87.探偵局、西へ! その5・陽元家作戦会議
「へぇ、あの青い髪の人ミコの友達だったんか」
「そうじゃ」
陽元家の台所に、おやつを取りにやって来たのはミコと蛍である。ちょうどミコの母が、今日の料理を何にするか悩んでいる所であった。自分も何か協力したいと蛍は言ったが、彼女は断った。彼女の脳内には今予知能力で今日の美味しいご飯の作り方が既に記録されている。ただ、それを他人に語ると言うのはちょっと大変だと言うのだ。
「すまんのぉ、気持ちだけ頂きますわ」
「いえ、こちらこそ邪魔してしまって…」
丁寧なお譲ちゃんだ、と言う母の視線は明らかに娘の方を向いていた。何を言いたいか、予知しなくてもすぐに分かる。
「母ちゃんだって下心満載じゃったじゃろ、うちだって予知能力持っとるっつーに」
「ええじゃろ、美男子に興奮するのは女として当然じゃろ!」
そういえば昨日も母はミコにデュークに関して妙に熱く語っていた。さすがお昼中ずっと録画していたイケメン俳優が出ているドラマを見続けていただけある筋金入りの面食いだ。しかも彼女、能力を活かして内面から愛でているようで、デュークはどこか影がある所、栄司は俺様気質な所がたまらないと僅かしか話していないにも関わらず、既に彼女の脳内アルバムに登録されてしまっていたようだ。
「母ちゃん、本当に変態すぎるのぉ…マジでうちに血が流れとらん事を祈るわ」
「じゃかましい!」
「と、取りあえずお菓子を上に…」
会う度に突っ込み合いが繰り返される、賑やかな一家である。ただ、いざ上の階に行こうとした時に蛍にミコの母はおまけのお菓子を持って行けと言った。人数分は揃っているのだが、昨日の食いっぷりの様子からすると必要になるだろうと彼女は笑顔でお勧めしていた。地元名産の牛の牛乳を使った団子を加え、ミコと蛍は作戦会議へと戻って行った…。
=================================
「え、やっぱりお母さんにばれてるんじゃ…」
「母ちゃんは細かい事は気にしないし突っ込まないから多分気付いては無いと思うっすよ」
とは言え、何も言っていないのに人数分ぴったりに揃ってしまった。今、丸斗探偵局の面々が集まったのは二階の蛍の部屋。防音効果が整っている事で、下にばれないように能力が披露出来るという理由で選んだのだが、それにも関わらずお団子と饅頭の数は一致していた。現在部屋にいるのは恵、恵、デューク、蛍、蛍、栄司、栄司、ミコ、そしてシン。自らの持つ能力をシンに披露するためと蛍は修行も兼ねて、分身や増殖能力を持つ者は自らの数を二倍に増やしていた。まるで忍者だ、と言うシンは漫画の見過ぎだとミコに言われてしまった。ちなみに母が追加したお団子の数は3つである事を述べておこう。
さて、何故ここに皆が集まって会議をしているのかと言うと、栄司が丸斗探偵局に持ち込みたいと言う事件についてであった。新聞でも小さいが取り上げられていた、連続行方不明事件だ。雑誌記者であるシンも、この件については少々個人的に調査を始めていたようだが、その理由はその内容の不思議さにあった。
「神隠し…ですか?」
「おう、そういう奴もいるな。数日間だけ姿を消して、それから姿を現す」
「確かその間の記憶が無くなってるそうっすね、ネットでオレ見たっす」
「それ俺がネットに流した奴だ」
「マジっすか!?」
何でもありの彼に呆れるシンに、ミコも初めて彼に会った時は同じ気分だったと告げた。ただ、敵に回すと途方も無く恐ろしいが味方にすると非常に頼もしいのがこの有田栄司、人海戦術に加え、増殖能力のもう一つの力である「他人に存在感を麻痺させる」、すなわち基本的にばれないという事を駆使してこの行方不明事件に対して独自の調査を始めていたのだ。
