みが感じられた。それはその色のせいだろうか。


「彼女にしばらく助手としてついていてちょうだい」

「は…」


 紫はやや怪訝そうな顔をした。


「よいわね、紫」

「皇太后様のご命令であれば」


 ほんの少し含みがありそうな声で紫は返事をする。ナギはまだ別に承諾したわけではないのだが。


「明日早々に、あなたがたは青海区に向かってもらいます」


 カラシュは断言した。は、と紫は頭を下げる。そしてどう見ても不服そのものであるナギに視線を移した。   


「あらどうしたの? それとも断固として断る所存?」


 カラシュの声の調子は柔らかだった。

 だがその柔らかさとは裏腹に、断れば切るぞと言わんばかりの強さが秘められている。もちろんナギもそれに気付かない程馬鹿ではない。ここで断ることがどういうことか、彼女もよく知っている。


「断りはしません」

「ありがとう」

「ですが、彼女に… シラさんに一度会わせてもらえませんか」


 ナギは気付いていたのかどうか、声のトーンがこれでもかというばかりに落ちている。ただでさえ低い彼女の声が、黒夫人と同じくらいに低くなっている。


「眠っているわよ。それでもいいの」

「別にいいです」

「そう」



 シラは確かに眠っていた。

 眠らされていたという方が正しい。おそらく耳元で軍楽隊の演奏があったとしてもぴくりとも動かないだろう、とナギは思った。

 紫ともども、ホロベシ邸まで馬車が送るという。要するに、彼もしくは彼女をつれて、そのまま出掛けろ、ということだ。

 馬車の用意ができるまでの時間、眠っているシラのところに居てもいい、とカラシュはナギに言った。

 居てもいい。ひどくその言葉はナギの癇に触った。

 自分の相棒に会ってもいい、と許可をされた。もしもこれで起きていたら、許可すらもされなかっただろう。

 眠る彼女の寝台の側に寄ると、柔らかい焦げ茶の髪が柔らかな枕いっぱいに広がっている。ふっとそれに触れてみる。ついこの間別れたばかりなのにどうしてこうも懐かしく思うのだろう?

 その髪の間に手を差し入れ、力の抜けたどっしりと重い頭を抱え込む。目は開かない。

 空いている方の手で、内着の首のスナップをぷつ、と外す。

 白い首筋があらわになる。ナギはそこに顔を埋めると、ゆっくりと、幾つかの跡を付けた。

 …足音が聞こえる。手早くスナップを元通り留めると、抱え込んだ彼女の、ほんの少し開いた唇にくちづけた。反応はない。それでも構わなかった。ノックの音がする。唇を離し、どうぞと返事をした。

 扉が開いた時には、シラの身体は元通り寝台に横たえられていた。何処かで見られていたとしても別に構わなかった。見たい奴には見せておけばいいのだ。勝手にすればいい。


「用意ができましたよ、ナギマエナさん」


 紫が声をかける。ナギはまだ紫が男か女か区別できなかった。


「行きましょう」


 紫は再び声をかける。ええ、とナギは扉へ向かった。

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