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第2話・・『ずっと一緒』

 俺と佐倉は、2メートル程の赤い糸で、小指同士を結ばれていた。

「な……なっ何で!?」

 佐倉が悲鳴に近い声で叫んだ。

「わかんねぇよ!」

 俺も青ざめながら小指の赤い糸をほどこうとする。

 しかし、どんなに必死になって手を動かしても結び目は全くとけない。

「喜んでもらえたかい? これで君たちはずっと一緒だ」

 オヤジ妖精が、何とも爽やかな笑顔で言った。

「何だよコレ!!」

 俺がつめよると彼は少し驚いた顔をする。

「何って…見ての通り、赤い糸さ。君たちもあの伝説は知っているだろう。“文化祭の7日前、恋人同士が放課後の教室で愛を”……」

「じゃなくて!」

 俺は長々と喋り出しそうな妖精をさえぎった。

「何でその赤い糸が、俺と佐倉の小指に結んであるんだよ!?」

 俺の質問に、妖精は当たり前のように答える。

「だって、君たちは恋人同士なんだろう?」

 ……は?


「な……っ何でそうなるのよ!!」

 今まで涙目で俺と妖精のやりとりを見ていた佐倉が急にすっとんきょうな声を上げた。驚きと怒りが混じったような表情だ。

 もちろん俺も同じ気持ちだった。一体どこをどう見たら、俺と、このやたらと気の強い女子が恋人同士に見えるのか。

「だって、放課後の教室に2人っきりで向かい合って座っているなんて、見るからに恋人同士だろう。それに、遠くからずっと見させてもらっていたが、そちらのお嬢さんは何やら嬉しそうな目つきで語っていたし……」

「委員会の仕事で残ってただけよ! 嬉しそうだったのは、ロマンチックな赤い糸の言い伝えを話してたからよ!」

 “ロマンチック”の部分にたっぷり皮肉を込めた言い方だ。

 どうやら遠くから見ていた妖精には、俺たちの赤い糸についての会話まで聞こえなかったようだ。

「そうなのか……私はてっきり、2人が愛の未来予想図についてでも語り合っているのかと……」

「誰がそんなもん語り合うか!」

 またもや俺と佐倉の絶叫がハモる。

 ここにきて、妖精から初めて笑顔が消えた。あせりと困惑の表情が浮かぶ。

「それでは……君たちは恋人同士ではないのか?」

 声もかすかに震えている。

「全く。全然。100%違います。」

 俺が力を込めて否定し佐倉もコクコクと頷くと、妖精は今度こそ顔色を変えた。

「そ……そんな……私は何という間違いを……」

 うなるようにそう呟くと、彼はうつむいてそれきり黙ってしまった。

「あの……間違いって、どういうこと?」

 佐倉がおそるおそる尋ねると、妖精はうつむいたまま答えた。

「私は君たちを恋人同士だと勘違いしていた。てっきり、赤い糸の言い伝えを信じて試しにきたカップルだと思っていたんだ。だから、赤い糸の妖精である私は、君たちの小指を糸で結んだ。しかし……」

 ここで俺たちの顔をちらりと見て、

「君たちは恋人同士ではない、ただのクラスメイトだった。赤い糸を君たちに結ぶべきではなかったんだ。」

 悲しそうに言った。

「そうね。私もそう思うわ。だから、この糸をほどいてくれないかしら? 妖精さん」

 自らを責める妖精を見て気の毒に思ったらしく、佐倉は優しく語りかけるような口調になった。

 俺も、だんだん妖精がかわいそうになってきた。そんなに自分を責めなくても、糸をほどいてくれれば俺も佐倉も笑顔で許すのに。

 しかし、妖精はますます悲しそうに頭を下げ、小さな体を更に小さくした。

 そして、信じられない事実を告げる。


「実は……ほどけないんだ」

「……へ?」

「赤い糸は、一度結ぶとほどけないんだ」

 俺たちは固まった。

「ほっ、ほどけないってどういうことだよ!?」

 驚きのあまり声が裏返ってしまう。

「赤い糸は一度結ぶと、結んだ妖精本人である私にもほどけない。だから、本当に愛し合っていて二度と離れないと誓っているカップルにしか結んではいけないことになっているんだ」

「ちょ、ちょっと待って」

 佐倉が急に割って入った。

「赤い糸の言い伝えは“妖精が恋人同士の小指に結ぶと、その2人はずっと一緒にいられる”って内容でしょ? この“ずっと一緒”っていうのは、もちろん距離的に体が離れないって意味じゃなくて、恋人同士がケンカとか浮気とかしないでいつまでも仲良しっていう意味よね。恋人同士でもなんでもない私と藤原くんの場合は、“ずっと一緒”ってどういうことになるのかしら?」