彼がバッグから取り出したファイルの中に、調査内容の結果が同封されていた。情報機密を厳守する事を皆で指切りげんまんした後、その内容を見る事にした。
「へー、栄司って長い文章も得意だったんだ」
「お前と一緒にするんじゃねえよ恵」
既にうんざりしていた恵は置いておいて、ここに書いてある内容についての会議が始まった。まず確かなのは、この行方不明事件が多く起きている場所が何故か特定の場所を中心に多いと言う事であった。その場所とは、この都市から海を渡った先にある街「松山」である。
オカルトや妖怪が大好きなシンには狸、ミコや恵にはみかんやジュース、貝のカキのイメージが強い町。何故そこで共通しているのかと言うのは栄司でもよく分からなかった。蛍が進言した通り狸という可能性もあるが、まだ単なる推測でしかないため、実際の動きは全く分からない。これだけだと、探偵局としても協力は難しいと恵局長は言った。デュークも時空改変を駆使しすぎるのは少々避けたいという方針のようだ。しかし、栄司にはもう一つ重要な情報が既に得られていた。
「…え、それって本当!?」
「予知能力者がいる時点で嘘なんてつけねぇよ」
「でも、これ僕たちの町ですよね…」
そう、行方不明になった人々に関してそのこれまでの行動を追ってみた所、なんと全員とも丸斗探偵局が建っている町に住んだ経験があると言うのだ。個人情報と言う事で扱いは非常に難しいものだが、これに関しては後でデュークが安全に処理する事で決定した。ただ、こうなると彼らだけの問題では済まされない可能性がある。そこで、デュークは遠く離れた探偵局にいる自分たちと連絡を取る事にした。少し前の時間の自分と連絡を取り、詳細な情報を連絡すれば、「今」から話しても十分に話は通じるという算段だ。
==================================
…と言う事で、パソコンの電話アプリを介して二か所の丸斗探偵局が再会した。
「ニャニャ、これがミコのニーチャンですかニャ…」
『おぉ、噂通りっすね、猫が喋ってる…』
あまり驚いていない様子にも聞こえるが、そう言うものだとミコは言った。良く見れば目はパソコンの画面に向かって見開いており、ずっと閉じていた口は今は空きっぱなしだ。一見無表情な彼だが、意外に顔に気持ちが表れやすい性格のようだ。デュークの作戦通り、既にこちらの蛍やブランチ、恵局長、そして再びお邪魔していた栄司も事件については把握していた。連絡を取ったのは、そちらで何か変化があったかと言うものであるが、残念ながら結果はいまいちであった。
「全国区のニュースでもまだ流れてないわね…」
「まだ新聞だけのようですね」
『ちょっと厄介な事になってきたな…』
…ところが、それとは別の方面から事態は突然動き始めた。
「向こうの俺、ちょっと聞くがそっちで行方不明事件無かったか?」
『これだろ、この連続…』
「違う、新婚夫婦が行方不明になったっつー事件だ」
…画面の向こうで、皆が驚いているのが分かった。こちらの本部側の探偵局も同じだ。どうやら向こうの都市で、男女の新婚カップルが突然行方不明になったと言うのだ。場所も違うと言う事で向こうの栄司はマークしていなかったようだ。ただ、全く痕跡も残さず忽然と消えさると言うのは明らかに連続行方不明…神隠し事件と同じだ。人の事は言えない、と恵に逆襲されつつも向こうの栄司は改めて情報についてのファイルをこちらの栄司から貰う事にした。
真面目な話が終わった後は、気ままな雑談だ。別の場所に同じ人物がいるという不思議な光景に、先程から凄いを連発するシンに、興奮しすぎとにこやかに突っ込むミコ。こういう時は兄妹の立場逆転である。その一方で、蛍はもう一人の自分との会話が弾んでいた。だいぶ彼女の方も、同時に複数のいる場所にいるのが慣れているようだ。
「牛のお乳の団子か…羨ましいなぁ」
