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09.恋するアプリケーション・前編

丸斗探偵局は、悩みの渦の中にあった。

目の前にあるのは、今回の依頼人からの情報をまとめた資料。


「何かに行動を監視されている…か」


依頼人は彼女持ちの男子大学生。ある日を境に、携帯電話に不審な宛先からのメールが多発し始めた。最初は彼女に相談の上、業者からの迷惑メールと判断。メールアドレスを変える事で対処を行った。しかし、それから間もなく、再びメールが来るようになったという。


「そして、その内容がまるで彼の実生活への介入のようだ、と」


テストの具合が悪かった場合はそれを教えるような内容、寝坊した時は目覚まし時計の広告、風呂がうまく沸かせた時には入浴剤の内容が届いていたこともあった。だったら別にいいのではないか、と局長の恵は一瞬考えたのだがすぐに自分でその考えを否定した。見知らぬ誰かからのアドバイスは、確かに気持ち悪い物がある。

と言う事で、依頼料はバイト代の振り込みがまだと言う事で後払いにしてもらった。


助手のデュークと話し合うまでもなく、真っ先に思い浮かんだのは「盗聴」である。あの時聞いた話によると、彼のもとに送られてくるメールの内容の多くは、インターネットのSNSサイトに書きこまれた内容に基づくものであったという。すると、犯人は恐らくネットに潜り込んでいる可能性がある。ただ、全部と言う訳ではなく、風呂の場合などは本人が独り言で言った内容だという証言も得た。


「複合的に監視していると言う事ね…」


こうなると、丸斗探偵局単独としては一つの方法を使うしかない。そう、ほぼ万能に近い助手のデューク・マルトの持つ力「時空改変」を用いて犯人を洗い出そうという作戦である。だが、今回はデューク自身から断りが入った。


「イレギュラー…?」

「はい。先程資料を参考に少し意識を過去に飛ばしていたのですが…」

「さっきぼーっとしていたのはそれだったのね…」

「すいません…。それで、どうも相手は厄介なものかもしれない可能性が出て来たのです。

局長も知ってると思いますが、僕の能力は…時空を操って過去を変える、というものです。ただ、それは時間の流れに沿って移動できる人たちにしか効かないんです」

「…ちょっとタンマ…」


そう言うなり、恵は三人に分身した。諺にもある、三人寄ればなんたらを実践しようとしているようだ。

デュークは語りだした。自分が来た未来も含め、大半の生命は過去から未来へ移動する「列車」や「バス」など、時刻表などによって運転される乗り物に乗っていると仮定する。デュークが行う時空改変とは、いわばそれらのダイヤ改正。時刻表を変えて、乗り物の行き先を変える事が出来る権言だ。だが、中にはまれだが、「自家用」の乗り物を持ち、時刻表に左右されずに移動できる者がいるという。


「それが…」「イレギュラーか」「確かに異色ね…」

「ちょうど局長がその一つなのですが、どうもこの犯人…というより、黒幕がそれに値する可能性があるんです」


理屈はよく分からなかったが、原理ははっきりとした。確かに電車から自家用車を見つけても、駅に降りないとそれに乗り換えたりするのは難しいものだ。

と言う事で、今回の一件に関しては丸斗探偵局の独自解決は難しいと言う判断になった。


問題はここからである。丸斗探偵局には、独自契約を結んでいるいわば「助っ人」がいる。以前の依頼で、盗聴関連に詳しい探偵を呼んだ事を覚えている方はいるだろうか。あの時は盗聴とは少し違う形の犯人だったために依頼料は無しと言う事になったのだが、今回はその助けが本格的に必要になったようだ。ただ…


「お金がもったいない…」


恵が躊躇していたのはそういう理由だった。助手としては納得いかないデュークが、結局押し切る形になって相談する事になったのはある意味当然の流れであろう。


「回転寿司代と助っ人の代金を天秤にかけないでください、局長…」


――――――――――――――


次の日。突然の依頼にも、助っ人はすぐに駆けつけてきた。


「ひっさしぶりじゃの~!元気しとった?」


テンションが高めの彼女の名前は「陽本(ひのもと)ミコ」。主に盗聴関連の依頼を受けながら愛車と共に各地を回る、住所不定の探偵だ。


「相変わらずデュークはんはイケメンで羨ましいわ~。ほんとメグ得じゃわこれ~」


正直なところ、恵があまり呼びたくなかった理由はこれである。季節を間違えたのではないかと思うほどの露出度のタンクトップを上半身に、右半分はジーンズ、左半分はホットパンツという改造ものを下半身に着込むという、この肉体派の美人が台無しになりそうなあの性格。スーパーの値引きセールで中年の女性たちに混ざってそうだと毎回恵は感じている。


「…あの…そろそろ依頼言ってもいい…かな?」

「…あ、そうじゃったそうじゃった。メンゴメンゴ…」


出身地の方言を饒舌に操りながら、ミコはその表情を仕事モードへと変えた。


…ミコへの協力依頼の内容は、丸斗探偵局の依頼人の彼の家の盗聴器の調査。調査報告書を見るなり、彼女はある事を言った。


「これって、依頼人の彼女への調査はやっとるん?」


ある意味、デュークの予想通りの質問であった。勿論行っているが、まだそこまで深入りはしていなかった。もし彼女が犯人だったとして、それ以上踏み込んだらどうなるだろうか…。


