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2. ナワズで出会うは薬師

 地獄だ。

 地獄だ じごくだじごくだ…。

 真夏の日中に遮るものがない場所で、しゃがみながら作業すること小一時間。

 大地の照り返しは、直射日光に負けじとじりじりと肌を焼く。

 瞬きした拍子に、つぅっと汗が落ちた。


「地獄だ…」


 つい、心の声が口からついて出た。

 額を拭いながらひと息ついていると、どさりと重厚な音とともに頭からのしかかる重みに上半身がゆさぶられて倒れそうになる。


「熱中症になる。かぶっておけ」


 シィーリは手をついて、地面と衝突するのを免れた。

 顔の方にずれてきたそれを上へずらし、サハルを見る。

 勢いよく日よけ()をかぶせた彼は素知らぬ様子で、編みかごを脇にはさみながら集めている。

 かなりの数が集まっているようで、ふちから白く丸い石が見えた。

 競争してたわけじゃいが、なんだか負けた気分になって、シィーリから力が抜けた。


「サハル、これ重いし暑いし、逆効果だから」

「倒れるよりましだ」

「いま別の理由で倒れそうになったの見てなかったでしょ?」

「…だから軟弱者なんだおまえは」

「華奢だって言うの!女の子に軟弱っ!?しかも無理だから。数キロする毛皮の防具を急に被せられたら、誰だって倒れるから!!」

「そうなのか?」


 頭蓋骨付きの毛皮を脱いで落とす。

 地面と擦れる音が、重い。


「これはある山脈に生息する貴重な巨大オオカミからつくられた…」

「どーでもいい。至極、どうでもいい。」

「…」

「早く終わらせちゃおう。そして泉で水浴びしてさっぱりして、さっさと解毒剤を作らせてさ」

「わざわざ厄介ごとに頭を突っ込んだのはシィーリ(おまえ)だろう」

「さー、頑張るわよー」


 強い日光とサハルの言葉を振り払うごとく、シィーリは勢いよく両手を振り上げてやる気を出した。




 旅の資金を稼ぐため、ナワズの森に足を踏み入れた二人。

 川から出てくるという化け物を確認するため、水音がする方向へ進んで行くと、小さな泉がある開けた場所に出た。

 そこで水を被っていた青年に出会った。

 青年が言うには、幼馴染に飲ませる薬を作るため森に入ったが、化け物は見ていないという。

 だが、川の水を飲む動物たちが病気にかかり、死んでしまうらしい。

 一度川を見に行ったが、どこにも化け物がいた形跡はなかった。

 動物の死骸がちらほらと見られるのは、青年の言う通りだと感じさせる。

 村長からの話と全く違うので戸惑うシィーリに、一晩様子を見ようとサハルはのんびりと言った。


 

 

「ああ、シィーリさん!こちらのほうまで探しに来ていたんですね」


 その声に頭を上げると、もうすぐ夕日に変わる太陽を背に立つ小柄な男が、汗を拭いながらこちらにやってきた。

 結局、一時間何もしないで川の様子を見ているのに飽きたシィーリは、オムビスと名乗る青年が集めているという薬の材料を集める手伝いをすることにした。

 自称ではあるがサハルの狩人スキルは高いので、安心して他のことにかまけているのだ。

 本人曰く、化け物の類が現れたら肌でわかるという。

 

