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第6話・・『白馬に乗った王子様』

 突然だが、美味いタコヤキ作りの鉄則は3つある。

 1、すばやくひっくり返す

 2、火加減はこまめに調整

 3、外はカリッと中はトロッと


 ──これがなかなか難しい。







 調理室に集まった2年3組31人全員の視線が俺の手元のプレートに注がれる。そして、

「きゃー焼きすぎよ焼きすぎ!」

「うぉ」

 室内に焦げたタコヤキの匂いが広がり、数人の生徒から落胆の声があがる。

「あーあ焦げちゃった」

「藤原の下手くそー」

我ながら見事な焦がしっぷりだったので、さすがに反論は難しい。

「ど、どうもすみません……」

 汗をかきかき謝るしかない。

 こんな羽目になったのも、そもそもあいつの一言が原因だ。



「じゃあ、とりあえず練習ってことで実際に作ってみない?」

 今朝のホームルームでタコヤキ屋のメニューをみんなに発表した後、佐倉は事も無げに言った。まだ材料も揃っていないというのに、だ。ところがこの提案にクラス全員がノリノリで、

「いいともー!」

 一斉に叫んだのだった。

「でも材料とかはどうする?」

 俺が問い掛けると佐倉はあっさりと答えた。

「学校が終わった後すぐに全速力で走って近くのスーパーまで買いに行って、また全速力で学校に戻る。お金は文化祭の費用内なら先生に言えば貰えるし、調理室は許可を取れば放課後だって使用OKじゃない。何にも問題ないわよ」

「それはわかったけどさ、その全速力で学校とスーパーを往復する不幸な役割はいったいどこのどなたが?」

 不吉な予感が気のせいであることを祈りながら恐る恐る尋ねると、彼女はにっこりと微笑んだ。

「期待してるわね、陸上部員さん!」


 そんなわけで俺は放課後学校とスーパーを全速力(途中での10分間の休憩さえ除けば、まぁ多分全速力だ)で往復し、クラス全員が待つ調理室に買い物袋を抱えて滑り込んだものの、昨日の朝と同じくゼェゼェ言いながらへたり込んでみんながタコヤキ作りを開始するのを眺めていた。とりあえず今日作るのはキムチやらチョコのではなく、普通のタコヤキだ。すると、

「せっかく材料買ってきてくれたんだから、その礼として宏樹に1番最初にタコヤキひっくり返させてやろーぜ」

などとありがたくない上にわけのわからないことを言い出す男子生徒がいた。またしても「いいともー」の嵐で室内がアルタの雰囲気だ。

「えっ、俺が? ていうか何でそれが礼なんだよ」

「ほら遠慮すんなって」

 別に遠慮しているわけではない。まだヘトヘトなのでもうしばらく休みたかっただけだ。

 そして半ば強制的にタコヤキプレートの前に立たされ、その結果ひっくり返すタイミングを間違え非難ごうごう、冒頭に至るというわけだ。

 今日は本当についていない。

 ねぇ亜美も焼いてみてよ、と女子達にせがまれて今度は佐倉がプレートの前に立ったようだ。

 俺はそれを少し遠巻きに見ながら昨日のことを考えていた。

『私は結構、嬉しいかな』

 昨日の佐倉の言葉が頭で響く。

 やたら心臓が早くなるのはさっき全速力で走ったせいだ、多分。

 それにしても、佐倉は今日も普通に接してくるが、昨日自分が言ったことを忘れているのだろうか? それともあれくらいの言葉、佐倉にとっては別に深い意味のない弾みで言ったものだったかもしれない。だとしたらあの時あれだけドキドキさせられた自分がバカみたいだ。

 もういいや。忘れよう、昨日のことは。

 俺は自分に言い聞かせた。


 その時、佐倉の周りにいた生徒達が歓声ともざわめきともつかない声をあげた。どうやらタコヤキが出来上がったらしい。人垣の間からひょっこり覗いてみると、間違っても焦げてはいない小さなタコヤキが皿に5、6個ちょこんと盛られていた。

 しかし、どうも様子が変だ。俺が作ったタコヤキは黒焦げだったが、佐倉のは妙に白っぽい。周りのクラスメイトも引きつった笑顔で試食の権利をお互い譲り合っている。当の佐倉も、

