第12話・・『捜索開始』
生まれて初めて休日に女の子と出掛けるのが、まさか人捜しになるとは思わなかった。
その日は佐倉の言う通り(正確には天気予報士の言う通り、だが)清々しい秋晴れだった。
待ち合わせの9時ちょうど。……よりも30分遅れた9時半。約束の公園の時計台前で、佐倉亜美は仁王立ちしていた。
「ちょっと。藤原くん遅すぎ」
「す、すんません……」
俺は両手を合わせ、鬼の形相の佐倉に頭を下げた。
「言い訳聞いて下さい」
「手短に、10字以内でね」
「……寝坊しました」
ふー、と佐倉が深い溜め息を吐く。制服とは違う、白い上着にデニム生地のスカートを身につけた私服の佐倉は何だかいつもと違って見えた。
俺はというと、目を覚まし(この時すでに9時10分)慌ててそこらの服を掴んで着たため……お恥ずかしい事に日頃部屋着として大活躍中のよれよれジャージだ。佐倉が蔑んだ目で、俺を上から下まで見る。
「まぁいいわ。こんな事でもたもたしてても時間がもったいないし。とりあえず行きましょう」
あぁ情けない。
「えぇと、まずどうする? カナを捜すって言ってもさ、30年くらい前に俺達の学校の生徒だった色白美人って事しかヒントがないんだぜ。まさかこの近所の家を一軒一軒聞いて回るわけにもいかないし」
それなんだけどねー、と再び溜め息を吐く佐倉。
「やっぱりとにかくコツコツといくしかないと思うのよね。ほら、名前がカナって事はわかってるんだから」
「……つまり、表札を一軒ずつ確かめて、カナとかカナコとかカナエとか、カナってあだ名になりそうな人がいたらいちいちインターホンを押して話を聞く、みたいな」
「そーいうこと。それにね、30年前に中学生なんだから今は40代のおばさんでしょ。おばさん方のネットワークは馬鹿に出来ないんだからね、どっかのおばさんに話を聞いたら案外すぐにその『カナ』が見つかっちゃうかも!」
相変わらず呆れるほどの前向きさだが、これからの行動の地道加減にげんなりしていた今の俺にとってはありがたい限りだ。
そう。アホらしすぎるくらい前向きにならないと、こんな途方も無い事やっていられないんだ。
俺も半分やけくそ気味で頷く。
「だな、やっぱ足を使わなきゃな。人間は考えるアシって言うし!」
「うん、ベタベタな間違いありがと。そうね、人間足を使わなきゃね」
「……。じゃ、今日は1日地道に頑張りますか」
「ですね」
にっこり笑った佐倉と俺は、『カナ』を捜すべく歩きだした。
最初に俺達のアンテナに引っ掛かったのは、公園から20分ほど歩いた所にある渡辺さんのお宅だ。
渋い和風で庭付き一戸建。その縦書きの表札には明朝体で『渡辺健司 加奈子』と書いてある。
「いくわよ」
佐倉が緊張した面持ちでインターホンを押した。
ドアを開けたのは、30年前に女子中学生だったとはとても思えない、つまり何というか――相当お年を召した老婦人。ごっごめんなさい間違えました、と慌てて謝った俺達をぎろりと睨み付け、渡辺加奈子さんは「近頃の若いモンときたら……」と言いつつぴしゃりとドアを閉めた。
しばらく立ち尽くす俺達。
「……まだ一軒目だし。こんなもんよね」
苦笑いを浮かべ佐倉が呟く。
「だな」
──が、しかし。
その後の地道な捜索活動にも関わらず、川上香菜子さんも清水加南子さんも相田佳奈さんも吉村香苗さんも、30年前のカナとは別人だった。
「カナって名前、結構多いのねー……」
佐倉が疲れ切った声で言う。無理もない、もう5時間近く歩いたのだから。俺だってへとへとだ。
俺達は今、町内をぐるりと回り再びさっきの公園に戻ってきていた。
「結局何も情報なかったな……。まぁそんな簡単に上手くいくとは思ってなかったけどさ」
広くはないが四季の自然が美しいこの公園の隅にあるベンチ。そこに腰掛けた俺は、溜め息を吐いた。
頭上一面には綺麗な紅葉が広がり、秋風に揺れている。
「同じ色……」
独り言のような言葉と共に、佐倉が小指の糸を引っ張った。
確かに、赤い糸と秋の葉は似たような色をしていた。どこまでも鮮やかな、深紅。
俺は自分の小指から伸びるその糸を黙って眺めた。
「……」
留守の家や表札に名字しか書いていない家もあったが、一通り町内の『カナ』候補の皆様の自宅は訪ね終わった。にも関わらず、未だ30年前の事についてのヒントは0。
問題は、これからだ。
「とりあえず、もう少し捜索範囲を広げてみるか。駅前の方とか、隣町にも行ってみよーぜ」
「うん」
「って言うかさ、ほら、長岡母がこの近所でカナらしき人を目撃したのってもう10年も前だろ? だからいくらここら辺を丁寧に捜したからって、何の意味もない事もあるわけで…」
佐倉が訝しげに眉をひそめる。
「何が言いたいの?」
「いや、だからつまり、ダメ元っつーか、あんましガッツリ結果手に入れようとか思わない方が絶対いいと思うんだ。気楽に、こう散歩ついでに人捜ししてるよーな感じで」
ぷっ、と佐倉が可笑しそうに吹き出した。
「散歩ついでに……って言ってる事めちゃくちゃ。でも、まぁ確かに藤原くんの言う通りよね」
背中にばしっと軽い(いや、ちょーっと重めの?)衝撃。何の事はない、佐倉の手の平がヒットしたのだ。
「良いこと言うわね、たまには」
たまにはが余計だ。
そして俺達は駅へ向かう事にした。──の、だが。
この行動こそが今日の予定を大きく狂わす元凶になるとは、その時の俺は知る由もなかった。