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第3話・・『悪かったな。』

 教室の時計を見ると、もう6時になっていた。

 夕焼けの朱色だった窓の外も、闇の色に染まり始めている。

「……そろそろ下校時間ね。帰らなきゃ」

「だな」

 しかし俺と佐倉の頭の中には、同じ疑問が浮かんでいた。

 2メートル程しかない糸に結ばれたままなのに、お互いの家に帰れるのか? というものだ。

 ところが、ハラハラしながら妖精に質問すると、

「あぁ、その事なら心配いらないさ」

 とウィンク交じりに返されてしまった。

「心配ないってどういう事?」

 佐倉が不思議そうに、でも少し安心したように尋ねると、妖精はあっさりと答えた。

「赤い糸は伸びるのだよ。それこそ、何キロメートルでも。おまけに他人からは全く見えないし、君たち2人以外が糸に触れる事もできない。誰かが糸の間を通ろうとしたら、まるでそこには何もないかのように簡単にすり抜けられる」

「へー。部外者には気付かれないって事か。ファンタジーにはよくある設定だな」

 なんだか、俺も佐倉ももうあまり驚かなかった。妖精やら赤い糸やら、今日1日で色々な衝撃を突き付けられて、今さら発覚した糸の性質には驚くというよりむしろ便利だなぁ、と感心してしまう。


「それじゃあ今日はとりあえず帰りましょう。藤原くん、明日から早速その“30年前の2人”を探し始めましょうか!」

「何かお前ちょっと楽しんでない?」

 俺の質問を完全無視した佐倉は、改めて妖精に向き直り、腰を屈めて視線を合わせる。

 そして、にっこり笑いながら言った。

「妖精さん、私たち必ず糸をほどく方法を見つけます。だから、そんなに自分を責めないで。ね?」

 気のせいか、妖精の目が少しうるんでいる。

「……ありがとう、お嬢さん。私も出来る限り協力したいのだが、30年も前の事なので記憶が曖昧で……。例の2人の名前すら思い出せないんだ。本当に申し訳ない」

「いいのよ。私たちそんな事全然気にしてないから。ね、藤原くん?」

 急に話題を振られて一瞬戸惑ったが、俺もこのあいきょうたっぷりの妖精に精一杯の言葉をかける。

「うん。あんたが少し抜けてる事なんか、もうとっくに慣れてるよ。今さら気にしないって」

 俺としては親愛を込めて言ったつもりなのだが、“抜けてる”という部分で佐倉にみぞおちを小突かれてしまった。

 もうこれ以上妖精を落ち込ませるな、という事か。

 咳込みながら、慌てて言い直す。

「ぐっ。ごほ。……えぇ、と、とにかく俺も佐倉も気にしてないからさ。な?」

 妖精は本当に嬉しそうに笑った。

「ありがとう。私も、何か思い出せるように努力してみるつもりだ。本当なら君たちと共に30年前の2人を探したいのだが、何しろ私は妖精という身で、この教室から1歩も外に出られない」

「へぇ、そういう決まりがあんのか。でも、俺たちがその分まで頑張って探すからさ、安心して教室で待っててくれよ」

 妖精はコックリ頷いた後、

「今日と同じ時間にこの教室で私の事を呼んでくれれば、私は現れる事が出来る。もし私が必要になった時は呼んでくれたまえ」

 と言い残して赤い煙と共に消えていった。





 俺たちはしばらく教室でぼんやりしていたが、やがて

「……帰ろっか」

 という佐倉の言葉をきっかけに教室を出た。

 もう時間が遅いせいか、校内はしんと静まりかえり誰も残っている様子はない。

「何か……すげー1日だったな」

 廊下を歩きながら俺は溜め息交じりに呟いた。

「うん。確かに赤い糸の伝説は信じてたけど、まさか本当にあんな事が起きるなんて……」

「とにかく早くコレをどうにかしないとな」

 俺は、自分の運命を狂わせつつあるうらめしい小指の糸を睨みつける。

「そうね。とりあえず明日、赤い糸とか30年前の2人について何か知ってる人がいないかどうか、学校中で聞き回ってみましょう」

 その後はしばらくお互い無言だった。俺も佐倉も、放課後の、ほんの短い時間に起きた色々な出来事で疲れきっていた。佐倉なんか、下駄箱へ向かう途中の段差で一度転びかけたほどだ。

