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99.郷ノ川医師が行く!(治療編)

…この地球と言う星に住む知的生命体である「人間」には、あの世と言うものを信じる風潮がある。

自分の生命反応がもし無くなった時でも、自分の魂や心は滅んだりせず、どこか別の場所で生き続けるという言い伝えだ。場所によって、それはあの世であったり極楽、もしくは天国などと呼び名は変わるが、未知の領域である「死」を恐れる、もしくは興味を抱き続けるという人間の思いはいつの時代も同じようである。


ただ、正直な所昔の「彼」はそれを信じていなかった。娘を連れて戦乱続く惑星から避難し、その星の住人の一員となって生き続けると言う選択肢を取った時に、そのような文化がある事は把握をしていた。だが、何故そこまで見知らぬものにこだわり続けるのか、その意図が全く掴めなかった。「彼」の家族、彼の妻、彼の仲間が消え去っても、ただ単に「消えた」という感情しか湧かなかった。それが普通だったからである。

だが、今の「彼」にとってそれは身を持って経験する思いとなった。突然の病に侵され、治療もままならぬ速さで自らの体は衰弱し、変身状態を保つ事も不可能なほどに悪化してしまった。寝たきりで動く事も出来ない彼を、一人娘は必死になって看病した。だが、彼女もどうする事も出来なかった。頼る者も無い二人だけの生活は、無数のつながりによって成り立つこの星では全く向いていないものだったのかもしれない。こういう時に、安らぎと言う物を求めたがる。それが「あの世」ではないか、と病床の中、「彼」は静かに思った。


…そんな「彼」が、失った意識を少しづつ取り戻した時、まさにここが噂の場所かと一瞬だけ思った。見ず知らずの地球人が、自分を中心に布団を取り囲んでいる。全く知らない存在なのに、全員ともどこか心配そうな目をしていた。しかし、次の瞬間ここが天国では無く、現実の世界であるという事に「彼」は気付かされた。盲点が存在しない構造の三つの目の先には、顔のあちこちの「穴」から大粒の涙を流し、自分の方を見つめる娘の姿があったからだ…。


==========================================


「病気の進行に関しては収まった、もう大丈夫だぜ」


郷ノ川医師は、安心した顔で目の前の宇宙人に語りかけた。相手はどこか葉っぱものの野菜を連想させるような特有の顔つきだが、そもそも人間ですらない部下を持っている彼は全く気にする様子が無い。と言うより、それ以前に自分は「医者」、病気で苦しむ人たちを助けるのが使命である。弱々しい声で尋ねた宇宙人の父親に、彼はそう語った。


「それにしても、お見事でしたね郷ノ川先生」

「もっと褒めていいんだぜデューク、なんつって」


今回宇宙人を襲っていた病の正体は、エンテロウイルス。俗に言う「風邪」を引き起こすウイルスの一つであった。

確かにこじらせれば肺などに深刻なダメージが与えられるものの、人間にとってはそこまで大きな病気では無く、体内で免疫機能が活躍して追い払ってくれる場合が多い。だが、それはこの病気で慣れた地球の生物だから出来る技である。


「汗が凄い量でしたからね…体の方は大丈夫ですか?」

「アリガトウゴゼーマス…ナントカ…」

「でも、今回一番頑張ってくれたのは、こいつらかもしれないな」


そう言って彼は容器を取り出した。地球人には少々刺激的なものという前置きを入れつつ、透明な容器の覆いを取り、中身を皆に見せた。恵や蛍は少々苦手そうな顔をしていたものの、彼らがいなければ郷ノ川医師の治療も上手くいかなかったかもしれない。異臭がついた溢れる汗を必死に飲み込み、お腹が膨れ上がったヒルたちだ。予想以上の重体と言う事で、予備要員も繰り出しての大作業となったようである。ただ、地球人に施す治療とはまた別の方法と言う事でそれに備えたセットを持ってきた事が幸いしたようである。


「ただし、もう一度言っちゃうけど、その方法はデュークにも内緒だぜ」

「ええ、大丈夫ですよ。郷ノ川先生たちの専売特許ですからね」


ともかく、容体は安定したようである。


「ソレニシテモ…ナゼココガ…」


声帯には奇跡的に症状が及んでいなかったようで、まだか弱いが十分に伝わる日本語で宇宙人は語りかけてきた。ただ、真実を言ってしまうとさすがの宇宙人でも落ち込んでしまうのではないかと思い、デュークと郷ノ川医師は場を誤魔化そうとしたのだが、その直前で部屋に入って来た刑事である栄司が…