『後で買って送るから安心してねー』
「了解っ」
よくシンが聞くのは、もう一人の自分と争い、憎しみ合い、そして滅ぶと言う話。しかし、人間の想像力を現実と言うのはあっけなく越える。彼の目の前で繰り広げられているのは、同一人物が仲良く話す、ある意味理想郷のような光景であった…。
==========================================
さて、通信を切った後は改めて会議の再開である。
先程貰ったデータも個人情報のため、改めて指切りげんまんである。十人くらいが輪になって指を繋ぎ合わせる光景はシュール極まりないが、デュークによる時空改変を行うためなので仕方ない。格好から入るものだと言ったのは恵局長だが、その本人が少し引いていたのはここだけの話。
ともかく、新たな手掛かりがここに集まった。
「ここでも事件が起きてると言う事は…」
「犯人はここにいると言う事ですかね」
「その可能性は捨てきれんな」
ただ、事件が「起きた」というだけでは警察のみの仕事、探偵はそれに対しての事前調査が主な仕事となる。そうなればやる事は一つ、事件の起きる「前」を見ればいい。そう言った恵に陽元兄妹は顔がきょとんとしてしまったが、他の皆は彼女が何を考えているかだいたい読む事が出来た。特に、デューク・マルトは今から準備をする必要が出てきたようだ。
「そうか、何でもありだから人間タイムマシンにもなれるんすね…」
「ええ、でも今回はあくまで事件の証拠を探すためです。そうですね、皆さん?」
「そうじゃのデュークはん、犯人逮捕とかメチャメチャに過去いじっても事件はややこしくなるだけじゃ」
それに、そんな事をされては探偵も警察もお役御免になってしまう。これが、丸斗探偵局と皆が交わした約束である。指切りげんまんをせずとも大丈夫のようだ。
1分後に戻ると言い、過去に戻ったデュークは約束通り、丁度60秒後に元の場所に戻ってきた。シンとミコ、蛍から拍手が出る一方で、恵と栄司は彼に結果報告をするようにせがんだ。だが、そんな彼から出たのは意外な一言であった。
「…サンショー大明神…え?」
「なんか雑誌に書いてあった今流行りのグッズか?」
「ええ。まず皆さん、何かおかしいと思いませんか…?あのグッズ、街で『売ってましたか』?」
…突然の質問に、一瞬皆の思考回路は停止してしまった。だが、蛍のみある事に気づいていた。街を回っている時にアクセサリーを探しに大きめの店をいくつか回ったのだが、雑誌に有ったようなオオサンショウウオのグッズはどこにも置いていなかったのだ。
「つーことは、知る人ぞ知る場所にしか置いとらんっつー事か?」
「ええ、そうでしょう。ここ数日間を回ってみたのですが、あのアクセサリーが置いてあったのは、調べた限りですと1件のみでした」
「!?」
…確かにそれは驚くべき事かもしれない。だが、何故それが話題に出たのかという突っ込みが栄司らから出るのはそう時間はかからなかった。ただ、その後のデュークの発言で納得した。行方不明になったカップルは、別々にそのアクセサリー店に入り、サンショー大明神のグッズを購入していたのだ!
=============================
そして、そのグッズは例の二人の元にも。
「この匂い、間違いねぇな…」
「ああ兄貴、こいつはタヌキの匂いだ」
人間に変化していたニホンカワウソの兄弟も、「旦那」が警告していた屋久島の外来タヌキが一枚噛んでいると言う事を把握していた。ただ、具体的に何が起こっているのかと言うのはまだ分からない。もう少し様子を見る事にし、購入した大明神のバッジを手に二人は急いで予約が無事に取れたホテルへと戻った。
その手の中で、金属上に刻まれたオオサンショウウオの目が一瞬妖しく輝いていた事にはまだ二人は気付いていなかった…。