93.探偵局、西へ! その10:事件は再び
…結局あれは、何だったのだろうか。
「…兄貴、大丈夫か…?」
「う、うぅ…」
突然大量の肉の海に押し流されると思ったら、空で突然何かが戦い合い、そして気付けば何も無い空間が広がっている。
カワウソの兄弟が訳が分からなくなるのは当然であろう。一体何がどうなっているのか、理解するのは困難であった。
「とりあえず、これで済んだ…のか?」
「さぁな…っておい、あれ!」
とりあえず例の狸の変化術が解けたのなら、すぐに出口を探すに限る。そうやって動き始めた兄弟の目に、何かが留まった。まるで古雑巾のように力無く横たわり、腰が完全に抜けている一匹の狸の姿である。先程までの嵐を起こした張本人は、この静けさを見るともうこの空間からは消え去っただろう。となると、目の前にいるのは…
「ったく、あちこちで悪い事しやがって…」
「自業自得だろうが、ちょっとボロボロだな」
…この惨状に、逆に兄弟は同情してしまっていた。いくら猟師でも、ここまでズタズタな状況には追い込まない。ますますあの連中が何か、二人は興味と恐れ、両方を心に抱き始めた。もしかしたら、「旦那」が何かしら知っているかもしれない、とも。
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そして、その翌朝。
「さすがねデューク、無事帰ってきたってあのカップル」
「おお、良かったのお!3話も出番をさぼっていた局長とは大違いじゃ」
「ミコも人の事言えないでしょ!」
陽元家も、いつも通りの朝を迎えていた。昨日の激闘が嘘のように、デュークもシンも元の落ち着いた心に戻っていた。
結局彼らが帰還したのは予定時間を少々過ぎた辺りとなった。シン曰く、例の大明神を元の場所に戻すためにデュークが手間取ったためだと言う。ただ、あれだけ大変だったのだから仕方ない、とも付け加えた。今回の事件の真相を掴んだのは結局助手だったからである。ともかく、サンショー大明神にまつわる騒動は一見落着をしたようである。その証拠に、朝刊には行方不明になっていたカップルが無事発見されたという記事が掲載されていた。蛍に託された緊急時の連絡も、使わずに済んだようである。
そして…
「よう、蛍」
「あ、栄司さん!」
再び栄司も、陽元家を訪問してきた。美形大好きなミコの母は当然嬉しそうな様子である。
「昨日はお疲れだったな、お前ら」
「いえ、大丈夫ですよ栄司さん」「結構今振り返ると、面白かったっすよ」
「栄司は特に礼を言わないとね、事件が解決したんだから」
恵に指摘されて少し不機嫌な顔になった栄司を苦笑して見つめながら、デュークは昨日の事をもう一度思い返していた。
…あの時、確かに自分はシンに代わり、大明神を元あった場所に納めてきた。場所が隣接する県と言う事もあり、シンには荷が重すぎると感じたからである。謎の大明神ブームが、まるで化けの皮が剥がれたかのように消え失せたのを見る限り、恐らくあの悪党の狸が何もかもを握っていたのだろう。ただ、それ以外にも彼はやっておかなければならない事がある、と考えていた。
祭壇に置かれた大明神の像…いや、「サンショー大明神」が元の調子を取り戻し始めた時、デュークは「彼」に謝った。
「…申し訳ありません、大明神」
『どうしたんだ、若ぇの』
「過去に貴方にやった、仕打ちの事です」
『過去…あああれか!』
…何百年と神様で居続けながらも、本物の大明神の心や喋り方はまだまだ若かった。偽者の大明神はそれに関しては全く予想していなかったようである。
そして、自分はもう気にしてはいない、とデュークに告げた。
『神ちゃんになってから、オレもじっくり考えたわけよ。生きるためとはいえなあ、ちょっとやんちゃし過ぎたのかもしれねえなって』
「…やんちゃ、と言う言葉では失礼ですが…」
『それを言われちゃどうにもならねえな。ま、オレの腹の中にゃ、物凄い命が吸い込まれちまった訳よ。
生きるためなんて言い訳の元にな…なんて考えられるのも、今だから出来る事かもしれねえ、はは』
「…」
『お前が凄い力持ってるっつー話は、もうとっくに知ってるぜ』
「…え?」
…理由を聞いて、デュークは納得した。あの時、時空改変で新たな居場所を自ら作り上げたデパートの土地神の噂は、こんな遠く離れた地にまで広がっていたようである。人の噂でも75日で伝わってしまう物、神様の情報網を舐めてはいけない、と大明神は言った。
『色々と感想はあるけどな、一度力を味わっちまった俺は何も云えねえ』
「申し訳ないです…」
『だけどな、過去に色々散々やった事は絶対に消えない。それだけは言っておくぜ』
そして、必ずそのしっぺ返しは訪れる。…きっと、デューク・マルトが覚悟しているよりも過酷な形で。
『…ま、深刻になるなって。今まで通りしっかりと生きな。人生のセンパイからの助言だぜ』
「…なんだか、変な気分です。あれだけ酷い仕打ちを貴方にしたのに、逆に貴方からそんな言葉を頂くなんて」
その理由を、彼は一言で告げた。
自分は、「サンショー大明神」だから、と。
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「…でも、良かったですね、デューク先輩?」
「…ああ、蛍、ごめん…ちょっと考え事を」
「疲れてない、大丈夫?」
今日は一日疲れをいやすために家でゴロゴロして欲しい、とミコは彼に告げた。彼の凄まじいほどの奮闘っぷりは、シンの口からしっかりと告げられていたからだ。そして、蛍や恵も今日はのんびりと過ごす事となった。事件が無事解決した今、残りの日程はミコたちと共にこの百万都市を満喫する事にあるためだ…
…そう思っていた。だが、栄司の一言で、皆はある事に気付いた。
確かに、今回で「カップル」の事件は無事に解決した。だが、もう一つの行方不明事件は、一体どうなっているのか?