「何かちょっと病的に白いけど、まぁ美白ブームってことでー」

 とか何とか言い訳しながらも自分で食べようとしない。

 そして再び白羽の矢が立った。

「おい宏樹、お前同じ文化祭実行委員として毒見……じゃなくて味見してみろよ」

「また俺かよ」

 俺は黙って美白タコヤキを眺めた。きっとものすごく情けない顔になっていたと思う。

「あの……絶対おいしくないと思うから無理に食べなくていいよ」

 困ったような笑顔を浮かべて言う佐倉を前にして、俺は少しやけくそ気味になってきた。

 1つつまんで口に放り込む。すると想像していた通りの味がした。

「……半生」

 俺がそう呟くのを聞いて、作った本人は慌てて自分も食べてみる。

「うそっ、そんなはずは…。あ、本当。生だわ」

 その後も何人かがプレートの前に立ち挑戦したが、出来上がったタコヤキはどれもあまり美味いとは言い難いものだった。室内の温度が少し下がる。そんな時仕切り直すのが松本の仕事だ。

「とにかくさ、文化祭当日に向けてそれぞれ家で練習してこようぜ。練習すりゃあ何とかなるって、うん」

 自分の言葉に自分で納得しているような口振りだったが、この言葉にみんな「そうだよな」とか「頑張ろうよ」とか各自タコヤキ作り上達を決意したようだ。そして今日はここで解散ということになった。


 教室に戻り、帰る気満々で準備をしていた俺に、佐倉が小声でささやいた。

「昨日聞いたことについて、今日また妖精さんと色々話しましょう。だから残ってね」

 通学鞄を持っていた俺の手をチラリと見て、

「まさか帰る気だったんじゃないでしょうね」

「え!? そ、そんなわけないだろ。ちゃんと覚えてたよハハハ」

 我ながらバレバレな棒読みだ。

 時計を見ると、只今の時刻5時12分。オヤジが現れる時間になるまであと40分近く残っていなくてはいけない。

 みんなが帰った後、俺と佐倉はそれぞれ自分の席に座って時間がたつのを待つことにした。『1番校庭側の前から2番目』の俺と、『その2列右の列の前から3番目』の佐倉、という微妙な距離感で。そして今日に限って委員会の仕事も特にないので、とにかく暇だった。

「タコヤキって結構難しいのね。もっと簡単かと思って、甘くみてたわ」

 佐倉が溜息混じりに言った。

「そうだな。俺のは黒焦げだし、お前のは半生だし」

 俺が笑いながら言うと、佐倉はいよいよ本格的に意を決したようだ。

「私、文化祭までにとにかく練習しまくる。あんなのじゃあ『他とはひと味違うぜタコヤキ屋』なんてレベルじゃないわよ。プロのタコヤキ屋さんに弟子入りでもしようかな」

 顔を見るとまんざら冗談でもなさそうなので一応止めておいた。


 そんなたわいもない話をしていたが、佐倉が何となく言ったお礼の言葉で俺の心臓はまた早鐘を打つことになった。

「そういえば、昨日はありがとうね藤原くん」

「き、昨日? 昨日か。うん、べ、別に……」

 しどろもどろな俺に対して佐倉は笑い混じりに、やだ何どもってるのーとか何とか言ったが、こっちは自分の心臓の音がうるさくてよく聞くどころじゃない。

『送るよ』だなんて、今考えるとよくあんな恥ずかしい台詞が言えたもんだ。ほんの1日前の自分のことなのに理解できない。でもあの時ああ言わなかったらそれはそれで後悔していただろう。

 だから俺はとりあえず、昨日の自分の勇気にひそかに拍手を贈ることにした。

「昨日私が言ったこと覚えてる?」

 心臓が飛び出そうになる。

「え? えーと……何だっけ?」

 忘れるはずがない。あんなにビックリした言葉は、いくら脳細胞が少ない俺の頭でも。

『赤い糸のおかげでこうしてちょっと仲良くなれたんだったら、私は……まぁまぁ嬉しいって思えるわよ、今は』

 そう、忘れるはずがないのだ。

 でも忘れているふりをした。なんというか、あまりにも恥ずかしかったので。

 佐倉は椅子の下で両足をぶらぶらさせていた。うつむき加減の顔は黒い髪で隠れていて表情が見えない。彼女の性格からして考えると、てっきり怒っているのかと思った。

「そっか。忘れてるんだったら、いいや」

「え? 何が……」

 俺がそう言いかけた時、教室のドアがガラッと音をたてて開いた。




「佐倉さん、いる?」

 一目見れば佐倉がここにいることくらい一目瞭然だろうが、入ってきた彼はわざわざ言った。合唱部にいてもおかしくないくらい、凛としたいい声だ。

 後光がさしているような錯覚を覚えるほど端正な顔立ち。色白で細身。隣のクラスの学級委員。

 面と向かって見るのは初めてだったが、彼のことは俺も知っていた。それどころか、佐倉との会話でよく名前が出てきた人物だ。

 自分が想っていた相手に突然名前を呼ばれたことで、佐倉が驚いたように呟いた。

「高梨くん……?」

 そう。例のもやしっ子──いや、白馬に乗った王子様だ。





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