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第13話・・『王子、再び』

 数年前に大規模な改装工事が行われた駅前広場は、ベンチや噴水、ちょっとした銅像なんかが置いてあり、この辺で一番の待ち合わせスポットだ。

 月末の土曜日ということで、今日は一段と多くの人で賑わっている。

 家族、友人、恋人……と、隣にいる人々の関係性はパッと見さまざまだが、皆一様に楽しそうな顔をしている。


 しかし、そこに着いた瞬間、俺の隣の佐倉は絶望的な声をあげた。

「……藤原くん、あれ見て」

 彼女の目線の先を追うと、そこには駅前の広場をうろつく同じクラスの男子3人がいた。

 文化祭前で部活動もなく暇を持て余すビューティフルサタデー、おそらく町のメインストリートに遊びに来たのだろう。

 俺も全身の血の気が引く。

 ただでさえ先日の「お呼びだし事件」で、不本意すぎる両思い疑惑がかけられた俺たちだ。このタイミングで、休日に2人並んで歩いているところを見られたら……きっと疑惑は確信に変わり、冷やかしの嵐が襲ってくるだろう。

 しかも更に運の悪いことに、あの3人はクラスでも特にお喋りな部類に入る奴らだ。見つかればクラス内はもちろん、下手したら学年中に間違った噂が広まりかねない。


「……ねぇ、こっち来るわよ。やばいんじゃないの?」

 佐倉が俺の袖を引っ張った。

 3人組は何やら談笑しながら、俺たちのほうに向かってくる。

 まだ気づく様子はないが、その距離はもう十数メートル。見つかるのも時間の問題だ。

「とりあえず逃げよう……!」

 俺たちは一目散に走り出した。


 ──絶対に目撃されるわけにはいかない──。


 その強い思いから、ただひたすらに足を動かした。

 馬鹿みたいだと思われるかもしれない。

 しかし、考えてもみてほしい。

 中学生の生活というのは、学校と家の往復ばかり。いわば俺たちの「世界」は学校が八割だ。

 そして14歳というやつは、人の色恋沙汰が大好物なのだ。誰も彼もが、いつも他人のちょっとした動きを嗅ぎだそうと、鼻をひくひく動かしている。

 つまり中学生がクラスで不本意なカップル認定されるというのは、社会人に例えるなら────痴漢冤罪で捕まって釈放されたけど周りの目は超痛い、あぁ世の中って無情だぜ、みたいな感じだろうか(……ちょっと違うかもしれない)。



 なるべく人目につかない裏道ばかり選んで走り続けていたら、普段ほとんど来ないような町の外れまで来ていた。

 そろそろ止まっても大丈夫かもしれない。だいぶ駅からは離れたし、何より息が切れて苦しくなってきた。

「ちょ、ちょっと……タイム」

 と、隣を走っていた佐倉が急激にスピードを緩める。そしてへろへろとへたり込んでしまった。

「佐倉!? だ、大丈夫かよ!?」

「うぅ、頭がぐわんぐわんするの……貧血かも」

「貧血!?」

 予想外の出来事に、俺は軽いパニックだった。

「とりあえずどこか……近くの座れるとこ行って、座ろう! ていうか、立てるか? 飲み物買ってくる?」

「ううん、大丈夫……。ちょっとここでしゃがんでれば治ると思うから……」

「でも……」

 隣にしゃがんで見る佐倉の顔色は明らかに青白かった。本当に具合が悪そうだ。

 とりあえず遠慮がちに背中をさすってみるが、よく考えれば彼女は別に吐き気は訴えていないのだ。なので、この行動に意味があるとはちょっと言い難い。

 対処法がわからない自分が死ぬほど不甲斐なかった。

 こんなときどうするのが最善なんだろう。











「あれ、佐倉さん……と藤原くん?」

 聞き覚えのある凛とした声が頭上から降ってきた。

 顔を上げると、そこには佐倉の想い人「高梨クン」がいた。彼は若草色の爽やかなシャツにジーンズという私服で、手に持ったリードには真っ白な中型犬が繋がれていた。

「えっ! 高梨くん?」

 高梨の姿を認めた佐倉の頬に、少しだけ血の気が戻る。それでもやっぱり普段よりだいぶ青白い。

「どうしたの?」

 道端にへたりこむ佐倉を見て、高梨が俺に尋ねた。とても真剣な表情をしている。

「実は佐倉が貧血起こしちゃって……」

 それを聞いた高梨は、俺に向かって小さく頷いた。

 そして佐倉の肩に優しく手をかける。

「佐倉さん。僕の家、ここからすぐなんだ。歩いて1分もかからない」

「そうなの?」

「うん。だから僕の家で休みなよ。飲み物も出せるし横になれるし、ここで座ってるより断然楽になると思う」

 高梨の口調は頼もしかった。

 ポッ、と佐倉の頬がまた一段階、血色を帯びた。






 普段、佐倉が彼のことを王子呼ばわりするのを、俺は正直、小馬鹿にしている。

 ぬゎーにが白馬に乗った王子様だ、ただのもやしっ子じゃねぇか。タカナシクンだって人の子、ゲップもすれば鼻くそもほじるんだよ、夢見てんじゃねぇよアホか、と。


 しかし、そのときの自分を、俺は今心の底からぶん殴ってやりたいと思う。

 なぜなら、本当に情けないことだけど──このとき俺にも、高梨が本物の白馬の王子様のようにキラキラ輝いて見えていたのだ。






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