 2人してのろのろと靴を履き替えながら、佐倉がポツリと言った。

「どうせ結ばれるんなら、高梨くんとがよかったなぁ……」

 それはほとんど無意識な、独り言に近い言葉だった。しかし幸か不幸か、俺の耳にはしっかりと届いていた。

「高梨ぃ? 誰だっけそれ」

 佐倉は夢見がちなぼんやりした眼から、また普段の、少なくとも俺が知っている『佐倉の眼』に戻った。

「知らないの? 4組の子よ」

「4組? ……あぁ、あの学級委員の!色白のもやしっ子か!」

 あまり脳細胞が多いとは言えない俺の頭は、隣のクラスの学級委員で色素が薄い彼の映像をようやく思い出した。と同時に、女子が繰り出したとは思えない強烈な鉄拳を食らい、ますます脳細胞を減らす事になった。

「いってぇな! 叩く事ないだろ! しかも頭を」

「もやしっ子なんて言わないでよ! 彼、肌が人一倍キレイなのよ。サッカー部で活躍してて、筋肉だってちゃんとあるわ。……それに」

 彼女は少しうつむいた後、機械的な声(あるいは、機械的なフリをしているような声)で言った。

「……優しいし、すごくモテる。」

「へーぇ」

 確かに高梨は、女子が騒ぎ出しそうな、あげくの果てには密かにファンクラブまで結成されそうな、美少年的顔立ちだ。何というか、こう、白馬に乗って登場しそうな。

「それでお前はその高梨のことが好きなんだ?」

「好きっていうか……憧れっていうか……。ねぇ、藤原くんにも好きな子ぐらいいるでしょ? わかるでしょ? この気持ち」

「いや全く」

 恥ずかしながら俺の初恋は、小学校2年生の時。隣の席のショートヘアで可愛らしい女の子だった。しかしある日その子が、図工の時間に俺が作った粘土人形を「何の動物だかわからない」とコメントしたのがきっかけで気持ちは急速に薄れていったっけ。

 言わなかったけどあれは動物じゃなく、密かに彼女をモデルにしていたのだ。

 それ以来俺は、もう顔で女性を選ぶのはやめよう、と心に誓ったのだった。そして悲しい事にその時から好きな女の子ができた事はない。

 俺が懐かしい初恋の思い出に浸っているにもかかわらず、佐倉は隣でまだ恋だとか憧れだとかのやかましい演説の真っ最中だった。大きな瞳をパチパチさせながら、しきりに語っている。まさに彼女こそ『女は顔じゃない』の教訓を俺に再確認させてくれた。確かに顔のほうはまぁまぁかもしれないが、その性格ときたら、やたら気が強くてとてもじゃないけど可愛くない。


「ねぇ聞いてるの? つまりね、私の高梨くんに対する気持ちはまだ微妙で、好きかもしれないけど憧れかもしれないっていうか、ただの同級生としての気持ち以上っていうか……。でも顔は本当にかっこいいと思うわ、確かに」