「ああ、家宅の強制捜査のついでっすよ。悪臭のね」


…堂々と言ってしまった。


「…栄司さん、はっきり過ぎませんかそれ…」

「ひでーな栄ちゃん!堂々と言うんじゃねえよ!」


「仕方ないっすよ、それが真実なんだから。それに、こうでもしねえとこの大変な状況を誰が分かったんすか?」


…そう言われてしまうと、二人は黙らざるを得ない。

と言うのも、この問題は単に「風邪」だけに収まらなかった。病気の緊急出張治療中にふと栄司は気になった事があり、娘に聞いてみたのである。思った通り、この宇宙人の娘には実際に会う「友達」がいなかった。家にこもり、父親からの世話を受けるという毎日が基本だったのである。そして、それは父親も同様であった。近所関係や友人関係を作る事無く、出稼ぎなどの仕事にいそしんでいたのである。自分の存在を認めてくれる者が存在しない状況では、例え具合が悪くなっても気にかける人は一人もいない。父が具合を悪くした後は、娘が慣れない買い物を必死でこなしていたようだが、お金や精神は限界に近付いていたと言う。


「でも栄ちゃん、仕方ないところはあると思うぜ?」

「まあそれは俺も同感っす。でも、空き家だって思われるほどじゃさすがに駄目じゃないっすかね…」


ただ、色々と言っていたが栄司本人もこの宇宙人の父親を心配していたのは確かである。その証拠に、一通り仲間と話した後はベッドの近くにより、あまり見せない優しい笑顔を投げかけていた。敬語に関しては相変わらず微妙だが。


「どんな状況で地球に来たのかは聞かないが、誰かと共に過ごすって良い事じゃねえっすか?」

「デモバレタラ…コワイ…」

「そういう人も多いのは認めるっすよ俺も。でも、逆に言うとそうじゃねえ人もいるっつー事。

 今見たいな弱音、娘さんとか誰かに言った事ないっすよね?」

「……」

「『縁』っつーのはどこから書かれるか分からないものっす。今日こうやって俺が話せるのも偶然ですし」


その偶然を、大事にしていきたい。それが地球人の生き方である。そう彼は言い、改めて笑顔を見せた。「彼」という存在を認識した事の証である。それを受けて、父親も地球人を真似た笑顔を見せた。改めて見ると、意外におちょぼ口が可愛い印象である…




「あー、栄司がまた美味しい所かっさらおうとしてる!」

「なんだ突然!うるせえぞ!」

「栄司さんもうるさくしてますニャ!」

「あ、あの皆様…」


…病人がいるのだからもう少し静かにしてほしいと郷ノ川医師が厳しくくぎを刺し、騒ぎはすぐに収まった。その原因は一目瞭然、丸斗探偵局の賑やかな連中がこの部屋に戻って来たのである。父親が治療中の間、恵と蛍、そしてブランチは心配する宇宙人の娘を慰めつつ、初めての「リアル」の友達として彼女に接していた。長年の家の籠りっきりの暮らしなのか、彼女は内気で恥ずかしがり屋なところがあった。当然服やアクセサリーも持っていない。そこで、蛍はツインテールの髪型を形作っていた紐を彼女に貸してあげる事にした。ほんのわずかなお洒落でも、自分が変わるという事は非常に新鮮であり、また心に対して大きな刺激となる。次第に娘は、彼女たちに心を開くようになっていった。


「なるほどな、どおりで蛍の髪型が違う訳だ」

「ケイちゃんって、長い髪も結構似合うわよね」

「あ、ありがとうございます…」


一方の、ツインテールになった娘。こちらは父親と違い風邪に侵される事は無かったようである。郷ノ川医師曰く、今回宇宙人を襲っていた病が悪化した原因は、そのウイルスの毒以外にもストレスが大きかったようだ。様々な事に悩まされた父親の体は、少々限界だったようである。だが、今はもうその心配はないようである。郷ノ川医師よりも少々薄い緑色の髪に、小さな二つのしっぽが可愛くついている娘を見て、父親も少しづつ心に元気を取り戻してきたようだ。本人はちょっと恥ずかしそうなのだが、嬉しさは顔に隠し切れていない様子である。


「それにしても今までよく頑張ったよね、お父さんを一人で支えてきたなんて…」

「ソ、ソンナ…」

「自信持っていいと思うニャ!地球人よりも凄いニャ」

「そうね、どっかの容赦ない毒舌刑事とは大違いね」

「よく言うぜ、いつもだらけてばらりの堕落刑事が」

「な、何よ!美味しい所またかっさらおうとしてかっこいい事言っちゃって!」

「別にいいだろうが!」

「ふ、二人とも落ち着いて下さい…」


「…すいませんニャ、郷ノ川センセこんな局長で」

「ま、仕方ねえかもな。いつも賑やかなのはあいつらのお箱だし」


…暗かった部屋が、次第に笑いで明るくなり始めたのはそれからしばらく後である。

元気や笑い、様々な心のビタミンは、体を脅かす病を追い払い、あの世への片道切符の購入を延期させる重要な手段かもしれない。

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