「僕たちが逆に彼女のストーカーになる可能性が…」

「ただ、一応他の所を漁ってみたけど、それにあたる存在は見つかってないのよね…」


彼女の可能性が高い。これをはっきりさせるために、ミコの協力が必要と言う事だった。

返事は勿論OK。改めて依頼人の男性宅を訪れる事にした。ただし問題が一つ。


「え、ダメ?」

「当たり前でしょ…なんでその格好で見知らぬ男性の所へ向かおうとしてるのよ…」

「え~…じゃけぇこれがうちの仕事着だって…」

「絶対駄目。もしこれで行ったら依頼料下げるから」

「鬼じゃこいつ…」


喧嘩しつつも考える内容はだいたい同じような二人を呆れつつも笑顔で見つめながら、デュークは早速依頼人の男性へ連絡を取り始めた。


――――――――――――――


それから数日後、恵の分身体を留守番に、デュークと恵、そしてミコは依頼人の住むアパートの一室へと向かった。


「メグはんの能力は相変わらず便利じゃなー…うちも分身してがっぽがっぽ儲かりたい…」

「あんたがやったら足引っ張りそうな気がするけど」


陽本ミコはカンが鋭い。テストのヤマカンはほぼ確実に正解し、宝くじも当たる日が多い。そんな彼女が丸斗探偵局と接触してから、二人の秘密を知るのにそう時間はかからなかった。ある依頼に協力した際に感じた違和感を、その瞬間を見る事で確信へと導かれてしまったのだ。

デューク曰く、ミコにはある程度未来を「固定」してしまう力があるらしく、丁度彼の持つ「壊す」ものとはベクトルが反対に近い事ができるようである。サルがキーボードでハムレットを全文打つのにはほぼ無限の月日が必要となるが、ミコの手にかかるとでたらめに押しただけでハムレットの文章が数語の誤字だけで完成してしまうのである。ただ、肝心のミコも、あまり彼の話を理解しきれていない様子である。



念のために機材は持って来たのだが、実質そんなものは必要ない。ミコがある、と考えれば盗聴器が隠されている場合が多いのだ。ただ、やはり形から始まらないと決まらないと言うのがミコの信念である。そして彼女のもう一つの信念「最強の武器は最後まで取っておく」と言う事が一番大きい。


――――――――――――――


「うーむ…」

丸斗探偵局。調査が終わった後、フォーマルな服装に身を固めている二人の女性が、結果について話し始めた。


実質の所、ミコの予想通り盗聴器の反応がコンセントの中にあった。それも一つではない、受話器部分やテレビの部分など、各所にあったのだ。確実に盗聴の被害に遭っていると言う事だ。こちらが出来る対処法として、盗聴器の部品を抜いたり電池を取ったりしておいた。これで「相手」側も恐らく大丈夫だろう…。


「ほんで、さっき戻って盗聴器の発信部分を逆探知してみたんよ」


中古で買った彼女の愛するワゴン兼仕事場兼ロッカー、ボロのロッカーを省略して「ボロロッカ号」。この中に積み込んである電子機器を駆使し、彼女は盗聴器などから怪しい電波を解析している。逆探知が出来ないはずの携帯電話やスマートフォンですら、ボロロッカ号の機材を利用すればすぐに探知が出来てしまうのである。


「どうやら、メグはんやデュークはんに頼んだのは正解だったかもしれんのぉ…」

「…すると、やっぱり携帯電話とかスマートフォン…から?」


その時に感じた恵の予感は当たっていた。ミコが調査した結果、そのスマートフォンの番号は、あらかじめ依頼人から聞いていた彼の恋人のものだったのだ。


「…やっぱ彼女がストーカーのようね…」

「そのようじゃのぉ…」

悲しいお知らせをする必要がある。同性としてこのような事態は避けたかったのだが…。そして、電話口に出ようとした時、それを止める声があった。助手のデュークである。何故止めるのか、という二人の問いに、彼はミコにもう一度資料を確認するように言った。恵にはよく分からない内容のグラフが連発する資料を読み取っていると言う事は、恐らく今のデュークの脳内は「プログラマー」の知識で満たされているのであろう。

読み始めたミコの表情が変わり始めた。電波を出すように指示を出しているスマートフォンのプログラムが一つに限られているのである。


「ど、どういうことなの」

「メグはんには難しいかもしれんのぉ…要するに悪さをしとる大ボスがおるっつう事じゃ」

「それって…つまり、それを使って彼女が…?」

「それもありますが、もう一つ可能性があります。

 もしかしたら、このプログラムが…」

「そじゃ!そういやこのプログラムって、あれじゃろ、デューク君?」


スマートフォン用のアプリケーションで最近話題になったソフトがある。恋人が今何をしているか、何を食べているかを手の中で把握できるようにした、名を「OTENTO」というものである。お天道様のように何でもお見通しのシステムなのだが、情報漏洩や自由などの観点からネット内などで賛否両論を呼び起こしている。


「まだ推測かもしれないのですが…。


 もしかしたら、犯人はこのプログラム自身かもしれません」

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