 手を大きく振りながら駆け寄ってきた青年に、シィーリは立ち上がり砂ぼこりを払い、向かい合った。


「オムビスさん、足元不安定なところがあるので気をつけて──」


 駆け寄る影に声をかける間もなく、彼は足をもつれさせて顔からダイブした。

 あれは、痛い。


 シィーリとサハルは顔を見合わせ、彼を助けにいく。

 転ぶときは自然と手が先に大地につくものだと思っていたけど、彼の手は空に伸ばされている。

 転ぶとき自然に手が出るはずだが、青年の鈍さに驚いた。


「オムビスさんー?大丈夫ですかー?」


 傍まで行って、声をかける。

 駆け寄る間も彼はぴくりともしないで、うつ伏せに倒れていた。

 いや、よく見ると小刻みにぷるぷると震えていたようだ。


「だいっじょーぶです。ちょっと…お腹を打ってしまって…」

「お腹?顔を擦ってるけど、お腹が一番痛いの?」

「はぁ、顔もぶつけてましたかぁ。参ったなぁ」


 シィーリが差しだした手をとりながら、立ち上がる。

 同じくらいの背丈の彼と目が合うと、「面目ない」と笑った。

 埃を払って身体を叩きながら、服のあちこちについているポケットを確認はじめた。


 その姿をみて、シィーリは息を飲んだ。

 赤く濡れた横っ腹から目が離せない。

 たしかそこには…。


 確かめる手が左横腹のポケットまでいくと、オムビスの顔がしまったと歪む。


「すみません。トアデルの実を潰しちゃいました」


 ポケットから潰れた赤い実を出して、てへっと笑う。

 昼間、収穫するのに苦労したそれは、無残にもつぶれて元の形を留めていなかった。

 切りたった崖から生えたトアデルの実を採りに行ったのはシィーリだった。

 トアデルの実がなっているその状況を見たサハルが、崖そのものが緩くなっているから足をかけることなく取らないと危ないと言ったのだ。


 綱をからだに巻き付けて、崖にかかる木の枝にそれをくくりつけ、宙吊りになって収穫する案をとるしかなかった。

 サハルがぶら下がるシィーリの綱を、馬鹿力で支えながら微調整してくれなかったら、もっと時間がかかっていただろう。


 苦労したそれを彼に保管を委ねたのか、収穫後の自分を責めたい。

 いや、トアデルの実を求めているは彼だから渡したのは自然の流れだったが…。


 そう思いつつも、怒りは治まらない。

 ナワズに入って一日。自分から首を突っ込んだとはいえ、度重なる苦労にシィーリは森に入ったことを後悔し始めた。


「オ・ム・ビ・ス・さんんん?」

「シィーリさん、顔がとても怖いですよー」

「怖いですよー、じゃないわよ!また採りに行かなきゃいけないじゃない!!あれ、かなり怖かったんだからねっ!」

「さすが冒険者ですよねー。僕なら躊躇してできないよ」

「わたしは一般人です!」

「へぇーそうなんですか。意外です」

「そう?一般人の小娘にもできるんだから、オムビスさんもできるわよー」


 こめかみが引くついているのがわかる。

 サハルが綱を操作してくれているとはいえ、崖の底は家を一軒立てても届かないくらい深いし、崖の岩にぶつかるんじゃないかなんて不安もあって、本当寿命が縮むかと思う時間だった。

 転んだのは事故だけど、少しは申し訳ないって気持ちを持ってもいいんじゃないか?とシィーリは思いを止められない。

 

 いつの間にか傍に来たサハルがそんな彼女の頭に、巨大オオカミの剥製防具をかぶせた。

 さっきも感じた重さが、立っている状態なのにぐらりとバランスを崩してよろける。

 サハルはシィーリの腕を軽く引っ張って、寄りかからせた。

 うん、ナイス。

 じゃなくって、何してくれるんだ。


「ちょっと…」

「聞きたいことがある。オムビス」

「なんですか?」


 私の言葉を遮って、サハルは話し始めた。

 相変わらずオムビスさんはにこやかに答えてる。

 …むかつく。


「トアデルの実は、潰れたら使えないのか?」

「いえ、今回はトアデルの実の皮と種を使うので、問題はありませんよ」

「なら、もう一度取りに行く必要は?」

「この実で充分です。必要はありません」

「…だそうだ。シィーリ」


 よかったな、と言って頭蓋骨ごと頭をなでる。


 うん。

 わたしの早とちりだったのねー。それは、良かったー。

 なんか、すっきりしないけど。

 そう、もやもやしつつ、もう一度取りに行かなくて良いのがわかってシィーリはほっとした。


「サハル、これ重い」


 早とちりした照れもあって、シィーリの声はつっけんどんだ。

 ああ。と言いながら頭蓋骨付き毛皮をどかす彼は、特に彼女の八つ当たりを気にする様子はない。

 

「石もかなり集まった。あと集めるものはないんだったな?」

「すごいですね。この石、見つけ辛いんですよ。これでやっと調合ができます」

「俺たちで手伝えることは?」

「今は特に。でも、一人では量がつくれませんから、手伝いは必要です」

「じゃあ、二人は泉にゆっくり戻ってきてね。もう汗で気持ち悪いのよ」

「もう水浴びか?」

「いいじゃない。このまま汗の臭いをほおっておいたら虫に刺されちゃうじゃない」

「また虫の心配か」

「決まってるでしょ。ほら、二人ともはやく行ったいった」

「では、僕は幼馴染の様子を見てきます」

「俺は果物でも集めてくるか」


 シィーリは男二人が森の中に入っていくのを見送ることなく、泉で水浴びすることに頭いっぱいにして駆け出して行った。

 


 

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