第10話・・『似た者同士』
隣の佐倉が笑うと、小指の赤い糸が微かに揺れた。
夕日を浴びきらきらと光るそれを見て。
俺はもう、悲しいとは思わなかった。
「じゃあ馬鹿同士ね、私達」
「だな。俺達お馬鹿同士、赤い糸で結ばれてるわけだ」
「……なんか全然ロマンチックじゃない響きね」
間違いの糸にロマンを求めちゃいかんだろう。俺はそう言おうとしたけどやめた。なんとなく。
「……だな」
と、さっきと代わり映えのしない相槌を打つ。
少しずつ、空が濃くなっていく。
教室の中は橙色の光でいっぱいだ。
「綺麗だね」
しみじみと佐倉が呟く。
確かに、今まで見た事もないほど鮮やかな夕日だった。いや、それ以前に、俺は最近、こんなにじっくり空の色を見たりしたかな。
そんな事をぼんやりと考えていたら、聞き慣れたわざとらしい咳払いが耳に届いてきた。
「お邪魔をするようで悪いんだが……息をつめて物影に隠れる事ほど嫌なものはないからね」
「わっ!オヤジ」
掃除用具入れの後ろからひょこっと現われたのは、紛れもなく赤い糸の妖精だった。
「オヤジ……今度こそいつからいたんだ?」
「あぁ、一度は姿を消したんだが、教室に来たのがお嬢さんだとわかったので安心してまた出てきたんだ。ただ…」
ちらり、とオヤジが俺に怪しげな視線を送る。わぉ。ボクはこの年にして中年男の流し目というものを初めて見てしまいました。
「心なしか私が出にくい雰囲気だったものでね。ついここで様子を伺っていたんだ」
「へーぇ。そりゃー悪かったね」
「いやいや」
妙にぎこちないやりとりだ(あれ、そういえばオヤジは俺と佐倉以外には姿が見えないんだから、さっきあんなに慌てて消える必要はなかったんじゃないか? ……まぁ、いいか。なんとなくあの緊急事態っぽい雰囲気にのまれていたっていうのが、多分、大きい)。
オヤジは佐倉に向かい軽くお辞儀をした。
「やぁやぁ、戻ってきてくれたようだね。また会えて嬉しいよ」
佐倉もにっこりと笑い返す。
「こんにちは妖精さん」
「昨日も会ったというのに、なんだかお嬢さんとはずいぶんお久しぶりな気がするな」
「そう? 久しぶりって……私達初めて会ったのが3日前よ?」
その佐倉の言葉に、俺の方が驚いてしまった。
「あ、そっか。なんか色々ありすぎてすっげぇ長い気がするけど、俺達オヤジと会ってまだ3日しか経ってないんだな」
もうずいぶん長いこと糸で結ばれている気もする。慣れというのは恐ろしいもんだ。
「……いつ解けるのかしらね」
ぽつりと佐倉が呟く。
と、唐突に、オヤジがポンと手を打った。
「そういえばお二人さん、昨日は後輩の家へ行ったそうだが、何か親展はあったかな」
俺と佐倉は思わず顔を見合わせた。
「そうそう! オヤジに話そうと思ってた事があるんだよ!」
俺達は、昨日長岡由紀子の家で聞いた話と疑問──例の30年前の2人は恋人同士だったのか──を争うようにオヤジに話した。
「……うーん…」
話を聞きおわった彼の第一声はこれだった。そして眉間に皺を寄せ、胸の前でがっちり両腕を組んだかと思うと、それきり黙りこくってしまった。
「……おいオヤジ……寝てんのか?」
「しっ」
佐倉が人差し指を立てた。黙れのサインだ。
「きっと思い出してるのよ……」
そう言う佐倉の顔は真剣そのものだった。
あぁ、そうか。今、オヤジは、30年前の記憶を辿っているんだ。
妖精の頭の中がどうなっているのかはわからないが、きっと脳みその皺の深い所にある、遠い昔の記憶を探しているんだろう。30年なんて、まだガキな俺にとっては途方も無い年月だ。自分が30年後何をしているかなんて想像もつかない。
たった3日間でさえ、こんなにも長く感じるのだから。
「30年前って…なんか俺達にとってはすっげぇ数字だよな」
「うん」
こっくりと頷く佐倉も、もしかしたら同じ事を考えていたのかもしれない。
2連載同時更新の難しさを痛感です。そして第1話を掲載させていただいてから1年以上経ってしまいました(゜□゜;)2人、1年も糸で結ばれたままです…