「君も賢いお嬢さんだな」

 妖精は弱々しく微笑んだ。

「そう。“ずっと一緒”はもちろん身体の距離的な問題ではない。気持ちがずっと一緒ということだ。しかし恋人同士ではない君たちの場合は、もともと気持ちが一緒なわけではない。なので……」

 聞くのが恐い。

「一生、お互い違う人とは結婚できなくなる」

「えぇっっ!?」

 この妖精の言葉には俺も佐倉も大絶叫だった。

「そんなぁ! 私小さい頃から花嫁さんが将来の夢だったのに……。こんなのって、あんまりよ。酷すぎるわ」

 佐倉がポロポロと涙をこぼす。

 俺もかなりの衝撃を受けた。結婚なんて中2の俺にはまだまだ遠い問題だったけど、一生無理となるとやっぱりショックだ。


 そんな俺たちを見て妖精がなだめるように言った。

「そんなに悲観しないでくれたまえ。実はまだ希望が全くないというわけではないんだ」

「えっ!?」

 俺たちは妖精にとびつかんばかりの勢いで反応した。

 特に佐倉は自分の夢がかかっているだけに鬼気せまる表情だ。

「どういうこと説明してよ希望があるって何よ何何何何!!」

「わ、わかったから、揺さぶらないでくれたまえ。お嬢さん」

 彼はコホンと咳払いした後、ゆっくりと語り始めた。

「今から30年ほど前のことなんだが……当時も私は赤い糸の妖精としてこの学校にいた。そして、今と同じような愚かな間違いをおかしてしまった。そう、君たちのようにただのクラスメイトだった少年と少女を、カップルと勘違いし赤い糸で結んでしまったのだ」

「……つまりあんた2回目なのかよ」

 俺が少し呆れて言うと、妖精は恥ずかしそうに顔を赤くしたが、佐倉の「いいから、続けて」という言葉を聞くと話を再開した。

「うむ。それでだな、その時もかなりあせったのだが当の2人は落ち着いたもので、『なってしまったものは仕方がない。このまま赤い糸で結ばれたまま生きていきますよ』とのんびり笑って言ってくれたんだ」

「そりゃまた、すげぇ寛大な2人だな」

 心底感心してしまった。俺たちの動揺っぷりとは比べものにならない。

「あぁ。そしてそれから7日後、つまり文化祭当日だな。後夜祭が終わった後に2人が教室へやって来て、私のことを呼んだ。そこで私が姿を現すと、2人がニコニコしながら立っていた。私がわけを聞くと、何と赤い糸がほどけたと言うではないか。そんなはずはないとビックリして2人の小指を見ると、本当に糸がほどけていたんだ」

「マジで!? すげぇじゃん! で、その2人はどうやって糸をほどいたんだ?」

「それなんだが、その2人に聞いても、『特別なことはしていない。気が付いたら糸がなくなっていた』と言うんだ。つまり、なんで糸がほどけたのかは、未だに不明なのだよ」

「なるほどね」

 佐倉の瞳がまたキラキラし始める。

「ってことは、その糸がほどけた理由をつきとめれば私たちの糸もほどくことができるかもしれないのね?」

 妖精はこっくりと頷いた。それを見て佐倉はますます声を弾ませる。

「わかったわ。諦めるのはまだ早いってことね! 私たちで出来る限りのことをしてみましょう、藤原くん」

「出来る限りのことって?」

「そうね、例えば……昔からここにいる先生に、言い伝えについて何か知ってるか聞いてみるとか。さすがに30年も前からいる先生はいないと思うけど、古い先生なら何か知ってるかもしれないでしょ? あぁ、それとこの学校の卒業生で近所に住んでる人に話を聞いてみるのもいいかもね。案外その30年前の張本人2人が、ここら辺に住んでたりするかもしれないわよ」

「そんなに上手くいくかぁ? ……でも、うん、やらないよりは何かやってみたほうが可能性があるもんな。よし、出来る限り、頑張ってみよう」

 そうこなくっちゃ、と佐倉はニッコリ笑った。

 さっきまで泣いていたのに、本当に浮き沈みの激しい奴だ。

 そんな俺たちを見て、妖精が久々に微笑みながら言った。

「ポジティブな2人だな。30年前の2人の寛大さもたいそうなものだったしが、君たちもかなり素晴らしいぞ」

「そう?」

 俺たちは何となく顔を見合わせて笑ってしまった。


 今気が付いたけど、俺は今日の放課後、佐倉と初めて朗らかに笑った気がする。






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