表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第9話・・『嘘』

「でさぁ、その時あいつ何て言ったと思う? 『そうよ! 誰があんたみたいなガサツな男子と!』だぜ? こっちだってお前みたいな奴ごめんだっつーの」

 茜色に染まる教室。このムードがある場所には到底相応しくないオカマ口調が入り交じった愚痴を、俺はまくしたてた。

 苦笑いでたまに俺をなだめるように軽く頷きながら、聞き役に撤するオヤジ。

 佐倉が高梨と出ていって数十分。さっきからずっとこんな状態が続いている。

「しかもそれだけじゃないんだよ、あいつ。その前に俺が高梨の性格に裏がありそうって言ったら、ありえない強さの右ストレート繰り出してきたんだぜ!」

「ほう、それはまた……一途なお嬢さんで」

「一途とかじゃないって。ただの暴力女だよ」

 俺は不機嫌だった。

 さっきの口ゲンカも、佐倉の妙な生真面目さも、俺の幼稚な短気さも、一瞬こっちに来た高梨の視線も、カナの居所が見つからないことも、出来損ないのタコヤキも、全てがもやもやの原因だった。

「マジ、『藤原くんがいなくても困らない』って、いきなり存在否定かよ。失礼にもほどがあるだろ。まぁこっちだって全然困ってないし。あんな奴いなくなってせいせいしたよ。オヤジとも2人で話せるしなっ」

 オヤジは毛の薄い頭をつるりと撫で、勝手にマブダチ宣言した俺をじっと見た。

「では、なぜそんなに悲しい目をしているのだね? 少年」

「は?」

 オヤジは視線を外さない。

「オヤジ。ちょっと何言ってんのかわかんないんだけど」


 別に嘘を吐いているわけでもないし、罪悪感があるわけでもない。

 じゃあどうして俺、オヤジの目を真っ直ぐ見られないんだ。

 オヤジはもう一度頭を撫でた。

「私は30年以上前から妖精としてここにいるんだ。悲しみを感じている中学生の目くらいは、すぐに気付けるよ」

 彼はここで小さく咳払いをして、

「……もっとも、私でなくても今の君の顔を見たら10人中10人が、何がそんなに悲しいのかと聞くだろうが」

 ぼそぼそと付け加えた。

「……俺、そんなにひどい顔してるかな……」

「それはもう。ひどい」

「何だよ、ますますわけわかんねー……。俺、別に何も……」

「いつも隣にいた人がいなくなるのは悲しいことだ」

 ぽつりと、諭すような言葉だった。

「たとえいつもは仲が悪くても、ふとした瞬間隣の空間の物悲しさを感じるものだよ」

「誰のこと言ってんだよ」

 オヤジは何も言わない。黙って、俺の次の言葉を待っているようだった。

 ゆっくり、左隣を見てみる。

 小指から伸びた赤い糸が、本当に悲しいくらいに、眩しい。

 これが、空間の物悲しさ?

「……」

 無意識に、右手で糸を掴んでいた。

「……そりゃあ、いないよりはいる方が。……俺だって、少しは」

 少しは嬉しい、と思う。

 本当に、本当に少しだけのことなんだけど。

 隣が寂しいのは気のせいじゃないはずだ。

 いくらあの右ストレート女でも。

「いないと……クウカンのモノガナシサ、かもしんない」

 俺の言葉を聞くと、オヤジは押し付けがましくない笑顔で笑った。

「そう思える人がいるのは、幸せなことなのだよ、少年」

「……オヤジ」

 何か、初めてオヤジが妖精っぽい気がする。

「それに……」

 と、オヤジが言い掛けたその時。

「──しっ」


 足音が聞こえた。

 いや、聞こえる──進行形だ。

 それどころか、パタパタと慌ただしくこの教室に近づいてくる。

「ヤバい、誰か来る! オヤジ、早くドロンしないとっ」

「あぁ」

 オヤジは早口で、

「また語れることを願っているよ」

 それだけ告げると音もなく消えた。

 1人取り残された俺は、迫り来る足音にそなえ息を潜めた。

 いや、別に見つかってもまずいことはないのだが。だって俺、この学校の生徒だし。

 でも何となく、誰かが足音を響かせこっちに近付いてくる状況の中ではそうしてしまうもんだ。


 俺は息を止めたまま、間抜けに口をぽかんと開けた。

 だって、ドアを開け立っていたのは、さっき高梨と出ていったはずの佐倉亜美だったから。

 佐倉は、今の今まで走っていたように息を弾ませている。

「……何してんの?」

 なるべくそっけなく、どうでもよさそうに。自分では頑張ったつもりだが、どうしても驚きが隠せない声になった。

 佐倉はゆっくりと呼吸を整えた。

「やっぱり、戻ってきたの」

 いや、見ればわかる。

 俺が聞きたいのは、そういう事じゃなく。

「何で?」

 今度は驚きを隠さなかった。

 佐倉はすたすたと歩いてきて、

「ちょっと失礼」

 語尾を軽く持ち上げおどけるようにそう言うと、隣に座った。

「私ね」

「うん」

「藤原くんの言う通り、馬鹿なのよ」

「馬鹿?」

「でもね、もう馬鹿でいいの」

 佐倉は微笑んでいた。

「確かに今日のチャンスはちょーっと惜しかったけど。でも、今、私が本当にしなきゃいけないのは高梨くんと一緒に帰ることじゃないもん」

 そのままの顔で俺の目を見て、ゆっくりと言った。

「私がしなきゃいけないのは、今ここで妖精さんを待つことだって思うの。藤原くんと一緒に」


 1つわかったことがある。

「俺も……俺だって、馬鹿だよ」

 その上とんでもない嘘つきだ。

 佐倉がいなくても困らないなんて、そんなの。

「……ごめん」

そんなの大嘘だっていうのにさ。






評価・感想ありがとうございます!!この話は最近全然更新できていなかったんですが、それでも読んでくださっている方がいるとわかってすごく嬉しかったです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