表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/200

88.<番外編> いつでもどこでも

 むかしむかし、と言ってもだいたい数日くらい前ですが、ある所に一組の新婚の若いカップルがいました。


 恋人だった頃から、二人はずっと仲良し。いつも会う度に頬にキスをしたり抱き合ったりと、周りの方が恥ずかしく感じてしまうほどの所謂「バカップル」でした。そしてそれは、結婚してからもまだずっと変わりません。

 ただ、その愛故に、二人にはちょっとした悩みがありました。普通の人にとっては、仕事の間は相方と離ればなれになっていると言うのは仕方ないものとして捉え、深く考えない人が多いでしょう。ですが、この二人は違いました。いつも一緒の二人ですが、双方とも共働きのため、別々の職場に行かなければなりません。その間、ときどき携帯電話を見て連絡を取り合わないと心配でいとおしくてしょうがないという心を持っていたのです。筋金入りです。


 …そんな悶々(?)とした日々を過ごしてきたある日、旦那さんは帰り道にふと一件のアクセサリーショップを見つけました。見た目は地味ですが、何か惹かれるものがあったのでしょう、少しの思案の後に彼はその店に入る事にしました。何か綺麗なものを見つけたら、奥さんにあげようと考えたのも理由です。

 様々なものが展示されている中、旦那さんの目に留まったのは一つのバッジでした。鞄などに取り付けやすい形のものですが、そのモチーフは普段あまり見ない「オオサンショウウオ」でした。いつの間にか近くにいた店員さんにこの変わったアクセサリーについて尋ねた彼は、これが「縁結び」のグッズであると言う事を知りました。そういえば前に奥さんと一緒に見た雑誌にも、これが書いてあった記憶があります。奥さんのために買ってあげる事に決めた彼を見て、店員さんは嬉しそうに言いました。


 これがあれば、寂しくなる事は無い。いつでもどこでも、ずっと一緒にいられる…と。


 さて、家に帰った旦那さんはびっくり。彼が店を後にして少し経った後、なんと奥さんも同じ店に寄り、同じアクセサリーを購入していたのです。やはり以心伝心なのでしょうか、互いに同じものを買ってしまった二人ですが、オオサンショウウオことサンショー大明神のアクセサリーを約束通り交換する事にしました。勿論、キッスのおまけつきで。それにしても、これでずっと一緒にいられると言うのはどういう事なのでしょうか…?


 次の日。いつものように別れのキスを交わし、会社へ向かう旦那さん。携帯電話で連絡はとれますが、やはり離れるのは寂しいもの。昨日奥さんからもらった大明神のバッジを鞄に付けて路面電車で職場に向かいました。携帯のメールで連絡を取ったり色々しているうちに、気付いたらもう会社から帰る時間。すると、会社の人から彼を呼んでる人がいると連絡が入りました。一体なんだろうと思って会社の玄関に降りてみると、そこにいたのは笑顔で待っている奥さんではありませんか!先程家で待っていると連絡があったのにおかしいですね…。でも、嬉しそうな奥さんの顔を見るとそんな違和感は無くなってしまいました。一緒に仲睦まじく帰る事にした二人、電車の中でも堂々とキスをしています。


 …ですが、ドアを開けてみると何故か家の中に電気が付いています。それに、何か声が聞こえます。どこかで聞いたような声ですが、まさか泥棒?奥さんの方を見てみるとニコニコ笑顔ですが、旦那さんの方は心配で一杯。そっとリビングを覗いてみた時…目の前に、驚くべき光景がありました。なんと、そこにいたのは、「旦那さん」と「奥さん」…でも、ここにいるのも「旦那さん」と「奥さん」…そう、自分がもう一人いるではありませんか!

 驚く本物の二人に対し、新しく現れた二人はニコニコ笑顔のまま。夢ではない事は、出会いがしらのキスで証明済み、一体どういう事でしょうか…と悩んだ時、ふと例のサンショー大明神のバッジに目が留まりました。旦那さんのものは青の眼、奥さんのものは赤い眼。それぞれのオオサンショウウオの瞳がキラキラと輝いてるではありませんか。もしかして、これが「ずっと一緒にいられる」という事でしょうか…?