それを聞かれて、デュークもはっと気づいた。あの時、犯人であった狸の罪を探るべく、記憶を脳内からコピーして瞬時に調べ上げていたのである。栄司に対し、事細かに奴の犯行を連絡するためも兼ねていた。だが…
「え、本当に関係ないんですか?」
「狸とか狐じゃないの、神隠し起こすのって」
「そ、そうかもしれないですが…あのタヌキの記憶に、その被害者と一致するものは一つもありませんでした」
…すると、例の犯人の正体は別にいるのだろうか…?
そして、悩む彼らに栄司は一つの提案を出した。当然、探偵局としては寝耳に水の話である。何せ、このまま海の向こう、四国の百万都市「松山」までの遠征という内容だったからである…。
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…愛媛県松山市。
「そうか、ともかく御苦労であった」
『へへ、旦那たちのためっすなら』
『全力でやるっすよ』
一人の体格の良い男性が、パソコンの画面に向かっていた。映っているのは二人の男。髭が少々整理されていない様子でズボラな印象を出しているが、男性は二人の有能さをしっかりと認識していた。
「無事に奴は、屋久島へ送還したのだな」
『まあ普通は佐渡か四国送りなんすけどね』
…あれだけ酷い目に遭ったのだから、その分の罪は軽減する必要があるかもしれない。
カワウソの兄弟が見つけた時、例の悪党タヌキは息も絶え絶え、術すら保つのが精一杯という状態であった。普通ならそういった悪い事をした化け狸たちは、タヌキの本拠地である佐渡、もしくは四国でそれなりの処罰を受けるのだがこのような場合は別、こちら側での話し合いの末、故郷への強制送還および故郷の森での謹慎処分という事となった。…相変わらず人間たちは色々と迷惑を被っている様子だが、それは人間の自業自得だというのが彼らの考えである。外来種側の発想というのは、どの生物でも同じようなものかもしれない。
…だが、本題はそれとは別にあった。ここまで悪党タヌキを追い詰めた謎の存在についてである。
『髪が長くて、あとなんか黒い服で…』
『兄貴、あと何か覚えてないのか?』
『仕方ねぇだろ、遠くて見えなかったんだから…』
…残念ながらこの時点で、カワウソ兄弟が得る事が出来た情報はここまでであった。
だが、それでも「旦那」にとっては非常に貴重なものだった。以前彼も聞いた風の噂は、もしかしたら本当かもしれない。ただの人間にしか見えなかった存在が、土地神を叩きのめし、またそれを救ったと言う…。神様や妖怪の情報網は、非常に大きく優れているようだ。
少し考えた後、「旦那」はある決断をした。もしかしたら、彼らこそ例の件に関する真相を握っているのかもしれない。もしくは、解決する手段を…。
そして、そのままパソコンの画面に向かい、二人に指示を出した。
まず、細身な弟については現在地を離れ、遠くの森へと向かう事になった。もちろん単なる森では無い。
『確かに、旦那が行くと色々と厄介っすねあそこは』
「そう言う事だ、ケイト」
自分の名を呼ばれ、彼は敬礼をした。
そして、少々太めの兄に関しては、松山まで戻るように命じた。「客人」を迎えるため、協力を要請したのである。
『すると、しばらく弟とは別行動でやんすね』
「済まないが、重要な任務だ。頼んだぞ、ビロウド」
名前を呼ばれ、こちらも了承の合図をした。
作戦開始はすぐに可能であるという知らせを受け、早速行動に入るように指令を下し、連絡を終了した。
ビロウドの方は、早ければ今日の夜にでもこちらに戻ってくるだろう。
「お疲れ、あんた」
そして、一旦パソコンの画面を閉じた「旦那」に、一人の女性が話しかけてきた。彼と同様、少々時代から外れたような茶色系統の和服を着こなしている。
「…なるほどね、多分その考え正しいと思うよ」
ここまでの内容を伝えた後、彼女はそう言った。
これまで、件の町で例の「狐」一族と接触した者をいくらかあたってきた。だが、誰も詳細を知る者はいなかった。まあ普通は自分が人間に化けていると言っても信じるわけ無いだろうが…。しかし、今回の情報にあった存在だけは、何か怪しいと感じていた。
もしかしたら、そのままこちらへ例の「行方不明事件」の後を追って乗り込んでくる可能性がある。ネットであれだけ騒がれているのだから、あちら側もチェックしているであろう。
「それで、どうするんだい?戦う?」
「いや、無闇な争いは避けたい。そして、なるべくなら相手に協力を願いたい…」
「…そうだね、あんた」
そして、二匹の「化け狸」夫婦は、行動に移り始めた。