96.郷ノ川医師が行く!(依頼編)
「…私が行けば良かった…」
丸斗探偵局。ぐったりしているのは我らがぐうたら局長、丸斗恵である。当然ながら依頼は無い。
ここまでの話を読んで下さった読者の皆様はご存じかと思うが、現在丸斗探偵局の面々は二手に分かれている。一方はここ丸斗探偵局の建物にいる恵とデューク、ブランチ、そして蛍。そしてもう一方は現在ミコの実家の方にいる恵とデューク、そして蛍である。元の予定ではすぐにこちらへ戻り、「七名」から「四名」に戻るはずだったのだが…
「ケイちゃんは何とも思わないのね…もう一人の自分が遊び呆けているなんて」
「いえ、向こうは向こうですし」
「ゆーとーせーだニャー、チエッ」
…とまあこういう訳で、もう一方はミコの実家で事件を解決した後は楽しみまくっているという事態になったのである。悔しがるのも無理は無いだろう、よりによって一方はもう一人の自分だからである。だが、だからと言って一方を恨んだりはしない…はずである、一応。
「まあ、僕はこういう古巣でのんびり過ごすのも理想だと思いますね」
「あんたはいいわよあんたは…」
「デュークさんはニャんでも出来ますからニャー、羨ましいニャーカッコ棒読みカッコ閉じ」
「何で僕が悪者扱いされてるんですか…」
…といつものやり取りを済ませた所で、今日の話題を取り上げたのはブランチである。日々安泰と言う事で、この旅行に出る前にあったあの出来事を思い出したのだ。それぞれに印象深い事は多いのだが、やはり…
「…郷ノ川先生、凄いですよね…」
「宇宙人を一発で治す人なんて初めて見た…」
「ニャんニャんですかねあの人…」
「うーん…」
各自色々と感想はあるようだが、皆が思うのはただ一つ。郷ノ川・W・仁、隣町に住む動物病院の院長の事だ。長身にがっちりした体格、そして顎を覆う立派なひげ。豪快にガハハと笑っていそうな性格だが、ただの医者では無い、どんな病気でも治してしまう凄腕の医者なのだ。ただ、正直今回のような事態になるとは、さしものデュークでも思わなかったようだ…。
と言う事で、今回はその「数日前の出来事」について皆様に紹介しよう。
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「良かったのぉメグはん、風邪が治って」
実はミコから里帰りの話が出た翌日、なんと恵局長は風邪をひいてダウンしてしまったのだ。高熱と咳に悩まされる彼女、どうやら久しぶりの遠出ではしゃぎすぎてしまい、逆にストレスが体に蓄積してしまったようである。ただ、持ち前の根性は彼女の免疫力を大いに後押しし、自前の薬もあって二日ほど寝込んだ後は一気に回復したという。いざという時は自分の力を使う事も覚悟していたデュークも、彼女の無事を知って一安心した。
「しかし高い所が好きニャ局長がニャー」
「風邪知らずのメグはんがのぉ」
「「まさか風邪をひくとは」」
「そこは強調しなくていいわよ!」
「でも、恵局長でも風邪ひいちゃうなんて…」
「ケイちゃん…貴方もか…」
「い、いえ、局長が馬鹿とかそういう意味では無く…」
さり気なく一番ひどい事を言ってしまった蛍だが、博学な彼女でも「風邪」というあまりにも身近な症状の知識は見過ごしてしまったようだ。ずっと彼女は単に体内の問題かと思ってしまっていたようだ。そういえば、ミコも以前ネットで「風邪の特効薬を見つけた者は即ノーベル賞もの」という例えを見た事がある。こういう時は、森羅万象の知識が蓄積されているデューク・マルトの出番だ。
「風邪もウイルスが原因なんですね」
「そういえばインフルエンザもウイルスじゃのぉ…」
「ええ、違うのは風邪の症状を起こすウイルスの種類は非常に数が多い事です」
ライノウイルス、アデノウイルス、コロナウイルス、エンテロウイルス…なんだか古代の生き物にいそうな名前が並ぶが、これらは全て風邪の原因となるウイルスの名前である。しかもこれだけではなく、細菌、マイコプラズマ、クラミジア等、風邪を引き起こす要素は非常に多く、種類だけでも200種類以上。さらには一つのウイルスだけでも数百ものタイプがある場合もあるため、特定のものにのみしか効果を持たないワクチンだけで風邪に対応するのはほぼ無理である。
「失礼ながら分かりやすく言いますと、何も考えずに栄司さんに挑もうとする悪党のようなものですね」
「まぁな。要するに風邪はあらゆる手札を持っている、と言う事か」
「こりゃワクチンはノーベル賞ものになるわね…まあ栄司じゃ無理そうだけど」
「うるせえ恵」
ちなみに未来世界においては「全て」ではなく風邪の原因を掴んだ後に、それに合ったワクチンを投与すると言う方法を選んでいるようだ。結局万能薬の開発は無理だったと言う事である。ただ、それは単に作ろうと挑んだ人が造り方を思い浮かばなかっただけではないか、とは口が悪い栄司の意見である。現に今目の前にいるデュークのような凄い奴ほど誰も注目されない。
「それと同じだ、あの先生ならなんとかしてくれるだろうよ」
「…まあ確かにね、あの先生なら何でも作れる気がするわね」
そう、丸斗探偵局には医療のプロフェッショナルがついているのだ…。
…と、賑やかな話もここまで。普段風邪が治ったとなれば療養名目で一週間くらいは平気で休む局長だが、依頼が来たとなれば局長として出席しない訳にはいかない。デュークに身代わりを作ってもらうのは彼女のプライドとしては許せないらしい。妙な所で真面目な彼女なのだ…。
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…ただ、正直彼女は今回の依頼に関しては探偵局に来た事を少し後悔していた様子である。
「…おばちゃん相手は疲れるわね…」
「大丈夫ですか局長…」
「ヘトヘトですニャぁ…」
あの銭湯のおばちゃんでもそのノリの良さについペースを取られがちな彼女だが、今回のおばちゃんコンビはそれ以上だった様子である。あの銭湯の近くにある大工と中華料理店にそれぞれ住んでいるようだが、その悩みは一言で言うと「悪臭被害」であった。近くにある古い一軒家で、数日前から鼻に残るような臭い香りが漂い、迷惑しているそうだ。ちなみに丸斗探偵局を教えたのは彼女たちの親友である銭湯のおばちゃんらしい。何でわざわざ探偵局を指名したのか、いつもは依頼を喜ぶ恵も今日に限っては不満たらたらだ。
「で、でも私たちなら何とかしてくれる、っておばさんが教えてくれたわけですし…」
「こういうのって普通警察でしょ…というか栄司にミコ!何であの時逃げてたのよ!」
「ふん、これはお前らに来た依頼だろ」
「そうじゃそうじゃ、依頼が来た時に邪魔だから出ろっつーのはどこのどいつじゃろーかのー」
「うるさいわね!」
…どちらとも調子いい性格のようである。ただ、今回はそれが真実だから仕方ない。報酬金も出してくれるとの事なので、ミコの実家に行く前に一つ儲け仕事をこなす必要が出てきたようだ。お金のためと考えれば、やる気は出るものだ。
丸斗探偵局に、久しぶりに依頼が来た。