 でも新しく現れた夫婦の方は、こちらの夫婦とは違うのではないか…?そう思いましたが、双方から互いにキスをされた時に考えは変わりました。唇の感触、手の肌触り、どちらともまぎれもなく旦那さんであり、奥さんです。嫌がるどころか、二組にもなって愛が二倍になったという証!喜ぶ声も二倍になったのは言うまでもありません。


 そして次の日。新しく生まれた代わりの旦那さんと奥さんが、仕事に行く事になりました。これならいつでもどこでも二人でずっと一緒にいられます。今日は一日、家で一緒にイチャイチャする事は決定済みのようです。と言う事で、会社へ行く二人を見送りました。それぞれのサンショー大明神のバッジの輝きが、禍々しいものになり始めている事も知らずに…。


 お昼ご飯を食べ終え、二人でのんびりテレビを見ているうちに外の陽もだいぶ落ちてきました。何やら外が騒がしいようですが、そろそろ外から自分たちが帰ってくる頃です。一緒に出迎えようとドアを開けた、その時でした。


「「ただいまー♪」」


夫婦が一組…


「「ただいまー♪」」


夫婦が二組…


「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」「「ただいまー♪」」


三組、四組、五組、十組…


なんと、一組どころか数限りなく外から夫婦が押し寄せてくるではありませんか!驚く間もなく、どんどん押し寄せる自分たちの波に本物の旦那さんと奥さんは飲みこまれてしまいました。奥さんは何十の旦那さんから、旦那さんは何十もの奥さんからキスの嵐。ですがさすがに今の状況は喜んではいられません。たくさんの自分たちの波を何とか掻き分け掻き分け、ようやく外に出れた…のですが、そこに待っていたのは…


「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」


 なんと、外はどこを見ても一面自分たちだらけになっていたのです!右も左も夫婦だらけ、ベンチはどこもイチャイチャしあう自分たち、噴水の近くでは大量の自分たちが肩を抱き合い、そしてコンビニもレストランも自分たちでいっぱい…!一体どうなっているのか、唖然としている前で、信じられない事が起こり始めました。ずっと手を繋ぎ続けてきた一組の夫婦が手を離した途端、なんとそれぞれの旦那さんと奥さんの隣に、新しい旦那さんと奥さんが現れたのです!まるで細胞が分裂するかのように、離れると同時にどんどん新しい相方が現れます。しかもそう言っている間にもどんどん辺りは奥さんと旦那さんでいっぱいになっていきます。あの時店員さんが言っていた「ずっと一緒にいられる」というのはこういう事だったのでしょうか…!

 こんな状態では気がくるってしまいます!とにかく今は逃げるが勝ち、必死になって逃げようとします…が、手を離した途端、なんと隣には新しい相方が現れてしまったのです!しかもそれを見計らったかのように、どんどん自分たちの元に自分たちが押し寄せてきました。


「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」


大量の自分たちに埋め尽くされ、もう誰が本物か偽者か分かりません。気付けば笑い声の中に、二人は互いの姿を見失ってしまいました。旦那さんの周りに大量の奥さん、奥さんの周りには大量の旦那さんがいるにも関わらず…。

そして、大勢の声に覆われた町の日は沈んでいきました。


=======================================


「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」


朝日が昇りました。山肌やビルの中から、一斉に朝の挨拶が聞こえます。大量の旦那さんと奥さんが目覚めた合図です。そのまま横にいる自分たちらと仲良く手を繋ぎ合い、微笑み合い、そしてキスのし合いっこ。もうずっと離れる事はありません、いつでもどこでも一緒。会社も試験もありません、だって世界中みんな旦那さんと奥さんでいっぱいなのですから…。


 …町のあらゆる平面を埋め尽くす旦那さんと奥さんを、にやけ顔で見つめる者がいた。勿論そのほほ笑みは邪悪なもの、悪戯を楽しむような目つきであった。

 「彼」が造り出したこの空間は、ずっと破れる事は無い。罠に上手く引っかかった二人の人間が増え続ければ増え続けるほど、どんどん大きくなり続ける。島を出る時、屋久杉の自然の力を頂戴しただけはある。いくつかの千年杉が枯れてしまったが、知った事では無い。弱肉強食の世の中、自分が楽しめればそれでいいのだ。

 そう言いながらも、「彼」に心配が無い訳では無かった。松山の狸連中が自分を捕まえようと動き出していると言うのは、さすがに耳に入ってしまうものだ。ただ、悪知恵の働く「彼」、事前に準備は整えておいてある。いくら狸とはいえ、人間どもに祭られている大明神相手では不利なのは間違いないだろう…。


 遥か地上を覆う笑い声に背を向け、一匹の化け狸がその姿を変え始めた。体は凹凸が目立ち、手足は短め、そして特徴的な大きな口。その姿は、どこをどう見ても「オオサンショウウオ」であった…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