「ふーん。なんだかんだ偉そうな事言って、結局お前も顔で選ぶんだなぁ。やめとけよ、顔だけで選ぶとろくな事ないぞ」

 俺がにやにやしながら言うと、佐倉は少しムッとしたようだった。

「そんな事ないわよ。……そりゃあ顔も少しはあるかもしれないけど、高梨くんてすごく女子に優しいのよ。この前なんか私が廊下で運んでた重い荷物、スッと持ってくれたわ」

「うわ、何だそりゃ。絶対何か裏があるぜ。そんなに優しい奴に限って実は性格悪かったりさ」

 ついに佐倉が爆発した。

「少なくともここにいる誰かさんよりは、ずぅっと優しいわよ!!」

 売り言葉に買い言葉。またもやケンカが勃発した。

「つまりお前は高梨と赤い糸で結ばれてイチャイチャベタベタしたかったんだろ! 悪かったな、優しくも色白でもない俺とで!」

「そうよ、誰があんたみたいなガサツな男子と!」

「でもな俺だってもっと性格のいい女の子にはそれなりに優しくするよ! お前にも問題があんだよ!」

 それを聞いた彼女は言い表しようのない形相で俺を睨んだ後、足早に校門の向こうへ去っていってしまった。

 1人取り残された俺はしばらくイライラしながら立ち尽くしていたが、やがて軽くため息をつき昇降口を出る。

 今からケンカしていてもしょうがない。佐倉とは、糸がほどけるまで色々と協力しなくてはならないのだから。


 彼女が去っていった方向へは、妖精が言っていたとおり赤い糸が長く伸びている。これは距離の心配をしなくていい分、糸をたどっていけば自分のいる場所が相手にすぐわかってしまうという事だ。

 もっとも、俺たちがお互いの居場所を探す事なんかないと思うけれど。

 そんな事を考えながら、俺は家路を急いだ。


















「ただいまー……」

 家に着くと、リビングでくつろいでいた姉貴がすかさず俺を突っついてきた。

「遅かったじゃん宏樹ぃ。さては彼女でもできた?」

「はぁ? んなわけねーだろ」

 俺が言い返すと姉貴は大袈裟に顔をしかめる。

「かわいくないなぁ、もう。弟のくせに」

 俺より4つ年上の姉貴は県でそこそこの高校に通い、そこそこ顔のいい彼氏とそれなりに順調らしい。暇さえあれば俺に、彼女をつくれだの好きな子はいるのかだの色々言ってくる。

 少なくとも俺なんかよりずっと恋愛経験豊富な我が姉に、思い切って質問してみる事にした。

「なぁ。やっぱり男って優しくなくちゃ駄目なのかなぁ」

「急にどうしたの宏樹」

「いや、別に……」

 姉貴は、高校に入ってからますます細くなった眉を寄せて、俺の顔を見た。

「そうねぇ。やっぱり冷たい男よりは優しい人の方がいいな。でも、あんまり優しすぎても気持ち悪い。ほどほどが1番って事よ」

「ふぅん。じゃあ色白で白馬に乗った王子様タイプは?」

「うぁ〜、あたしはそういう男、駄目。やっぱり少しワイルドで男らしい人じゃなくちゃ。でもなんにしろ顔は重要ね」

「やっぱり顔かよ」

 さっきの佐倉とのケンカの内容が頭をかすめる。

 そういえば俺は今日2回もあいつにガサツと言われた気がする。抑えた怒りがまたふつふつと込み上げてきた。

 黙り込む俺を見て姉貴は、

「あんたも早く彼女をつくることね」

 とにやにやしながら言った。

 彼女どころか結婚もできないかもしれないなんて、とてもじゃないけど言えない。というか、言っても信じてもらえないだろう。でももしかしたら何か情報が得られるかもしれないと思い、俺の通う中学の卒業生でもある姉貴に今度は赤い糸について聞いてみた。

「姉貴が中学にいた時、赤い糸の言い伝えとか聞いたことある?」

「あぁ、あの文化祭とか妖精がどうのこうのっていう内容のでしょ。知ってる人は結構いたけど、信じてる人はいなかったなぁ」

「……やっぱり今どきこんな言い伝え信じる奴あいつくらいしかいないよな……」

「あいつって?」

「い、いや何でもない」

 結局、これといった情報はなかった。


 その後、夕飯を食う時も歯を磨く時も、左手の小指に結びついた赤い糸が気になっていやに動きがギクシャクしてしまった。周りの人には糸が見えないと頭ではわかっていても、どうも落ち着かない。

 そんなわけで夜11時過ぎに布団に入る頃には、学校を出た時より何倍も疲れてしまい精神的にぐったりしていた。すぐにまぶたが重くなってきたが、頭の片隅でまたあの口ゲンカがちらついた。

 佐倉の声が頭で響く。


『どうせ結ばれるんなら、高梨くんとがよかったなぁ…』

『誰があんたみたいなガサツな男子と!』


「悪かったな、優しくも色白でもない俺とで。」

 またむかっ腹が立ってきた。

 俺はあの時と同じ台詞を呟くと、すぐに眠りについた。
















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